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ハイペリオン戦記  作者: 松本 ゆうき
第9章 北方の支配者
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第64話 剣士の戦い

 アスカ・フジワラは、毎日レニのいる郊外の施設へと足を運んだ。

 もうハイペリオンの戦力は理解したが、それでも何か気になってしまい、船でエルフェン共和国を離れる間彼女と行動を共にしてみよう、と考えた。


 ハイペリオンの女王はなのだから、表向きは質素に見えても暮らしぶりはさぞ裕福なのだろう、と思ったが、実際はまるでそんなことはなかった。

 朝早く起きたかと思えば、自ら畑に出て農作物の出来具合を確かめた。

「このトマトはもう少しね」といったように、まるで声をかけるように一つ一つの野菜へ愛情を注いで育てているようであった。

 女王が畑仕事をするのは、なんとも不思議な光景だった。

「ご自身で世話をなさっているのですか?」

「ええ、ある程度食料はいただけるのだけど、そんなにゆとりもないですから……それに野菜の世話をするのは楽しいですよ」

「そういうものでしょうか……」

 ヤーパンの帝は現人神(あらひとがみ)と言われており、アスカも間近でその姿を見たことがなければ、声をかけられたこともない。

 一方で、レニは畑で汗をかき、見かけた兵士とも挨拶を交わしている。

 どちらが正しい、というわけではないが、少々意外な感じがしていた。


 昼食もさほど量は多くない。

 野菜が入ったスープとパン程度のものであった。レニの話では、ときどきスープに肉が入るらしいのだが、それでも女王の食事というイメージには程遠い。

 週に一度はキッチンに立って食事を作ることもあるらしい。

「まったく……あなたは不思議な人ですね」

「女王らしくありませんか?」

「有り体に言えば、そうですね」

「他の王族がどんな生活をしているのか、私には分かりません。ですが、これが私なりの女王としての姿なのです。もちろん、まだまだ手探りですけどね」

 つい1年前までは、ごく一般的な少女として生きていた、という経験があるからか、とても不思議な魅力を感じる。親しみやすさと気高さがあるのだ。

「それでも命を狙われるかもしれないのですから、あまり目立たないほうが……」

「うーん……ずっと1ヶ所に留まってると、息が詰まりません? たまには街に出たいじゃないですか」

 レニはにこりと笑う。

 

 ――かわいらしい。


 幼さも残っている笑顔は、同性のアスカでも思わずどきりとしてしまうほどであった。


 昼食後、レニは倉庫の地下へ向かった。クイーン・ハイペリオンが格納されている部屋の奥に、訓練用のスペースがある。

 そこで待っていたのは、ゲルハルト・ヴァイスザッハであった。

「銀光のヴァイスザッハ……」

 彼を見た瞬間、アスカは思わず声を漏らした。

「ほう……私の名前はヤーパンにまで届いているのだね」

 デュナミスの剣士であれば、ヴァイスザッハの名を知らない者はいない。戦場に銀の光が走り抜けるとき、無数の死体が生まれる。そんな伝説とともに彼の名を聞く機会は多い。

 一度手合わせしてみたかったが、アスカは気持ちを堪えて部屋の隅に座る。

 ヴァイスザッハ以上に、レニの剣の腕が気になった。

 可憐な少女がどんな戦い方をするのか。なぜ彼女を各国が恐れるのか。それが知りたかった。


 訓練とはいっても、激しい剣技の応酬だった。斬撃の速度は実戦と変わらない。木剣で相手を打つのとは訳が違う。互いに殺意のこもった一撃を放つ。ヴァイスザッハの二刀流を剣で受け、避けながらレニも斬撃を繰り出す。1つ間違えば重傷を負ったり、場合によっては死亡するかもしれないのに、2人は手を抜かない。

 レニのデュナミスとしての能力は、紛れもない本物だ。ハイペリオン王家は最強のデュナミスと考えられており、半ば伝説的に語られているためか、その真偽を疑問視する意見もあるが、この訓練を見たらはっきりと分かる。

 ハイペリオンは恐ろしい。書物などでは分かりにくいが、レニという実物を見ればすぐに理解できる。剣士としても人間としても、彼女は優れている。それゆえに、敵となったときは面倒だ。

