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マジックブルーガール(2)

 何度も言うようだが、オレは幽霊なんて信じていない。

 たとえ涼子がプレリュードの座席に女の子のお化けがいるって言っても、オレは信じない。たとえ涼子が、里美ちゃんがプレリュードを気に入っているからドライブに連れて行ってあげれば、なんて言ってもだ。

 冗談じゃない。

 涼子は、「里美」に遠慮して後部座席に座り、図書館までのドライブを首を縮めて過ごした。クーペの後部座席って言うのは狭いのだ。いいんだよ、二人以上の人間を乗せてどうするんだ。デートできればいいんだ。

「里美ちゃん。いつごろの記事を調べればいいの?」

 涼子は、あたかもそこに誰かがいるかのように話しかけた。

 うーん。かなりつらい。

「五年以内?そのくらいは教えてよ」

 オレには、涼子が一人で話しているようにしか見えない。しかし、涼子は友達と会話するように普通に話している。オレを無視して。


 図書館につくと、オレ達はパソコンの前に座り、新聞記事を検索し始めた。

 もちろん、二人だ。涼子が何と言おうと二人だ。

「圭吾。交通事故に絞ってくれていいから。最近三年間」

「了解」

「それから、事故現場は近いはず。だから県内だけ」

「わかったよ」


 そいつは、本当にあった。

 その事故というのは、こうだ。

「午後四時頃、山岸次郎さん(33)の運転する乗用車が、下校中の萩原里美ちゃん(7)をはね、重態。現場は見通しの良い直線道路。警察では山岸さんの前方不注意が原因として調べている」

