第17話 隣に立つということ
祝賀会は。
まだ。
始まったばかり。
そう思っていた。
実際。
始まったばかりだった。
けれど。
ソランはすでに、少し疲れていた。
「…………」
早い。
非常に。
早い。
まだ何も始まっていないに等しいのに。
この調子で最後まで持つのだろうか。
ソランは。
ぐるりと視線を巡らせた。
そこかしこに着飾った貴族たちの姿が見える。
アシュベリー公爵夫妻は。
窓辺で数人の招待客と談笑している。
白髪交じりの公爵が鷹揚に頷く傍らで、
深緑のドレスをまとった夫人が穏やかな笑みを浮かべていた。
その少し先には。
エルモン子爵夫妻。
細身の子爵は身振りを交えて何かを語り、
栗色の髪を結い上げた夫人は、
時折その腕に触れながら相槌を打っている。
ロゼリア夫人の姿もあった。
淡い藤色のドレスに真珠の首飾りを合わせた彼女は、
扇を片手に、隣の令嬢の話へ耳を傾けていた。
見知った顔もあれば。
初めて見る顔もある。
その誰もが。
今日は自分とレオンハルトの婚約を祝うために来ているのだ。
そう思った途端。
胸の奥が落ち着かなくなった。
……こんなに大勢の前で、挨拶をするのか。
三日間、何度も練習した。
それなのに、きちんと覚えたはずの言葉まで。
急に頼りなく思えてくる。
ソランは、ドレスの陰でそっと指先を握り込んだ。
少し。
不安。
けれど。
「緊張してるのか」
先ほどのユエの言葉を思い出す。
「……少しだけ」
そう答えた。
そして。
深呼吸した。
大丈夫。
多分。
朝よりは。
少しだけ。
その言葉を信じられる。
そんなことを考えながら。
ソランが次の招待客へ笑顔を向けようとした時だった。
空気が。
変わった。
「…………?」
誰かが何かを言ったわけではない。
大きな音がしたわけでもない。
けれど。
分かった。
先ほどまで談笑していた人々の声が、僅かに小さくなる。
視線が。
一つの方向へ向く。
屋敷の外。
そして。
使用人から告げられた言葉。
王家の馬車が到着した。
「…………」
――来た。
そう思った途端。
胸がどくりと鳴った。
待っていたはずなのに。
いざその姿を目にすると、身体が強張った。
ソランは。
無意識に背筋を伸ばした。
顎。
上げすぎない。
視線。
真っ直ぐ。
肩。
力を入れすぎない。
「…………」
さっき。
抜いたばかりなのに。
肩の力。
戻るの。
早い。
もう少し。
休んでいてほしかった。
ヴァレリウスが動く。
ミレーヌも続く。
カイル。
ノア。
そして。
ソラン。
ヴァレンティア家として。
王家を迎える。
屋敷の前へ出ると。
そこには。
一目で他の馬車とは違うと分かる馬車が止まっていた。
豪華。
というだけではない。
王家。
そう分かる。
「…………」
王宮へ行った時とは。
逆。
あの時は。
自分が王家の場所へ行った。
今日は。
王家が自分の家へ来る。
同じ顔に会うだけなのに。
立場が変わると。
妙な感じがする。
扉が開く。
先に降りる者たち。
護衛。
そして。
金色の髪が見えた。
レオンハルト。
王宮で会った時と同じ。
整った姿。
青い瞳。
綺麗な顔。
そして。
笑顔。
「…………」
完璧。
やっぱり。
完璧。
六歳。
なのに。
笑顔の角度まで。
計算されているように見える。
いや。
本当に計算しているわけではないのだろう。
多分。
もう。
身についている。
そういう。
笑い方が。
さすが。
王太子。
「…………」
六歳で。
大変。
人のことは言えないけれど。
レオンハルトがこちらへ顔を向ける。
青い瞳が。
ソランを捉えた。
「…………」
ほんの一瞬。
変わった。
目元。
口元。
僅かに。
本当に。
僅かに。
柔らかくなった。
すぐに。
元の綺麗な笑顔へ戻る。
他の人なら。
気づかなかったかもしれない。
ソランも。
ほんのわずかに。
口元を緩めた。
気づいたかどうかは。
分からない。
でも。
それでよかった。
「…………」
少し。
嬉しそう。
そう思った瞬間。
王宮でのことを思い出した。
帰り際。
また来るのかと聞かれた。
だから。
今度はヴァレンティア家へ来てほしいと伝えた。
カイルも。
