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ルディア戦記  作者: 足立葵
第四話「地を染める千草の花」
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出陣前夜の宴

 ルディア軍西方司令には食堂がいくつかある。最近でこそ兵力不足に頭を痛めているものの本来なら一師団一万二千五百の戦闘兵、その後方支援に当たる部隊が同数で計二万五千。その他にも憲兵や後方勤務の軍人軍属がいるのだから一か所では到底賄いきれないのだ。

 その内の一つを貸し切って今夜第二旅団の決起会が催されようとしていた。

「思ったより集まったな」

 会場に犇めく兵たちを見渡してローズが呟いた。

 突然の企画だったことを差し引いても出陣前夜である。家族友人恋人など親しい者と過ごせる貴重な夜だ。たしかに、兵士の大半は一夜のうちに郷里へいけないのだから会いたくても会えないのだろう。しかし、己の未熟を認めることになるが、団結しているとは言い難いと思っていた第二旅団が一声かけただけでここまで集まるとは思っていなかった。いや、

「本当にこれはウチ(第二旅団)だけか?」

 準備を任せたエバーとノワに訊く。

 出陣直前でローズ自身はもちろんルクレティアやスカーレットにもこのような雑事に時間を割くゆとりなどなかったので準備は二人に任せた。最初はエバーに任せようとローズは思ったが、先にも言った通り雑事。犬猿の仲の二人に協力して仕事に当たらせるにはちょうどいいと思い立ち二人に任せることにした。

 最初二人で準備しろと言い渡したときにはエバーもノワも『私だけで十分です』、『必要ありません』と相変わらずだったが、『私は仕事として二人に任せたんだ。仲良くやれとは言わないが二人で協力してやるんだ』という一言で二人は黙って従った。

「あっ、はい、第二旅団決起会とのはウチの団員だけです」

「ただ、参加自由ですし、話を聞きつけた他の旅団がきているのかも……」

 何しろ急なことだったし、決起会などと称しても詰まる所は大規模な宴会でしかない。その程度で所属確認までするのも手間だし、中には他の旅団の親しい友人を誘って参加している者もいるだろう。そんなところでケチケチしていても始まらない。

「? どうかしたか?」

 賑やかな分には問題ないとローズは考えたが、実際に準備した二人は気まずそうに顔を見合わせる。犬猿の仲の二人が、だ。

「あの……大丈夫ですか?」

「…………費用的に……」

 この決起会は旅団としての催しといってもあくまで私的なもの。一応参加者全員から費用を集めてはいるが、大食らい、大酒飲みの多い軍人ばかりの集いでは定額の会費だけでは足りず足が出る、などということが結構起こるのだ。それでなくとも今回の費用は思いつきで企画したローズが負担している割合が高いから足が出たら負担は相当なものになる。

「まあ、大丈夫だろう。そっちの心配はするな」

「では、最初のあいさつお願いします」

 堅苦しい会ではないが、一応始まりと終わりのあいさつくらいは予定していた。

 グラス片手に一団高くなったステージとも呼べない舞台に上がる

「みんなよく集まってくれた」

 一言で、まるで水を打ったように、騒がしかった会場が静かになった。頭一つ出る程度の高さしかない舞台に会場中の視線が集まる。普段、部隊の先頭に立って指揮するときには気にならない人の視線が妙に気になり気恥ずかしい。

(こういうとき、ドレイファス将軍やジルたちはどうしてたかな)

 かつての上官や同僚ならば何と言って宴を盛り上げるか? 思い出に照らして、

「今夜は堅苦しいのは抜きだ! 明日からは当分の間野戦食の世話になるんだ。美味いものを食べ、美味い酒を飲んで英気を養ってくれ!」

 ワッ! とざわめきが戻り、一気に無秩序な喧騒へ発展していく。宴のはじまりだ。

(どうやら失敗せずに済んだな)

