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銀竜の鱗  作者: みきまろ
第一部
9/14

9 運命は汚泥の中に①




 髪を染め直したラヴィニアは、ユーニスと共に次の湖へと向かう。

 並んで馬を歩ませつつ、ラヴィニアは坑道でのことをユーニスに語った。


「というわけで、そのおじさんについていったら、どんどん道が狭くなっていってね」


「ちょっと待て」


 ユーニスが、馬をぴたりと止める。話していたラヴィニアは、数歩先に進んで後ろを振り返った。


「どうしたの?」


「知らない男と、暗く無数の分かれ道がある坑道で二人きりだと? あんた馬鹿か」


「二言目には馬鹿馬鹿って、あなたはそれしか言えないの?」


「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い」


「なんで私が馬鹿なのよっ

 私が危機を知らせたからみんな逃げられたのよ?

 ユーニスだって、あのままあそこにいたら流されて死んでたかもしれないじゃない。私はあなたの命の恩人なんだからねっ」


 少しは感謝しなさいと、ラヴィニアは馬上でふんぞり返る。馬を進めてラヴィニアの隣に並んだユーニスは、目元を手の平で覆って大きなため息をついた。


「俺は待っていろと言ったはずだ。のこのこと素性のしれない男についていって、死ぬよりも辛い目に合いたいのか?」


「生き埋めとか? 溺れ死ぬとか? それは怖かったわ。水かさがどんどん増していったときには、もうだめだと思ったもの。でも生きてたんだからいいじゃない」


「そういう意味じゃない。

 ……はぁ。あんたは自分が男と二人きりになるということが、どれほど危険なことなのかわかってないんだな」


 ユーニスは首を大きく横に振ると、これ以上説明するのを諦めた様子で、先に行ってしまった。


「何よ、ユーニスだって男じゃないっ」


「俺とそのへんの輩を一緒にするな」


「どうしてそう偉そうなの? 私、あなたのそういうところ、大っ嫌い!」


「嫌いで結構。俺の仕事はあんたを守ることと鱗をとってくることだ。あんたに好かれる必要はない」


「~~~!」


 ラヴィニアは、こちらを見もせずに憎まれ口を叩くユーニスに、べぇっと舌を出す。ついでに口の両脇に指を突っ込み、いぃぃっと両側に引っ張った瞬間、ユーニスが振り向いた。


「……」


「……」


 ユーニスは、ラヴィニアを一瞥し、何も言わずに前を向く。

 ラヴィニアは気まずい思いで口を閉じると、今度はしずしずとユーニスの後を追った。


 四番目の湖が見えてくる。

 さらさらと流れる小川の先で、その湖は白い柱に囲まれ、異様な雰囲気を醸し出していた。






 気味の悪い湖だった。

 小川とつながる場所こそ半透明の水だったが、そこ以外は白くにごっている。湖底からは気泡が湧いていて湖のふちはぶくぶくと泡立っていた。

 柱だと思ったのは石の塊で、湖の周りや中ほどに不規則に乱立していた。


「なんなの、ここ……」


 ラヴィニアは、無意識に袖口で口元をおさえる。近づいてみれば、湖の周囲には臭気が満ち、とても長時間はいられなさそうだった。


「本当にこの湖で合ってるの?」


 ラヴィニアが、地図を持つユーニスに言う。ユーニスは地図と周りの地形を何度も見比べて、「間違いない」と言った。


「そっかぁ。ここに入るのは……嫌だなぁ」


 ラヴィニアが嫌がるのも無理はない。湖の中に生き物の気配はなく、さながら死の湖のようだった。


「地図には“竜の翼”と書いてある。

 今更文句をいうつもりはないが、イーティス様はもう少し詳しい情報をお持ちではなかったのか?

 これではなんのことだかわからない」


「うぅん、それ、たぶんイーティスが書いたわけじゃないと思うわ。イーティスの字はもっと柔らかいもの」


「イーティス様ではない? では誰が……」


 地図を片手に、ユーニスは首をひねる。その間に、ラヴィニアはずぼんの裾を膝までたくし上げると、さばっと湖に飛び込んだ。


「おい!」


「ごちゃごちゃ言ってても仕方ないわ。入らなきゃ鱗は取れないものね。

 さすがに服を脱ぐのは嫌だから、このまま奥まで行く」


 ちょっと肌がしゅわしゅわするけどね、と言うラヴィニアの目の前で、ユーニスがみるみるうちに顔色を変えた。


「すぐに出ろ! ラ……」


「? あっ、え? あっ、きゃああ!」


 ラヴィニアの背後で、湖の水がまるで意思を持ったかのように幾筋も持ち上がる。そしてラヴィニアの手足に巻きついて、湖の中に引きずり込んだ。


「ユーニス! 助け……」


 固いかと思われた湖の底は泥のようになっていて、ラヴィニアの体を飲み込んでいく。


「ラヴィ!」


 駆け寄ろうとしたユーニスは、しかし、泥に足をとられてそれ以上ラヴィニアに近づけなかった。


「ユーニス!」


「ラヴィ!」


 ラヴィニアは懸命に手を伸ばす。ユーニスもまた手を伸ばすが、わずか爪の先ほどが届かず、ラヴィニアは水の中に消えた。


「ラ……」


 ごぽっと、ひときわ大きな泡が湖面に浮かぶ。それを最後に白く濁った水は、しんと静まり返った。


「ラヴィ? おい」


 ユーニスは、体が濡れるのも厭わずに湖の中に膝をつく。そして頭まで潜って、先程までラヴィニアがいたはずの場所に手を伸ばした。しかし、指先に触れるのはつかみどころのない泥とごつごつした石だけで、ラヴィニアの服の端すら見つけることはできなかった。


「まさか……。ラ、ラヴィ!」


 ユーニスはラヴィニアの名を呼びながら、泥の中であがく。体がどんどん沈んでいき、ユーニスの身も危うくなってきたところで、硬い岩盤に行き当たってそれ以上沈まなくなった。けれどラヴィニアは見つからない。

 ユーニスは動きを止め、周囲の音に耳を澄ます。ぶくぶくと泡の弾ける音、さらさらと小川の流れ込む音。それ以外は、鳥の声すら聞こえない。


「……」


 ユーニスは、ぐっと泥を握り締める。

 あらためて湖を見渡しても、もしやと思って岸を振り返っても、ラヴィニアの姿はない。


「あ……。ラ……ラヴィニア様――!」







 死せる湖に、ユーニスの絞り出すような声が響いた。









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