夢の終わりに
エルムが精神世界の外に出て、現実世界で見たもの――それは倒れている老いた獣人だった。
「ブレイス!?」
エルムはすぐに気が付いた。
格好が紫色の法衣だったからではない。
そんなものがあってもなくても、エルムにはわかる。
年齢がどうとか関係ないのだ。
「ははは……お兄さんにはこんな姿見せたくなかったな……。精神世界で無茶をしすぎましたかね……。でも、儂だとわかってもらえて嬉しいですよ……。もしわからなかったら、さすがに少し傷付いちゃいますからね……」
「どうして……なぜだ……!?」
いつもなら自慢げに状況説明してくるであろうバハムート十三世も、今だけはエルムの肩の上で黙っている。
まるで今日の主役はボクじゃないとでも言わんばかりだ。
年老いたブレイスは、息も絶え絶えでゆっくりと話していく。
「実は全部、お兄さんの魔法を成長させるための仕掛けだったんだ……ごめんなさい……」
「そんなことは……途中から気が付いていた!! ブレイス、お前が悪いことをするはずなんてない!!」
「……さすがにそれは買いかぶりすぎですけどね。お兄さんは人を信じすぎていますよ……。儂はそんな存在じゃ――」
エルムは涙ながらに言った。
「六百年前にも言ったろ。惚れたからだ、お前の魔法に」
「嬉しいことを言ってくれますね……いつもそうだ、これだからお兄さんは……。それなら、最後の修業も受けてもらえますか……?」
「もちろんだ、お前のためなら命も懸けられる」
「六百年前、儂――いや、僕の両親を助けるために自らの身を触媒にして蘇生魔法を使ったお兄さん。本当に変わってないですよね、あの頃から……」
老いた獣人はしわくちゃの笑顔を見せながら、よろよろと立ち上がって、ゾンビ化しているコンの近くへと移動した。
「この子には謝っても許されないでしょうが、後始末だけはしますよ。――〝返照の囁き〟」
ブレイスの手がコンに触れると、優しく白い魔法の光が放たれた。
それはとても繊細で、強力で、最新にしてブレイスが開発した最後の魔法だ。
「これは――これがお前が俺に伝えたがっていた魔法なんだな」
「ええ、そうです。今のお兄さんなら見るだけで習得できたはずです」
魔法を使い終えたブレイスの身体は、手先から砂のように崩れていく。
「ブレイス!?」
「どうやら魂が磨り減って消えるようです。消える前に言うこと……あるかな……。ええと、まずボリス村の皆に謝っておいてください。お兄さんが治療したら何も苦しいことは覚えていないようにしましたけど、数人だけ例外がいたみたいですからね」
「ウリコとジ・オーバーには俺から言っておく……。アイツらなら納得してくれるはずだ……」
「ああ、あとはついでですが、僕を操ってお兄さんをどうにかしようとしていたけど、逆に蘇生を利用されたマヌケな〝嫉妬の魔王〟がアンデッドの軍勢を数万率いて海を渡ってくると思いますが……まぁこれは魔法習得よりもずっと楽でしょう。お兄さんならね」
「ブレイスを利用したことを後悔させてやる。魂の一片すらも残さない、絶対に」
「最後はやっぱり……お兄さんへの別れの言葉ですね。こんな死に損ないに最高の夢の終わりを見せてくれた伝説の竜装騎士――六百年の憧れ……エルム、ありがとう」
年老いたブレイスは少年のような笑顔を見せながら、身体と魂を消滅させた。
――その後、エルムは村の住人たちをアンデッド状態から治療して、嫉妬の魔王の船団が埋め尽くす海へと向かった。
「バハさん、〝黒〟を使う」
最終話まで残り2話