 慣れないことを一つ終えて段を降りながら小さく息を吐く。

 今までこういう場は同席することはあっても主催することはもちろん、幹事として取り仕切ることさえほとんどなかった。そのわずかな幹事としての経験もほとんどミエルがやってくれたので正直ほとんど何もしていない。

「ご苦労さま。後はまあ潰れない程度に自由にしてくれ」

 エバーとノワを労い、彼女ら自身にも楽しむように言ってその場を離れ、会場を見て回ろうとその場を後にしようとしたが、

「あっ、エバー仕事ではないんだが一つ頼まれてくれないか?」

 

 この宴会でただ一人ローズから指令――というほどのことではないが課題のようなものを与えられていた人物がいた。

 その人物は直下の中小隊長たちと共に席に着いているが、あまり話は弾んではいないようだった。かと言って別に静まり返っているわけでも険悪というわけでもない。ギクシャクというのとも違う。まだ馴染んでいないだけ。一応、お互いに会話を切り出しはするのだが、その話が膨らまないですぐに途切れてしまう。

(あ~もう! ローズったらなんでこんな……何も今でなくったって……)

 ローズに課題を課せられた人物、スカーレットが内心で呻く。

 今まで女ばかりの環境だったスカーレットは、男性士官との接し方が淡泊だ、と監察官の報告書にあった。それに先の人事騒動でも『第二旅団の人事は女性優遇なのではないか?』という疑念からあの騒動に加わった者も少なくなかった。代表に選ばれたのはマチルド隊の中尉だったが、署名者の数だけなら実はスカーレット隊の方が多かったのだ。

 時間があるならゆっくりと慣らした方がいいだろうが、実戦をまじかに控えた以上少し強引でも部下とのコミュニケーションをとるよう仕向けた方がいい、と考えたローズは『この機会に部下と膝を交えて話しをしておけ』とスカーレットに言っていた。

(いきなり何話せっていうのよ!?)

 名門ラフレーズ家の出であるスカーレットには上流階級の会話ならできるが、同席する士官たちはよくても少し裕福な程度で社交界に出入りするような者は一人もいない。同性同士なら感覚や常識の違いなどを話題にすることもできるが、男相手ではそれも難しい。

(趣味は? とかじゃお見合いみたいだし……最近のこととかももうネタ切れだし)

 特に意識などしなければ最近の出来事などから話題は発展しただろう。もし、自然にそうならなかったとしても普段のスカーレットなら小さなとっかかりから話題を膨らませることくらいできたはずだ。しかし、一度意識して自然体を崩してしまうとそれもできなくなる。スポーツなどで身体が委縮してしまうように、脳が硬直してしまう。

(こんな時に限って誰もいないなんて)

 第二旅団の幹部が女性ばかりなため忘れがちだが、西方軍における男女比は八対二。それは第二旅団も変わらない。元々少ない女性陣の半数は家族や恋人と過ごすために不参加の者。残り半数は参加しているが女性同士で集まっているのでこの場にはいない。エバーやクーシェなら気を使って一緒にいてくれたかもしれないが、エバーは幹事でクーシェはそもそも参加していない。

 会話が途切れがちになればそれだけ空気が悪くなり、その空気が一層次の会話を切り出し難くする。これ以上この状態が続けば膝を交えて話すどころか逆に溝が開いてしまうとさえ思われたとき、

「楽しくやってますか?」

 雰囲気を見て答えが否であることを理解しているからこそ、それを和ませるよう意識した明るい声でエバーが席に加わった。

 

 エバーが加わったことでスカーレットたちのテーブルでも会話が交わされ始めた。エバーが何かしたわけではない。“味方”の加入でスカーレットが平常に戻ったのだ。誰でもはじめは気負い緊張するものだが、スカーレットは特にその傾向が顕著だ。マーガレットの近衛騎士に任命されたばかりの頃の空回りしかり。先の護送任務当初の緊張しかり。しかし、一度それが解けてしまいさえすればスカーレットの社交力なら部下との会話に問題などない。

