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第60話 星祭りの足音と、輝く地下迷宮

 古代遺跡リニューアル計画――通称『オルステッド・アンダー迷宮』の工事は、驚くべきスピードで進んでいた。


 それもそのはず。働くのは、並外れた筋力を持つガイルさんやポチ、そして「もっとみんなと遊びたい!」とやる気満々の遺跡さん本人なのだ。


 私が現場を訪れると、入り口付近ではガーゴイルたちが熱心に驚かしの自主トレに励んでいた。


『ガオォォォ! ……あ、ちょっと角度が甘いッスかね?』

『もっとこう、影からヌバッと出る感じの方が怖いッスよ、アニキ!』


 石の体をぶつけ合いながら議論する彼らの姿は、もはやモンスターというより、学園祭の準備に燃える学生たちのよう。


『奥様、見てて! 私、壁の苔をわざと不気味な光り方にする練習してるの!』


 遺跡さんが、地響きのような小さな震えと共に嬉しそうに伝えてくる。


 かつては侵入者を排除するための冷たい罠だった魔力回路が、今はお客様をワクワクさせる演出へと書き換えられ、遺跡全体が活気に満ちていた。


「これなら、お披露目の日が楽しみですね」


 私が満足げに頷いていると、隣で資材のチェックをしていたセバスチャンさんが、ふと思い出したように顔を上げた。


「そういえば奥方様。遺跡の公開も重要ですが、もうすぐ夏の星祭りの時期でございます。領民たちも、今年は一段と盛り上がると期待しておりますよ」


「星祭り……。この領地で行われる、一番大きなお祭りですね」


 私は、以前読んだ資料を思い出した。

 オルステッド領の星祭りは、夏の夜空に一番星が輝く頃、一年の無事を感謝し、これからの繁栄を祈る伝統行事だ。


 ◇


 城に戻ると、執務室ではジークハルト様が山のような書類を前に、珍しく眉間にシワを寄せていた。


「ジークハルト様、お疲れ様です。……星祭りの準備、大変なのですか?」


 私が淹れたてのお茶を差し出すと、彼はふっと表情を和らげ、ペンを置いた。


「……ああ。例年なら、広場に屋台を出す程度の小規模なものだった。だが、今年は温泉街の成功で、王都からの観光客も例年の十倍以上が予想されている。警備と宿泊施設の調整が追いつかない」


 彼は困ったように息を吐いたが、その瞳にはどこか楽しげな色もあった。

 領地が活気づくことを、彼は何より喜んでいるのだ。


「それなら、今回の遺跡迷宮の先行公開を、星祭りの目玉にしませんか? 入り口に温泉の源泉を使った足湯を作って、夜には光る魔鉱石で周囲を飾れば……」


「……お前は、休むということを知らないのか?」


 ジークハルト様が呆れたように、けれど慈しむような眼差しで私を見た。


「だって、せっかくの初めての星祭りですもの。領民の皆さんも、観光客の方も、そしてジークハルト様も、一生忘れられないような素敵な思い出にしていただきたいんです」


 私が熱を込めて語ると、壁に立てかけられたグラムが、これ見よがしにカタカタと鳴り出した。


『ヒュー! 奥様、天然の口説き文句だぜ! ご主人様、「こんなに俺たちのことを考えてくれるなんて……俺は世界一の幸せ者だ」って、脳内で感動の涙を流してるぜ!』


 ジークハルト様は少し耳を赤くして、私の手を取った。


「……無理はするな。お前の体調が一番大事だ。……だが、お前が描くその景色を、俺も一緒に見たいと思う」


「はい! 最高の星祭りにしましょう!」


 ◇


 それからの数日は、まさに怒涛の勢いだった。


 ジャンさんは星降る夜の特製パイの試作に没頭し、リリィさんは「城内とお祭りの会場を、史上最高にピカピカにしてみせます!」と鼻息を荒くしている。


 私は、ラムール領とのドレス事業で余った光る糸を使い、お祭りにぴったりの特別な衣装を仕立てることを思いついた。


 夜、自室でデザイン画を描いていると、ノックの音がした。


「コーデリア、まだ起きているか」


「ジークハルト様! はい、ちょうどお祭りの衣装を考えていたところなんです」


 扉を開けると、そこには少し疲れた様子の、けれど柔らかな表情をした夫が立っていた。

 彼は私の手元の紙を覗き込み、目を細める。


「……これが、光る糸のドレスか。星祭りの夜空に、よく映えそうだな」


「ええ! ジークハルト様のマントにも、少しだけこの糸を織り込もうと思っているんです。二人で歩いた時、まるで星空を纏っているように見えたら素敵じゃないですか?」


 私が興奮気味に語ると、彼は私の髪を愛おしそうに撫でた。


「お前が隣にいてくれるなら、俺に飾りは必要ない。……だが、お前が仕立ててくれるなら喜んで着よう」


 その言葉に、私は胸が高鳴るのを感じた。


「ジークハルト様。星祭りの夜、少しだけでいいので二人で抜け出せませんか?」


 私のささやかなおねだりに、彼は一瞬驚いたように目を丸くした。


「……抜け出す?」


「ええ。領主様としての仕事がお忙しいのは分かっていますが……。一番星の下で、あなたと静かにお祈りをしたいんです。誰もいない、二人だけの場所で」


 私が少しだけ甘えるように言うと、ジークハルト様は観念したようにふっと笑った。


「……ああ。セバスチャンに何と言われようと、必ず時間を作ろう。約束だ」


 指切りを交わすような、温かな約束。

 部屋の隅に置かれた鏡台が、『きゃー! ご馳走様! お祭りの夜が楽しみね!』と嬉しそうに輝いた気がした。


 夜の帳が下りる領地では、星祭りに向けた祭囃子の練習の音が、遠くから心地よく響いていた。


 波乱含みの夏が、今、最高の輝きを放とうとしている。

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