スコット公爵領
トーホー王国の中央にある王都から数領を越えると、その北側は広大なスコット公爵領が広がっている。
そこをスコット公爵家に連なる家門の各家々が委任されて統治していた。
王都から真っ直ぐに延びる主要街道沿いの土地は、家門の中でも特に中心となる者が治めており、そこの一角はクリスの次兄が当主代理として治めているラスコーという都市であった。
急ぐ旅でもないので、クリスの実家の領館に1ヶ月ほど泊まり、サリエルとガブは北部最大の都市ラスコーをクリスの案内でのんびり見て歩いた。
次兄のヘンリーはクリスと全く違ったタイプで、3つしかクリスと変わらないのに父親の小公爵のような落ち着いた頼りがいのある人柄であり、ヘンリーの妻のアンジェラもその子供たちも突然の来訪のサリエルたちを歓迎してくれた。
「サリエル嬢、突然大事に巻き込んでしまって申し訳ない。」
領館に到着して挨拶した瞬間、サリエルはそう謝罪を受けてしまった。
「いいえ、とんでも無いですわ。クリス先生が何かなさったということもございませんもの。王太子殿下とその側近の粗相の謝罪をヘンリーお兄様がされるのもおかしな話。わたくし、偶然とはいえ、こういう機会に恵まれたことを喜んでおりますのよ。」
若干5才の女児にそう言われ(結構辛辣な王太子批判であるが)ヘンリーとその家族は大いに笑ったのだった。
ヘンリーの子供は3才の娘に来月1才の誕生日を迎える長男の2人だった。
5才のサリエルを含めて3人の子供の面倒をガブはニコニコと良く見た。
子供同士遊ぶということをしたことがなかったサリエルは、その子供たちの幼い仕草にズキューンとハートを囚われ、ガブに聞きながらせっせと世話をやいた。
思えば実家の公爵邸のタウンハウスにはもっと幼い弟が生まれたのだと、ハッと気がつき、もっと関わっていけば良かったと思った。
「サリー様どうかしたのかい?」
ガブが急に気落ちしたサリエルの態度に気づいて問いかけると、
「わたくし、弟が生まれたのに何もしてあげておりませんでしたわ。弟に奪われたのではないってガブが言ったでしょ?その通りだわ。弟ともっと関わっていればもっと早くこういう世話の楽しさを知ることが出来たのに。本当にお子さまでしたわ。」
ほぅーと長い溜め息をついて、悲しそうに肩を落とした。
少し離れた場所から子供たちの様子を見ていたヘンリーの妻はブフっと淑女にあるまじき笑い声をあげてしまった。
一緒に居たヘンリーとクリスも肩を震わせて笑っている。
「サリー、サリー。前にも言ったけど、君はまだ5才のお子様だよ、そんなに気落ちすることも無い。」
クリスが目尻に浮かんだ涙をそっと拭ってサリエルに言った。
「そうさサリー様、次に王都で弟様に会った時はとっても可愛がってあげればいいよ。その頃にはきっとサリー様の後を追いかけて付いて回ると思うよ。」
ガブは頭をよしよしと撫でながら、優しくそう言った。
「そうね、わたくし、もっとお世話が上手になるようにしますわ!」」
サリエルはガブに慰められたことに気を良くして立ち直ったのであった。
領都のジンバラにある公爵からの手紙で、サリエル一行の到着を楽しみに毎日毎日首を長くして待っているとあったので、『行かないで』と泣く幼い再従兄弟に後ろ髪を引かれながらラスコーを出て、北へ北へと進んだ。
そしてラスコーを出てから3日後、スコット公爵領の領都ジンバラにあるスコット公爵領館へと着いたのだった。
ジンバラは街全体を城壁で囲み堅固に防御した城郭都市であり、領主邸の周りには深い堀が二重に掘ってあり跳ね橋を渡って馬車が中へと入っていった。
「よくぞ、参った!サリエル、じいじだよー!」
「サリエルおばあ様よお、会いたかったわー(ハート)」
初めて会った(本当はサリエルが生まれた時に対面しているが、記憶に無い)祖父母は父の小公爵のような堅苦しさがなく非常にフレンドリーで、とっても孫に甘いじじばばの顔をしていた。
「初めましてお祖父様お祖母様、サリエルでございます。」
サリエルは丁寧にカーテシーを披露した。
「まあ、上手なご挨拶ね。でもそんな堅苦しい挨拶はもう終わりにして、中でお茶にしましょうね。」
そういって中へと案内された。
ガブは侍従ということで、公爵領館の家令に今後の仕事の指示を受けるということで付いて行った。
「さてクリス。大変だったなー。王太子だけでなく側近も浅はかだなんて、世も末だ。」
公爵は甥のクリスを労い、あまりにも稚拙な王太子を隠すこと無く否定した。
「本当にねえ、クリスをどうしたいというのかしら。いくら王家と言えども仕える主を選ぶ権利は有るものね。」
公爵夫人もクリスが魔術師団へ入団しないのは王太子が仕えるに値しないからと言外に告げる。
「叔父上、叔母上、滞在の許可をありがとうございます。
実はサリーの家庭教師の話がなければ、こちらでご厄介になろうかと思っていたのです。しかし小公爵が、僕がこっちに移ると謀反の企てをしているなどと、痛くもない腹を探られるからと難色を示していたのですよ。でも結局、王都からこっちへ来ることになった。
そうそう、サリーの侍従見習いのガブはね、面白い考え方の子なんですよ。ガブが言うには、『しょうがない』けど『運がいい』って。王太子に詮索されたのは『しょうがない』けど公爵領に来れたのは『運がいい』ってね。」
クリスはそう言うとウインクをしながらガブの格言を告げた。
「あら!?」
「なんと!
