第五章 人脈
夕食会の翌朝
「おっはよーー、ローズ」
良く言えばフランクな、悪く言えば気品に欠けた軽い挨拶とともに執務室の扉が開かれた。
「何の用だ、ヴィクトール?」
他の女子ならば王子に声をかけられれば驚喜の叫びをあげるところだが、ローズにそのような反応を期待するだけ無駄というものだ。何しろローズがヴィクトール相手に叫び声をあげたのは(怒声罵声を除いて)はじめて出会ったときの一度きりなのだから。
しかも、ヴァイオレットとの約束を守り、夕食会を終えてから夜通し仕事をしていたローズの血圧は低く、同時に怒りの沸点も低い。嫌味なほどに清々しい笑顔を貼り付けているヴィクトールの顔を半眼で見据え、氷柱のような冷たい視線を突き刺している。
「いや、和平交渉の席をオヤジにだけ任せておくわけにもいかないだろ?」
キレる寸前といったローズの眼つきにさすがのヴィクトールもややたじろぎながら、
「だから、俺も使節団に同行して王都まで行くことにした。……んで俺がいない間の司令官代行をお前に任せる!」
「ちょっ……ちょっと待てぇッ!」
自分の持ち分の仕事でさえ持て余してこうして徹夜しているのだ。この上ヴィクトールの気まぐれのような指示で仕事を増やされては堪らない。
勢いよく手を上げ立ち去ろう(逃げ出そう)するヴィクトールを引き留めるために机を跳び越えると、その拍子に書類の山を蹴り崩し、盛大な雪崩を引き起こした。が、それだけ形振り構わずに動いたおかげで逃げようとするヴィクトールの肩を捕まえることに成功した。
「何故私がお前の代行なんだッ!?」
捕まえた肩を引っ張り、胸倉に持ち替えて、壁に押しつける。顔を近づけると騒ぎにならないよう押し殺した声で問い詰める。王宮でこんなことをしたら近衛騎士が駆けつけてお縄になるところだが、ここは西方軍司令部で、しかも早朝の司令部は人気が少ない。
「いや、お前が大変なのはわかるけど今西方軍司令部で一番に指揮能力があるのってお前だろ? サングリエは裏方でいざってときに心許ないし、他は役立たずのタヌキ共ばっかりだし、ヴァイオレットはいい線いってるけど大佐だし、お前の部下だからな。必然的に階級が上で上官のお前が司令官代行すべきだろ」
言われて思い浮かべる西方軍に残る諸将。たしかにどいつもこいつもまともな指揮能力などない無能な連中ばかり。どうやって将官まで出世したのか不思議なほどだ。
どうやら書類を押しつけたときのような気まぐれやイタズラの類ではないらしいが、
「だが、それなら現場指揮だけ私がやればいいだろ?」
現状、黄昏の城に攻めてくる可能性があるとすれば牙の城を占拠した獣人の軍勢だ。
獣人は単なる妖魔とは異なり白光石の発する光の影響が少ない。しかし、影響が少ないとはいっても日の光と同種の光を放つ白光石を忌避して近寄って来た試しはない。人の中で生きる温和な種族が通過を求めるときもフード付きローブやマントで身を包み、光を浴びないようにしているくらいだ。
つまり、それだけ危険は少ないが、
「万が一のとき権力分散は指揮系統の混乱の原因になることくらい言うまでもないだろ」
いくら白光石を忌避し寄ってこないとはいえ、獣人の身体能力は人並み以上。その上、ワーウルフとコボルトはともに獣としての本性上群れでの行動に適している。集団でかかってこられたら並みの軍隊より強敵だ。
理はヴィクトールにある。しかし、現状でさえ手に余っているのだ。この上司令官代行の分の事務仕事まで抱えられるほどの余力はない。そんなことをしたら、獣人が攻めて来る前に過労で倒れるだろう。
合理性と自己の限界に板挟みにされたローズが懊悩していると、
「ならば私が司令官代行補佐としてラズワルド准将の下に付きましょう」
サングリエ将軍が救いの手を差し伸べてきた。
「サングリエ将軍……いいのですか?」
サングリエ将軍の提案は非常に理に適っていた。指揮能力に優れるが事務の苦手な人物を事務に秀でた者が補佐する、理想的な人選だ。ローズも、そして、おそらくヴィクトールもそのことはわかっていた。しかし、彼は少将、ローズより階級は上である。階級の序列を気にする者は多いし、また階級をないがしろにした人事は階級の意義を失わせる。
