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最終話 そして一年後の秋へ繋がる

 いまのいままでなんの違和感も無かったその場所には地下へ降りる階段があることに気が付けた。

 精神操作で違和感を消したり気付いたりすることは出来ていたのにもかかわらず、何故これには気が付けなかったのだろう。

 階段を降りた先はひどくしんとしていて、きっと僕の他には誰もいないのだということがよくわかる。

「……どの部屋。とか、書いてあったかな」

 しまっていた地図を広げると、丁寧に罠らしい仕掛けのある部屋には青いバツ印そうでない部屋はいくつかあるようで、どうせ時間はあるから手当たり次第に物色してみるか。

 急に頭痛がしてくる。

 なにか考えようとすると思考を阻むような程度の痛みで、けれど動けなくなるほどではない。些細なものだろう。

 近くの部屋に入ると勝手に電気がついて、そこには薬品の入った灰色の棚がいくつもあり、南京錠で鍵かかけられている。

「毒か……飲んでも死ねないし」

 部屋を出ようとしていきなり身体中の力が抜けていく感覚があったので、倒れ込まないようにしゃがんでから横になると、視線の先にいつぞやの砂時計が現れた。

「……なんで……ああ……僕もそうなるのか」

 手を伸ばすと触れることができて氷のように酷く冷たくて、目を閉じた。

 呼吸する音が聞こえるから、まだ生きている。

「……こんなとこで寝るの?」

 声がした。

 少女の声だ。

「まだ死なないと思うし起きてよ」

 随分近くから聞こえる。

 おかしいな……さっきまでどこにも誰もいなかったはずだ。

 目をあけてゆっくり起き上がると目の前には赤い瞳と赤紫色の瞳を持った一人の少女がしゃがんでこちらを見ていた。

「誰」

「酷いな君。僕のことは君が作り出したんだろ」

 むっとしたような表情をうかべた少女だが、そんな彼女を作るなんてした覚えは無いし、作ったとしてもどうやったんだろうな。

「……僕は君なんて知らない」

 砂時計はいつの間にかどこかへ消えている。

「はー……まぁ僕だって君と話すのははじめてだし、話すこともないと思ってたし……僕の学んだことを共有するのは君じゃ無いから、君の記憶から存在自体消えてて覚えてなくたって仕方ないよ」

 彼女は初対面の他人なはずなのに……いや、僕が作ったのが事実なら見た目はそうでも人間では無いのか……どうして少し自分のように見えるのか……。

「……人格は君だからね」

「なにも喋ってないのに」

 人間じゃ無ければ心もたやすく読めるのか、それとも作ったのが僕だからなのか。

「うーん……いいか。いいや。ついてきなよ。あわせたい人がいる」

「僕自身の人格をコピーしてる?」

「全部じゃ無いけど、ほとんど」

 ……少しだけ抱いた違和感の正体はそれか。

「あわせたいひとって?」

「言ってもわかんないと思うから、黙ってついてきてよ」

 立ち上がる。

 なんてことの無い動作にもかかわらず、足元もおぼつかないし、立ち上がった途端気持ち悪くなる。頭も、負荷でもかかっているのか、勝手に重くなっているようだ。

 ついて行くごとに息が上がる。

 それほど早足でも無いのに。

 あまり距離を歩いていないのに座り込む。

「君がそうなるのは、僕と話して行動してるからだ」

「だとしても、なんでこんなに負荷があるの?」

「君に会ったから自動的に君と繋がってるようなものさ。僕がいままで見てきて溜めた情報はそっちに行かないようにしてるけど……」

 情報?

「僕を作り出した意味をわすれたのだから言っても意味が無い。ただ、そのままそれが君の所に行ったら情報量に押しつぶされて吐血でもして死ぬと思うよ」

 また立ち上がると少女はついてくるのが当たり前とでも言わんばかりに僕の前を歩きだす。

「さ、行こうか」

 返事も返せそうに無いので黙って歩く。まっすぐ歩けてないが、目的地はあるらしいから。

 ……彼女を作ったときにはなにか意味があったのかもしれないけど、良くもこんなに高度な幻覚を作り出したな。

「幻覚じゃ無いよ。記録媒体」

 イマジナリーフレンドともちがう?

「んー……それとにたようなものかなー……自我っぽいのがあるのは、ほら、何でもかんでも記録するのはよくないだろ?」

 ああ。善悪の判断のためか。

 だんだん、今どこを歩いているのか、そもそも歩けているのが不思議なくらいの気持ちになってきた。

 歩くことに集中しようにも、身体のあちこちの不調に気をそがれて立ち止まって横になってしまいたい。

 距離はそれほど長くないのか、長いのか彼女が立ち止まった先の扉に僕が辿り着くと自動的に開いた。

「ここなら良いはず」

 ホールのような広い空間にはなにも無い。体力が限界を迎えたのか、崩れるように倒れ込む。

「……あー……ごめん。それは僕がやることじゃないや」

 咳き込んで胸から生ぬるいものが這い上がってきて、不味い金属の味だった。

「うっ……」

 目を閉じているのに誰か話し掛ける声が聞こえて、また目を開ける。

 誰も話し掛けていない。

「……あ……」

 砂時計が目の前に現れて、すうっと僕の身体の中に入っていく。

 抵抗のしようも無くずっと苦しくて、再生されたのは僕の見たことの無い、みることも無いはずの、見えなくていい色々な狂花の記憶。

 追体験…………自分がされたことじゃないにもかかわらず何度も僕は殺され、死んでいった。

 ほんとうは死んではいないし、そのときの痛みだって、過去のものだから自分がそう感じるわけでも無いにもかかわらず、痛くて苦しい。

「…………やめろ……」

 他人の記憶に塗りつぶされて自分が誰か分からなくなるわけにはいかない。

 ──。

 ────。

 ──────。

 目を覚ます。

 何時間も経過しているはずだ。

 眠っていたわけでは無いはずだけれど、酷い悪夢を見ていて、また引きずり込まれるか。

「…………あの」

 声がする。

 ずっとその声を聞きたかったような気がして、身体を起き上がらせる。

 さっきの少女はいつの間にかいなくなっていたけれど、代わりに、真っ黒な髪の女の子が僕の方をみていた。

「大丈夫ですか?」

 ひどく弱々しくみえる。

 初めてあったわけじゃ無い。

 混乱していて思い出せないけれど、再会だ。

「…………ルナだね」

「はい。あなたが名前をつけてくれたから、私はルナです」

 とても嬉しそうな声だった。

 触れようとして手を伸ばしてみたが、すっとすり抜けてしまった。


       *


 特別になにかを望むようなことをしてはいけなかったのだと、心の中の自分が自分に言う。

 でも本当にそうなのかな。

 ……ただうまくいかなかっただけじゃないか?

 縫い付けられているわけでもないのに、動けない。

 そう感じるわりに、呼吸とかの生きることに必要な部分は動き続けているから、矛盾じゃないか?

 完全に動けないのか確認するために、聞き手の指を軽く曲げてベッドのシーツの感触を確認する。

 感覚はある。これなら身体だって動かせるだろう。

「待宵さん。いまは疲れているだけのはずですから……ゆっくり休んでください」

 ルナの声はちゃんと聞こえている。優しく響くかわいい声だ。

 左手が胸のあたりからゆっくり這うように上がってきて、自分で自分の首を軽く絞めるが途中でやめるから死には至らない。

「……そうだね、ルナ」

 点滴の管が刺さっていたことを忘れていて少しだけ血が逆流して鬱陶しいから外した。また何か言われるだろう。ただ外しただけなのにいくらか気持ちがましになって、目を閉じた。

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