公爵夫妻はちょっと目を見開いて、二人で言った。
「「私たちもサリーって呼ぶわー!」」
「え?そこですの?お祖父様お祖母様!」
サリエルはちょっと引いた。
ガブは使用人の部屋を一室もらい、サリエルの世話について家令のギルバードと打ち合わせをしていた。
ギルバードは茶色い髪と目の整った顔立ちの男で、20代後半か30代前半位公爵よりは若そうにみえた。
が、実は小公爵の乳兄弟である。
公爵領で代々公爵家に仕える家門の出身であった。
「サリー様は普段は我が儘も言いませんし、好き嫌いもありませんし、スケジュールは守りますので、特別大変なことはありません。」
ガブがそう告げた。
「ガブ、サリー様とは?」
ギルバードが愛称呼びを咎めた。
「あ、はい。王都の公爵邸でそう呼ぶようにお嬢様から言われたので、セバスさんに確認したら指示に従うようにと言われました。」
「なるほど。ではこちらでもそのように。ご主人様へは私の方からお伝えしておきます。あと、わたしのこともギルと呼んで下さい。主な仕事は変わらずお嬢様のお世話を優先に。そして出来ればクリス様のことも目を離さず見ていて下さい。これからよろしく、ガブ。」
そう言うと手を出した。
「あ、ハイ。よろしく、お願いします。」
元気に挨拶をして、ギルの手を握った。
この二人、これからずいぶん長い付き合いになるとはまだ知らぬ二人だった。
公爵領での生活は、王都よりのびのびしたものであった。
公爵は黒髪黒目で顔立ちは父に良く似ていたが、性格は豪快快活であり喜怒哀楽が表情に出る高位貴族らしからぬタイプだった。
祖父はおおらかな性格そのものな統治で、王都では厳しく制限されている魔法もここでは自由に使用しても良く、領民の生活をいつも気にかけていて領内を積極的に馬に乗って見回ったりしていた。
領館の内側には、広い鍛錬場も乗馬場も魔術練習場もあり、王都の公爵家の私設騎士団より多くの騎士が勤めて居たので騎士団の寮が何棟も建っていたし、見張りの塔も何本もあった。
その騎士団で祖父は騎士たちに交じって鍛錬をしたり、獣害駆除や魔物征伐にも積極的に参加していた。
祖父の体躯は父より立派で、筋肉隆々といった感じだった。
祖母のマリーは公爵領の更に北側のトーエー王国のスコット公爵領と国境線を接する領地の辺境伯家の出身で、薄い茶色の髪に鳶色の瞳、陶器のように白い肌をしてた。
おっとりと柔らかい雰囲気と裏腹に、物事をはっきりと言う性格で祖父と似た者同士といった感じだった。
祖母も使用人や領民と近しく接していて、領地の雰囲気がとても良かった。
「クリス先生、この領地の方が過ごしやすいわ。」
ある日、ガブと3人でジンバラの東の外れにある湖まで、クリスがいつもローブに仕舞っているラグに魔法をかけて、空を飛んで遊びに来ていた。
初めての浮遊魔法に二人とも大興奮で、湖の畔で何度も浮遊魔法を練習した。
領館の料理長が持たせてくれたサンドウィッチと飲み物をただ食べるだけでなく、味付けした鶏のレッグを小火玉の魔法でこんがりと焼いたり、デザートに入っていたブドウを霧雨の魔法で洗ったりと、魔法の実践を兼ねたクリスの授業に夢中で取り組み、しみじみとサリエルは公爵領に来れたことを『運が良かった』と思うのだった。
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