 それが二年前。数日間の記事を拾ってみたが、その後の経過は載っていなかった。でも、ここに、彼女がいるのなら、死んだのだろう。

 それにしても、これを調べ出すのに二時間もかかってしまった。不親切な幽霊だ。


 午後も遅くなって、十二月の気の短い太陽は、早くも西の空に沈みかけていた。

 駐車場に戻ったオレ達は、携帯電話から山岸次郎に電話をかけ、これから伺う旨を伝えた。

「山岸さん。交通事故を起こされていたのですね」

 オレは、訪問を承諾した山岸に言った。

「え?どうしてそれを」

「涼子が連れて来た女の子が、どうしても事故を調べろというので、過去の新聞記事を確認しました」

「そうでしたか」

「どうして言ってくれなかったんです?」

「それは、その、あまり関係ないかと・・・」

「そうですか。とにかく、これから伺います」


 山岸の家につくと、涼子は、「里美ちゃん」を先に降ろし、自分も後部座席から這い出した。もちろん、オレには、もたもたとしていたようにしか見えなかったが。

 すっかり気が重くなっていた。辺りはすっかり暗くなり、カラスが電柱の先から赤い雲のかけらに向かって鳴いていた。

「お待ちしていました」

 玄関に現われたのは、奥さんの玉恵の方で、旦那は一階の居間にいた。

「今日は、ご気分がよろしいみたいですね」

「ええ、少し。でも、まだフラフラしますの」

玉恵は、そう答えた。

 その部屋も真新しい畳に、壁には掛軸がかけられていたが、お札が何枚か貼ってあって、部屋の雰囲気をぶちこわしにしていた。

「この時間帯は、あちこちで変な音がするんですよ」

 玉恵は言いながら、びくびくとお茶をテーブルの上に並べた。オレは、その和風のテーブルの前に正座して、うまそうな煎餅を見つめていた。

「家の中にいると、たまらないんです」

 玉恵が、そう言うと、旦那のほうも口を開いた。

「しかし、家を出ていても安全というわけではない。女房は、この三ヶ月で七回も事故に遭っているんです」

「七回?」

「ええ。幸運なことに、深刻な事故には危機一発でならずに済んでいますが」

「ほう」

「一度は、スーパーの棚が崩れてきて、いくつもの缶詰が頭の上に落ちてきたり」

 オレは、偶然だ、と思った。涼子は、そう思わなかったらしい。

「誰かが、そうなるように仕組んだのです。恨まれています」

 二人の山岸は、涼子に向き直った。涼子は続けた。

「この家には、無数の霊が住み着いています」

 二人は、薄気味悪そうに周りを見回した。

「とりあえず、このおふだを外してください。これのせいで、家の中の霊気が逃げなくなっているんです。貼ればいいというものでもないですから」

「はあ、なるほど」

 そう言って、二人は顔を見合わせた。オレは、お茶に手を伸ばした。

「じゃあ、お二人で外してください。外したものは、あとで神社に奉納してください」

「わかりました」

 そう言うと、二人は立ち上がった。オレも仕方なく、立ち上がろうとした。

「圭吾は座っていて。これは二人でやってもらったほうがいいの」

 なんで?と思ったが、言うのはやめた。理解できないが、どうでもいい。

 それに、煎餅が食べたい。


 夫婦が、あちこちに貼りまくった紙切れを外している間、オレは煎餅を二枚いただいて、お茶を飲み干した。

 思ったとおり、うまい煎餅だった。薄味で、歯応えも丁度いい。涼子にもすすめたが、彼女は断わった。オレは、涼子の分にも手を伸ばそうか、と思った。

「終わりました。これで全てです」

 そう言って、二人が戻ってきたので、オレは出しかけた手を引っ込めた。

「ごくろうさまです」

 オレは、一応、そう言った。それから、テーブルにつくのを待って、涼子が言った。

「根本的な原因は、二年前の交通事故にあるのは間違いありません。だから、お二人は、里美ちゃんのお墓にお参りに行ってください。なるべく早い方がいいでしょう」

「はい」

 首をうなだれて山岸次郎が返事をした。

「涼子」

 オレは、辺りを見回しながら声をかけた。

「里美ちゃんは、この部屋にいるのか?」

「ええ」

「取り憑いているのは、彼女なのか?」

 涼子は、オレの顔を見て、それから夫婦の顔を一人づつ、ゆっくりと見た。

「いいえ」

「え?」

 そう言ったのは、山岸次郎だった。涼子が答えた。

「確かに、原因は事故にあります。でも、問題はそれではないのです。誰かが、今回の騒動を作り出しています。とても悪い気を感じます。恨んでいるのは、里美ちゃんじゃない。他の誰かです」

「そんな」

 玉恵が悲鳴のような声をあげた。

「ですから、ここで里美ちゃんや、他の霊を追い払っても解決にはなりません」

「じゃあ、どうすれば」

 山岸次郎もうなるように言った。

「わたし達で、その相手を探し出します。とにかく、今は数が多すぎます。誰かが、次々に悪霊を、この家に送り込んでいるのです。今日は、その入り口を見つけますから」

「入り口?」

 旦那が言った。

「そうです。悪霊がやってくる入り口です。とにかく、それを塞ぎます。けれど、わたしの力では完全に塞ぎ切れないかも。塞げたとしても、再び開かないようにするには、やっぱり呪いをかけている本人を説得しないことには解決にはならないんです」


 それから一時間ほどで、オレと涼子は山岸家をあとにした。

 オレの印象では、山岸一郎は涼子の言うことを信じているようだった。玉恵のほうも大方の部分で信じているようだ。

 あほらしい、と思う。

 しかし、それを信じる人種がいることも、また事実なのだ。

 そういえば現代人はオカルト的なものに惹き付けられている、と言ったやつがいた。

 社会心理学者だ。社会的な不安定さが、個人の不安を引き起こす。それから逃れるために信仰に走り易い。その上、現代ほど人の生と死、死後の世界の問題が絡み合ってきた時代はないのだ、という。

 オレが言っているんじゃない。どこかの社会心理学者が言っているのだ。

 人工中絶。人工受精。臓器移植。安楽死。尊厳死。

 そういう生と死の問題が複雑に絡み合っているのが現代社会だと、社会心理学者が言っている。

 それにも関わらず、現代社会で実際に死に直面することは少ない。老人は病院で息を引き取り、子供はそれを目にすることはない。いや、意識的に遠ざけられているといってもいい。

 人は、自分が生きている、ということに疑問を感じ始めている。

 どうして自分は、この時代に生まれてきたのか。なぜ他の時代ではなかったのか。

 オレは、プレリュードのドアを閉めて、エンジンをかけても、そのことを考えていた。

 オレは、どうして「今」生きているのか。


 随分と前になるが、オレは小さい頃、夜に眠るのが怖かった。

 眠っている間は、自分が生きているのか死んでいるのかわからないからだ。

 必ず目覚めるという確実性がないからだ。たぶん、自我が芽生えて、自分がいつか死ぬということがわかってきた頃だったのだろう。

 自分がいつか死ぬ、そういう事実が存在することが耐えられないことに思えた。

 そこで、オレは、奇妙な仮説をいくつも立てた。

 簡単なことだ。

 いつか死ぬのが嫌ならば、自分は死なないという仮説を作ればいいのだから。

 その一つは、自分はロボットであるという仮説だったが、それはあまり長続きしない仮説だった。生きものであることは、まず間違いないからだ。

 自分が生きものである以上、いつかは死ななくてはいけない。

 究極的にたどり着いた考え方は、この世界がフェイクだと考えることだった。

 「これは夢なのだ。自分は死ななくちゃいけないというのは、夢の中で、そう思っているだけのことで、実際には、そうではない」のだと。

 見事に、宗教じみている。

 「死ぬと天国に行く」って言っているのと大差がない。そもそも、自分が死ぬということが怖いのは、天国の存在を信じられなかったからだ。何処か別の場所にある天国なんて、あまりに非科学的だった。

 結局、オレは、自分が死ぬ時には、納得して「死んでもいいな」と思っているだろうというあたりで妥協した。それまでに、自分は悔いのないように生きてやろう、と。

 それは、今のところうまくいっている。オレの人生、今までのところ悔いはない。

 かなり強がりが入っているが。

 まあ、そういうことを考え出すと、次に問題になるのは、人生の意味ってやつだ。

 オレが生まれてきたことに意味があるのだろうか。オレがしなくてはならないことってあるんだろうか。今でなく、江戸時代や室町時代でなかったのは何故なのか。いや、二十二世紀でないのは何故か、ともいえる。

