第7話 鈴音の危機(後編)
【登場人物】
鈴音→主人公の背の高い可愛らしい女の子
楓→鈴音の同僚。スタイル抜群。
霜月→影屋敷の影武者候補の少年。橙次と仲が良い。中性的な美少年。
橙次→影屋敷の影武者候補の少年。霜月と仲が良い。背の高いがっしりしたイケメン。
香風→鈴音の大先輩。おっとりしている。
長月豪→香風の夫
橙次は走っていた。
病室の戸を勢いよく開ける。
鈴音はまだ眠っていた。
橙次は、先ほど鈴音に起きたことを聞かされ、慌てて病室へやってきたのだ。
だが、三日後の今日になっても、まだ鈴音は目を覚ましていなかったらしい。
「橙次……来てくれたんだね……」
霜月は橙次の顔を見ると、ほっとしたように目を閉じ、そのまま眠ってしまった。
「霜月のやつ、ずっと寝ずに鈴音についていたんだな」
そうこぼしながら、橙次は霜月を鈴音の隣に寝かせた。そして別の部屋から掛け布団を持ってきて、霜月にかける。
「うっ……」
鈴音が身をよじった。
橙次はその様子を見て、すぐに鈴音へ近づく。鈴音は薄く目を開いた。
「鈴音、起きたか?」
「……橙次さん」
「水、飲むか?」
橙次は頭だけ少し持ち上げてやり、湯呑みに入れた水を少しずつ飲ませた。
落ち着いてくると、鈴音は横にいる霜月に気づく。
「霜月……」
「霜月は、お前を助けてくれたんだ。やったことのないお前の背中の縫合は見事だったって、香風さんが言っていたぞ。さっきまで寝ずに、ずっと横についていてくれたんだ」
それを聞き、鈴音は穏やかな目で霜月を見る。それから橙次に頼んだ。
「……橙次さん、ちょっと身体を起こして」
「まだ背中は痛むぞ」
橙次はゆっくりと鈴音の身体を起こしてやる。鈴音は痛みで顔を歪めたが、深呼吸をしながら少しずつ上体を起こした。
そして霜月を見て、微笑んだ。
橙次は薬を渡す。鈴音は薬を飲むと、湯呑みの中をじっと見つめていた。
そこへ橙次が声をかける。
「ゆっくり治せばいい」
鈴音は湯呑みを持つ手を震わせた。
橙次は鈴音と自分の周囲に幻術をかける。
そして両手を広げた。
「今だけは胸を貸してやる。幻術をかけたから、霜月には聞こえない。だから好きなだけ泣け。どうせ好きなやつには、かっこつけたいとか言うんだろ?」
「なんで分かるのよ……」
その言葉を聞いた瞬間、鈴音の目に涙がいっぱいに溜まる。
そして橙次の胸にそっと額を預け、泣き始めた。
「うっ……うっ……怖かった。怖かったよー!」
「そうだな。近くにいなくて悪かった」
「うくっ……ぐすっ……」
あの恐ろしかった時間を全部流してしまうように、鈴音はありったけの力で泣いた。このまま全部流れてしまえばいいのに、そう思った。
橙次は何も言わず、ずっと胸を貸してくれた。
しばらくして、鈴音も疲れてきたのか泣き止んだ。たぶん、涙が枯れたのだ。
橙次はその様子を見ると、鈴音の肩を二度ぽんぽんと叩き、そっと身体を離した。
「落ち着いたか? 今、飯持ってきてやるよ。霜月が起きたら、ちゃんと礼を言っとけよ」
「あっ、橙次さん、ありがとう」
橙次は幻術を解き、霜月を見る。まだ寝ているようだ。
「霜月の分も持ってきてやるか」
そうつぶやき、橙次は部屋を出ていった。
鈴音の心は少し軽くなった気がした。それでも、まだ怖い。
鈴音は霜月の手を取ると、ぎゅっと握って自分の頬に当てた。
「ん……」
霜月が声を漏らす。
鈴音は慌てて霜月の手を離した。霜月が目を開ける。目が合った。
すると霜月は急いで身体を起こし、鈴音に近づいた。
鈴音の様子を見て安堵の息を吐き、こうつぶやく。
「鈴音……良かった」
「霜月、ありがとう。霜月が縫ってくれたんだって?」
「うん。香風さんにも処置の様子を見てもらって、大丈夫だって言ってたから、処置自体は問題なかったと思うよ」
「すごいわ……」
「鈴音、落ち着くまで僕はここにいるからね」
泣かないと決めていたのに、霜月の優しい言葉に鈴音はまた涙を溜める。
「うん、ありがとう……ぐすっ……ごめん……」
「謝ることは何もないよ」
霜月は鈴音の手を優しく握った。
しばらくすると、橙次が部屋に顔を出した。霜月は、橙次の持っているご飯の量を見て声を上げる。
「橙次、それ誰が食べるの?」
「お前だよ。鈴音に付きっきりだったんだろ? ちゃんと食え」
「そんな量、昔話でも食べないよ。っていうか、なんで付きっきりだったの知ってるの?」
橙次は山盛りのご飯を霜月の前に置いた。
鈴音にはおかゆを持ってきている。
「お前がいなかったら探すだろうが。どこにいたって探してやるよ」
「うわー怖い。あれ? 橙次は食べないの?」
「来る時に食べてきた。このまま治療・治癒室に、鈴音が起きたことを伝えてくるよ。じゃあな」
そう言って橙次は、霜月に鈴音のおかゆを渡して部屋を出ていった。
それを見た鈴音は、橙次に声をかける。
「あっ、橙次さん、ありがとう」
「お前も飯食って早く治せよ」
霜月は橙次を見送りながらつぶやいた。
「橙次のやつ、なんだかんだ言って面倒見がいいんだよな」
「ふふ、霜月と橙次さんは本当に仲がいいのよね」
霜月は憎まれ口を叩こうとしたが、鈴音が嬉しそうな顔をしていたので口を閉じた。




