マジックブルーガール(3)
山岸家の庭で、涼子が見つけたのは、何かの植物で出来た飾りのようなものだった。
涼子には、それがなんなのか分からなかったが、それの意味するところは分かったらしい。彼女は、それを拾い、自分のバッグに収めた。そんなもの、オレは持ち帰りたくなかったが、涼子は預かっておいて、と言ってオレに手渡した。
仕方ないので、オレの部屋にそいつは放置されることになった。
そういうわけだから、涼子が帰ったあと、そいつをインターネットで調べることにした。
とりあえずは、そいつの正体を突き止めた方が、これからの調査に都合がいい、と思ったからだ。呪いの種類はすくなくともわかるだろう。
わかったからって、どうするほどのものでもないんだが。
しかし、キーワードで検索をするのは簡単でも、そいつの呼び名も分からないものを検索するのは一苦労だ。
とにかく、「呪い」だとか、「魔術」だとか、そういう単語で調べていく。
だが、その奇妙で小さな飾りについて、同じものは出て来なかった。
涼子の専門は白魔術だか、自然魔術だか知らないが、実のところ役には立たないのだ。何故かといえば、涼子の魔術師がどうのっていうのは、みんな理論の話で、具体的な黒魔術の秘術というものに全く、興味を示さないからだ。
彼女は、「だって、そんなの必要ないもの」という。
もともと、彼女には他人に見えないものが見え、動かせないはずのものが動かせた。少なくとも、彼女はそう思っている。オレは信じないが、彼女はそう信じている。
さらに言えば、そういう魔術というのは、ルネッサンスの時期に色々と研究されたが、元をただせばギリシャ時代の文献に行き当たる。エジプトの文献だとかアラブの秘伝とかいうが、元はギリシャ語で書かれていた文献を翻訳した物に過ぎない。
古い、というだけでありがたがる人間もいるが、やはり間違った世界観で書かれた文献であることは間違いない。
呪文なんて、聖書だとか死海文書だとかの一部を、わけのわからない法則にしたがって読みかえたものだったりするだけのこと。
しかし、世の中、不思議なことを考えているやつは多いね。心霊関係のサイトがこんなにあるとはね。
挙句の果てには、「藁人形」の通販まであるんだから。
まったく、馬鹿らしいぜ。
月曜日になって、オレは再び図書館で資料探しをして、植物の名前だけは突き止めた。
それは、「トネリコ」という種類の樹木で建築や家具に使われるのだそうだ。一説によれば、ノアの方舟の素材もトネリコの一種なんだそうだ。
だから、なんなんだ。
自分の部屋に帰り、さらに調べると、呪術に使用することが分かった。
呪いの一種で、呪いたい相手の家に投げ込め、とある。もちろん、なんだかよくわからない呪術をしたあとでだが。
オレは、そういう呪いだとかっていうのは、一切信じないことにしている。
だが、ようするに、呪術なんていうのは、そういうことをする人間の気持ちの問題で、呪おうとする心、そのものが呪いを生むのだ。どういう呪い方をするかは問題ではない。しちめんどくさい儀式を行おうとする心の力が、儀式をすることによって勝手にそいつの心の中でふくれあがって効果を生み出すのだ。
どういう効果かって?
はっきり言って、めんどうな呪術をするよりも、直接にそいつの家に行って、火でも付けたほうが、よっぽど早い。呪いをしようなんていうやつは、そんなことを百も承知している。自分のかけた呪いのために、自分自身が行動をするのだ。そして、度重なる行為が相手に不安を与え、その不安が相手の心に作用して呪いが完成する。
つまり、呪われているという気持ちによって、実際に体に変調をきたすのだ。
信じないのは勝手だ。
事実、オレだって信じていない。
しかし、幽霊を信じるやつがいるように、呪いを信じる人間はたくさんいる。
あなただって、自分の名前の刻まれた藁人形を見つけたらショックだろう?
そういうことだ。
だが、涼子の見解は違った。
「山岸さんの家には、たくさんの絵画や骨董品があったでしょ」
それが何か?
