第49話 招かれざる隣人、金ピカ馬車と共に現る
氷の洞窟で究極のかき氷を開発してから、数日が過ぎた。
領地の中心部は少しずつ雪解けが進み、春の足音が聞こえ始めている。
城の温室では、今日のおやつとして、ジャンさんが改良を重ねた『特製・春摘みイチゴの練乳かき氷』の試食会が開かれていた。
「う〜ん、美味しい! 氷が口の中で一瞬で溶けて、イチゴの甘酸っぱさが広がりますわ!」
「お嬢ちゃん、食べすぎると頭がキーンとするぞ。……イテテッ」
リリィさんが幸せそうに頬を抑え、ガイルさんが案の定かき氷頭痛に見舞われている。
みんなでテーブルを囲み、賑やかなティータイムを楽しんでいた、その時だ。
「……旦那様、奥方様。少々よろしいでしょうか」
温室の入り口に、分厚い封筒を持ったセバスチャンさんが現れた。
その表情は、いつもの穏やかな執事の顔ではなく、どこか眉間にシワが寄っている。
「どうした、セバスチャン。王都からの急ぎの書状か?」
ジークハルト様が、自分の分の氷(コーデリアと同じイチゴ味)を食べる手を止め、鋭い視線を向けた。
「いえ、王都からではなく……東の隣領、ラムール領を治めるヴァレリオ子爵からの親書でございます」
「ラムール領の……?」
私は首を傾げた。
オルステッド領の東側に位置するラムール領は、気候が比較的穏やかで、芸術や服飾の産業が盛んな土地だと本で読んだことがある。
「……あの、派手好きの若造か」
ジークハルト様が、心底嫌そうに顔をしかめた。
「はい。親書によりますと、『オルステッド領の目覚ましい発展の噂を聞きつけた。近隣のよしみとして、ぜひ視察と交流を図りたい』とのことですが……」
セバスチャンさんが言い淀む。
「……名目は視察だが、本音は我が領の魔鉱石や温泉の利権の探りだろう。それに……」
ジークハルト様がため息をつき、私を見た。
「あいつは昔から、美しいものや珍しいものを見ると、手当たり次第に手を出そうとする悪癖がある。……コーデリア、あいつが来たら、絶対に俺のそばから離れるな」
ジークハルト様の赤い瞳に、昔から彼が持ち合わせている、強烈な独占欲と警戒心が宿る。
王都にいた頃から、彼は自分の「大切なもの」を他人に踏み荒らされることを何よりも嫌うのだ。
「わかりました。ジークハルト様のそばにおります」
私が頷くと、彼は満足そうに目を細めた。
◇
数日後。
その招かれざる客は、予告通りにオルステッド城へとやってきた。
――ガラガラガラッ!
城の正面ゲートに現れたのは、目を疑うような物体だった。
『うおおおお! 恥ずかしい! 誰か俺に布をかけてくれぇぇ!』
『重いよぉ! 装飾がゴテゴテつきすぎて、車輪が回りにくいよぉ!』
馬車本体と車輪たちが、羞恥と重労働で号泣している。
それもそのはず。馬車は全面に金箔が貼られ、無数の宝石が埋め込まれ、太陽の光を反射してギラギラと自己主張する超・成金趣味の金ピカ馬車だったのだ。
私たち城の者たちは、エントランスに整列し、その痛々しい(物理的にも視覚的にも)馬車を出迎えた。
「……相変わらず、悪趣味な男だ」
隣でジークハルト様が低く唸る。
腰のグラムも『うわぁ、目がチカチカするぜ! あれ絶対、宝石の配置のバランスおかしいって!』とドン引きしている。
やがて、金ピカ馬車の扉が開き、一人の青年が降り立った。
「やあやあ! 突然の訪問を許してほしい、オルステッド公爵!」
波打つような金髪に、真っ赤な薔薇の刺繍が入ったマント。
甘いマスクに、自信過剰な笑みを浮かべた男――ヴァレリオ子爵その人だった。
「……歓迎する、ヴァレリオ子爵。遠路はるばるご苦労だったな」
ジークハルト様が、氷点下の声で挨拶する。
しかしヴァレリオ子爵は、その威圧感を全く気にした様子もなく(あるいは鈍感なだけか)、大げさな身振りで歩み寄ってきた。
「いやいや、噂の温泉街をこの目で見たかったからね! ……おや?」
ヴァレリオ子爵の視線が、ジークハルト様の隣に立つ私でピタリと止まった。
そして、獲物を見つけた狩人のように、その青い瞳を輝かせた。
「おお……! このような雪と氷の辺境に、これほど美しく、可憐な花が咲いていようとは! あなたが、噂に名高いコーデリア奥方様ですね?」
彼はジークハルト様を完全に無視して私に近づき、流れるような動作で私の手を取ろうと手を伸ばしてきた。
「初めまして、美しい人。僕は――」
――ガシッ。
ヴァレリオ子爵の手が私に触れる寸前。
ジークハルト様が、その手首を万力のような力で掴み取った。
「……気安く触れるな」
低く、地鳴りのような声。
ジークハルト様の全身から、ドス黒い怒りのオーラが立ち昇っているのが、目に見えなくてもはっきりとわかった。
彼の妻への嫉妬深さと独占欲は、今に始まったことではない。
『うおおお! ご主人様の殺意ゲージが一瞬でMAXになったぞ! 「俺の妻の指一本、いや周囲の空気すら触れさせるものか! その腕、切り落としてやろうか」って、本気で考えてるぜ!』
「い、痛い痛い痛い! 公爵、力が強いよ! 挨拶のキスくらい、貴族の嗜みじゃないか!」
手首をメキメキと握られ、ヴァレリオ子爵が顔を引き攣らせる。
「……我が領に、そのような軟弱な挨拶はない。……用件だけ済ませて、さっさと帰れ」
ジークハルト様が彼の手を乱暴に振り払う。
「やれやれ、相変わらず野蛮で無愛想な男だ。こんな恐ろしい男の隣では、あなたのような可憐なレディも、さぞ窮屈な思いをしていることでしょう?」
ヴァレリオ子爵は痛む手首をさすりながら、懲りずに私へ甘いウィンクを投げかけてきた。
「……そんなことはありません。私は、ジークハルト様の隣が一番落ち着きますわ」
私がキッパリと言い切ると、ジークハルト様の纏っていた殺気が少しだけ和らぎ、ヴァレリオ子爵は「おや、強がりを」とニヤリと笑った。
(……なんて失礼な人なのかしら)
私は彼に対して、明確な不快感を抱いた。
そして、それは私だけではなかったらしい。
『おい! この男の服の金ボタン、全部安物のメッキだぞ!』
『マントの裏地も虫食いがあるじゃないか! 見栄っ張りめ!』
彼の身につけている装飾品たちが、次々と彼の裏の顔を暴露し始めたのだ。
どうやらこの視察、ただの観光や親睦では終わらなさそうである。
私は、彼の装飾品たちの声に静かに耳を傾けながら、彼を迎え入れる準備を整えた。