 少し離れた場所からスカーレットたちの様子を眺めていたローズは、大丈夫そうだな、と判断してもう一人気になる部下の姿を探しながら会場の様子を見て歩く。

 食べる者。呑む者。普段は会えない第三旅団の友人を連れて来て一緒に楽しむ者。最近の体制について愚痴をこぼす者たち。下世話な話を肴に盛り上がる者たち。楽しみ方はそれぞれだが少なくとも息抜きという目的は十分に果たしているようだった。ここのところ奪還作戦に向けた演習と訓練ばかりで兵たち――特に徴兵されて間のない新兵たちにとっては過酷な日々が続いたから出陣前にガス抜きできただけでもこの宴会は無駄ではないだろう。

 さらに歩いて、会場の隅の方まで来たところでようやく件のもう一人の姿を見つけることができた。

「マチルド、一人か?」

 喧騒から遠い会場の隅で、誰かと一緒にいるふうでもなく、ただそこにいるだけといったふうでマチルドはポツンと座っていた。ノワに、できれば、程度だがマチルドが参加するよう仕向けるように言ってあったのだが、ノワが強要してしまったのではないか、と心配になるほど乗り気ではない雰囲気が漂っている。

「ええ、上官がいては気を使わせるだけですから」

「そうか……………………隣りいいか?」

 ええ、とマチルドの了承を得て隣りの席に腰を下ろす。が、そこからどうしたものか会話が切り出せない。普段、執務室でもマチルドは一歩引いた感じであまり積極的に会話加わろうとはしない。意見を求められても当たり障りのない無難な解答ばかりで、自分の意見、を述べることさえ稀だ。だから、話題が見つからない。なのでまずは、

「私も混ざれる場所がなくてな」

 マチルドと自身に共通する点を示すことから始める。

「准将ならどこでも歓迎でしょう?」

 世辞だろうか。マチルドの返しに、とんでもない、と自嘲する。

「ここまで来る間もさっさと通り過ぎてくれという感じで声一つかからなかったぞ。まあ、やはり上官と一緒というのは気を使うからな」

「そうですね」

 とマチルドは同意したが、そこで会話が途切れてしまう。

 スカーレットに部下とのコミュニケーションを指示した手前何か話さなければと思うのだが、ローズ自身積極的に話を振るタイプではないのに、マチルドもあまり言葉のキャッチボールをしないタイプのようだ。無口と無口。会話が終わる以前に始まらない。始められない。

 自分はこうだっただろうか? とローズは考える。

 ローズにも短いながら佐官時代はあったが、同僚の隊長たちはもちろん部下とも一緒に飲んで騒いだ記憶がある。正確に言えば騒いだのは主にミエルでローズ自身はそのバカ騒ぎを見て笑っていたのだが、その騒ぎの輪の中にいたことに違いはない。佐官ならばまだ同等の階級の者はそれなりに多いし、部下たちとの垣根もそこまで高くはないはずである。

 それにマチルドにも友人知人がいないわけではない。大隊長に抜擢する以前のマチルドの経歴は近くの街の衛兵隊の隊長だった。先の戦いで戦力を集めるために衛兵隊ごと呼び寄せ、そのまま第二旅団に吸収合併した形だ。だから隊内には以前から部下もいるし、実際彼らとはよく話しているらしい。それに司令部内でも別の部署所属の知人と昼食をとったり、話したりしている姿を何度か見ている。なのに今はこうして一人で、人の輪から外れたところで寂しく過ごしている。

 それに大隊長任命直後の軍人らしいはきはきした印象に比べると今は元気がないように見受けられる――と、ちょうどローズがそう思ったとき、ハア、とマチルドがため息を吐いた。

