家庭教師?天才美少女?何それおいしいの?
どうやらわたしはわたしじゃなくなったらしい。男の説明を聞いてはっきりした。
わたし、いや、わたしが乗り移っている(?)この体の子の名前は、ジュリアス・ディオン。れっきとした、男の子らしい。それが、いろいろあって、強制的に女の子の体にされたそうだ。うわ、ちょうかわいそう。しかも、この話しぶりでは、無理矢理だったらしいし、この世界(もうなんか地名とか聞く限り違う世界っぽい。どういうことなの)では性転換手術なんてほぼ前例がない。文字通り、命がけのギャンブルだったそうだ。わたしはその手術のせいで、記憶をなくした、ということにしておいた。そのほうがいろいろと都合がいいし。男はそれを聞くと、眉間のしわを濃くさせて、怪訝な目をわたしに向ける。
「ふーん、そうですか。では、この国や、世界のことも? 小学校や中学校で習うような、基本的なことは?」
「は、え、えっと」
いやーしらねぇよ。だってわたし、違う世界からきたし。
でも、情報を司る記憶と、思い出とかを司る記憶って、別物だって考えられてるらしいし、コナンの映画で蘭ねえちゃんも一回記憶喪失したけど、確か普通に読み書き計算はできてたし。ここは、おぼえてないとまずいよなあ。
どう答えたものかと頭を回していると、ピン! と、脳みその奥の奥のほうから、なにか流れてくるような感覚を感じた。脳裏の奥でぴかりと光ったものは、それは、おそらくこの子の、ジュリアスくんの記憶なのだろうか。彼が今まで勉強してきた記憶がどっと頭に流れ出る。「うう。ああ」
ぐらんと、頭が揺れた。流れてくる膨大な知識量に耐えられなくなったのだ。うう、これって、うわさの知恵熱ってやつ? わたしは目じりに涙をためて、「うう」と泣き言を漏らす。それをさめた目で見つめるのは、あの男。
とたんに、わたしの意識はブラックアウトした。
*
「じゃ、君の名前は今日からジュリアス・サージェントだから」
目が覚めると、あのベッドの上に寝かされていたことに気づいた。そしてついでのことのように男が告げたことに、目を丸くする。
「苗字、変えるんですか」
「まあ、そりゃあね。名前は変えないであげるんだから、感謝してほしいぐらいだけど」
ジュリアスという名前。彼の記憶の中には、親しい人から「ジュリー」と呼ばれていたという出来事があった。ほほえましいと思うし、だからこそ、少しでも彼が男であったという事実を残したいとも思った。彼はかわいそうな人だ。国のため、男だった人生を棄てて、女として生きていくハメになるなんて。しかも、わたしが彼の体、のっとっちゃったみたいだし。
「とりあえず、君の仕事ね。一週間後、隣国へ行って、家庭教師をしてもらいます」
「へ?」家庭教師?
「うん。王族のね、子供が六人ほどいるんだけどさぁ、そこの家庭教師をしてもらいたいわけさ」
「な、なんでわたし?」
「本当はこの国一番の才女が行く予定だったんだよ。そうそう、君の恋人。マライア・ガーランド。だけどねぇ、まあ、なんというか、うん、死んじゃってね。マライアちゃん、美人で有名だったし、本当に才女だったから。
ここからが本題。死んだから無理なんて向こうの国にいえないわけよ。言ったら、せっかくの友好関係がどうなるかわかんないし。ビジネスは信頼が基本だからねぇ」
知らなかった。外交ってビジネスなのか。
「で、代わりを作ろうとしたんだよ。でも、彼女ほど頭のいい女性はいなかった。あの子は頭がひとつふたつみっつ飛び出てたんだよ。さあどうしたもんかと思ったとき、君の存在が浮き出た」
「は?」わたし? あ、この場合はジュリアスくんか。
「そ。君は彼女にひけをとらないくらい天才だった。それで君に代わりを務めてもらおうと思ったわけさ」
「……なんで、それだけのことで、わたし、性転換しなくちゃいけないんですか?」
素朴な疑問を投げかける。だって、そんなことのせいで、ジュリアスくんはひどい目にあったんだから。
「向こうには天才美少女を送るって言っちゃったし。大丈夫、君元々顔のつくりはお姉さんに似て、よかったから、女の子になっても、結構かわいくなってるよ」
うわ。
うわ、うわーーー!!!! くっだんねーーー!!!!!
声を大にして叫びたかった。ジュリアスくんちょうかわいそう!! さすがに同情するわ、これは! こんなくだらない理由で、ジュリアスは人権を無視され非人道的な手術を強制的に行われたのか! なんて悲劇! 強制性転換エロ小説かこれは!
男ははっはっはと涼しげに笑う。こいつめっちゃ殴りたい。
「むさい男が家庭教師をするより、ぼんきゅっぼんなお姉さんが手取り足取り教えてくれたほうが、男が燃えるんですよ。まああなたはまな板ですがね」
「もぐぞお前の息子を!」
「女性がはしたないことを言うんじゃありませんよ」
ふふふと男は笑う。よく笑う男だな、とわたしは思った。が、今はそんなこと関係ない。とりあえずこいつを一発殴らせろ! と、男に向かってこぶしを振り上げる。が、ぴたりとその手は止まった。頭の奥から流れ出す感情。その名は、恐怖。うわ、ジュリアス君、きみ、この男にナニされたの。
「うううう」
「ははは、どうしたんですか? 汗をダラダラたらしちゃって」
うううう殴りたい! こいつの端整な顔をゆがませてやりたい!
とりあえず、当面の目標は、こいつを殴ることになりそうです。




