好き。
朝起きたら目の色を変える魔法をかけてもらう。そしてルーヴェストさんと朝食をすませると、魔法を学んだ。ルーヴェストさんは働きながら、私に指導をしてくれた。
筆記試験に出ることはもちろん、魔法のコントロールも教わる。ローソクに灯した火を、球体の水で包み込む、というコントロールが中々難しく、三日はかかった。それでも出来ればルーヴェストさんからお褒めの言葉がもらえて嬉しかった。
異世界から来て七日。言い続けてやっと、お掃除をさせてもらうことが出来た。ルーヴェストさんが仕事中はなるべく他の部屋の掃除をさせてもらうことになった。
二階の残る部屋はルーヴェストさんの寝室、そして本だらけの書斎だった。私はもっぱらその書斎に入り浸って勉強をした。
十日目にして、次は難しい詠唱魔法を教わる。長ったらしい呪文を唱えてちょっと強力な魔法を発動させるもの。これもなかか出来なくて、ひたすら練習。
場所は移り、街外れの広い草原にある大きな岩山。灰色の岩山の中に入ることが出来て、そこはあの神殿を連想させるようにドーナツ型に穴が開いて、光が差し込んでいた。ポッカリと開いた空間は、神殿には劣るけれども広々としている。空気がいいそこで、防音の結界を張ってもらって練習させてもらった。
「出来る、頑張れる」
前向きな言葉の魔法も使いながら、努力をした。
「この調子なら魔法使い試験に受かりますよ」
ルーヴェストさんはそう励ましてくれる。
商品であるまじないのアクセサリーは定期的にまじないをかけ直す。だから私は、指定されたアクセサリーをリビングルームに運ぶ手伝いをした。
どうやらまじないにも期限があるらしい。
「まじないはどれぐらい持つものなのですか?」
「大抵は半年です。中には一度効果を発揮すれば買い換えるものもあります」
「消耗品なのですか……なんだかもったいないですが、売る側としてはまた買ってもらえるということですね」
「はい、そうです」
ルーヴェストさんはいつでも優しい眼差しで微笑む。
アクセサリーはどれも綺麗だと思うのに、それは返されることが多いらしい。まじないが切れたら、新しいまじないのアクセサリーをつける。そうしないと繁盛しないのだろうけれど、私なら取っておく。
「返されたアクセサリーも新品同様の魔法をかけて、またまじないをかければ商品になりますので、もったいなくはないのです」
「リサイクルですか、魔法って便利ですね」
「そうですね」
私が笑いかけても、ルーヴェストさんは優しい微笑みを返す。
まじないをかけ直すルーヴェストさんを眺めさせてもらった。真っ赤な髪を一つに束ねて、いつだって優美な姿。穏やかで、そばにいるだけで安堵してしまう。きっとこの世界に召喚されても取り乱さなかったのは、彼のおかげだったのかもしれない。
手伝いたいのは山々だけれど、魔法使いの資格のない私がかけたまじないでは商品化できないルールだ。犯罪行為でルーヴェストさんにも迷惑をかけてしまう。
逆を言えば、魔法使いの資格が取れればまじないをかけ直すお手伝いもできて、ルーヴェストさんへの恩返しが出来るということだ。頑張らなくては。
それからまた十日目が経った。続いては、魔法陣の暗記。呪文を読み上げて習得して、魔法陣を脳裏に浮かべて発動する魔法だ。覚えたての詠唱魔法を忘れてしまいかねない複雑な魔法で、これまた苦戦した。じっくり向き合って暗記を心掛けた。
「買い物に行ってきますね」
「あ、はい。いってらっしゃい、ルーヴェストさん」
「はい。いってきます、メリーさん」
その日は早めに店じまいをして、ルーヴェストさんは食事の買い足しに出掛けた。
私はリビングルームでトリーとお留守番。私がルーヴェストさんの仕事中に買い物に行けたらいいのだけれど、異世界人だと何かの拍子でバレることを恐れているのでそれは避けている。
たまにルーヴェストさんが外に連れ出してくれる時は、新たに与えられたベージュのローブのフードを深く被って、手を繋いで歩いた。ベージュのローブは魔法使い見習いの証だという。すっかりルーヴェストさんと手を繋ぐことに抵抗はなくなって、慣れてしまった。