ノアもいる。
ユエも時々来る。
庭もある。
そう話した時。
レオンハルトは。
「ぜひ」
そう答えた。
少し。
嬉しそうに。
「…………」
本当に。
来たかったのかな。
分からない。
でも。
少なくとも。
嫌ではなかった。
それくらいは。
分かる。
「…………」
先ほどの一瞬の微笑みのおかげで。
何故か。
自分の緊張も。
ほんの少しだけ。
ほどけた。
◇
挨拶が始まる。
最初は。
ヴァレリウス。
「本日は我が家へお越しいただき、誠に光栄に存じます」
いつもの父。
いや。
いつも以上に。
公爵。
顔。
怖い。
別に怒ってはいない。
知っている。
六年間。
見てきた。
でも。
知らない人が見たら。
少し怖いと思う。
少し。
多分。
かなり。
レオンハルトは。
そんなヴァレリウスを前にしても。
当然のように受け答えをする。
「こちらこそ、招いていただきありがとうございます」
綺麗。
完璧。
次は。
ミレーヌ。
「ようこそお越しくださいました、殿下」
柔らかな声。
レオンハルトも。
少し表情を和らげて応える。
そして。
カイル。
「カイル・ヴァレンティアです。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
きちんとしている。
「レオンハルト・ローゼンベルクです。今日はよろしくお願いします」
こちらも。
きちんとしている。
八歳。
六歳。
会話だけ聞けば。
もっと上。
「…………」
貴族の子供。
大変。
改めて。
思う。
そして。
最後。
ノア。
「…………」
ソランは。
少しだけ。
心配になった。
大丈夫。
朝。
お兄ちゃんだった。
本人が。
そう言っていた。
待てる。
らしい。
待つことと。
挨拶できることに。
直接の関係はない。
でも。
大丈夫。
多分。
ノアが。
一歩前へ出た。
「ノア・ヴァレンティアです」
言えた。
「でん……」
一瞬。
止まる。
「…………」
頑張れ。
ノア。
「殿下にお会いできて、光栄です」
言えた。
「…………!」
偉い。
ノア。
ちゃんと。
言えた。
非常に。
偉い。
ソランは。
表情には出さず。
心の中で。
盛大に拍手した。
今。
撫でたい。
でも。
駄目。
後で。
いっぱい。
撫でよう。
レオンハルトが。
ノアへ微笑む。
「こちらこそ。会えて嬉しいです」
終わった。
無事。
終了。
ソランは。
密かに息を吐いた。
よかった。
何も。
起きなかった。
「…………」
そう。
思った。
ノアが。
レオンハルトを見ていた。
じっ。
と。
「…………」
嫌な。
予感。
何故。
分からない。
でも。
姉として。
六年間。
いや。
四年間。
この弟を見てきた。
分かる。
これは。
何か。
言う。
「ノア」
先に。
止めるべき。
だった。
けれど。
遅かった。
「殿下が、姉様のお婿さん?」
「…………」
止まった。
ソラン。
カイル。
そして。
レオンハルト。
「…………」
ノア。
今じゃない。
それ。
やめて。
お願いだから。
空気読んで。
四歳児には、難しい。
誰も。
すぐには。
言葉を発さなかった。
ほんの。
一瞬。
でも。
ソランには。
長かった。
ノアだけが。
何故みんなが黙ったのか分からない顔で。
首を傾げている。
強い。
四歳。
非常に。
強い。
「ノア」
ミレーヌが。
柔らかく名前を呼んだ。
怒ってはいない。
けれど。
少しだけ。
困っている。
「なあに、母様?」
「そういうことは、急にお尋ねするものではないわ」
「どうして?」
「…………」
来た。
どうして。
四歳児。
最強の。
言葉。
ミレーヌが。
ほんの少し。
困ったように笑う。
カイルは。
額を押さえたくなるのを我慢しているような顔。
そして。
父。
「…………」
無言。
怖い。
むしろ。
何か言って。
いや。
やっぱり。
言わないで。
どちらが正解なのか。
分からない。
ソランは。
恐る恐る。
レオンハルトを見る。
「…………」
困っている。
ほんの。
少しだけ。
いつもの綺麗な笑顔が。
僅かに。
崩れている。
目が。
一度。
ノアからソランへ。
そして。
またノアへ。