「何、構いませんよ。私が今こうしていられるのもラズワルド准将のおかげですから」
夕食会に同席していたことからもわかるだろうが、サングリエ将軍は今ではヴィクトールの信用を得ている。牙の城から無事生還した後、オーリュトモス派とは縁を切り、そればかりか各種不正や先の遠征がいかに軽挙なものであったかなどの証拠を提出し、軍事法廷で証言までしてヴィクトールのオーリュトモス派糾弾に寄与するなどして得た信用だ。
見ようによっては、味方を売った、とも取れるが、ヴィクトール曰く「器は小さいが分をわきまえたヤツだし、こっちが信用して地位を保証してやれば裏切りはしない」とのことで、事務方としての有能さもあって西方司令部での軍務の責任者を任せられている。
「たった数週間の代理でしたら階級を無視しても構わないでしょう。それに……」
「それに?」
「いえ…………なんでもありません」
サングリエ将軍が何を言おうとしたのか、どんな言葉を飲み込んだのかはわからなかったが、書類の大群という強敵から解放された安堵でローズはそのことを気にしなかった。
サングリエ将軍という心強い味方ができたおかげでローズの執務机に積み上がっていた書類の山はきれいさっぱり消え去った。おかげでローズは、昨日は顔を出すことができなかった直轄旅団の練兵に顔を出すことができた。
「ハァアッ!」
気合いの一声とともに夕焼けのような赤みの強いオレンジ色の髪に汗の雫を纏って剣戟を打ち込んできたのは同居人でもある麾下クーシェだ。
「甘いっ」
その力一杯の剣戟を受ける――フリをして直前でローズがヒラリと躱す。全体重を乗せた渾身の一撃を躱され、顔から前のめりにつんのめったクーシェを一瞥して、
「次っ!」
今、西方軍に残っているのは新兵がほとんどだ。熟練兵はブルトルマン遠征の際に前線に駆りだされ、牙の城に残っていた兵士の多くが士官学校を卒業したばかりの新米士官と徴兵後の基礎訓練を終えて間の無い練度の低い新兵だったためだ。
未熟な兵たちは多対一でもローズを大して疲労させることもできずに次々と力尽きていく。
「ストレスでも溜まっとるんか?」
躱されても叩き伏せられても諦めず、泥だらけになりながら最後まで食らいついていたクーシェが力尽き、死屍累々の光景の中、訓練を眺めていた人影が嘆息混じりに問いかける。
「かわいそうなことを……お前を捉えられる者など西方軍ではヴィックと儂くらいだろうに」
「一対一ならともかく多対一でなら捉えてもらわねば困ります」
「無茶をいうのぉ」
ため息交じりに呟く声の主は白髪白鬚の老人だが老いているという印象は無い。決して大柄ではないが、真っ直ぐ伸びた背筋と筋肉質な体、見開かれた目に宿る輝きはまだまだ生気が漲っている。
「先生こそもっとしっかり鍛えて頂かないと困ります。今は人手不足なのですから兵士一人一人の質を上げていかなければ国防とて儘ならなくなります」
「兵の限界を見極め、それに見合った訓練を施すのが教官の務めでな」
真っ当な言い分である。これを誰か他の教官が口にしたならばローズも何言い返さずに聞き入れたかもしれない。しかし、
「私の士官学校時代『鬼のドゥムジョ』と恐れられていた方とは思えないお言葉です」
自分の経験と照らし合わせて大いなる矛盾を感じ、言い返さずにはいられなかった。
「ヴィックが入ってきた翌年にお前さんが入ってきたからのぉ。逸材を鍛えるためだったが……つい力をいれてしもうた」
言葉の通り厳しく扱かれた。ローズとてこの教官の扱きで吐いた回数は一度や二度ではない。そして、落伍していった同級生の人数はローズが吐いた回数よりもさらに多い。
「つい、で落とされた同級生たちには同情します」
「お前さんの同級生たちには気の毒なことをしたと思うとるよ。お前さんやヴィックのような逸材を基準にしてはイカンということを身を持って知ったよ。お前さんもほどほどにな」
足元で伸びている麾下たちに視線を落とせば、皆吐いてこそいないがバテきっている。やっておいてなんだが、午後の勤務に不安がよぎるバテっぷりだ。