 訓練用の剣が立てる金属音が不意に止む。ヴァイスザッハの剣がレニの喉元にぴたりと当てられていた。

「負けね」

「剣がやや乱れていましたな……」ヴァイスザッハが剣を離す。「いついかなるときでも、剣士は完全に力を発揮できるようになっていなければなりません」

「それは分かっていますが……いつもというのは難しいのね」

「難しいからこそ、訓練を重ねて身に付けるのです」

 すると、ヴァイスザッハはアスカを見る。

「ヤーパンも同じですかな?」

「ええ、剣士は常に剣士でなければなりません。いつ戦闘が起こるか、分かりませんからね」

「なるほど、ブシドーというものですな」

「いや、ちょっと違う気もしますが……まあ、似たようなものです」

「では、見せていただけますかな。レニ様をお相手に」

 ヴァイスザッハは剣を差し出した。

「レ、レニ様と……?」

「いつも私とばかりでは成長できません」

 アスカはレニを見た。肩で息をして、額には汗が浮いているが、目は死んでいない。

「分かりました」

 剣を取り、アスカはレニに向かい合う。

 動きの素早さは知っている。


 ――本気でいかなければ。


 正眼に構える。

 同時に能力を発動させる。レニを囲むように、アスカは分身を生み出した。

 まやかしでもなく、実体を持った分身が4体、さまざまな構えを取った。

「それもヤーパンの剣術?」

 見たこともない技に、レニは戸惑いながらも油断していない。

「これは剣術ではなく忍法の1つ、分身の術です」

「ニンポー……不思議な技なのですね」

「すべてが実体を持っていて、すべてが私と同じだけ強いですよ」


 ――さて、どう出ますか?


 上段に構えた分身と、下段に構えた分身が同時に動き出す。レニの左右から挟むようにして襲い掛かる。

 レニは目を動かさなかった。アスカ自身や他の分身に気を配るとともに、左右の斬撃を感じ取っているようであった。

 一方を受け止めれば、もう一方の攻撃が通る。疾風剣で2つの剣を弾いたとしても、他の分身が動き出す。防御を捨てて向かってきたとしても、3対1とまだアスカの方が有利である。


 レニは1歩後ろへ退いた。最小限の動きで上下の斬撃を躱すと、疾風剣を放って左右の斬撃を同時に切り裂いた。

 鋭く、素早い疾風剣だ。デュナミスの基本的な剣技であるが、だからこそ疾風剣は剣士の腕前がよく反映される。レニの疾風剣は、剣の達人と言ってもおかしくないほどの威力と精度である。

 胴を真っ二つに両断された分身は、苦悶の表情を浮かべることもなく消え去る。


 残る2体の分身を向かわせる。1体は地を這うような斬り上げ、もう1体は飛翔してレニの頭部を薙ぎ払おうと剣を振るう。


 ――今度はどう防ぐ?


 縦に並んだ対象を疾風剣で斬ることもできる。

 分身の後ろでアスカは剣を握り、足元に力を入れる。レニほどの腕なら、2体の分身がどんな攻撃を繰り出してきたとしても切り抜けるだろう。しかし、どんな剣技にも発生の終わりには隙が生まれる。分身が斬られたら、アスカがその隙を突く。

 そのためにも、疾風剣を使ってもらわなければならない。


 レニが剣を下す。

 そこから斬り上げるのだろう。分身2人分となると、大きく振り上げなければならない。アスカが攻撃を繰り出すとしたら、そのタイミングしかないだろう。

 疾風剣であろうと考えたレニの剣が光を纏う。


 ――光を纏った斬撃!?


 いくつかの剣技を思い付いたが、光の量から闘牙疾風であると判断した。

 アスカも闘牙疾風を扱う剣士との立ち合いを経験している。だが、レニほどの若い剣士はおらず、若くても50代、ほとんどが60歳以上であった。それほどに、闘牙疾風を習得するのは困難なのだが、それを目の前の少女は放とうとしている。

 とっさに横へ避けたのと、闘牙疾風が剣から放たれたのは同時であった。

 分身2体は真っ二つに裂かれ、轟音を立てて石の床に黒い筋を残しながら壁で弾け飛んだ。

 少しでも回避に戸惑っていれば、アスカの手足のどこかが切断されていたかもしれない。

 それでもチャンスが生まれた。

 アスカは床を蹴って疾走、剣を振るう。速度もタイミングも、これ以上ないくらいに完璧な斬撃である。

 だが、剣で捉えるべきレニの細い腰はその場にはなかった。

 闘牙疾風を放つと同時に、剣を振り上げた勢いを活かして後退していた。


 ――そこまで考えているなんて。


 先の展開を読んで行動するのは優秀な剣士の条件だが、とっさに動ける者はそこまで多くない。

 足を踏ん張って疾走の速度を一気に殺しながら、アスカは剣を加速させる。体を回転させる、大振りの疾風剣を繰り出しながら、さらに一歩踏み出す。

 この攻撃で、もしかしたらレニを傷付けてしまうかもしれない。それでも構わない、とさえ思っていた。アスカの剣技を受け止めてくれる相手に、本気でぶつかってみたくなった。

 鋭い金属音がする。レニが剣で疾風剣を防いでいた。剣を滑らせて、アスカはさらに踏み込む。火花が散る。


「そこまで!」

 ヴァイスザッハの声に、2人は静止した。

 互いの剣が相手の首元を捉えていた。

 訓練が終わったものの、アスカの気持ちは高ぶったままであった。

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