何時、何分、何秒、地球が何回、回った日?
時計やスマホを見ずに、時間があるときに。
時間を見ずに、読んでください。
その質問を答えたことがある人は、きっと少ないだろう。
いるならば、科学者や研究者か、そこらへんの物好きだろう。
なぜ、答えられないのか。
それは、みんな、正確な時間がわからないから。
正確に言うなら、何時、何分、何秒かは答えても、地球が何回回ったかを言えないのだ。
何時、何分、何秒、地球が〜と言って、そこでだいたいが笑われるか、遮られるか、知らない、意味がないと返される。
僕だってそうだ。
学生時代、友達とふざけ合っていたあの瞬間、あの時間。
今、思い出せるだけでも、無数の時間を費やした。
昨日一日を共にした友人と、また会って、共に時間を過ごす。
朝の、昼の、夕方の時間。ただその時間の正確な時間が分からない。
時計のハリの秒針も、どこを指していたか、今は全く思い出せないのだ。
では、この言葉をいつ言わなくなったのか。
中学校...いや、小学3、4年性の頃にはもう言わなくなっていた。
それはそうだ。時計を読めるようになって、成長期・思春期に入り、悟ったのだ。
言っても、知っても、答えれても___________
意味がない。
今では、幼稚園・保育園生だって時計が読める子だっているだろう。
曖昧だった数字が、時間が、今、誰でも簡単に1、2、3、4、5....と理解ができて数えることができる。
文字を、数字を、記号を、理解して、読める、書ける。
ひらがなを、カタカナを、漢字を、理解して、読める、書ける。
学年が上がることに新しい文字を理解して、読むことができる。書くことができる。
学年が上がれば、人として、生物として、ワンランク、上にいけるのだ。
では、これを読んでいるものに問題だ。
時間を見ないように。
「今、何年?何月?何日なのか?はっきり言えるだろうか。」
日付を答えられた人は、何人いるだろうか。
ここで、大抵の人は言えるだろう。
では、次の問題だ。
「今、何時?何分?何秒なのか?はっきり言えるだろうか。」
時間を答えられた人は、何人いるだろうか。
ここで、先ほど答えられた人よりは少なくなっただろう。
何時かを答えられた人は、推察力が素晴らしい。
何分かを答えられた人は記憶力が素晴らしい。
では、何秒かを答えられた人はいるかな?
うん。きっといない。
なぜなら、秒という単位は、常に上昇し、変化し続けるから。
もし、いたとしたら、今でも数えている人だろうね。
では、もう一つ問題だ。
「今日で、地球は何回、回った日だと思う?」
そうだよね、即答できる人なんて、まずいないだろう。僕だってわからない。
では、どう調べる?
現代人は、この問いにどういった手段で調べるのか。
答えは、きっと、君たちがいつも握っているものにある。
そう、スマートフォンだ。
スマートフォンなら、ロック画面で一瞬で何月で何日で何曜日の何時で何分かが即座にわかるだろう。
そして、検索窓に『今年 何年』『今の時間』『地球が何回、回った日』といれるだろう。
インターネットには、答えが載っているから。
そう育ってきたから。
若者なら、AIに聞く人だっているだろう。
なぜなら、そうやって育ったから。
否定はしないさ。
では、最後の質問だ。正確に答えを出して?
「昨日、何時に起きて、何時に寝て、朝に、昼に、夜に、何を食べた?」
これを60秒で考えてみようか。
思い出せた人は何人いただろうか。
考えれた人は何人いただろうか。
大抵の人は、曖昧な数字で思い出し、考えることはできただろう。
では。
正確に言える人は何人いただろうか。
少なくとも、僕には、正確にはわからなかった。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
現代社会を舞台に、私たちに起きている当たり前のことを物語に落とし込んでみました。
ぜひ、今後も読み続けてくれると嬉しいです。




