王都でのお茶会で残念令嬢の二つ名をもらってしまう
サリエルは本当に領地から出なかった。
何度父が、母が、ヨチヨチ歩きになり話せるようになりと会う度に成長を見せる弟が一緒に王都のタウンハウスで暮らそうと誘っても、一貫して拒否である。
「わたくし、思いましたの。クリス先生が王家に目をつけられたのは、その類い稀な魔法の才能を妬んだからだと。自分で言うのもなんですけれど、わたくしもその傾向が見られますわ。
現時点での魔力量は5000万はあるかと思いますの、これはお父様も凌駕するほどだと聞きましたわ。
ましてや、5属性持ちですもの。王都にいるより、この北の外れの公爵領でひっそりとしている方が我が家の為でもあるのですわ。
聞けば、お祖父様も王都へと赴いたのは王立の貴族学園の三年間だけだとか。
その前のプレシーズンは任意なのですもの、必要も有りますまい。」
そんな尤もらしいことを、神妙な顔で告げるのだ。
クリスの扱いについても王家、公爵家共に非常にデリケートな問題として依然横たわっている。
その理由もサリエルが言ったまんまなのだ。
王都から離れ、公爵領で過ごすようになったクリスのことを表面上は王家も王太子も口にも出さない。
このまま時間の経過と共に不調和音が解消されればと、お互い思っているのだ。
「そうは言ってもサリエル。あなた、13才になるのだから今年は王城で行われる成人の儀には参加しなければならないわ。今年の成人の中であなたが一番家格が高いのだから、粗相があっては行けないわ。ドレスの仕立てもしなければならないし、今回はあなたがなんと言おうとも一緒に帰るのです。」
いつもは控えめな母には珍しく、決定事項として告げられた。
そして、サマーバケーションに入る前にサリエルはに8年ぶりに王都へと戻ったのであった。
今回、また要らぬ王太子からの茶々が入らぬようにとクリスは公爵領に留め置き、ガブだけを伴って帰ってきた王都だが、記憶の中の王都とは違和感があった。中央には人が溢れ店もたくさん出ているが、街角のどこそこに孤児や浮浪者の姿が見える。治安が悪化しているように感じられた。
公爵領は、もちろん孤児もおり病気の貧民も居るのだが、北部最大の都市ラスコーでも領都のジンバラでも孤児院や治療院、養老院などが整備されており、倒れそうな浮浪者がぼろ切れを引きずって歩いている姿を馬車が行き交う大通りでみることはなかった。
タウンハウスに着くと、今年貴族学園を卒業したばかりのエラという娘がサリエル付きの侍女として正式に採用されたと母から告げられ、エラとその他のメイドに風呂へと連れていかれた。そして公爵領では大して手入れをしてこなかった髪や肌、爪の先までピカピカに整えられたのだった。
サリエルの王都での生活は、成人の儀に使うドレスやアクセサリーを選ぶだけでなく、すっかりどこか遠くへ隠れてしまった公爵令嬢としてのマナーの復習と、ピアノ、絵画、刺繍と言ったお稽古事、そして同年代の令嬢と知古を得るためのお茶会が全てであった。
そうはいっても、公爵領で祖母から語学や刺繍などのお稽古事は習っていたし、5才で完璧に習得したマナーもそこそこ使ってはいたので、一見なんの問題も無く思われていた。
令嬢教育の家庭教師陣からは、公爵令嬢としてどの科目も優秀であるとお墨付きも即貰い、スラッとした長い手足の細身の体つきと、抜けるような陶器を思わせる白い肌にストレートで豊かな黒髪とローズヒップのように紅いプニュっとした可愛らしい唇の、他の追随を許さない超絶美少女として成長した見た目のサリエルを褒め称えた。
「本当にお美しい。その所作もお見事。さすが公爵家のご令嬢ですわ。」
「ほう。そう先生方に言って頂けるとやっと安心できますわ。」
「色々、夫人もご心労がおありでしたものね。でもこれで報われますわね。」
オホホウフフとのやり取りで、ひとまず胸を撫で下ろした母は、次は王都でサリエルに友人を探そうと、まずは公爵家の家門のサリエルと同年代の娘たちとや母の実家の侯爵家から母に縁のある娘たち(サリエルの従姉妹、再従兄弟)を集めて、お茶会を開いた。
「この度はサリエル様にお会いできて光栄です。」
