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ルディア戦記  作者: 足立葵
第三話「堕ちた鬱金の水仙」
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第終章

 ローズたちの活躍で背後の脅威を取り除かれた戦いは開戦から遅れること半日、ヴィクトール率いる援軍の到着によってひとまずの決着を見た。もともと、戦ベタのローチのこと。数の利と挟撃というカードを失えば攻め切れるはずもない。今は一旦クレプスケールから見えるか見えないかギリギリのところまで下がって陣を敷いている。

「ローチは退くだろう」

 遠くに見える敵の煮炊きの煙を眺めてヴィクトールが呟いた。

「だろうな、兵力さえあればそう易々と落とされるクレプスケールじゃないからな」

「ところで見つかった?」

 ヴィクトールの問いに首を振って否定を示す。

 あの後、もう一人の男を捕らえてから戻るとヴェニティーはおらず、斬り飛ばした片腕と血だまりだけが残っていた。隻腕で拘束を解けるとは思えず油断していた所為でスカラヴィア・デスモスを外し忘れたのが原因だろう。おそらく、何があっても帰って来るように、とでも命令されていたのだ。そうでなければ今更ヴェニティーに逃げる先があるとも思えない。

「そうか……まあいい。ヴェニティーがいたところで今これ以上オーリュトモス家を追いつめるのは逆に危険だからな。むしろ、対処にし辛い案件が先延ばしになって助かった」

 本当にホッとした様子のヴィクトールに一つの疑念が湧く。

「まさかお前が……逃がしたんじゃないだろうな?」

 始末した、と言いかけてさすがにそこまではしていない――していないと信じて、逃がした、に留めた。

「随分、信用を失っちまったらしいな」

「敵襲の報を持ってきた諜報員がいれば人一人逃がすくらいはできるだろうからな。その程度の疑念を思いつかないようではやっていられない、ということは今回で学んだ」

「……そうか」

 皮肉なしに淡々と答えたローズにヴィクトールが苦笑する。

「お前の諜報部隊は……ジェスターというヤツなのか?」

「お前にそんな都市伝説じみた名前を教えたのはアレクか?」

 茶化して話を逸らすかのように質問に質問で返してきたヴィクトールを睨みつける。

「今さら誤魔化す気はない。だが、ジェスターか、と言われればウィンでもあり、ノンでもある。アイツらに名はない。由来も都市伝説通りなのか定かじゃない。ただ、組織の概要は都市伝説の通りだ」

「そうか」

 これでヴィクトール異常な情報力の正体はわかった。なぜその情報を公開できなかったのかも組織自体が秘匿され続けていることを考えればわかる。許容できるかは別の話だが、それでもヴィクトールに対する疑念が少し薄らいだ。

「お前がいてくれて助かった」

 まるでローズの心の警戒がわずかに弛緩したのを感じたかのようにうまいタイミングでヴィクトールが追撃を加えてきた。

「お前が先に戻って応戦してくれなければこの程度の被害では済まなかった」

「この程度……か」

 この程度、そう言うには今回の被害は大きすぎる。

 イースウェア軍によってもっともひどく蹂躙されたユルレモントの街では住民は皆殺しにされていた。他にも襲われた町や村の住民、戦死した兵士は数多くいる。その上、生き延びた人々もこの後どれほど苦労するか。ユルレモント一帯の田畑は七割方が焼かれ、今年の秋の収穫はほとんど見込めない。

「わかっている。だが、“今後”に頭を痛められるってことはまだマシだ」

「そうだな」

 生きていなければ今後を考えられない。手を付ける余地もない惨状なら諦めるしかない。頭を痛められるということはまだ希望のある状況にある、ということだ。

 

「援軍は間に合ったか」

 同じ頃、ブランサブール城に詰めていたアレクサンドルは援軍が間に合い、イースウェア軍の侵攻を抑えた旨の報せを聞いて安堵の息を吐いていた。

「でしたら一安心ですね。ヴィクトール様でしたきっと守り切って下さいます」

 アンナマリアが、これでもう大丈夫、と請け合ったが、それに対して「ああ」と短く答えたアレクサンドルの声は暗い。

 イースウェア軍侵攻の報は隠し通せなかった。当然と言えば当然のことだ。何しろヴィクトールやローズが突然夜会に出席しなくなり、中央軍では援軍と援助物資のために大きな動きがあったのだ。各国要人たちが気がつかないはずがない。

 しかし、時期が悪かった。

 ヴィドガルドの女王一行はまだ答えを保留にしたままだ。建国記念祭が終わってなお王都に滞在しているから、おそらく情勢を詳しく把握してから答えを出すつもりなのだろうが、ルディアがアクティース教国への援軍を継続できない程度に被害を受けていれば開戦理由を開示しないだろう。

 それに今回の軍事物資不足の件で軍部はアレクサンドルの予算削減を糾弾してくる構えをとりつつある。貴族派だけならオーリュトモス家主導の遠征の責任問題もあるから反論もできるが、貴族派以外もここぞとばかりに騒ぎ立てている。

