五話
「……四人?」
俺はスタッフが持っている資料をもう一度確認した。
「はい」
「三人でも大変なのに?」
「今回は特別企画ですので」
「特別じゃなくて地獄の間違いじゃないですか?」
スタッフが苦笑する。
その横では、妹の凛が目を輝かせていた。
「誰が来るの?」
「それは明日の打ち合わせで発表します」
「えー、今教えてよ」
「秘密です」
「お兄ちゃん知ってる?」
「知らない」
「本当に?」
「本当に」
「怪しい」
「なんでだよ」
凛が俺をじっと見る。
「お兄ちゃん、何か隠してるとき、右上を見る癖あるよ」
「……」
俺は慌てて正面を見る。
凛が笑った。
「ほら」
「今のはお前が言ったからだ!」
「じゃあやっぱり何か知ってるんだ」
「知らないって!」
スタッフが笑っている。
「では、本日はこれで終了です」
配信終了。
俺は椅子から立ち上がった。
「疲れた……」
「お疲れさま」
凛が伸びをする。
「明日楽しみだね」
「俺は不安しかない」
「大丈夫だよ」
「何が?」
「私がいるから」
「それが一番不安なんだよ」
「ひどい!」
その夜。
俺は自宅に帰って、すぐにベッドへ倒れ込んだ。
しかし。
寝ようとしたところでスマートフォンが震えた。
通知。
凛からだった。
『お兄ちゃん』
『何?』
『明日のコラボ、絶対に驚くよ』
『誰が来るんだよ』
『秘密』
『お前も知らないだろ』
『知らない』
『じゃあなんで驚くって分かるんだ』
『勘』
『……』
俺はスマートフォンを置いた。
妹の勘ほど信用できないものはない。
翌日。
事務所へ向かう。
会議室のドアを開ける。
「おはようございます」
「おはようございます」
スタッフが数人。
そして。
「……あれ?」
部屋の奥に、見覚えのある人物がいた。
「お久しぶりです」
「白雪アリス……?」
昨日まで一緒に配信していた人気VTuber。
そして、その隣には。
「初めまして!」
元気な声。
「星野カナです!」
「……誰?」
俺が聞く。
「新人VTuberです!」
凛が目を輝かせる。
「かわいい!」
「ありがとうございます!」
カナは笑顔で頭を下げた。
さらに。
「そして、もう一人」
スタッフが言う。
ドアが開く。
「どうも」
入ってきたのは、男性VTuberだった。
「黒瀬レオです」
「……」
俺は固まった。
登録者数百万人。
ゲーム実況のトップクラス。
そして。
俺が昔から見ていたVTuberだった。
「嘘だろ……」
思わず声が出た。
「カナタさん?」
「あ、すみません」
「もしかして、僕の配信見てました?」
「……はい」
「ありがとうございます」
俺は緊張していた。
凛が横から小声で言う。
「お兄ちゃん、顔怖いよ」
「緊張してるんだよ」
「いつもより静か」
「黙ってろ」
するとアリスが笑う。
「今日は四人でゲーム配信ですね」
「そうです」
スタッフが説明を始める。
「今回の企画は、四人で協力して脱出ゲームをクリアしていただきます」
「簡単そう」
凛が言う。
俺は嫌な予感がした。
「……凛」
「何?」
「前にも同じこと言って、開始三分で落ちただろ」
「今日は大丈夫」
「その自信はどこから来るんだ」
カナが笑う。
「私、ゲーム得意ですよ」
レオも言う。
「僕も得意です」
アリスが続ける。
「私も頑張ります」
全員が俺を見る。
「……俺が一番下手かもしれない」
「え?」
凛が驚く。
「お兄ちゃんゲーム上手いじゃん」
「配信ではな」
「じゃあ大丈夫」
「何が?」
「私たちが足を引っ張るから」
「自覚あるのかよ!」
そして。
配信開始。
「こんばんは!」
四人の声が重なる。
コメント欄が一気に流れる。
『四人きた!』
『メンバー豪華すぎ』
『カナタ緊張してて草』
『ミライちゃん今日も元気』
『アリスかわいい』
『レオきた!』
凛が自己紹介を始める。
「星乃ミライです!」
アリス。
「白雪アリスです」
カナ。
「星野カナです!」
レオ。
「黒瀬レオです」
最後に俺。
「カナタです」
コメント。
『カナタだけ普通w』
『兄ちゃん頑張れ』
『今日も妹に振り回されそう』
俺は苦笑した。
ゲーム開始。
最初の部屋。
四人で謎を解く。
「この数字じゃない?」
カナが言う。
「違うと思います」
アリスが答える。
「じゃあこれ?」
レオが調べる。
俺は画面を見る。
「待って」
「何?」
「これ、数字じゃなくて曜日じゃない?」
全員が止まった。
「……」
「……」
「正解だ」
レオが言う。
扉が開く。
コメント欄。
『カナタ有能』
『兄ちゃんやるじゃん』
『妹は何してる』
凛は。
「応援してる!」
「お前も考えろ!」
「応援は大事だよ」
「ゲームでは役に立たない!」
次の部屋。
敵が出てくる。
「逃げて!」
「どこ!?」
「右!」
「左!?」
「右!」
「分かった!」
凛が左へ走る。
「おい!」
ドン!
