妬み嫉みにご用心
王都の中央広場から外れの森に転移したクリスとサリエルはいつものように、森の中の少し拓けた場所にクリスのローブから出したラグを広げて座っていた。
「クリス先生、図書館でおっしゃっていた面倒な人ってどなたですの?」
「ああ、王太子殿下さ。彼の方は僕の長兄と同級でね、昔から知っているんだが頭が固いというか四角四面というか、とにかく融通が効かなくてね。そんな性格だから魔法の方もちっとも上手くならない。
まあ王族だし、魔術師を従えてさえいれば良い訳だから魔法のデキなんて気にしなければいいのに、なんだかんだと僕にちょっかいをかけてくるウザったい人なんだよ。
長兄は魔術師団に入って、次兄は領地管理を任されて、親父殿は魔術師団長なんだから、末っ子の僕なんかほっとけば良いのに、魔術師団に入らないと言ったら口に泡を噴いて怒り狂ってさ。本当に苦手なんだよ。」
クリスは肩を竦めてサリエルに愚痴った。
「まあまあ、そんなことが。殿下は先生に何をさせたいのです?」
サリエルの質問に、
「さあ、なにかね。王家に忠誠を誓わせたいんじゃない?」
クリスは面倒臭そうにそう言った。
「王国で王家に忠誠を誓うのは当たり前のことでは?先生は貴族なのですし。」
「そうだね、貴族は王家に忠誠を誓わなければならないね、貴族ならね・・・」
クリスの話に被せるように、遠くから声が聞こえる。
「サリーさまー。クリスせんせーい。」
その声と馬の駆ける蹄の音の方を二人が見やった。
「あら、ガブと騎士団長だわ。」
「おや、なんか大変そうだな。」
目の前に馬が着くや否や、騎士団長が飛び降りてクリスに向かって言った。
「クリス様、今王宮ではクリス様がお嬢様を連れて出国したのではと大騒ぎになっておりますぞ、急ぎお帰り下さい。」
「まあ、どうして?」
サリエルは想像だにしなかった事柄に驚いて聞き返した。
「おおよそ王太子殿下が魔術師の性でサリーを拐かして出ていったとか言ってるのかな?」
クリスはホトホト愛想がつきたという面持ちで言った。
「まったくその通りですよ。今は王国騎士団と憲兵が血眼になってさがしております。」
騎士団長もうんざりした顔で答えた。
「では、先に屋敷に戻らせてもらおうか。サリー」
そういうと、サリーを抱えて転移魔法で帰って行った。
残された騎士団長はその場でため息を一つつくと、また馬にガブを乗せて今度はゆっくりと跨がった。
「なぜ王太子殿下がそんないい加減な話でクリス先生を悪く言うのですか?」
ガブは不思議だった。
きっと今日二人は図書館で魔術書を見ながら魔法の話をしていただけだったはずだ。
それなのに、聞き齧った会話から推測で悪い噂を作り、それを信じて大騒ぎしている。
国の政治を行う王族が、そんな浅はかなことでいいのだろうか?
ガブはサリエルと一緒に領地経営の授業を受けている。
その中で諫言に惑わされず、事実に基づいて判断せよと、先週教わったばかりだった。
「あの王太子殿下はちょっとクリス様を意識しすぎているんだ。
年も下の公爵家の分家の三男坊なんざ、箸にも棒にもかからないハズなのに、ちょっとばかし魔法が出来すぎたばかりに要らぬ妬みを買ってしまって。クリス様はお可哀想だよ。
いいか、ガブ、お嬢様も似たようなもんだ。うちのお嬢様も、ちーぃっとばかしデキがいい。
要らぬ妬み嫉みを買わないように、お前が良くみて助けてやるんだよ。」
騎士団長はそういって、馬をゆっくりと公爵邸へ向けて走らせるのだった。
一足早く公爵邸へ戻ったクリスとサリエルは、セバスチャンに連れられて小公爵の執務室へと入って行った。
「クリス!お前は何をしているんだ!」
顔を見るなり、魔術師団長のクリスの父親が怒鳴り付けた。
「大叔父様、ごきげんよう。クリス先生は何もしておりませんわ。わたくしを図書館に連れていって下さっただけですし、その旨セバスチャンにも告げてお母様の許可も取って出掛けておりました。なぜ、王太子殿下が騒ぐのかまったく理解ができませんわ。」
サリエルはクリスよりも早く魔術師団長の質問に答えた。
「うっ」
5才の女児に正論を吐かれて団長は怯む。
「それは本当か?」
小公爵の父がセバスチャンに聞いた。
「もちろんでございます。今呼びに行かせておりますので、奥様がいらしたらその旨お確かめ下さい。」
セバスチャンは落ち着いた態度でそう返答した。
トントンとノックがされ、なんと先触れもなく王太子一行が訪ねて来たことをメイドが告げた。
すぐに王太子と側近の一行が応接室へと通され、小公爵と魔術師団長、クリスとサリエルが部屋へと入って行った。
クリスとサリエルが一緒にいることを目にして、顔色を無くした王太子が力無く呟いた。
