第68話 【幕間】ロマノヴァという国
探検家フィリップ・キャンドラーの手記より
ロマノヴァ連邦は、我々にとっては不思議な国に見える。
ある者には、そこは理想郷に見える。ロマノヴァには貧富の差がない。全て平等であり、多くの国で見られる特権階級だけが富を浪費することはない。
また、ある者はロマノヴァ国民は悪魔のようだと言う。かつての戦争の記憶がそう感じさせるのかもしれない。
私が探検旅行の際にガイドのアレクセイから聞いた話は、とても理想郷とは思えなかった。
貧富の差がないのも、国民は総じて貧しく、資産を持っていた者は没収されたか投獄されたからだ。
国民がもっとも恐れているのは、アレクサンドラ・ロマノヴァだ。彼女の一言で村が消滅したことも多いという。ロマノヴァの粛清は今でも行われており、国民は「次は自分たちの番では」と恐れ慄いている。
他国へ逃げ出そうとする者は、容赦なく撃たれる。だから国民は「この国はおかしい」と感じながらも、極寒の地で生きるしかない。
うまく逃げられてもロマノヴァの工作員がどこまでも追いかけてくる。他国も移民を受け入れる余裕はないから、自らの職を奪われないためにロマノヴァ国民を密告する者までいるらしい。
だから人々は独特の強い酒を飲み、現実を忘れたがっているのかもしれない。酔っている間は、つらい現状を忘れることができる。
私もずいぶん飲まされた。
雪の中で冷やした酒を飲みながら、キュウリやキノコのピクルスや塩漬けニシンをつまむ。
酒を飲み交わしている間は、ロマノヴァ国民も朗らかになり、笑いが絶えない
ロマノヴァは恐ろしい国だ、という人々は、ロマノヴァのすべてを対象として見てしまうが、私はそれに異を唱えたい。恐ろしいのは国家体制や指導者なのであって、ロマノヴァ国民は実に気さくで、思いやりがある。
私をガイドしてくれたアレクセイも、この原稿の執筆中に処刑されたと知らされた。
今は海外への旅行も簡単ではないが、もし国際情勢が落ち着いたらアレクセイの墓を訪ねたいと思う。




