2
「よし、サイズはいいな」
近藤が由紀のヘルメットの顎紐を締め具合を確認すると、自分も手早くヘルメットを被り、身軽にバイクに跨る。
「後ろに乗れ」
由紀はそう言われたものの、近藤のようにヒラリとやるのは無理だ。
「……ちょっと待っててよ」
なんとかよじ登るようにバイクの座席の後ろに座ると、結構視界が高くなった。
「おぉ? なんか眺めがいい」
驚いてキョロキョロしていると、バランスを崩して落ちそうになり、慌てて目の前の近藤のジャケットに捕まる。
――ヤバい、不安定で捕まっていないと落ちる!
近藤はフラフラとする由紀を振り返って注意する。
「もっとしっかり捕まっていろ、危ないぞ」
安全ベルトや命綱なんてない乗り物なので、近藤の忠告も尤もだと思う。
だが由紀だって、いくら地味女だといってもお年頃の女子高生端くれ。
近藤にベタっとくっつくのは躊躇われる。
だが近藤は由紀の両手を取ると、自分の腰に回させた。
バイクに乗り慣れた近藤にとって、これは作業なのかもしれない。
――これは命綱、でっかい命綱だ。
由紀は自分にそう言い聞かせて、近藤のジャケットをしっかり握る。
「じゃあ行くぞ」
近藤がバイクのエンジンを吹かせる。
「で、どこに行くの?」
由紀はそう尋ねる声が自然と弾む。
バイクに乗るなんて初めての経験で、実は少しワクワクしていたりもする。
「前にアイツらも言ってただろうが。海なんて人を見に行くだけだから、当然山だ」
近藤が後ろを振り向いて答える。
ここから一時間ちょっと走らせたあたりの、夏の避暑地として有名な山の展望台を目指すらしい。
由紀にとってはここより涼しければ、どこであっても天国だ。
目的地も決まったところで、近藤が背中に由紀をくっつけて走り出す。
――おお、走り出すと確かに顔が涼しい!
走り始めこそ直に感じるスピードに身体が強張り、顔が挙げられなかったが、慣れてくると風を切る爽快感はとてもいい。
近藤の背中から少し顔を出して前方を眺めてみれば、景色があっという間に後ろへ流れて行く。
きっと由紀を乗せているのでスピードはそれほど出ていないのだろうが、それでも風になったような気持になる。
車ではなくバイクに乗る人たちは、この感覚が好きなのだろうか。
――なんか、ちょっとわかる気がするかも。
走り始めの頃は、由紀にもそんな高揚感があった。
だが目的としている展望台まであと少しの、何度目かのコンビニでの休憩になると……
「近藤さん、お尻がジンジンします」
由紀は近藤にそう訴える。
ずっとバイクのシートに座っていると、お尻が痛くなってきたのだ。
「だからこまめに休憩してるだろうが」
由紀の泣き言を、近藤はコンビニで買ったコーヒーを飲みながら聞き流す。
――休憩って、お尻の休憩だったのか。
近藤がこまめにコンビニに寄るのは、トイレ休憩かと考えていた。「そんなにトイレは近くないぞ」と思いはするが、女子への気遣いかと思い黙っていた。
けれど本当の目的はこのためだったようだ。
けれど休憩を挟んでも、由紀のお尻は悲鳴を上げている。
「そっちはどうして痛くないのさ」
由紀は炭酸ジュースを飲みながら、近藤を恨めし気に見る。
彼のお尻は硬そうに見えるので、筋肉のつき具合の違いだろうか。
己のお尻に由紀に視線を感じたのか、近藤が立ち位置を変える。
「慣れ、というよりむしろ乗り方だな。ずっと同じ体勢で座っているのは良くないぞ」
座るお尻の位置を直したり、重心を変えたりしていると、だいぶマシらしい。
その情報、出発の時に欲しかった。
由紀と近藤がそうやって、コンビニ前でうだうだしていると。
「女連れたぁいいねぇ、潤いがあって」
同じくコンビニで休憩していたバイク乗りが、声をかけてきた。
相手は年配の渋いおじさんで、バイクもレトロなデザインのものに乗っている。
「どうも」
「こんにちは」
近藤が頭を下げたので、由紀も挨拶する。
これまでのコンビニ休憩でも似たようなことがあった。
バイク乗り同士で知らない仲でも挨拶して、この先の道の情報などを交換するらしい。
「いいっすね、そのバイク」
近藤がおじさんのバイクを見て目を輝かせる。
「年寄りの唯一の趣味だからな」
近寄ってしげしげと車体を観察する近藤に、おじさんもまんざらでもない顔をする。
――そんな顔もできるんじゃん。
そんな様子を見ていた由紀は、少し驚いていた。
だいたいいつもムスッとした顔をしていることが多い近藤の、貴重な瞬間であろう。
写真に収めるべきだろうかとも思うが、後の報復が怖いので止めておく。
近藤とバイクの話で盛り上がるおじさんを、眼鏡をずらしてちらりと見る。
纏っている色は空のような爽やかな青。
これまでのコンビニ休憩で行き会ったバイク乗りたちも、たいてい緑か青だった。
学校の近藤のバイク仲間もそうだったし、バイク乗りたちはこの二色を纏う傾向があるのかもしれない。