「…………」
あ。
今。
何て答えるか。
考えた。
多分。
王太子としての。
正しい答え。
けれど。
その前の。
ほんの一瞬。
レオンハルトは。
ただの。
六歳の男の子だった。
そして。
レオンハルトは。
口を開いた。
「そうなる予定です」
「予定?」
「はい。まだ先のことですから」
「じゃあ、今はお婿さんじゃないの?」
「…………」
また。
一瞬。
止まった。
「そう……ですね」
「そっか!」
納得。
早い。
非常に。
早い。
こちらは。
こんなに。
疲れたのに。
本人は。
もう。
終わった。
理不尽。
「ノア」
今度は。
カイルが呼んだ。
「なに?」
「そういうことを急に聞くな」
「母様も言ったよ」
「だったら分かれ」
「でも、なんで?」
「…………」
カイルが。
黙った。
八歳。
頑張れ。
四歳の。
どうしてに。
負けるな。
「とにかく、駄目なんだ」
「なんで?」
「だから……」
「カイル兄様も分からないの?」
「分かってる!」
「じゃあ教えて」
「…………」
追い詰められている。
公爵家の嫡男。
四歳児に。
「ノア」
ソランは。
思わず口を挟んだ。
「カイル兄様を困らせないの」
「姉様も困った?」
「困ったわ」
「…………」
ノアが。
少し。
しょんぼりした。
「ごめんなさい」
「…………」
素直。
可愛い。
ソランは。
ノアの目をまっすぐ見つめた。
そして。
一呼吸おき。
優しく。
声をかけた。
「もういいわ」
「怒ってない?」
「怒ってない」
「ほんと?」
「本当」
ノアが。
ぱっと。
笑った。
「じゃあ、あとで遊べる?」
「…………」
切り替え。
早い。
「時間ができたらね」
「うん! 僕、待てるよ!」
「知ってる」
「お兄ちゃんだから!」
「それも知ってるわ」
朝と。
同じ。
ノアは。
満足そう。
カイルは。
呆れている。
ソランも。
つい。
いつもの調子で答えてしまった。
「…………」
しまった。
レオンハルトの前。
いや。
別に。
悪いことは。
していない。
多分。
でも。
さっきまで。
公爵家として。
きちんと。
王太子を。
迎えていた。
はず。
どこへ。
行った。
「…………」
ソランは。
少しだけ。
気まずくなって。
レオンハルトを見る。
レオンハルトは。
こちらを。
見ていた。
ソラン。
カイル。
ノア。
三人を。
静かに。
見ている。
「…………?」
笑っている。
わけではない。
困っている。
ようにも。
見えない。
ただ。
少しだけ。
不思議そうに。
見ている。
何だろう。
ソランは。
レオンハルトの顔を見る。
目。
口元。
視線。
いつものように。
考える。
でも。
分からない。
「…………」
何を。
見ているのだろう。
何を。
考えているのだろう。
少し。
気になった。
けれど。
答えは。
出なかった。
人を見ることは。
得意。
そう。
思っている。
でも。
見れば。
何でも。
分かるわけではない。
当たり前。
なのに。
何故か。
その時の。
レオンハルトの顔だけは。
少し。
心に。
残った。
◇
祝賀会というものは。
祝われる側が。
意外と忙しい。
「この度は、誠におめでとうございます。レオンハルト殿下、ソラン嬢」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
隣から聞こえた声と。
自分の声が。
ほとんど同時に重なった。
「お二人が並ばれているところを拝見すると、実に喜ばしいですな」
そう言って笑ったのは。
アシュベリー公爵だった。
先ほど。
窓辺で夫人と談笑していた人物。
近くで見ると。
白髪の混じった髪と、刻まれた皺のせいだろうか。
遠目で見るよりも。
ずっと年上に見える。
けれど。
背筋は伸びている。
声にも。
張りがある。
やはり。
公爵。
貫禄がある。
「殿下も、随分とご立派になられました」
「ありがとうございます、アシュベリー公爵」
レオンハルトが。
微笑む。
綺麗な。
王太子の笑顔。
「ソラン嬢も。お母上によく似てこられた」
今度は。
こちら。
「ありがとうございます」
ソランも。
笑う。
口元。
目元。
姿勢。