「絵とか骨董品には、いろんな人の思いが染み込んでいるの。だから、もともと、あの家には、そういう素地があったのよ」
どういう素地なんだか。オレは、ビールを飲みながら話を聞いていたから、酔っ払って朦朧としていた。今さらだが、オレはアルコールに弱い。昔から、飲み会では最初につぶれるような人間だ。それで何度、醜態をさらしたか。
「圭吾は信じないと思うけど、絵っていうのは、大抵の場合は霊が取り憑いているの」
ほう。そいつはおもしろい意見だ。じゃあ、美術館ていうのは幽霊屋敷だな。
オレは、絵なんて一枚も無い自分のアパートの部屋を見回した。
「いい絵はとくにいろんな思念がたまっているわね」
「そんなもんかね?」
「そうよ。圭吾も肖像画が気持ち悪いって感じたことあるでしょ?」
アバウト過ぎてよく分からない。
「視線が気持ち悪いとか、そういうの。ほら、学校の怪談にあるでしょ。音楽室のベートーベンの目が動くとかなんとか」
ああ、そういうの。あれは、もともと何処から見てもこっちを向いているように目が描かれているっていうだけの話だ。不思議でもなんでもない。
「そうじゃなくて」
「まあ、いいや。それで、山岸さんの家に素地があると。それで?」
「だからね、霊にとって住みやすい環境なのよ」
日当り良好。ベランダ付き、駅近しって?
「酔ってるでしょ、圭吾」
「たぶんな」
「本当に、魂とか霊とか信じてないのね」
「まあな」
「圭吾もね、一度やってみるといいのに」
「何を?」
「夜空に向かって呼びかけてみるの。この世界に溢れる純粋な魂に呼びかけるの」
「あほらしい」
「そうね」
さびしそうに涼子は言った。
「ところで、涼子。これからどうすればいいんだ?」
「え?」
「だから、山岸さんは、なんだかわからん魔術で呪われているわけだろ?どうやって呪っているやつを見つければいいんだ?」
涼子は、ぐるりと目を回してこう言った。
「それは圭吾のすることでしょ?」
まあ、難しく考える必要はない。
七才の少女が死んだ。それで悲しむのは誰か?殺した奴を恨んでいるのは誰か。例え避けられない事故だったとしても、殺したいほど恨んでいるのは誰か?
簡単だ。
両親に決まっている。
だから、オレは両親に会いに行くことにした。
火曜の朝、オレは電話をしていた。
以前、しばらくの間、新聞社でバイトをしたことがある。といっても、雑用をしていただけだが。
が、そこで一人の男と知り合った。そいつはオレと同い年で、大学を卒業して運よく新聞社で記者になったやつだ。オレは、半年前にそいつにコンパを世話してやったことがある。これは、涼子には秘密だ。もちろん、オレは飲んでいただけで、四人の女性の誰とも一言も口を聞いてはいない。
いや、口は聞いた。
あ、いや、楽しくおしゃべりした。酒を飲んで、それからカラオケに行った。
しかし、その後は手を振って別れた。電話番号だって聞いてはいない。
あ、いや、電話番号は交換した。それは認める。しかし、電話はかけちゃあいない。だから、別に涼子に隠すほどのことではない。
メールはしたが。
いや、それだけだ。それから会ったことは無い。
たぶん。いいだろ、別に。それだけだよ。コーヒーを飲んだだけだよ。やましいことは無いよ。無いってば。
とにかく、そういうわけだから、オレは滝沢に少しばかり貸しがある。あいつは、それで婚約者を見つけたんだから。来月、結婚式の予定だ。
早いって?知るかよ。
「久しぶりだね、桜井くん」
滝沢は、楽しそうな声で電話に出た。
「久しぶり。その後、彼女とはうまくやってる?」
「ああ、おかげさまで。桜井くんのおかげだよ」
「いいんだよ」
「ジェーンとは、本当に気が合って。お互いに違う国で育ったとは信じられないくらいだよ。きっと、前世から繋がっていたに違い無いって、いつも言っているんだ」
「そいつは良かった。フィンランドと日本は遠いからな」
「スウェーデンだよ」
「ああ、スウェーデン」
「ところで、今日は何?コンパなら行かないよ?」
「今日は、その話じゃないんだ」
「そうなの?桜井くん、コンパ好きだから。毎月誘ってくれてありがとう」
いや、それは秘密だって。良かった、涼子が大学に行っていて。
「今日は、ちょっと頼みたいことがあって」
「何?僕は、コンパのセッティングは出来ないよ」