「つ……」

「すいません、准将。食べ物を取りに行きたいので失礼します」

 疲れているのか、と声をかけようとしたローズの出端くじいたマチルドは、そのまま別の歩き去ってしまった。

「見事にフラれたわね」

「見ていたのか、レティ……」

 何が面白いのか、ニヤニヤと腹の立つ笑みを顔に貼り付けたルクレティアが近づいてきた。

「少し外の風に当たろうとして偶然通りかかっただけよ」

 そう言いながら二つ持っていたグラスの片方を差し出してきた。今口にした言葉は嘘や繕いではなく挨拶の代わりなのだろう、とローズは受け取った。

「アンタも優しくなったわよねぇ」

 ローズにグラスを渡してさっきまでマチルドが座っていた席に腰を下ろし、しばらくマチルドが歩き去った方を眺めてからルクレティアが呟いた。

「なんだ藪から棒に……」

「別に藪から棒ってことはないでしょ。私情を挟んで暴走したゴールド少尉のこと許してあげたり、わざわざ飲み会開いたり、そこで付き合いの短い部下と話す機会を作ろうとしたりこういうことローズらしくないっていうか……今までのローズってこう『オレの背中について来いッ!』みたいな感じだったでしょ?」

 言いたいことはわかった。言葉で説いて理解を求めるのではなく、行動で示す不言実行型だったと言いたいのだろう。それは伝わった。だが、

「…………………………私は『オレ』なんて一人称使ったことはないんだが?」

 あまりにも親父臭いというか男っぽいというか、とにかく意味するところが悪いことでなくとも形容の仕方に釈然としないものがあった。

「駒かいこと気にしない。漢らしくないわよ」

 今度はローズの意図を明らかに理解した上であえてそう返してきた。論理的な討論ならともかく、こういう舌戦はローズの苦手とするところなのでこれ以上は追及しないことにする。

「………まあ、言いたいことはわかったが……」

 以前ならこういうことをしていない。そのこと自体は否定することはできないし、その気もない。しかし、

「やさしくなったわけじゃないと思う……必要に迫られた――だから、そうせざるを得なかった……ただ、それだけだ。ミエルがいたら……今でもきっとこういうところは任せっきりにしてただろうな」

 ああ、と相づちを打ち、

「……殺しても死なないと思ってたヤツが早く逝っちゃったわねぇ」

 ルクレティアが哀悼の響きにも、嘲弄の笑いにも聞こえる声音で呟き、

「まったくだ」

 ローズが笑って応じた。

 ルクレティアはミエルのことに関して他の誰よりもローズに近い。付き合いの密度時間ともにローズほどではないが、それでも士官学校時代の半分以上起臥を共にしたルームメイトとしてミエルとの関わりは深い。そして、同じようにミエルの友人でもあったマーガレットとは違い後方勤務とはいえ軍人。だから、その声音に込められた思いはローズも共感するところだった。

「正直、いてくれたら、と思うことばかりだ」

 夏前の多忙の時期、ミエルがいたら負担はかなり軽減しただろうし、何より空いた時間で各所の人選を進めることができただろう。それができていればユルレモントの戦いで歩兵隊に大被害を出さずに済んだし、副官騒動に至ってはそもそも起こらなかったはずだ。

「ゴメンね」

「レティが気にすることじゃない。むしろ助かってる」

 一度、会話が途切れた。

「……マチルドは……」

 訊きかけて、どう尋ねるべきか適切な言葉が見つからずローズが迷っているとルクレティアが問うより先に答えをくれた。

「キツイんじゃない? 色々と」

「キツイ? たしかに今はキツイが……それはみんな同じだろう」

「う~んそうじゃなくって……モンゴメリー少佐ってあの年齢で少佐でしょ? ウチの幹部じゃアキレアおばさんを除けば最年長だし、仕事ぶりもベテランの割にそこそこって感じでしょ。劣等感とか場違い感、焦りそういうのがごちゃ混ぜになってんじゃないかな」

 二十歳までに佐官。ルディア軍で出世コースの士官か否かの一つの基準となるものだ。

 五年間で四回の昇進は意外と厳しい。最初の一回、准尉から少尉への昇進は見習い期間が終われば半自動的に昇進できるから実質的には三回だが、問題はそこからだ。戦があれば武功をあげる機会になるし、上の席も空くが、戦がなければ功績を残すことは難しい。それでも前線勤務に就き続ければ大尉までは何とかなる。しかし、権限が一気に強大になる大尉から少佐への昇進は大きな壁となって立ちはだかり、ほとんどの者がここで止まってしまう。