 しかも、何故、この場所なのか。アメリカやエジプトやロシアでないのは何故なのか。

 再び、心理学者の言葉だが、こういうのがある。

 「現代は、自分がかけがえのない存在だ、と自覚することが難しい時代である」

 ようするに、誰かの替わりなんて容易に見つかるってことだ。自分のしている仕事、勉強、役割、そんなものは、他の人間で替わりが出来るだろうってことだ。だから、自分が生きている意味を見い出すのは、とても難しい。

 いきおい、オカルトに走るって言いたくて、そいつはそう言ったのだが。

 自分よりも優れた人間なんていくらでもいるのだから、そこに自分の存在の意味を探そうとしてもだめだ。自分の中に絶対的な基準をもたないといけないんだ、とそいつは言っている。

 でもどうやって?

 オレは結局、人生には意味なんてないと結論づけた。人生の意味は、自分で見つけるものだ。

 そのあたり、オレはかなり成功していない。


「ねえ、圭吾」

 涼子が話しかけている。

「え?」

 考え事をしながら車を運転していたようだ。

「圭吾。呪いをかけている人を見つけなくちゃ」

 呪いねえ。この科学の時代に。

「どんなやつだ?魔女か?」

 涼子は、さげすむような目でオレを見た。

「そういう目で見るなよ」

「圭吾、わたしが魔術師だって知ってて言っているでしょ」

 オレは首をすくめた。

「そんなことも言っていたな」

「そうよ。魔術には大きくわけて二種類あるわ。白魔術と黒魔術よ」

「ヒーリングと呪いか?」

 思いっきり、涼子はオレを見下したような目をした。

「全然、人の話を覚えてないのね」

 再び首をすくめた。

「いい?圭吾。黒魔術っていうのは、妖術だとか降霊術の類なの。白魔術はね、別名『自然魔術』って言ってね、科学の元になった考え方なの。自然界の法則を見つけ出して理解することなの。それを実践的に生活に役立てるための手段なの。科学と違うのは、そこに哲学があるかどうかなの」

 オレは首を振った。

「全然、わからない」

「例えば錬金術。それから占星術。それは自然魔術なの。ルネッサンスのころに熱心に研究されたのよ。ほんの一部が魔術として記憶されているけど、当時の文献には、美顔法だとか料理の方法だとか、生活に関するあらゆる知識が魔術として本になったのよ。要するに、当時の生活大百科ね」

「じゃあ魔術師は科学者なのか?」

「うーん。それは違うわね。根本的に、魔術って自然界の『意思』のようなものを理解することから始まるの。例えば、『朝顔は何故夜には花がしぼんでいるのか』とか」

「さあ、なんでだ?」

「太陽がね、魔術の世界では太陽は神として崇められているんだけど、夜の露や暗闇から覆い隠すことを望んでいるからなの、花を」

 オレは思わず吹き出した。

「そんな馬鹿な」

「信じないの?」

「当り前だろ」

「わたしは自然魔術師として教育を受けたの。わたしの父は研究者だったから。自身、魔術師だったわ」

「魔法で料理をしたりしたってことか?」

 涼子はため息をついた。

「圭吾。わかっているくせに、そういうジョークを言うのはやめてよね」

「いや、全然わからない」

「わたしは魔術師だけど、魔法使いのサリーちゃんじゃないの。現代において、誰も魔術が正しいとは思ってないわ。わたしだって『賢者の石』があっても金が作れないことは知っているわ。でも、考え方なの。世界の精神って何か。地球は何を感じているのか。自然は、どう望むのか」

「どうやって?」

「耳を傾けるの。宇宙の一部になるの。魂の集合体の声を聞くの」

 オレはため息をついた。

「あんまり、そういうことを他で言うなよ」

 涼子は、ふくれっつらでオレを見た。

 そこで、ふと気がついた。

「おまえ、助手席に座っているが?」

「え?」

「里美ちゃんはどうした?」

 ああ、とかなんとか言って、涼子は頷いた。

「聞いてなかった?」

「何を?」

「聞こえないんだったわね」

「だから、何が」

「里美ちゃん、山岸さんの家に置いてきたわ」

「おい、そんなことしていいのか?」

 オレは、呆れて言った。

「いいの。別に彼女が元凶じゃないもの」

 オレは、唸った。

「そのあたりが、よくわからないな」

「そう?」

「ああ」

「つまりね、里美ちゃんは、山岸さんを恨んではいないの」

「殺されたのに、か?」

 涼子はバッグからティッシュを取り出すと頷いた。

「そうよ。山岸さんの車の前へ物陰から飛び出したのは彼女の方だったの。自分の責任だって、里美ちゃんは納得しているわ」

「じゃあ、どうして成仏しない?」

「だから、それはそうできない理由があるからよ」

「やっぱり恨んでいるんじゃないのか?」

「それとは別の理由よ」

「どんな?」

 涼子は、ティッシュで、そっと自分の手を拭いた。何か、茶色いものが、それについた。

「そのうち、わかるわ」

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