「小公爵、先触れもない無礼を失礼した。」
4人並んで座ると、魔術師団長が
「殿下、殿下はうちの愚息が女児を拐って出国すると私に言いました。その女児は息子の子供だとも仰いましたね。ご覧のように、女児は公爵家のご令嬢です。よもや拐われたなど彼女の将来に瑕疵がつくようなことを憶測で言ったとは言いますまいな。」
そう言うと、ジロリと王太子と側近たちを睨んだ。
「そうですぞ。我が従兄弟でもある大魔法使いのクリストファーに愛娘の魔法の師匠として招集をかけたこと、王家に咎められる謂れは有りますまい。」
小公爵も酷く憤慨して、王太子と側近を見た。
「た、大変申し訳ない。私が早とちりして殿下に報告をしてしまいました。小公爵、魔術師団長、申し訳ありません。」
図書館で二人の話を盗み聞きした側近の男が頭を下げて謝罪した。
「私もしっかりと精査せずに鵜呑みしてしまった。なんせ魔術師の性で突飛な行動を取ったら一大事であるからな。」
王太子は自分の過失を認めず、話を誤魔化してクリスに罪を擦り付けようと謝罪ではない謝罪風の言い訳をした。
「そうですか。そうであったら一大事ですからな。ただ、王国騎士団や憲兵まで駆り出して、大騒ぎするほどのことですかな?我が愛娘をクリストファーの隠し子などと言いふらしたとか、騒ぎの度が過ぎますな。」
小公爵がまたギロリと王太子と側近を見回して言った。
「「「ううっ」」」
王太子側は言葉に詰まって額に脂汗を浮かべて、下を向いた。
沈黙が公爵邸の応接室に流れた。
「・・・!」
王太子がまた何か言い訳を言わなくてはと口を開こうとした所に、
「勝手な想像で人を貶めたのです。なぜ謝らないのですか?」
サリエルが厳しい眼差しを王太子に向けて言った。
「「サリエル!」」
小公爵も魔術師団長も名を呼んで嗜めたが、サリエルは無視をして更に
「だいたい、わたくしが家庭教師のクリス先生と王立図書館へと連れていってもらうことに何の権利があって王家が口出しするのです?わたくしは小公爵家の女主人の母の許可を得て、我が家に無い魔術書をみて魔法の勉強をするためにクリス先生にお願いして連れていって頂いたのです。出国と言った話もありませんでしたわ。他国の言語で魔法の詠唱をしても同じ魔法が展開するのか?それはなぜか?という話をしていただけですもの。」
そう言葉を重ねた。
トントンとノックがされ、小公爵夫人の母が入ってきた。
「ごきげんよう、殿下。今しがた娘の声が聞こえたものですから、女主人としてクリス先生との外出を許可した者として、同席させていただこうと思いましたの。」
そう言うと、空いている席へと腰かけた。
益々状況が悪くなった王太子は、
「そ、それは、そうだったのですね。いや、学園を首席で卒業した優秀な魔法使いが行方知れずだったのを気にしていたのでね。ちょっと騒ぎが過ぎましたな。」
そうあたふたと目を泳がせて言った。
「クリス先生は行方知れずではありませんわ。公爵邸にわたくしの家庭教師として住んでいたのですもの。魔術師団長の大叔父様か、魔法大臣の父にでも聞いたらすぐに行方も知れたのではないですか?クリス先生の立場を悪くするような今回の騒ぎ、キチンと正面から謝罪なさらないのですか?」
サリエルが王太子に明確に謝罪を迫った。
「「「サリエル!!!」」」
両親も魔術師団長も慌てて口を塞ごうとするが、サリエルは黙らない。
「王家が頭を下げないのは間違いを正さないのでは無く、間違えないからでは?今回は間違えたのですから、頭を下げても宜しいと思いますけど。」
そう言って、更に謝罪を迫る。
小公爵たちは黙って成り行きを見守るしかなかった。
5才の女児に正論で叩かれ、王太子は脂汗を流しながら小さい声で悔しげに
「クリストファー、勘違いで迷惑をかけた。すまなかった。」
と、謝罪した。
それに被せるように、側近一行も頭を下げて謝罪を口にして足早に帰っていった。
そこに残った、両親と魔術師団長はサリエルの将来にやはり暗雲が立ち込めている様子を見て取った。
「サリエル、ありがとう。」
それまで一言も口を開かなかったクリスがサリエルを抱き締めて感謝を告げた。
「当然ですわ。クリス先生が忠誠を誓えない理由も良くわかりましたわ。」
腕組みをしてそう返事をするサリエルをみて、これは益々困った状態になったと考えた両親と魔術師団長は至急サリエルを王都から領地へと隔離することを決めた。
翌朝早く、サリエルはクリスとガブと三人で馬車に乗り王都から遠く離れた祖父が治めている公爵領へと旅立ったのである。
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