わたしと恐怖と性転換
「ぎゃあああああああ」
女性としてどうかと思う悲鳴を上げてわたしは飛び起きる。死んだ! 今の絶対死んだ!! 許さんぞわたしを叩き落しやがったあのクソ女! なんの恨みがあっていたいけな女子高生(笑)をさっさささ殺人しやがってうわあああ……。
どうしよう、絶対わたし死んじゃった。
うわああんと両手で顔を覆いながら泣き叫ぶ。もっと生きたかったよぉ、明日は朝ちゃんたちとカラオケいく予定だったし、来週は池袋に買い物の予定もあったし、来月は大好きな本の新刊が発売するし。死にたい理由なんてひとつもなかった。なのに、どうしてわたしが死ななければいけないんだろう。ぐすぐす惨めに泣いて、泣いて、わたしはふと顔を上げる。
「ていうか、ここどこ」
きょろきょろとあたりを見渡す。そこは真っ白い部屋だった。置いてあるのは必要最低限の生活用品。棚とか机とかそんなもん。ちょっと広めの病室みたいな感じ。わたしの着ている服も、入院服に似た、簡素な真っ白い服だった。あ、もしかしてここって病院? じゃあわたし、助かったの?
「あーよかったぁ。そうだよねぇ、あんぐらいじゃ死なないよね」
そう思うとだんだん落ち着いてきた。ベッドから降りて、部屋を隅々と見渡す。できれば鏡とかあってほしいのだが、置いていなかった。よく観察してみれば、ここ、窓もないし。それに天井がすっごく高い。壁もやわらかくなっていて、なんというか、何もかけれないようになっている。
というか。
わたしはこんな部屋をしっている。
なんかのホラーなゲームにでていた、確か、精神病患者の、自殺防止の部屋にそっくりなのだ。
さあああと背筋が凍る。なんて部屋に入れられたのだ、わたしは。別に自殺しようなんて思いつめたことなんてないし、それにさっきも言ったとおり、死ぬ理由がわたしにはないのだから。
頭を抱えていると、コンコン、と扉がノックされた。あれ、扉なんてあったんだ。気づかなかったなあ。
「やあどうも。どうやら手術は成功みたいですねぇ。いやぁ、よかったよかった。ちゃんとかわいらしい女の子になっていますよ」
「? はあ」
入ってきたのは、全身黒ずくめの、おおよそ病院には似つかわしい服を着たイケメンだった。涼しそうな笑顔が似合う、日本人離れした顔。つか、こいつ日本人じゃねえよな、鼻高いし。その人の顔をじーっと直視していたら、脳がびびっとわたしに指令を送った。こいつは、危ない、怖い、恐ろしい。近づいてはだめだと。
なぜか脳裏に写る彼の姿は、恐ろしいヴィジョンでしかない。ん? そもそも、わたし、この人と初対面だよね? なんでこんなに警戒しなくてはいけないんだろう。
男がにこにこと涼やかな笑顔を浮かべて、わたしに近づいてくる。そして、ゆっくりとした、精錬された美しい動作でわたしの手をとる。その瞬間、わたしは全身の毛を逆撫でされたような感覚に陥り、そして脳が発する『恐怖』という感情の波に耐え切れず、吐き気を抑えて彼の手を払った。
この部屋には流し台がない。わたしは我慢できず、男に背を向けて胃の中のものを全て吐き出した。彼が怖い、怖い、怖い! まったく知らない人なのに。わたしの本能が告げるのだ。
ふと彼の顔をみた。彼は一瞬、とても悲しそうな、傷ついたような苦悶の表情を浮かべた。しかしすぐにそれを取り払い、彼はわたしに言う。
「では改めてご説明いたしましょうか。あなたの今の境遇、これからやることを」
「すいません、あの、一体これは何なんでしょう。わたし、どうしてこんな部屋にいるんですか? 手術は成功したんでしょう? なら、早く家に帰りたい……」
男はそれに笑いながら答える。しかし、その言葉は、わたしにとって地獄のようなものだった。
いや、まだ地獄のほうが、ましだったかもしれない。
「ええ、手術は成功しましたよ。だからあなたは女の子になれたんでしょう」
「え」
「それに、あなたに帰る家なんて、もうないじゃないですか!」
男の顔は、ほんとうに、きれいで、うれしそうな笑顔だった。