ゲームオーバー。
「……」
俺は無言になる。
凛も無言。
コメント欄。
『またwww』
『安定のミライ』
『兄ちゃんの絶望顔見たい』
「ごめん!」
凛が謝る。
「いいよ」
「本当に?」
「うん」
「優しい!」
「ただし次は俺の指示を聞いて」
「分かった!」
数分後。
また敵が出る。
「右!」
凛が左へ走る。
「なんで!?」
「ごめん、癖で!」
「そんな癖ある!?」
アリスが笑いすぎている。
カナも笑っている。
レオまで笑っている。
コメント欄も大爆笑。
結局。
一時間かけて。
四人は最初のステージをクリアした。
「やった!」
凛が喜ぶ。
「長かった……」
俺は疲れ果てていた。
「カナタさん」
レオが笑う。
「妹さん、面白いですね」
「……ありがとうございます」
「大変そうですけど」
「……はい」
アリスが言う。
「でも、カナタさんも楽しそうですよ」
「え?」
「最初より、笑ってます」
俺は少し黙った。
確かに。
配信前は緊張していた。
でも。
今は楽しい。
四人でくだらないことで笑って。
失敗して。
また挑戦する。
昔の配信を思い出す。
数字なんて気にしていなかった頃。
ただゲームをして。
ただ笑っていた。
「……そうかもしれません」
俺が答える。
その瞬間。
凛が叫んだ。
「お兄ちゃん!」
「何?」
「次のステージ行こう!」
「……」
俺は笑った。
「分かったよ」
そして。
ゲームを再開する。
しかし。
配信終了まで、あと五分。
スタッフから終了の合図が来た。
「そろそろ終わります」
俺が言う。
「えー!」
凛が不満そうにする。
「続きやりたい!」
「今日はここまで」
「じゃあ次回!」
凛がカメラに向かって言う。
「四人で続きをやります!」
コメント欄が流れる。
『次回もお願いします!』
『神回だった』
『また四人でやって』
『ミライちゃん最高』
『カナタ兄ちゃんお疲れ』
俺は笑いながら挨拶した。
「今日はありがとうございました」
アリス。
「ありがとうございました」
カナ。
「ありがとうございました!」
レオ。
「またよろしくお願いします」
そして。
配信終了。
俺は椅子から立ち上がった。
「疲れた……」
凛が言う。
「楽しかったね」
「まあな」
「次は何する?」
「しばらく休ませてくれ」
「じゃあ次は旅行!」
「なんでそうなる!」
凛が笑う。
「四人で旅行したら絶対面白いよ」
「絶対疲れる」
「でも楽しそう」
俺は四人を見る。
アリスも。
カナも。
レオも。
少し笑っていた。
「……まあ」
俺は苦笑する。
「一回くらいなら」
「やった!」
凛が喜ぶ。
その瞬間。
スタッフが一言。
「ちなみに旅行企画、もう決まってます」
「……は?」
「来週です」
「早すぎる!」
凛は笑っている。
俺は頭を抱えた。
どうやら俺の平穏な生活は。
本当に戻ってこないらしい。
そして。
この旅行が。
俺たち四人の関係を、さらにめちゃくちゃにすることになるとは。
このときの俺は。
まだ知らなかった。