そんなルーヴェストさんが出掛けてお留守番をすると、寂しさを感じてしまう。
「……寂しい」
つい口にして、トリーに笑いかける。別の椅子にお座りしていたトリーは私の膝の上に飛び乗った。それから胸元にすりすりと頬擦り。飼い主に似て優しいトリーの頭を撫でさせてもらった。首元の羽毛はもっふもふ。触り心地は最高。寂しさを存分に癒してもらえた。
「あ、おかえりなさい。……ルーヴェストさん?」
もふもふしていたらルーヴェストさんが帰って来たけれど、表情は曇っていて、私を見つめていた。
「どうかしたのですか?」
「……それが……生贄の者がまた逃げ出したと噂になっていました」
「……」
どうやら私のことらしい。私のことが噂になって探されている。一致する容姿が探されているのだ。私の目は魔法をかけなければ灰色。だから、白い肌、白い髪、灰色の瞳の人間が探されている。生贄としてドラゴンに差し出されるため。
「……この国を出ましょう。メリーさん」
ルーヴェストさんは私の手を取って両手で握り締めた。
「オーフリルムという国に信頼出来る人間がいます。彼女に頼んであなたを引き取ってもらうように頼んでみましょう。その方があなたは安全です」
別の国に、別の人にお世話になる話。いきなりで驚いた。確かにこの国から出れば安全だ。なのに、その話が出たことにショックを受けてしまった。
涙が込み上げて、ポロッと落ちてしまう。
「メリーさん?」
「ごめ、なさい……」
急に泣き出してごめんなさい。手を放して、目元を押さえる。異世界に食べられるためだけに召喚されても堪えたのに、嫌になってしまう。
「どうしたのですか……?」
「ごめんなさい、私……小さい頃、親が離婚して……それで一時期ごだごだしている時に……私だけいとこの元に預けられて……。それが、ちょっと、トラウマみたいで……」
当時は仕方ないことだと割り切っていた。そう思っていたけれど、自分はどうやら鈍感だったらしい。自分で感じるよりも深く傷つき、トラウマになった。
「ごめんなさいっ、涙が勝手に出て……」
困らせるつもりはない。でも涙が溢れて止まらない。悲しくて悲しくて、傷ついている。また他人に預けられてしまうと勝手に傷ついた。私のためだってわかってるけれど、ルーヴェストさんは悪くないのだけれど、それでも私は。
「ごめんなさい、私はルーヴェストさんの、元にいたいのですっ」
ルーヴェストさんと一緒に居たいから傷ついた。トラウマが過って、離れることが嫌で泣いてしまった。
これは我が儘だ。泣いちゃだめだと言い聞かせても、何度拭ってもだめだった。涙が止まらない。
すると、ルーヴェストさんが私を抱き締めた。両腕で包んだ。
「私こそごめんなさい……傷つけるつもりはなかったのです。辛い思いをしてきたのですね。大丈夫です。メリーさんが望むのなら、私のところに居てください」
ルーヴェストさんは居ていいと言ってくれた。優しさに包み込まれて、余計涙が止まらなくなってしまう。
「あなたを守りたい気持ちは今でもあります。手を差し伸べたその時から。だから、どこに行こうとも私はあなたを守ります。私のそばにいてくれるのなら、ここに居てください。ここで守ります、守らせてください」
ギュ、とルーヴェストさんが抱き締めてくれた。ここに居ていいのだと、ルーヴェストさんのそばに居ていいのだと言ってくれる。
「ありがとうございますっ、ルーヴェストさん」
私も背中に腕を回して抱き締め返す。何度だってお礼を伝えてまた泣いた。
泣き止めば、そっと放してくれたルーヴェストさんは変わらない優しい微笑みがあった。また涙が込み上げてきたけれど、私は笑みを溢す。
「私、ルーヴェストさんが好きです」
想いが溢れて止まらなかったから、伝えた。
優しさで包んでくれるルーヴェストさんが好きだ。好きになっていた。だからそばにいたい。このままずっと。
「……ありがとうございます、メリーさん」
ルーヴェストさんは眩しそうに笑みを溢した。それから私の額に優しい口付けをする。私は照れた笑みで俯く。で優しい微笑みを見ていたくて、見つめた。そこには私の大好きな優しい微笑みがあった。
20170111