 十九歳で何の後ろ盾もなく中佐まで登ったローズは破格だし、ヴァイオレットも同様に二十歳のとき少佐になった。多少家が有力な商人で後押しがあったとしても後方勤務だけで少佐まで登ったルクレティアに至っては破格中の破格といえる。

 対してマチルドは三十路を越えている。衛兵隊の隊長として街一つを任されていただけあって必要な仕事はこなしている。が、逆にいえばそれだけ。歩兵隊の練度だけ見ても未だ多くの課題を抱えるスカーレットと大差ないことは彼女の指揮官としての実力の程度を示している。

「それに、もしかしたら年下に使われるのがおもしろくないってこともあるしねぇ」

「なるほど……」

 少し苦味のある口調。もしかしたら、この辺は階級が年功序列になりやすい後方勤務でルクレティアが実際に経験した問題なのかもしれない。

「レティの推測のどちらかだとして…………どうしたものかな?」

 ついさっき会話をしようとして逃げられたばかりだ。仮に前者の理由だとしてもあと数日でマチルドと意思疎通を図れるとは思えない。まして、後者だとしたらより難しいだろう。それにそれ以外の理由の可能性もあるのだ。

「まあ、直接聞けないなら間接的に聞くしかないわね。そういう意味でもこういう場は都合がいいんじゃない」

 

 酒の席は愚痴をこぼす場になる。もちろん、気の置けない仲間以外の者とも杯を交わすこのような場では程度は減るが、その代わり縦横のつながりが広がる。今まで交流の無かった者同士が交流を持てば他者を経由して話が耳に入る機会も増える。ルクレティアの言葉の意味はここにあった。

 ところで、会話とは自然と話す者同士に共通することに焦点が置かれる。趣味、趣向、同郷者であれば故郷の話題、同性同士であれば異性関係の話ということもある。

 しかし、共通点が少なければ当然話題は限られる。生活環境が違えば趣味趣向の話は話題になり辛いし、故郷が違えば郷里のことは話題にしても長くは続かない。付き合いが浅い男女では互いの恋愛話というのも中々難しいものがある。

 必然、スカーレットたちの会話も巡り巡って話の焦点は全員の共通点に移っていた。

「だぁかぁらぁ~、私だって大変なのよ!」

 酒の効果で血の巡りが良くなり頬を赤くしたスカーレットがややトロンとした目で喚く。

「そりゃあ、こっちに呼んでもらったおかげで嫌な婚姻とかしなくて済んだわよぉ~。それにしたって給料半分よッ! 半分ッ!!」

 近衛騎士は王族の側に仕える。万が一にも金銭で買収され、暗殺を筆頭とする謀略の駒となるようなことがないよう特別に給料が高い。もちろん、近衛騎士の給料が一般の軍人に比べて高いとスカーレットも知識としては知っていた。しかし、その詳細な差は知らなかった。

「しかも給料減ったのに仕事量は倍増どころか十倍よッ!? ヒドイと思わない?? その上、ローズったら無茶ばっかり言うんだもの嫌になっちゃうわよ!!」

 スカーレットが不満をぶち上げると「そりゃヒデェな」、「隊長も大変だな」などと笑い含みの同意が湧き起こる。

 一通り話の話題を話し尽くしてお互い多少は打ち解けると、さらに打ち解けるためには何か共感できる話題に自然と移って行った。名家のお嬢様のスカーレットと庶民出身の士官や兵たちが共に共感できる話題は上官や軍の話しかない。それもこういう場で真面目な話をしても意味がない。するべきは悪態や愚痴の類だ。