大丈夫。
多分。
「将来が楽しみですな」
「…………」
将来。
来た。
今日。
何度目だろう。
将来。
未来。
これから。
そういう言葉。
六歳の子供に使うには。
随分と。
先の長い言葉ばかり。
「ありがとうございます」
それでも。
笑う。
隣では。
レオンハルトも笑っている。
アシュベリー公爵夫妻が離れる。
次にやって来たのは。
グレイヴ伯爵夫妻。
伯爵は。
恰幅の良い男性だった。
人の良さそうな笑顔。
よく響く声。
その隣には。
落ち着いた茶色の髪をした夫人。
「いやあ、めでたい。実にめでたいですな」
声。
大きい。
「殿下もソラン嬢も、こうして並ばれると実にお似合いだ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
また。
重なった。
「ははは。息も合っておられる」
「…………」
違う。
同じ言葉しか。
選択肢がないだけ。
とは。
言えない。
当然。
ソランは。
笑顔を保った。
グレイヴ伯爵は満足そうに笑い。
そのままレオンハルトへ何かを話し始めた。
次は。
エルモン子爵夫妻。
その次には。
ロゼリア夫人。
さらに。
フォンテーヌ伯爵。
祝福。
挨拶。
笑顔。
言葉。
そのたびに。
ソランは。
背筋を伸ばす。
顎。
大丈夫。
視線。
大丈夫。
笑顔。
多分。
大丈夫。
ヘレナ。
私。
頑張ってる。
かなり。
頑張ってる。
褒めて。
後で。
かなり。
褒めてほしい。
「お二人が、この国の未来を支えてくださる日を楽しみにしております」
「…………」
また。
未来。
ソランは。
微笑みながら。
ふと。
隣を見る。
レオンハルト。
六歳。
自分。
六歳。
身長だって。
大人たちより。
ずっと低い。
手も小さい。
顔だって。
まだ。
子供。
なのに。
周囲が見ているものは。
ただの。
六歳の男の子と。
六歳の女の子ではない。
王太子。
そして。
その婚約者。
いつか。
国を背負う者。
その隣に立つ者。
そんな。
ずっと。
ずっと先まで。
見られている。
「…………」
六歳。
やっぱり。
重い。
もう少し。
軽いものから。
始めてほしい。
お菓子の籠。
あれくらいで。
ちょうどいい。
◇
セドリック伯爵は、口元に笑みを浮かべていた。
ただ、その視線はソランの顔からドレスへ。
そして隣のレオンハルトへと移っていく。
「実にお似合いのお二人でございますね」
言葉は丁寧だった。
けれど、ソランが目を合わせると、伯爵は一拍遅れて笑みを深めた。
……何だろう。
祝福されているはずなのに、出来栄えを確かめられているような気がした。
「ソラン嬢は、将来どのように殿下をお支えしていきたいとお考えですかな?」
「…………」
来た。
ソランは。
笑顔のまま。
目の前の男性を見た。
セドリック伯爵。
悪意は。
多分。
ない。
純粋な。
興味。
それと。
少し。
試すような色。
六歳の公爵令嬢。
王太子の婚約者。
どの程度の教育を受けているのか。
どんな答えを返すのか。
見ている。
「…………」
分かる。
分かるけど。
困る。
将来。
どう。
殿下を。
支える。
知らない。
六歳に。
国家の未来を。
聞かないで。
ほしい。
お菓子の好みなら。
答えられる。
多分。
いや。
レオンハルトの好きなお菓子。
知らない。
それも。
答えられなかった。
駄目だった。
「私は――」
口を開く。
けれど。
その先。
どこまで。
何を。
答えるべきなのか。
一瞬。
迷った。
その時。
「僕たちは、まだ学ぶことばかりです」
隣から。
声がした。
レオンハルト。
「ソラン嬢とは、これから共に多くのことを学んでいければと思っています」
穏やか。
自然。
ソランを庇った。
という印象を。
ほとんど。
与えない。
セドリック伯爵は。
一瞬。
レオンハルトを見る。
それから。
目を細めた。
「なるほど。それは頼もしいお言葉ですな」
「ありがとうございます」
話が。
流れた。
「…………」
助かった。
ソランは。
ほんの僅かに。
レオンハルトを見る。
レオンハルトは。
伯爵を見ている。
こちらを。
見ない。