「ちょうど昼時だ。付き合わんか?」
促されるままに兵士たちに訓練終了を告げ、解散させてドゥムジョ教官の後に続く。向かった先は何のことはない、昼食を摂りにきた兵士で賑わう軍の食堂だった。
「…………食堂……ですか」
教官に呼ばれたので、鬼の扱きが待っているのでは、と期待半分、警戒半分で待ち構えていたローズは肩透かしを食らった気分で呟いた。
「たまには教え子と飯でも食いたくてな。嫌か?」
嫌ではない。どのみち食事には来るつもりだったのだから多少気を使うとはいっても親しい間柄と言えるドゥムジョ教官と食事をすることに異論はなかった。
配膳口で食事を受け取り、トレイに乗せて空いていた隅のテーブルへと向かう道すがら、見知らぬ兵士が敬礼したり、挨拶をしてくる。それらは教官に対してではなく、将官であるローズに対するものであった。
慣れぬ感覚に居心地の悪さを覚えながら逃げ込むように席に着いて息を吐く。
「慣れんじゃろう?」
からかうように笑いながら問うドゥムジョ教官にただ頷いて返す。
考えてみれば准将に昇進してからというもの書類仕事に忙殺されて食堂に来るのはこれがはじめてだった。
将官は大抵自室に食事を運ばせたり、外に食事を摂りに行く。時間と出入りの権限に自由のある将官は狭い食堂での食事にこだわる必要がないからだ。佐官も少佐辺りはそうでもないが中佐辺りになり、何らかの役職につくと食堂に来る機会が減る。下士官や尉官たちも将官がうろついていては気を使ってくつろげないからお互いに住み分けがなされているともいえる。
「なぜわざわざ私をお誘いに?」
教え子と食事をしたい、というのは嘘ではないかもしれないが、それだけとも思えない。
「何……色々とお前さんの噂を耳にしてな」
噂、という漠然な言い回しでは心当たりがあり過ぎて逆に予想できない。
何しろ今やルディア王国で『戦場の青き薔薇』の話をしない者はいない。実際には何もできなかったに等しいのだ、とローズがどれだけ抗弁しても皆謙遜と思って真に受けなかった。
しかし、次に教官が語った噂は予想外に過ぎた。
「例えば今朝ヴィックにキスを迫っていた……とかのう?」
危うく口に含んでいたモノをドゥムジョ教官に吹きかけるところだった。何とか堪えることに成功したが、代わりに口と鼻と喉が内側から小規模な爆発に晒された。
「軍人でも女らしい嗜みは必要じゃぞ?」
アナタの突拍子もない発言の所為です! と抗議したかったが、小規模爆発に晒された直後のむせ返る喉と口にその余裕はない。
「ゴホッ……ゲホッ……エホッ……どこからそんなホラ話を?」
口元を拭いながら根も葉もない噂の発生源を辿るべく問いを投げかける。
「ん? 今朝方お前が執務室前の廊下でヴィックにキスを迫っていたところを目撃したという者がいたそうでな。新兵どもが噂していたぞ?」
アレか、と思わず目を覆う。そういえばサングリエ将軍も何か言い辛そうにしていたが、もしやその目撃情報を聞いていたのかもしれない。
「それはちょっとヴィクトールに詰め寄るために捕まえていたに過ぎません。すぐ後にサングリエ将軍もその現場にいらしてます。確かめていただければ誤解は解けるかと」
最も教官一人の誤解を解いたところで兵たちの間に噂が広まることはどうしようもない。
「なんだ……間違いなのか」
「なんで少しガッカリしているんです? 誤解に決まっているでしょう。他の者はいざ知らず教官は私とヴィクトールがそのような間柄でないことをご存知でしょうに」
「年頃の男女。いつ友情が愛情に変わり男女の関係にならんとも限らんだろう?」
これを単なる野次馬根性や助平心で口にしているなら、軽薄な、と一笑に付すところだが、この教官はあくまで真顔で問いかけてくるから扱い辛い。
「ともかく、それは誤解です! お疑いならサングリエ将軍にご確認を」
「……ふむ。では、第二旅団の各大隊の隊長が暫定に留まり、仕事が滞るような有様でなお、お前さんが未だに手足となる配下も副官も決めず、一人ですべてを背負い込んでいるという噂は本当かの?」
「………………………………そちらが本題……ですか?」