「アレクサンドル様」

 暗い表情で俯いていたアレクサンドルにアンナマリアが気づかわしげに声をかける。

「問題ばかりで頭が痛くなるよ」

 アレクサンドルは疲れた笑みで応じる。

「今日はお戻りになってお休みになってください。ここ数日お戻りになっていないではありませんか?」

 元々、建国記念祭前は祭りの準備、期間中は各国賓客の相手や会談、そして終了後は溜まってしまった仕事を片付けるために忙しくなる。それなのに今年はイースウェア軍侵攻に伴う問題まで起こってアレクサンドルはここ数日宮殿に帰っていなかった。

「いや、しかし……」

「まだ、お生まれになった姫も抱かれていらっしゃらないでしょう? 今夜くらいはお帰りになって下さい」

 時計を見ればすでに日付が変わろうという時刻。今からでは馬車で宮殿まで戻るのも面倒な時刻である。

「いや、今日もこちらに泊まる。でも、今日はもう寝よう。安心したら眠くなってきた。寝酒を用意してくれ」

「……かしこまりました」

 アレクサンドルとしてはアンナマリアの心遣いを無下にしない範囲で効率を考えたつもりだったが、アンナマリアは小さく落胆していた。

 

 その頃、すでに帰国の途につき、ヴィクトールたちの後を追うような形で西方へと向かっていたモルゲンュテルン元帥一行は戦火の爪痕がある地域の一歩手前の街まで来ていた。

「これがルディアか」

 二重の意味で感慨に耽ってモルゲンュテルン元帥が呟く。

 彼らが宿をとるために選んだ街はそこそこ大きな街だったが――いや、だからこそ、非難してきた住民たちで溢れかえっていた。祭りの賑わいで満たされていた王都の人混みとはわけが違う。着の身着のまま逃げてきた人々の疲れ切った表情。往路に見た情景とまるで違う様子に愕然としたのが一面。

 一方、それでも街を治める行政官が手はずを整えて、避難民たちに最低限食事だけは手配されている様子はさすがルディアと思えた。すぐさまそれができるだけの蓄えがある国なのだ。

「妖魔の被害がなければ人はもっとマシな生活ができるいい証拠だな」

「まったくです」

「私はブルトルマンもこうしてみせる」

「我らも閣下ならできると信じております。必要なことは何なりとお命じください」

 

「おつかれさまです、姉様」

 執務室に戻ったローズをとエバーが出迎えた。

「ああ」

 一日の死闘の後、ようやく息つける空間に帰ってきたことでローズの声は疲労一色だった。長椅子に座り込んだ途端に瞼が下がってくる。

「姉様、何かお飲みになりますか?」

「いや……いい」

 エバーの声に答える声に早くも眠気が混じりはじめていた。

 そのまま船を漕ぎはじめたかと思うと座っている姿勢を保つこともできなくなり、ズルズルと倒れ、そのまま寝息をたてはじめる。

 起こすことを躊躇ったエバーは毛布を取りに行き、戻ってきて毛布を掛けると、

「……すまない」

「ハイ」

 エバーは反射的に答えたが、ローズの瞼は閉じたまま。寝言のようだ。

「…………私のせいで……すまない」

 ローズが夢の中で誰に謝っているのか、もちろんエバーにはわからない。しかし、おそらく三日前の戦いで切り捨ててしまった味方だろう、とエバーは思った。あの後、自分の作戦ミスだった、とをローズが悔いていたことをエバーは知っていた。

「でも、姉様は最高の将軍ですよ」

 夢の中で死なせてしまった部下に、仲間に謝罪するローズを慰めるように囁く。

「だって、姉様は私たちの命を大切に思ってくれてますから」

 エバーが人柄まで知っている将軍はローズしかいない。しかし、エバーは心底そう思っていた。夢にまで見るのはローズが自分を責めているからに他ならない。

 そういう将軍なら絶対自分を見捨てたりしない。

 だから、命を預けられる。

「だからゆっくりお休みになって下さい」

 そのエバーの声が聞こえたかのようにローズの寝息は静かになった。


 イースウェア軍が退いたのはさらに三日後のことである。

お付き合いいただきありがとうございます。

いかがだったでしょうか?

読んでくださっている方がまた少し増えて書きながらやる気も増していました。


それなのに終盤細切れになってしまい、十九章に至ってはもっとヴェニティーとローズの一騎を描写したかったのにあっさり終わらせてしまい尻すぼまり感が否めないなあ、と反省中です。

そんなわけで十九章は書き直すつもりです。


今回は第二話の種明かしと次回以降の伏線の多い回だったのでそれをうまく盛り込んで矛盾が出ないようにするのが大変でした。第二話の種明かしは上手くできているか皆さんに判断していただくとして、次回以降の伏線はちゃんと引けたか不安。


あと、万能超人系のローズとヴィクトール二人の失敗。もっと人物描写に気を配らなければ、とこちらも反省。


反省ばかりですが、続きも読んでくださるとうれしいです。

とりあえず、またしばらく休んで書き溜めてから再開したいので、二月五日から再開予定ということにさせていただきます。

次はどっちかっていうと箸休め的な短編集みたいな感じになる予定です。

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