助けたことなど。
何でもない。
そんなふうに。
「…………」
上手い。
さすが。
王太子。
六歳。
やっぱり。
大変。
けれど。
今は。
ありがたい。
やがて。
セドリック伯爵が離れ。
別の招待客が前へ出た。
オルセーヌ夫人だった。
「殿下。本日はお越しくださり、本当に嬉しく思います」
「ありがとうございます」
「王妃陛下も、本日のご臨席をさぞ楽しみにされていたことでしょう」
「…………」
ほんの。
僅か。
レオンハルトの返事が。
遅れた。
「はい。母も――」
笑顔。
綺麗。
いつも通り。
けれど。
ソランは。
横顔を見た。
ほんの少し。
呼吸。
視線。
間。
王宮で。
見た。
母上。
そう呼んだ時の。
レオンハルト。
王妃を見る。
あの目。
「…………」
この話。
あまり。
続けたくないのかもしれない。
理由は。
分からない。
王妃の体調。
それとも。
別の何か。
分からない。
なら。
分からないところまで。
踏み込む必要はない。
見抜くことと。
暴くことは。
違う。
「オルセーヌ夫人」
ソランは。
自然に口を開いた。
「今日は母も、皆様に楽しんでいただきたいと、庭師たちと相談して庭を整えてくれたんです」
「あら」
オルセーヌ夫人の視線が。
ソランへ移る。
「春の花も綺麗に咲いておりますの。よろしければ、後ほどご覧になってくださいませ」
「まあ。それは楽しみですわ」
オルセーヌ夫人が。
嬉しそうに笑う。
「ミレーヌ様のお庭は以前から素晴らしいと伺っておりますもの」
話題が。
変わる。
そのまま。
花の話へ。
庭の話へ。
流れていく。
「…………」
よし。
ソランは。
内心。
小さく息を吐いた。
そして。
ふと。
視線を感じた。
横。
レオンハルト。
青い瞳が。
こちらを見ている。
ほんの。
一瞬。
目が合った。
「…………」
何も。
言わない。
ソランも。
言わない。
けれど。
多分。
分かった。
さっき。
助けてもらった。
今。
助けた。
「…………」
意外と。
やりやすい。
そんなことを。
少しだけ。
思った。
◇
しばらくして。
招待客の流れが。
一度。
途切れた。
「…………ふう」
小さく。
本当に。
小さく。
息を吐く。
誰にも。
聞こえない程度。
そのつもりだった。
レオンハルトは。
わずかに身を寄せ。
ソランにだけ聞こえる声で言った。
「緊張していますか?」
「…………」
聞こえていた。
ソランは。
ゆっくり。
隣を見る。
レオンハルト。
いつもの。
綺麗な笑顔。
「…………」
その言葉。
どこかで。
聞いた。
いや。
違う。
逆だ。
王宮。
初めて。
二人で話した時。
自分が。
聞いた。
『殿下は、緊張していないのですか?』
あの時。
レオンハルトは。
平気そうに。
笑っていた。
でも。
平気では。
なかった。
そして。
今度は。
自分。
「…………」
平気です。
そう。
答えかけた。
癖。
なのかもしれない。
大丈夫。
平気。
何でもない。
そう言えば。
話は。
終わる。
けれど。
「…………」
別に。
終わらせる必要も。
ない。
茶会で。
怖かった。
そう。
ユエに言った。
今朝も。
エマに。
母に。
少しだけ。
そう言った。
さっきも。
ユエに。
同じ。
言葉を。
言った。
平気ではない時に。
平気だと。
言わなければならない。
理由は。
ない。
少なくとも。
今は。
「……ほんの少しだけ」
そう答えた。
レオンハルトが。
僅かに。
目を瞬く。
それから。
少しだけ。
間を置いた。
「僕もです」
「…………」
ソランは。
横を見る。
レオンハルトは。
笑っている。
いつもの。
綺麗な。
笑顔。
王太子の。
笑顔。
けれど。
今回は。
分かる。
全部。
ではない。
そんなもの。
分かるはずもない。
でも。
少なくとも。
これは。
ただ。
自分に合わせただけの。
言葉ではない。
本当に。
少し。
緊張している。
それを。
レオンハルトは。
自分に。
言った。
「…………」
ソランも。
ほんの少し。
笑った。
そっか。
私だけじゃ。
なかったんだ。
そう思ったら。
少しだけ。
肩が。
軽くなった。




