最速な速道さんは僕が話しかけると遅くなる
心配した表情で、瞬ちゃんは僕のベッドへと駆け寄ってきた。今この保健室には僕と瞬ちゃんしかいない。
「大丈夫?」
「うん」
「私が運んでる間に寝ちゃったみたいでさ」
僕が風邪をひかないように温めようとしてくれていたのはわかるが、瞬ちゃん自身も大丈夫だったのだろうか。
「瞬ちゃんは大丈夫だった?」
「私? 私は体強いから大丈夫」
両手で力こぶを作り、自分を大きく見せている。前の瞬ちゃんだったらこんなことはしなかっただろう。あの頃の瞬ちゃんが少し懐かしく感じる。
「……」
「……」
いつもと違う二人きりの雰囲気に僕たちは黙ってしまう。特にこれといった話もないが、一つだけ瞬ちゃんと約束したことがあった。
「ふ、二人になれたらってあれ……覚えてる?」
「うん、覚えてるよ」
瞬ちゃんは体育祭が終わったら二人になれる場所を探していた。みんなが帰って、先生もいないこの保健室が、最適な場所になっている。
「朝さ、私と友達か聞いてきたじゃん。あれってどういうことなの?」
「あれは……田向君が教えてくれたんだ。今の僕が感じてることは、友達に向ける感情じゃないって」
あの時は自分でもどんなことを感じているのかわからなかった。
でも、今なら少しくらいはわかる気がする。『好き』これが何を意味しているのかは分からないけど、本能的に理解できる。これは友達としての好きではないことを。
「そ、そうなんだ。私ね、その時ちょっと不安だったんだよ」
「そうだったんだ。ごめん」
「いいの、今は違うってわかるから」
もしかすると本当に、瞬ちゃんと感じている気持ちは同じなのかもしれない。
「……」
「……」
しばらく沈黙が流れる。ぼーっとしたりしてるわけではない、どうやって伝えたらいいかわからないんだ。
「わ、私遥君のこと、好き……なんだよね」
その言葉を聞いて瞬ちゃんの方を見てみると、目をぐるぐるさせていた。完全にパニックになっている。
その表情を見て、こらえていた笑いが少しだけあふれてしまった。
「笑わなくてもいいじゃん!」
「ごめんごめん」
普段ならこらえられたはずなのに、今回はこらえることができなかった。安心したからだろうか、また別の気持ちが湧き上がってくる。
「私ね、あのキャラで笑われて生きてきたからさ、変なキャラでいなきゃって思ってた。でも、遥君は笑ってたけど、馬鹿にはしてこなかった。素の私を見たときも、みんなとなじめるようにしてくれたし……」
話していた瞬ちゃんの口が止まってしまった。顔は夕日に負けないくらい赤くなっていて、頭からは湯気が出ている。
「だから……遥君はどうなのかなって思ってて……」
「……瞬ちゃんは、何事にもまっすぐだよね」
「急にどうしたの」
本当に急にどうしたんだろうか。でも、今思っていることをちゃんと伝えて、瞬ちゃんの想いに応えなくてはいけない気がした。
「最初は変な人だと思ったよ。でも、関わっていくうちにただまっすぐなだけの人なんだって気づいた」
「……」
「全部に直向きで、何事にも挑んでいく姿に、僕は惹かれたんだと思う」
瞬ちゃんは下を向いている。今はどんな表情なのか全くわからない。体を震わせて、少し肩が上がっている。
「だけど僕は鈍感というか、こういうのに鈍いんだ。だから確証はないけど……僕も、瞬ちゃんと同じ気持ちだと思う」
そう口にした瞬間、瞬ちゃんは僕に抱き着いてきた。あの暴走したときとか、運んでくれたときのような感じではなかった。
ただ暖かく、そして優しい気持ちになれる不思議な感覚だった。
「うん……うんっ」
僕は瞬ちゃんの背中に腕を回し、初めて抱き返してみせた。何とも形容しがたい気持ちだったけど、今僕が感じているものが本物だと思えた。
「おはよ、遥君」
「おはよ、瞬ちゃん」
いつも通りの朝、瞬ちゃんと一緒に学校へと向かう。一つ違うことといえば、手をつないでいることくらいだろうか。
「お二人さん……」
「お前ら……」
尾園さんと田向君が泣きそうな顔でこっちを見ていた。朝から何の用なのかわからないけど、何か面倒ごとになりそうな気がする。
「やっと付き合ったんだね……」
「やっとくっついたんだな……」
感激するようにこっちを見ている。そして気を抜いているうちに、二人はどこかへ消えてしまった。
「そうだね、私たち、付き合ったんだよ」
「あんまりわからない感覚だね」
実際、今までとあまり距離感も何も変わっていない気がする。でも言語化されると、少し照れくさくなってしまう。
「あ、そうだ」
瞬ちゃんが手を放して、荷物を背中に回してリュックのようにする。クラウチングスタートの姿勢をとり、僕に目配せをしてきた。
「綾瀬君、何をやっているのですか」
慣れていないような口調で、あの時の『速道さん』をやり始めた。
「学校まで競争? 速道さん」
よーいどんでスタートして、学校へと走っていく。この先僕と瞬ちゃんに何が起こっても、もう離れることはない。




