男にニックネームをつけますか? →はい/いいえ
一週間。地獄のような一週間が続いた。というわけでもなく、わたしはよくわからん白い部屋で、ぼーっと過ごした。本は読ませてもらったけど、遅読のわたしにしては速く読めた。やっぱりこの体はわたしの体じゃないことがようくわかった。だけど悲観をするつもりはない。こういうのはセオリー通りでいくと、なんやかんやで帰れるものなんだから。だから今は、帰れるまでこの奇妙な生活を楽しむっきゃないだろう。
それに、隣国の王宮だぜ? 王子様とかいるんだぜ、絶対。ふへへぇイケメンとかいんのかなふひひ。ここにいるイケメンはあの黒ずくめ男だけだし。でもなんか残念なイケメンだしなぁ。服のセンスも真っ黒だしね、引くわ。だってあいつ絶対デートとかでも全身真っ黒な服でくるよな絶対。
「お呼びですか」
「よんでねーよ!」
というか、この人の名前聞いてなかったなぁ。まあいっか。脳内で命名しちゃえ、うん、クロでいいだろ。ペットの名前みたいだけど。
「昨日渡した本はもう読んだんですか? 相変わらず早いですね」
「まー、うん」
渡される本は、なんかしらない国の恋愛小説らしい。どれもまあ、少女マンガのように普通な主人公に言い寄るイケメンたちのうふふあははな物語で。乙女の夢ではあるけれど、こう毎日毎日おんなじような本を読まされたらたまらないっていうか。よく見たらみんな同じ作者だし。
「ちなみにこれを書かれているのは隣国の王妃です」
「マジもんじゃねーか!」
おもわず本を床にたたきつけてしまった。王妃さまったらお茶目! いやいやあんたは乙女の夢なシンデレラストーリーをその手に掴んだ人でしょう。聞いた話だと、王妃さまと王さまは恋愛結婚らしいし。しかも王妃さまは庶民の出。すげえシンデレラストーリーだなと話を聞いたとき思わずそう呟いてしまったのは仕方ないことだと思う。本当にそんな夢のような話があるんだねー。
「でも、あなたもそうなる可能性はありますよ?」
「え、まじ?」
「マジマジ」
イケメンの口からそんな軽い若者言葉が出るとは思わなかった。不意打ちでむかつく。
「隣国の王は大変美しい容姿をしておりますし、王妃もまたそうです。その嫡男である第一王子の、ダンテ・カークランド様なんて、狙いどころではないでしょうか」
「イケメンはいいことだけどねぇ。高値の花すぎるっていうか、わたしに釣り合わないし」
鏡で見せてもらったが、確かにわたしは美少女になっていた。しかし、いかんせんオーラがない。かわいいオーラとか、頭脳派オーラとかだ。なんか、もっさい女オーラみたいなものは感じたが。
容姿はいいけど、それ以外がなぁ。ため息をついてわたしは視線を下に落とす。特にこれがなぁ……。
「胸ならいつか成長しますよ。もめば大きくなるらしいですし」
「人が気にしてることをよくもぬけぬけと!」
「ファイトっ」
「うざい! 予想以上にうざい!」
男を強制的に部屋から追い出して、わたしはベッドに腰をかける。この部屋にはカーペットがないので、床に直接座ると冷たいし、それに汚いのだ。ここは日本みたいに、室内は裸足ですごすわけじゃなく、靴を履いてすごすのだからなおさらだ。
ベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見上げた。高い高い天井は、上にロープをつるせないようにするためらしい。わたし……ジュリアスくんが自殺しないように。
そりゃあ目が覚めて自分が男から女になってたらショックだろう。ショックのあまり、自殺を図るかもしれない。首をつらなくても、窓から飛び降りるかもしれない。だからこの部屋には窓がないのだ。
それにしてもやり方が中途半端だと思う。だって、何も自殺の方法は首吊りだけじゃないのだから。棚にわざと押し潰されてもいいし、それより自分で舌を噛み切るとか、首を絞めるとか、方法はいくらでもあるだろうに。
「なーんかキナ臭いんだよなぁ。これ」
そもそもジュリアスくんが性転換しなければいけなかった理由も可笑しいし。あんなくだらない理由で非人道的なことをする理由がない。なにより、失敗したときのリスクが大きすぎる……ちょっとまて、今わたし、かなり頭いいこと考えてない? 頭回りすぎじゃない? ジュリアスくんって本当に天才少年だったんだぁ。
彼の肉体年齢はわたしと一緒で十七歳。同じ年齢なのに頭の中身がこうも違うなんて。
*
数日後、すなわちわたし―――ジュリアス・サージェントが隣国に旅立つ日だ。移動は船である。それも、この国が海洋国で、隣国というのは陸続きという意味での隣国かと思ったので、なんだか拍子ぬけである。
船での移動は快適とは言いがたかった。まず、とにかくゆれる。船酔いはしたけど、さすがに吐かなかった。吐くもんかと腹に力を入れて、とにかく初日は一日中眠った。二日目は揺れになれはじめたのか快適で、三百六十度海の景観を楽しむことができた(まあ五分で飽きて自室で寝たが)。三日たって、ようやく隣国―――シンクレア王国に辿り着いた。そこから豪奢な馬車に乗って約一時間。馬車の窓から顔を出してみたその城は……まるで、シンデレラ城のようなお城だった。しってるか、シンデレラ城のモデルのお城ってドイツにあるんだぜ、確か。そんな話を昔聞いた気がする。
首が痛くなるくらいその城を見上げた。間近でみると本当に豪華。描写するのが面倒なくらい。
使いの人に連れられて、レッドカーペットを踏みしめ城に入る。ふかふかだなあと思いながら。途中いろんな人が顔をじろじろ見てくるが、ふへへ、やっぱわたしって美少女? ここはにこりと微笑んどくべき? と思ったが、その人の顔を見てやめた。みんな、怪訝な表情をしてる。なになに? ここってばよそ者に冷たい国なの? そっちが招いといて何様だよばーか。あてつけにニコリと最上級の笑みを浮かべといた。いやみだって気づけよ、クソ野郎!
延々と長い廊下を歩いて、足が疲れてきたころ、ようやく王様たちがいらっしゃる部屋の前に辿り着いた。使いの人がドアをノックした。これまた、ものすごいきれいな装飾が施されているドアだ。金色の獅子が彫られているドアノブを使いの人がにぎり、がちゃりと音を立ててドアが開かれた。