「否定しないということは本当のようじゃな」
第二旅団というのは敗残兵で再編した二旅団の一隊、ローズが直轄している旅団だ。副隊長のヴァイオレットは決まっているがその下につく大隊長は未だ暫定。というのも直下の大隊長ともなれば気心の知れた相手――少なくとも信用のおける相手でなくてはならない。しかし、ローズと親しかった仲間は現在生死不明(事実上戦死)か、ブルトルマン帝国の虜囚として囚われの身かのどちらかだ。
新たに信用おける者を見出すために割く時間もなく、暫定的に階級だけで任せているような者たちをおいそれと信用することはできない。
「直轄の麾下ともなれば人選は慎重にしなければなりませんから」
まだ、軍人になって四年目、正確には三年と四か月。その大半を牙の城で過ごし、ここまで駆け上がってきたローズには軍内部での伝手があまりに少ない。
「先にも言ったように儂の所為でお前さんの世代は同級生も少ないからのう。伝手がなければ自力で見い出すしかないが、それには時間がかかりすぎる」
「ですが、そう急ぐ理由もありません」
これは言い訳でなく事実だ。権勢を振るうつもりも、権力闘争に明け暮れるつもりもない以上国防に従事できる力があればそれで十分だ。現状ブルトルマン帝国もイースウェア公国も獣人たちに阻まれて侵攻して来ることはできない。例えオーリュトモス将軍に代わる強硬派が現れたところで現状では遠征はおろか牙の城奪還すら不可能だ。
しかし、ドゥムジョ教官の考えは違った。
「お前は優秀だ。剣術も馬術も戦術論も……しかし、権力闘争と縁遠い市井から入隊したお前は戦略の何たるか、その重要性を理解できておらん」
「兵站の確保、物資の運搬輸送手段など戦略……」
「そうではない! いいか、戦争と同じだ。お前さんが望まずとも闘争は起こり巻き込まれる。そして、戦争とは違い経済的損得、権益的損得と同等かあるいはそれ以上に精神的損得が権力闘争の動機になる」
「誘いを受けた各派閥には気分を損ねないように丁重にお断りしておりますが?」
「お前さんが中立を謳ったところで、自分の派閥に入らぬ目障りな輩、誘いを断った生意気な若輩を疎んじる実質の損得とは関係なく自己の満足得る為に潰しにかかる輩は大勢いる。それにお前にように王子と懇意で実績人望ともにある英雄の存在は中立でも目障りだ。出る杭を叩きにかかる輩は必ずいるぞ!」
これにはさすがに目が覚めた。何しろ、すでに教官の言う条件はいくつも満たしてしまっている。わざわざ教官が伝えに来るということはどこかで火が燻ぶり始めていることを聞きつけての忠告に他ならない。
王子であるヴィクトールとは違い、市井の出であるローズは権力闘争と物理的な戦争との本質的な違いを知ったつもりで理解できていなかった。
「そうなればお前さん一人の問題ではない。ティリアン大佐をはじめお前さんの麾下の者全員に影響が及ぶのだ。もはや身一つの兵士ではないと自覚せねばならんぞ」
「ご忠告ありがとうございます。もう少し気をつけておきます。……ですが、部下の人選だけは急いでどうにかなるものではありません」
「お前さんの伝手が足りないことには儂も責任を感じていると言ったろう?」
突然、蒸し返すような一言を誘い掛ける疑問形で投げかける。つまり、
「誰か良い人物を紹介してくださると?」
教官という職に在るだけにドゥムジョ教官は若手兵士の人物像をよく把握している。特に今は極まる人手不足を補うために士官学校だけでなく、兵士の訓練にも協力してくれているのだから下士官や尉官の人物像は熟知していると言える。
「紹介というよりはお前さんが見落としている逸材を教えにきたという方が正しいかの。まず……すでに目をつけているようだが、一応助言しておくとあのソレイユ准尉とその友人のゴールド准尉は中々に見どころがあると思うぞ」
ルディア王国軍の制度では徴兵によって国民から徴兵した者が職業軍人になった場合は基本准尉止まり、逆に士官学校を卒業した者は基本的には准尉から出発となる。士官学校卒業の例外として、主席と次席の二名に関してのみ少尉から出発することができる。もちろんクーシェとエバーは共に士官学校卒業生である。
