第2話 鈴音と霜月の出会い(後編)
【登場人物】
鈴音→主人公の背の高い女の子。
霜月→影屋敷の影武者候補の少年。橙次と仲が良い。中性的な美少年。
橙次→影屋敷の影武者候補の少年。霜月と仲が良い。背の高いがっしりしたイケメン。
香風→鈴音の大先輩。おっとりしている。
鈴音が橙次と再び会ったのは、一週間後のことだった。
部屋に入ってきた橙次に、鈴音は声をかける。
「橙次さん、久しぶりですね」
「ああ。最近は霜月に毎日会ってたからな」
なぜか橙次は得意げな様子だった。
(霜月……)
鈴音の脳裏に、泥だらけだったあの姿がよみがえる。
「霜月って、あの泥だらけだった人ですか?」
「ははは、そうだったな! あの審査員の加藤殿が、暗器の力を使ったほどだからな」
「暗器の力?」
橙次は「暗器の力」について説明してくれた。
それは裏の世界に存在する、超自然現象を操る力。
突然発現することもあれば、受け継がれることもあるらしい。
影武者となる者にとって、欠かせない力でもあるという。
「鈴音は“八傑”って知っているか?」
「……ううん」
首を横に振る鈴音を見て、橙次は頷いた。
「影武者になる者たちは、強さで順位がつけられる。その頂点に立つ八人——それが八傑だ。全員、暗器の力を持っている」
「影武者のみんなが目指しているところ、よね?」
「そうだ」
橙次のように影武者となる者は、順位が上がるほど準備金が支給される仕組みらしい。
一方、鈴音たちは毎月決まった賃金を受け取る。
(そういえば、霜月に会ったとき……その日に影屋敷に来たって言ってたな)
霜月は順位を決めるため、毎週のようにトーナメントに参加しているらしい。
治療・治癒室に運ばれてくるのも、そうしたトーナメントで怪我をした者が多い。
もっとも軽傷がほとんどで、布を当てる程度の処置で済むことが多いのだが。
■
その後も、霜月は時間を見つけては鈴音に会いに来た。
仕事の話をしたところ、薬草を見てみたいと言われ、今日は薬草室へ連れてきている。
「鈴音は、最初から治療・治癒室に配属されたの?」
「そうよ。最近は薬草も触らせてもらってるの。種類が多いから、ちゃんと見ておかないと置き間違えたら大変なの」
霜月は鈴音に顔を近づけ、薬草をじっと観察し始めた。
急に距離を詰められ、鈴音は思わず目を見開く。
すると霜月は顔を上げ、鈴音を見て笑った。
「この葉っぱ、形が違うね」
「……ふふ、そうね」
薬草に夢中で、鈴音の反応に気づいていなかった様子が可笑しい。
(いろんなものを見るのが好きなのかもしれない)
次に会うときは、もっといろいろ教えてあげよう。
そう思いながら、鈴音は霜月に問いかけた。
「霜月は、どんなことをしているの?」
「僕は、とにかく順位を上げなきゃいけない。鈴音は八傑って知ってる?」
「うん、さっき聞いた」
「僕は、その八傑を目指してる」
こんなにもまっすぐに言い切る人は初めてだった。
霜月は真っ直ぐ鈴音を見ている。
何か強い目的があるのだろう、と感じる。
けれど、それを聞くことはためらわれた。
やがて仕事にも慣れ、鈴音が十二歳になった頃。
新しく楓が入ってきた。
鈴音より二つ下だが、背は同じくらい。
肩より下まで伸びた真っ直ぐな髪と、凛とした顔立ちの少女だった。
「私は鈴音よ」
「鈴音さん、よろしくお願いします。私は楓です」
歳も近く、二人はすぐに打ち解けた。
暇を見つけては、いろいろな話をするようになる。
特に恋の話は、鈴音の大好物だった。
今日は好きな物語の話だ。
鈴音は本をあまり読んだことがなく、教えてくれる人もいなかった。
だからこそ、楓の話を聞くのが楽しみだった。
「へぇ、鈴音はお殿様に見初められて、町娘が姫になる話が好きなのね」
「うん、だって憧れるじゃない?」
「たしかに、憧れるわ」
「楓はどんな話が好きなの?」
「私はね、お殿様が獣に変えられていて……怪我しているところを町娘が助けるの。あとでその獣がお殿様だと分かる、っていう話が好き」
「そうなの? 詳しく教えて」
「ふふ、いいわよ。あのね……」
楓が来てから、時間があっという間に過ぎるようになった。
仕事に行きたくない日もあったが、楓に会うために頑張れた日も多い。
(今度、ちゃんとお礼を言おう)
そう思うようになっていた。
■
月日は矢のように過ぎていく。
その日は年に一度の特別なトーナメントの日で、昼間は大忙しだった。
対戦が終わるたびに負傷者が運び込まれ、治療・治癒室はてんてこ舞いだ。
ようやく落ち着いた頃には、ほとんどの者が休憩に入っていた。
鈴音も疲れ、のんびりと布の補充をしていた。
そこへ、霜月がやってきた。
その姿を見て、鈴音は思わず立ち上がる。
全身の傷に、目が釘付けになった。
「鈴音……消毒液あるか?」
「どうしたの!? 傷だらけじゃない!」
霜月は擦り傷や火傷のような傷を、全身に負っていた。
問いかけると、少し視線を落とし、ぶっきらぼうに答える。
「そこの闘技場で、派手に負けた」
鈴音は心配しつつも、傷を気にしていない様子に苛立ちを覚えた。
「……身体は大事にしてよね」
霜月は一瞬、鈴音を見つめたあと、そっぽを向いて言う。
「どうせ、いつか朽ちる身体だ。仕方ない」
その言葉に、鈴音の肩に力が入る。
忍の世界では、人との出会いは“一期一会”。
過酷な任務の中で、二度と会えないことも珍しくない。
だからこそ——一度の出会いを大切にしろ、と教えられてきた。
それを思えば、霜月の考えも理解できなくはない。
それでも。
自分の命を軽んじるその言い方が、どうしても許せなかった。
鈴音は思わず、霜月を睨みつけてしまう。
霜月は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに視線を落として頭を下げた。
「悪い。気を悪くさせた。気をつける」
わざとではなかったのだと分かり、鈴音も反省する。
それでも——また会いたいと思ってしまう。
だから、笑顔を作って言った。
「じゃあ、美味しい茶葉を持ってきたら許してあげるわ」
「分かった」
霜月は笑った。
(また、この笑顔が見たいな)
鈴音はそう思った。
トーナメントについては『暗殺の瞬』の【過去編】をお読みください。




