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由紀がそんな風に解析しながら話を聞いていると、おじさんは由紀たちが向かっている方向から来たという。
「あっちは道、混んでました?」
「いいや、今日は平日だしな。土日ほどじゃないさ」
近藤が尋ねると、おじさんは気を悪くせずに答えてくれる。
道が混んでいないなら、予定通りに進めそうである。
いい情報を聞いて安心していると、おじさんは更なる情報提供をしてくれた。
「そうだ、学生ならああいうのが好きかもな。この先に、夏休み限定のアイスの屋台が出てたぞ。結構人がいたな」
今、暑い中での癒しの単語を聞いた。
「ねえアイス、アイスだって!」
「……わかった、寄るから叩くな」
尻痛現象でゲッソリしていたのから一転、目を輝かせてバシバシ腕を叩く由紀に、近藤が迷惑そうな顔をした。
――よっしゃ、ちょっと元気が出た!
アイスの情報を得て気力を取り戻した由紀に、出発しようとバイクに跨ったおじさんがニヤリと笑った。
「夏休みのツーリングデートか、いいカレシだな嬢ちゃん」
「……は?」
こちらが聞き返す間もなく、おじさんは言い逃げするかのようにバイクで走り去る。
「……デートって言われた?」
由紀は呆然として、おじさんが去った方向を見る。横では、近藤も似たような様子であった。
おじさんのびっくり発言に、現在由紀は頭の中が真っ白だ。
高校生の男子と女子が二人乗りでツーリングに出れば、恋人だと思われるのも道理だろう。
しかしこの瞬間まで、由紀にはそんな考えが全くなかった。
「……まあ、そう見えるかもな」
近藤が微妙なトーンの声で呟く。
あちらもこれっぽっちも考えていなかった様子だ。
――カレシですってよ、田んぼ仲間の皆さん。
由紀が友人たちに心の中で呼びかけ、隣では近藤が残ったコーヒーを一気飲みする。
「おい、行くか」
「そだね……」
近藤に促され、由紀も頷く。
そんなわけで微妙な気分になったまま、由紀たちはおじさん情報のアイスの屋台を目指すのだった。
それから走ること十数分。
――お、あれじゃない?
前方に噂の屋台を見つけた由紀は、後ろから近藤の背中をバシバシ叩く。
バイクに乗っていると会話がし辛いので、こうして叩くしか意思表示のしようがないのだ。
大勢で走らせる場合が無線を仕込むらしいが、高校生にそんな装備があるはずがない。
わかったという合図に片手をひらりと振った近藤が、その屋台にバイクを寄せる。
「おー、結構お客さんがいる」
由紀の視線の先の道路脇の空き地に、カラフルなペイントがされたキッチンカーが停まっていた。
その隣に張ってあるテントで、客が買ったアイスクリームを美味しそうに食べている。
それに車二台が道路脇に停まっており、キッチンカーに数人並んでいた。
由紀たちもその後ろに並び、看板にあるメニューを眺める。
「なんにしようかなー、ストロベリーかなぁ」
「……俺ぁミルクでいい」
そんなことを言い合いながら、待つことしばし。
「お待たせしましたー」
店員に呼ばれ、由紀たちの順番がやって来た。
「ストロベリーとミルクで!」
注文する由紀の横で、近藤が小銭を出す。
それも二人分を。
――これって、奢りってこと?
目を丸くして見上げる由紀に、近藤がボソリと言った。
「ケツ痛代だ」
「……そうっすか」
どうやら近藤なりの労りらしい。
由紀の泣き言を、案外気にしていたのだろうか。
この元不良は、実は案外細かい性格なのかもしれないと思うと、少し可笑しい。
ニヤニヤする由紀とムスッとする近藤に、店員がスプーンの刺さったアイスクリームが乗ったコーンを二つ、手渡した。
「こちら、ストロベリーとミルクになりまーす」
「やった、美味しそう!」
手にした冷えたアイスクリームに口元が緩む由紀に、店員のお姉さんが笑顔で言った。
「デートを楽しんでくださいね!」
――アンタもかい!
お姉さんの悪気のない言葉に、由紀が思わず顔をひきつらせたのは仕方のないことだと思う。
「……アリガトウゴザイマス」
辛うじてそう返した由紀の隣で、近藤が頭痛を堪えるような顔をしていた。
ともあれアイスクリームを手にした二人は、バイクを停めたあたりに戻り、早速食べる。
――んー、美味しい!
涼しい場所で食べるアイスクリームも美味しいが、暑い中で食べるとその数倍美味しく感じる。
由紀の隣では、近藤が黙々と自分のアイスクリームを食べている。
一口の大きさの違いだろう、食べる進行度が由紀より早い。
「あ、ミルクも一口ちょうだい!」
無くなってしまう前にとおねだりをする由紀に、近藤が珍しく困ったような顔をした。
「……いいけど」
「やった!」
でもアイスクリームを差し出してきたので、由紀は遠慮なくそれに自分のスプーンを刺して掬い取る。
「うん、シンプルな味のもいいわ」
ミルク味のアイスを味わい、満足すると。
「おめぇ、意外と無頓着なのな」
近藤がそんなことを言う。
――あれ? ちょっと待て私。
ここでようやくアイスクリームの美味しさに跳んでいた由紀の思考が戻って来る。