「そうですね。クーシェは熱くなりすぎるきらいがありますが、剣術の腕前は大したものです。エバーは冷静で視野が広い。少し経験を積めばいい隊長になるでしょう」
「その二人を育てるためにも少し上にいい見本が必要じゃろ?」
ええ、と頷く。
正直、今の仮大隊長たちはあまりいい手本とは言えない。実力があっても人物として信頼がおけなかったり、派閥の力を借りて出世したような無能の輩だったりで彼らを手本にしては歪んだ鏡で化粧するようなものだ。
逆に旅団全体の副隊長であるヴァイオレットは優秀だが規則に煩く、考え方も戦い方もどこか型に嵌まっている感がある。奔放なクーシェとは合わないだろうし、エバーの視野を広げる意味でも誰かもう少し融通の利く、それでいて優秀な上官が欲しいところだった。
その適材を教えてくれるというので期待して続く言葉を待ったが、
「ラフレーズ少佐という人物を知っておるだろう?」
思わせぶりに発せられた名前を聞いた瞬間、あまりに聞き覚えのある名前に脱力して椅子から滑り落ちそうになった。慌てて座り直して一応の確認する。
「それは中央軍のスカーレット・ラフレーズ少佐のことですか?」
「やはり知っておったか。まあ第二王女とも親しいお前さんなら知っているとは思ったが」
真面目に驚いているあたり演技ではなく本当に善意で紹介してくれたらしい。
「教官こそどうして彼女を?」
「ホレ、年に一度の御前試合で去年当たったのよ。レベルの低い王都の連中の中ではずば抜けていい腕をしておった。そのあと直に話したり、知人から話を聞いたりしたが人柄は確かなようじゃし、使える人材だと思うが?」
ローズが乗り気でないのが伝わったのだろう。土産を喜ばれなかったような残念そうな顔で、何が問題なのか、と問うように語尾のトーンを上げて問う。
「教官は彼女がどこの所属かご存じないのですか?」
「花園の守護者のじゃろ? 第二王女付きの。中央軍の女で腕が立ち、その上、名門ラフレーズ家の人間となれば当然の所属じゃな」
後宮という秘密の園で王族という花を守護する者、それがルディア王室の近衛騎士が花園の守護者と呼称される由来だ。
中央軍の仕事は大きく三つに別けられる。一つは国内で跋扈する野党郎党の類の捕縛討伐。二つ目が有名無実だが南北山脈の国境警備とわずかに出る妖魔の討伐。そして、三つめが王都の防衛および王族の警護。
その中でも近衛騎士は重要な役職で当然のことながら人選は慎重に行われる。しかし、いくら人選し、人格的に優れた人材を登用しようと近衛騎士も人間であることは止められない。
近衛騎士には後宮に立ち入るという特権が与えられる。後宮に立ち入れるということは王族の女性に接することが出来るということ。万が一にも男女の関係を持たれでもしたら一大事になる。王妃ならば世継ぎの問題になるし、王女ならば国交に関わる一大事になりかねない。そのため、ルディア王室では近衛騎士には女性だけを採用している。
「名門ラフレーズ家の、それも花園の守護者の一隊を預かる隊長が誉れを捨てて王都から西方軍に移って来るわけがないでしょう?」
女性に限られた名誉ある職であるのと同時に後宮に立ち入る特権が与えられる――つまり、王子たちと接する機会が必然増える。故に旧貴族の名門の女子をはじめ士官や下士官の若手女子の中には中央軍への移動を願い、花園の守護者に加われる日を夢見て努力する者が後を絶たない。
「いや、彼女は間もなく花園の守護者から外されことになる」
そんなことあるはずがない、と言いかけてその可能性があることに気がつき、慌ててその言葉を飲みこむ。
しかし、代わりに疑問が浮かび上がる。ラフレーズ少佐が花園の守護者の職を失う可能性に思い至れる人間は今現在ルディア王国内に五人しかいないはずなのだ。そして、ドゥムジョ教官はその事実を知らないはずである。
「教官はどうしてそのことを?」
「持つべきものは人脈……ということだ」
話をはぐらかされたような気もしないではないが、つまりそれだけ、急いで軍内部に自分の人脈を作り、故なき権力闘争で潰されないようにしろ、という忠告なのだろう。




