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アルバイト二日目は土曜日だ。
「おはよーございまーす」
「……ぉう」
店のドアを開けて挨拶をすると、厨房の奥から微かに音がする。
そちらを覗くとこの日も朝から近藤がいた。
――夏休みの朝から真面目に働く不良って、果たして不良か?
そんな疑問を抱きながら、由紀は昨日ロッカーに仕舞ったエプロンを出す。
どうやら由梨枝はいないようで、買い物にでも行っているのかもしれない。
「掃除をしてればいいよね」
由紀は昨日と同じようにせっせと床掃除をして、次にテーブル拭きに取り掛かろうとした時。
「おい」
厨房から近藤が顔を出し、声をかけられた。
「なに?」
掃除の仕方にでも文句があるのかと由紀が身構えていると、近藤がカウンターにオレンジジュースの入ったグラスを置いた。
「これ飲んどけ」
――飲んどけって言われても。
「……なにこれ?」
オレンジジュースは店の商品だ。
由梨枝のいない今、これを飲んでいいものかどうか迷う。
ちなみに仕事中の水分補給のためには、冷蔵庫に麦茶が用意してある。
迷う由紀に、近藤が息を吐いた。
「傷みかけのオレンジがあったから、客に出すわけにもいかないし、早く使っとかないともったいないだろうが」
「……さようで」
客に出せない商品を、スタッフで美味しく頂こうというらしい。
それでも手を出せずにいる由紀の目の前で、近藤が自分の分のオレンジジュースを飲んで見せた。
「客が来る前に飲め」
いつまでもグラスに手をつけようとしない由紀にイラついたのか、近藤がガン飛ばしてくる。
ここでまだ拒否すると後が怖いので、由紀はグラスを手に取って口をつける。
――あ、美味しい。
そう言えば搾りたてのオレンジジュースなんて、果たして飲んだことがあるだろうか。
由紀が普段よく行く外食先はほぼファミレスなどのチェーン店で、フレッシュジュースなんてものを出す高級志向の店は敷居が高い。
家で飲むのだって、スーパーで安売りされているパックジュースだ。
――もしかして、これが初の搾りたてジュース?
由紀が自分の中のオレンジジュースの真実に慄いていると。
「ただいまー、朝からもう暑かったぁ」
買い物袋を手に提げて帰って来た由梨枝が、由紀と近藤の手にあるものに気付く。
「あ! いいなぁ弘くん私の分は!?」
凄い勢いで近藤に寄って来て、「自分にも寄越せ」と迫る。
「……母さんの分もちゃんと作ってある、ほらあそこ」
近藤が由梨枝を避けながら、厨房の作業台に置かれているオレンジジュースを指す。
「やったぁ!」
由梨枝は買い物袋を作業台の上にドサッと乗せて、オレンジジュースを一気飲みする。
よほど暑かったらしい。
オレンジジュースを飲み終わった近藤は、由梨枝が買ってきたものを冷蔵庫に入れている。
――この二人はなんだかんだで、仲良し親子だわ。
この親子関係も、学校での近藤のイメージとは違う。
不良イコール荒れた家庭というものを思い描いていたのだが、謎である。
いや、先入観が良くないのもわかっているし、仲良し親子な不良がいてもいいと思うのだが、学校で一人ムッツリしている近藤のイメージではないのである。
だがぼうっと考え事をしている暇はない。
オレンジジュースを飲み終わった由紀は、テーブルを拭いて外の掃除に出る。
そうこうしているとオープン時間を迎えた。
二日目になるとだいぶ注文を聞くのも慣れてきて、客の言うメニューがどれのことかわからないなんてことも減る。
昨日よりも要領よく働けていると、時間はあっという間に過ぎていき、昼のピークをそろそろ越す頃となった。
「お昼休憩いいわよー」
由梨枝にそう言われて用意された賄いは、今日も近藤と並んで用意されていた。
――何故二人一緒に休憩にさせるのさ?
賄いを別々に作るのが面倒なのだろうか。
おかげで近藤と並んで食事する羽目になる由紀の心労を考えて欲しい。
だが由紀は雇い主に文句を言う勇気もなく、カウンターに座る。
本日の賄いはピラフとサラダだ。
冷凍食品ではないピラフを食べるのだって、もしや初ではなかろうか。
ファミレスのピラフが冷凍食品か手作りかは、敢えて触れずにおきたい。
「おいしーい、けどわびしーい」
由紀は自分の食生活を改めて考え直す必要性を感じていた。
こんなうまいご飯が食べられるから、近藤は外へ遊びに行かないのだろうか。
――いや、それはないな。
このご飯を食べ慣れていたら、近藤にとって至って普通の食事だろう。
この食事が普通だなんて、羨ましい。
由紀の母は料理が不得手なので、レパートリーは少ない。
そして不幸なことに、由紀はその母の遺伝子をバッチリ継いでいる。
つまりは由紀も料理が得意でないのだ。
よって一週間の主なメニューは冷凍食品かレトルト、その間にたまに早く帰った父の手の込んだ手作りの夕食が挟まるのが、西田家の食卓だ。
――くそぅ、贅沢者めが!
八つ当たりな恨みを込めた視線を隣に向けると、あちらも由紀を見ていた。バチッと音が鳴ったかのように目が合う。