「ホント、キッツイよなぁ~」

「オレなんかここんとこ疲れすぎて一杯ひっかける体力もなかったぜ」

「お前ェそれはだらしなさすぎだろぉ」

 などなど、それぞれの本音が吐露される。

 普通、誰が聞いているか――それこそ愚痴の対象が直接聞いていないとも限らないこういう場では愚痴はこぼし難いものだが、そこはそれ、旅団長への愚痴を真っ先にスカーレットが口にしてしまえば、酒の力も加わって彼らの舌も滑らかになるというものだ。

(居辛いなぁ~)

 周囲が悪態や愚痴をぶちまける中エバーだけはそれに加われない居心地の悪さの中でむずがゆい思いをしていた。上官への愚痴ほぼイコールでローズへの愚痴である。もちろん、エバーがいくらローズを慕っていとはいっても不満の一つ二つはあるが、つい先日それをぶちまけて騒動を起こしたばかりでは混ざれるはずがない。酔えれば勢いというのもあるが、幹事としてそこまで酔えるはずがない。

(それにしても……スカーレットさんも溜まってたんだなぁ~)

 いつも家でも小さな愚痴はこぼしていた。

 たとえば、お嬢様育ちの上、士官学校でのサバイバル訓練なども受けていないスカーレットは生活能力が皆無に近い。なので、スカーレットはいつも自分の当番の日に決まって、

『当番制やめて、執事とか侍女を雇わない?』

 と提案していた。すると必ず、

『そんなのは無駄だ。それに自分のことくらい自分でできないでどうする』

 とローズがバッサリ切って捨てるのだ。その度にスカーレットはローズにも聞こえるように悪態吐いていた。しかし、振り返ってみれば仕事に関することではほとんど不満も愚痴も口にしていなかった。

「にしてもウチの団長様は隙がねえよなぁ~」

「ホント、ホント。オレ団長の一つ下の学年だったけどあの人はヤバいって! 合同訓練とか合同演習はあの人一緒だとマジ死ねたぜ!!」

「そんなにキツかったんですか?」

 ようやく加われそうな話題が飛び交っているのを聞き止めてすぐさま飛びつく。

「キツイなんてもんじゃねぇよ。最初、徒歩での行軍訓練であの人と同じ隊だったんだけどすっげー速さとスタミナでさ、ついてけなくてオレも同級生もみんな脱落。あとで聞いたらクロチェスターまで三日で着いたってんだぜ!? 信じられっか?」

 西方軍の徒歩の行軍訓練はクレプスケールの南端から途中のいくつかのチェックポイントを通過してクロチェスターまで進む名物訓練の一つだ。普通にガランス経由で街道を進んでも徒歩なら一般人で一週間近く、軍人でも三日はかかる。まして訓練は道なき道を進む上途中に小物ながら妖魔の棲む森などもある。平均ラインは一週間、天候にもよるが五日で着ければ優良と評価される。

 話を聞いた一同が「スゴッ……」「マジか……」「オレも八日かかったぜ」など驚きを露わにする中、

「団長に関する逸話ならまだあるぜ。団長ジョストじゃ負けなしで学生はもちろん教官も誰一人勝てなかったってのは有名だし、団長が三年か四年のとき、上級生がジョストで負けた腹いせに自分の得意科目だった弓で勝負ふっかけたらしいんだけどボロ負けしたらしい」

「アレ? でも、准将前に弓は苦手だったって言ったような……」

「団長の苦手なんて当てになねぇよ。あの人全学科オール五で突破したんだぜ」

 もはや皆が感心を通り越して呆れてしまう。

「まっ、ローズはスゴイけどぉ成績表に出ないとこにはけっこう弱点あるわよぉ」

 皆の好奇心をくすぐるような口調でスカーレットが言うと、例えば? と全員がその誘いに乗る。

「う~ん、色々あるけどぉ~……」

 もったいつけるスカーレット。しかし、その続きを口にする前にグラリと大きく傾き、そのままテーブルに突っ伏してしまった。

「ちょっと、スカーレットさん! ここで寝るのはナシですってッ!!」

「そーだぜ、隊長!」

 みんなで起こしにかかったがスカーレットはまったく起きなかった。

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