配信終了まで、あと五分。
「今日から、お兄ちゃんは私のマネージャーね」
大学に入学して三日目。
俺、神谷湊は、妹から突然そんなことを言われた。
「……は?」
「だから、私のマネージャー」
「意味が分からない」
「VTuber活動の」
「もっと意味が分からない」
目の前にいる妹――神谷凛は、高校二年生。
成績はそこそこ。
運動もそこそこ。
料理は壊滅的。
そして、人の話を聞かないことだけは天才的だった。
そんな妹が、俺の目の前に一枚の紙を置いた。
そこには大きく、
『新人VTuberオーディション合格』
と書かれていた。
「……お前、VTuberになったの?」
「昨日から」
「聞いてないんだけど」
「今言った」
「そういう問題じゃない」
俺は頭を抱えた。
実は俺には、誰にも言っていない秘密がある。
俺自身もVTuberなのだ。
活動名はカナタ。
登録者数は約三万人。
まだまだ無名に近いが、ゲーム配信を中心に活動している。
大学生になったのをきっかけに、もっと本格的に活動しようと思っていた。
だからこそ。
妹がVTuberになったことは、かなり困る。
「ちなみに」
凛が笑う。
「私、お兄ちゃんの配信見てたよ」
「……いつから?」
「最初から」
「……」
「カナタさん」
「その名前で呼ぶな!」
「なんで?」
「家でVTuber名を呼ばれると恥ずかしいんだよ!」
「じゃあ、お兄ちゃんも私のVTuber名で呼んでよ」
「名前は?」
凛は胸を張った。
「星乃ミライ」
「……普通にかわいい名前だな」
「でしょ?」
「でも、なんで俺がマネージャーなんだよ」
「だって、お兄ちゃん配信詳しいじゃん」
「まあ……」
「機材の設定できる」
「できる」
「動画編集できる」
「できる」
「サムネイルも作れる」
「作れる」
「企業案件のメールも読める」
「読める」
「じゃあ決まり」
「……俺に拒否権は?」
「ない」
こうして。
俺の大学生活は、妹のVTuber活動に巻き込まれることになった。
最初の仕事は、配信環境の設定だった。
「ここにマイクを置いて」
「こう?」
「違う。近すぎる」
「じゃあ、ここ?」
「今度は遠い」
「じゃあ、お兄ちゃんがやって」
「最初からそうしろ」
凛の部屋に機材を設置する。
パソコン。
マイク。
カメラ。
照明。
キャプチャーボード。
一通り確認していく。
「よし。これで大丈夫」
「じゃあ配信してみよう」
「待て」
「何?」
「タイトル決めたのか?」
「え?」
「配信タイトル」
「考えてない」
「サムネは?」
「ない」
「配信内容は?」
「雑談」
「話すことは?」
「ない」
「……」
俺は深く息を吐いた。
「お前、本当にVTuberやる気あるのか?」
「あるよ」
凛は真剣な顔で答えた。
「私、誰かを笑わせたい」
その言葉に、俺は少し驚いた。
いつもふざけている妹。
何も考えていないように見えていた。
でも。
ちゃんと理由があった。
「……分かった」
俺は椅子に座った。
「じゃあ、最初の配信から一緒に作るか」
「うん!」
そして。
初配信の日。
同時接続者数は三十二人。
「こんばんはー!」
凛の声が響く。
コメントが流れる。
『新人さん?』
『声かわいい』
『初見です』
凛は緊張しながらも、一つ一つコメントを拾っていく。
「えっと……初見さん、ありがとうございます!」
その声を聞いているうちに。
俺は少し安心した。
妹は思ったより向いている。
ところが。
配信開始から二十分。
事件が起きた。
「えっと、次のコメントは……」
凛が画面を見る。
そして。
「あ、お兄ちゃん」
「……」
俺は部屋の外で固まった。
「これどういう意味?」
「おい!」
マイクに俺の声が入った。
コメント欄が一気に流れる。
『今の誰!?』
『男の声!?』
『お兄ちゃん!?』
『同居人?』
「違う!」
俺は慌てて部屋に入る。
「なんで配信中に俺を呼ぶんだよ!」
「だって分からなかったから」
「コメントで聞け!」
『お兄ちゃん登場w』
『声イケメン』
『兄妹で配信してほしい』
「絶対ダメ!」
そう言った瞬間。
凛が笑う。
「でも、面白そう」
「お前……」
その日。
星乃ミライの初配信は、予定していた一時間を大幅に超えて二時間半続いた。
そして翌朝。
俺たちは驚くことになる。
凛の登録者数が、一気に五千人を超えていた。
原因は。
『新人VTuberの配信にイケメン兄が乱入した瞬間』
という切り抜き動画だった。
「……嘘だろ」
「すごい!」
凛は嬉しそうに画面を見ている。
「お兄ちゃんのおかげだね!」
「いや、俺は何もしてない」
「じゃあ、これからも出てよ」
「絶対嫌だ」
「お願い」
「嫌」
「お兄ちゃん」
「嫌」
「マネージャーでしょ?」
「それとこれとは――」
そのとき。
凛のスマートフォンが鳴った。
「……?」
通知を確認する。
そして。
「お兄ちゃん」
「何?」
「事務所から連絡来た」
「事務所?」
凛は画面を見せた。
そこには。
『神谷さんの配信を拝見しました。妹さんとの関係も含め、一度お話をさせていただけませんか』
と書かれていた。
俺は嫌な予感がした。
「……まさか」
「どうしたの?」
「これ」
「うん」
「俺もVTuberになれって話じゃないだろうな」
凛はニヤッと笑った。
「だったら面白いね」
「全然面白くない」
しかし。
その日の夜。
俺のもとに一本の電話が入った。
相手は、凛が所属する事務所の担当者だった。
そして。
「神谷さんにも、ぜひ活動していただきたいと思っています」
俺は言葉を失った。
「妹さんと兄妹で活動する、新しいVTuberユニットとして」
電話を切ったあと。
俺は天井を見上げた。
静かな大学生活を送るはずだった。
配信も、趣味として続けるつもりだった。
それなのに。
妹のせいで。
俺の人生は、予定とは全く違う方向へ進み始めていた。
そして翌朝。
凛は満面の笑みで言った。
「お兄ちゃん」
「……何?」
「今日から、二人でVTuberだよ」
「……勘弁してくれ」
俺の平穏な大学生活は。
その日、完全に終わった。




