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週末明けの月曜日をこなして、本日火曜日は定休日だ。
由紀は水曜日を休みにしてもらっているので、連休となる。
「労働明けの休みって、特別に尊いわ」
由紀はそんなことを呟きながら、両親が仕事に出かけた後のエアコンの効いたリビングにて、テレビで朝の情報番組を見ていた。
お菓子を貪りながら、まったりとした気分で寛いでいた時。
ピーンポーン
マンションのエントランスからのインターフォンが鳴った。
「誰か宅配で荷物でも頼んでたっけ?」
のそっと起き上がった由紀は、インターフォンのモニターを見に行く。すると画面に映っているのは、ここ数日で見慣れた相手だった。
――にゃんこ近藤じゃん。
モニターに映るその様子は、何故か朝から不機嫌そうだ。
それにしても夏休み前はあれだけビビる対象だった相手だが、四日もずっと一緒に働いていれば慣れるものである。
近藤がどうして由紀の家を知っているのかと一瞬疑問に思ったが、恐らく由梨枝に渡した履歴書の住所で割り出したのだろう。
だとすると、由梨枝からの用事だろうか?
「なんだろう、もしもーし」
由紀はスピーカーのスイッチを入れて、近藤に呼びかける。
『……入れろ』
近藤はそれだけ言って黙った。
「言い方が偉そうだぞっと」
由紀はそう文句をいいながらも、エントランスのドアを開ける操作をしてしばらく待つ。
ピンポンピンポーン
『近藤だ、話がある』
玄関のチャイムが鳴り、インターフォンのスピーカーから声がした。
「はいはーい」
由紀が玄関を開けると、そこにはムスッとした顔の近藤がいた。
バイクに乗って来たのか、ライダースジャケットにズボンという格好だ。
「おはよう、どうしたのよ一体」
由紀の疑問に、近藤がボソッと告げた。
「……母さんにバレた」
「は? バレたってなにが?」
眉を寄せる由紀から、近藤は視線を逸らす。
「お前をバイトだって連れて来たの、無理矢理だっただろうって」
「あー……」
夏休み前日の出来事は由梨枝にお見通しだったそうで、今朝の朝食時に指摘されたらしい。
確かに由紀の態度にあれだけ「どうしよう?」という雰囲気が出ていれば、誰でも怪しむだろう。
渡りに船だった由梨枝も、あの場ではぐっと飲み込んだわけだけれど、ずっと無視するようなこともできなかったようで。
『無理矢理連れて来られたのに、あんなに一生懸命働いてくれたんだから、弘くんはちゃんとお礼をしなきゃ!』
よって今日出かけるなら、由紀を誘って行けと命令されたそうだ。
――いやいや、いらん世話だからね。
由梨枝も余計な思いやりを発揮しないで欲しい。
由紀は慣れない立ち仕事でバキバキの身体を、今日明日の二日でのんびり癒すつもりなのだ。
なのでむしろどこにも出かけたくない。
「だから行くぞ」
そう近藤に誘われても、断固拒否したいところだ。
「一人で行けばいいじゃん。一緒に行ったって言っといてあげるから」
一人旅の方が気楽でいいはずだと、由紀は「いってらっしゃい」とばかりに手を振る。
しかしこれに、近藤が苦々しい顔をした。
「……絶対母さんにはバレる」
近藤は嘘が苦手のようだ。
由紀とて言われなくてもなんとなく察していたが。
「いいから、行くぞ」
「ええぇ……」
というわけで、由紀は近藤と強制ツーリングの旅に出ることになった。
けれど現在部屋着の由紀は、出かけるために着替える必要がある。
これに近藤から物言いがついた。
「服装は長袖長ズボンがいい。なんだかんだで風を受けるし、万が一こけた時が大事になるからな」
「暑いんだけど」
夏は日焼けを気にせず涼しい恰好をする派の由紀は、そんな服装は苦行でしかない。
しかし、近藤も譲らなかった。
「仕方ないだろう、バイクに乗る時の基本だ」
というわけで近藤の指示のもと、由紀は部屋でタンスをひっくり返し、夏物のジーンズを穿き、Tシャツの上から長袖のパーカーを羽織る。
「まあ、そんなもんだろうな」
近藤も納得したところで、由紀は財布とスマホを入れた少し大きめのバッグを肩から下げて家を出て、エレベーターで一階に下りる。
「あれが俺のバイクだ」
そう言って近藤が示したエントランスホールの前に、一台のバイクが置いてある。
紺色でなかなか渋いデザインのそれを、しげしげと見ていると。
「ほら、メット」
そう言って近藤に渡されたのは、フルフェイスのヘルメットだった。
「……暑そう」
「止まっていれば確かに暑いが、走っていれば風が入るぞ」
しかめっ面をした由紀に、近藤がヘルメットを強制的に被せようとする。
「万が一コケて首と顎が悲惨な目にあいたくなければ、それ被れ。事故はこっちが気を付けてても、当たられたらどうしようもないからな」
「……そうっすか」
真面目な顔で近藤に諭され、渋々頷く。
確かに貰い事故は怖いと、両親も言っていた気がする。
「おい眼鏡、邪魔だぞ」
近藤がヘルメットに当たる眼鏡を取るように言う。
「っていうか伊達だろうそれ」
そう指摘されるが、由紀は「いーっ」と歯を剥いてみせる。
「私には必須アイテムなんですぅ」
――ヘルメットのシールド越しだと、大丈夫かな?
由紀はぎゅっと目を閉じて眼鏡を外し、素早くヘルメットを落とす。
恐る恐る目を開けると、眼鏡越しと同じ景色が広がっていた。
むしろ眼鏡よりも色が見えない範囲が広い。
ヘルメットは意外と快適かもしれない。
ただし暑さ以外は。