「噂はかねがね、母から伺っていましたのよ。」
「わたくしも今度成人の儀に参加するのです、ご一緒できて光栄ですわ。」
そんな貴族の令嬢らしい挨拶から始まったお茶会であったが、サリエルはマナー通りのアルカイックスマイルを浮かべて、ええ、まあ、そうですの、ふんふん、まあ、そう、と相づちを打って無難にやり過ごしていた。
「サリエル様も来年はプレシーズンで貴族学園へ入学ですわね。私も同じですので、その節は仲良くしてくださいね。」
サリエルの母方の従姉妹がそう話しかけてきた。
「あら、私もそうですわ。ぜひ私ともご一緒してくださいませ。」
そこここに、同じような声が上がる。
同年代を集めたのだ、それはそうだよねっという話である。
「いえ、わたくしはプレには参加致しませんわ。本科だけの予定ですもの。」
サリエルがはっきりとそういうと、一同
「「「「「「え!!!」」」」」」」
と、驚きの声をあげ、息を飲んだ。
「そ、それはどうしてですの?」
控えめな様子で、年長の母の姉の娘(従姉)が代表して聞いてくる。
「ええ、必要ありませんもの。プレで学ぶことは既に終えておりますし、あとは本科で魔術を一通り学べば事足りますわ。」
そう、なんの気負いもなく返答した。
「そうは言っても、プレでは他貴族との交流を深めて、出来るだけ早く婚約者を見つけなければならないでしょ?」
公爵家門の娘が貴族令嬢の常識をサリエルに説く。
「そうですわ、今度の成人の儀の後のお茶会では王太子殿下のところにお生まれになった第一王子殿下も参加されるご様子、それはつまり婚約者選びが始まったということですわ。」
母方の再従姉妹が、成人の儀の本当の意味を説明する。
「王子殿下は、今年10歳ですから、サリエル様とのお年の差は3つですけれど、貴族では良くあること。
まあ、王子殿下とはお年のこともあって、仮に誓約に至らなかったとしても、プレでそれに準ずる方とお知り合いになって婚約するのは規定路線ですわ。」
今回は家門の男爵家令嬢として参加しているエラが、お仕えしている主たるサリエルへと大事なことと諭した。
「え?王子殿下と婚約?それが叶わなければ別の人と?なぜ?嫌ですわ。ええ、嫌です。」
今までのアルカイックスマイルの仮面を脱ぎ捨てて、めちゃくちゃ嫌そうな、ゴキブリやウジ虫を見るような目で言った。
「「「「「え?」」」」」
そこにいる令嬢たちはその目を見ると、二の句が継げなくなった。
「まず王太子殿下の息子っていう時点でありませんわ、まかり間違っても。そして、それに準ずるってあの側近として王太子殿下に侍っている人々の息子でしょ?それもまた、無いですわー。」
一気に淑女の仮面が剥がれ、貴族令嬢としてあるまじき、本音が次々にサリエルの口から溢される。
「な、そんなことを言ってはいけませんわ。場所が場所なら不敬に問われてしまいますわ。」
エラが顔色を変えて嗜めた。
「あら、エラ。あなたは当時小さくて知らないのかもしれないけれど、王太子殿下とその側近の浅慮で王都は大騒ぎになったのですよ。わたくし、その当事者ですもの、よくよくその顛末を知っておりますわ。あのおぉた、」
「私も存じておりますがなりません、その話は王都ではタブー。お嬢様!」
サリエルの会話にエラが叫ぶように被せてその会話を遮断した。
周りの令嬢たちもどうしたらいいかと、みな顔色を悪くして口を閉じた。
「あら、そうなの?でも本当のことよ。婚約者探しのためにだけプレシーズンがあるというなら、わたくしは絶対通うことは無いわ。」
ぐるりと周りを見回してサリエルが力強くそう言い切ったのだった。
この日のお茶会のことが参加者のご令嬢方から各家に伝わり、サリエルは
「あんなにお美しいのに、、、ねぇ、、、」
「魔法の才能もあり優秀な頭脳もおありなのに、、、ねぇ、、、」
「それじゃあ師匠のクリス様そのままじゃないか!」
「また公爵家の家門から、残念な者がでるのか!!!」
そして、サリエルはこれ以降《残念令嬢》と陰であだ名されることとなったのである。
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