「違う、違う。その話じゃない。ちょっと調べて欲しいことがあるんだ」
「なんだい?」
「二年前のことなんだが、交通事故があってね。それの被害者の住所を知りたいんだ」
「桜井くん。そういうのは人に言えないって知っているだろ?」
「もちろん。でも、悪用しようっていうんじゃない。人助けなんだ。どうしても教えてもらわないといけない」
電話の向こうで滝沢がうなるのが聞こえた。大丈夫、やつはやってくれるさ。
「だけどねえ・・・」
「持ちつ持たれつ、だろ?」
「まあね。仕方ない。弱みもあるしな。だけど、僕から聞いたなんて絶対に言わないでくれよ。クビになるわけにはいかないんだ。なんせ、来月は結婚式なんだから」
「もちろん。ジェーンと昔話をするつもりは無いよ」
「おいおい、頼むよ。で、なんなの」
「二年前の交通事故だ。被害者は萩原里美ちゃん。七才」
「そんなの住所載っているだろ?過去の記事を見てみればいいじゃないか」
「もちろん見たよ。だけどその町に何千人の住民がいると思うんだ?」
滝沢は、再びため息をついた。
「わかった。午後には電話するよ。それから、あの話は忘れていてくれよ」
「あの話?なんのことだい?」
オレは、そう言うと電話を切った。
さて、これで午前中にしなくてはいけないことは終わった。あとは電話が来るまで寝ていればいい。
え?滝沢の秘密?そいつは話せないよ。彼の記者生命に関わるからな。
夕方、オレは涼子を大学前で拾い、それから滝沢に教えてもらった住所に行った。
そこは、畑と民家ばかりの田舎に建つマンションだった。たしか、ここは賃貸ではないやつだ。バブルの頃に建てられて、今は三分の一ほどが空室という物件だ。地上二十階建て。バブルの塔。
「そういうオヤジギャグ、なんとかならない?圭吾」
オレはちらっと涼子を見た。
「だから、口には出してないだろ?」
「そうだけど・・・」
「オレはどうせ、こういう人間だよ。涼子と違って、わけのわからないものは見えないし、なんの取り柄も無いさ」
妙に腹が立って、オレは言った。どうせ、オレは十九の女にかしづく従者だよ。ヒモみたいなもんさ。
「そんなこと言って無いじゃない」
「そうやって、また人の気持ちを勝手に想像する。いい加減にしてくれないか。オレは、お前の感じているようには思っていないんだ」
「思っているわ」
「いいや、涼子。お前は、ただの気違いだ。精神病だ。この世には幽霊なんていないし、呪いなんて無いんだ。そういうのは、みんなお前達の思い込みなのさ」
オレは、涼子の目に涙が浮かび上がってくるのを見た。言い過ぎかな、と思ったが、オレはやめなかった。
「オカルトブームだかなんだか知らないが、そいつはみんなが面白がっているだけだ。誰も信じちゃいないさ」
「圭吾、それ、本気で言っているの」
泣きそうなのに、涼子ははっきりとした声で言った。
「ああ、本気だよ。そんなこと、お前にはわかっているはずだろう?」
涼子の頬に涙がこぼれ、それを、さっと隠した。
「涼子?」
「もう知らない」
そう言うと、急に涼子はドアを開けて道路に飛び出した。
「おい、涼子」
オレもドアを開けて、涼子を追おうとした。
「来ないで」
「戻れよ」
オレは、プレリュードの屋根越しに言った。
「圭吾なんて、やってもみないで」
「何をだ?」
「人は言葉なんか使わなくても通じ合える。気持ちと気持ちが触れ合うことは出来る。誰かを本気で理解しようとしたことなんかないくせに。わたしのことを真剣に愛したこともないくせに」
「おい、何言っているんだ?」
「世界に溢れる人々の霊を感じないの?圭吾なんか、そうしてみようとしたこともないくせに」
「なんだよ、それ」
「わたしは、あるわ。一晩中、夜空に向かって祈るの。みんなが幸せになりますようにって。そうすれば、感じることが出来るわ」
「何をだ?」
「自分がかけがえのない存在だってことを、よ。圭吾、この間、そのことを考えていたでしょ?わたしたちは今を生きているんじゃないわ。あらゆる全ての時代、全ての場所にいたの。そして今もいるし、未来もいるはずなのよ。どうしてそれがわからないの?」
「あほらしい」
「やってもみないで」
「やらなくてもわかっている」
「もういいわ」
涼子は、そう言うとくるりと背を向けて走り出した。
「涼子」
オレは叫んだが、追わなかった。なんだか、いらいらした。




