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ルディア戦記  作者: 足立葵
第一話「戦場の青き薔薇」
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38/162

短編 Sub Rosa

 三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルク攻略戦に敗れ、敗走をはじめてから七日、敵の飛竜部隊の襲撃を受けてローズと別れてから四日が過ぎた。

 その間、ミエルたちは一路ルディア王国を目指してブロンテー川に沿って東へとひた走り、旧スタリア領へ入り、ブロンテー川を超えてクリュスタッロス山脈の裾野を通る間道まで歩を進めていた。

「もう少しで牙の城(クロチェスター)からルディア本国へ続く街道へ出るわ! あと一息よ、頑張りましょー!」

 振り返って叫ぶと背後に続く兵士たちが弱々しくも自らを鼓舞するために、オォー、と応える。しかし、その数は今や五百に満たないだろう。

 ローズが飛竜部隊を追い払ってくれたおかげで飛竜部隊の監視を突破できたらしく、街道沿いに進んでいるであろう敵の追撃部隊の追撃も受けることはなかった。

 しかし、異常なほどに荒れ狂った妖魔があちこちで襲いかかってきた。明らかに外縁にいるはずもない強力な妖魔に襲われ、仲間を犠牲に逃げ、戦えるレベルの妖魔は倒して進むが身も心も消耗していく中、愛剣が刃こぼれするより速いペースで次々と仲間が倒れていった。


 ――ローズがいたら


 行軍には向かない間道を進みながら心が吐く弱音を歯で噛み殺す。

 同じ階級や階級が上の中隊長は何人かいた。にもかかわらず、自然とミエルが指揮することになっていた。

 しかし、それも今日で終わる。鼓舞した通り、今日中にはこの間道を抜け、牙の城(クロチェスター)近郊へとでることができる。そうすれば一息つける。仮に牙の城(クロチェスター)に帰城することが叶わなくともルディア王国本土までの街道沿いには主が棲みついているほど大きな森もない。街道まで出られれば妖魔の脅威は目に見えて小さくなる。

 そんな肩の荷が下りる安堵感から、わずかばかり警戒の糸が緩んでいたときだった。

「ウワアァァァァアアアアアア!」

 隊の中央付近から悲鳴が上がった。

「どうしたのッ!?」

 ――まさか妖魔!?

 森は近く、飢えた妖魔が獲物の気配に誘われて出てこないとも限らない。何しろ数を減じたとはいえまだ五百近い人数が集団で移動している上に、負傷者など血の臭いを纏っている者も少なくない。

 ――まだ日も高いのに!

 歯噛みしながらも周囲の仲間に指示を出して体勢を整える。狭い足場では無暗に移動しても仲間が動きを阻害してうまく戦えない。まずは先頭集団を少し進めて距離を取りながら事態を把握しようとするが、

「ギャァァァァアアアア」

 先に進めた先頭の兵たちからも悲鳴が上がる。

「まさか……群れ!?」

 と言うミエルの疑問と驚きの叫びを掻き消すようにミエルたちに近い木陰からも影が襲いかかってきた。しかし、その影は妖魔と呼ぶには余りに小さく、何より二本の足で跳びかかってきた。

 傍らにいた兵士に襲いかかった影のあぎとを兵士が剣で受け止める。

「獣人!?」

 鉄の森(アイゼンヴァルト)の一帯では久しく見ない存在に二重の意味で驚嘆する。

 獣人が五指を開いて爪牙を薙ごうと振りかぶったが、すぐさま周りの兵士たちが腕を斬りおとし、剣を突き刺して助太刀する。

「助かったぜ」

 仲間に助け出されながら絶命した獣人の骸から這い出て礼を述べる。

「隊長……」

「ええ……」

 倒れているのはワーウルフ。鉄の森(アイゼンヴァルト)に棲みついていた獣人、ワーウルフとコボルトはその食性、好戦的な性格などからブルトルマン軍の討伐の対象となり、積極的に狩られ、今ではわずかな生き残りがイースウェア公国に逃げ込み、ほぼ絶滅したと言われていた。

 ルディア軍もブルトルマン軍ほど積極的ではないが人間を襲う回数の多いワーウルフとコボルトたち討伐していた。ミエルも配属直後に何度か城外での妖魔討伐で出くわし戦ったことがあるが、もう何年も見たことはなかった。

「急いだ方がよさそうね」

 リスティッヒ元帥が鉄の森(アイゼンヴァルト)に火を放ったこととここに至るまで異常なほどに暴れていた妖魔の数々を考えると、ただの生き残りで片づけるわけにはいかない。

「後方部隊被害は?」

 混乱を収取して追いついてきた後方部隊を纏める中隊長に問う。

「一名不意を突かれて殺られましたが、それだけです」

 ウォォォォオオオオン

 森の中から雄叫びが聞こえてくる、

「それじゃ、急ぐわよ」

 狼や犬は遠吠えで連絡し合う。

 少しでも早く森から遠ざからなくてはならない。

 しかし、ミエルたちは知らなかった。この時行く手にある牙の城(クロチェスター)に万を超える獣人の群れが群がっていることを。

 そして、一時間も経たない内に第二波が襲ってきた。

「なんでこんなにワーウルフがッ!?」

 自分たちに十倍する数のワーウルフとコボルトの群れが襲いかかっている。

「グアァァァァ!」

「ギャァァァァアアアア!」

 男性兵士たちのくぐもった断末魔の叫びがそこかしこから上がり、

「イヤアアァァァァァァァアッ!」

 女性兵士たちの絶望的な悲鳴が木霊する。

 

 獣人が獲物を襲う理由は二つに別れる。

 一つは言うまでもなく、餌食として。

 そして、もう一つが子孫を残すため。

 神話で語られる通り、代を重ね、強い敵を喰らい、異種とまじわり子孫を増やすことで妖魔は力を増してきた。そして、妖魔にしろ、獣にしろ、人間にしろより優れた子孫を残そうとする本能がある。むろん、獣人たちも同じ。

 しかし、獣人は妖魔やただの獣と違い人間の知恵と技を持つ。高位の妖魔が知恵を持ち、知識を持って人語を解そうとも決してやらないことを獣人の人の部分がやる。異種族の者を捕らえ、己の仔を成さしめるために奴隷あるいは家畜として飼うのだ。

 ならば男も捕らえてもよさそうなもの、と思うかもしれない。しかし、そこは獣としての本性が作用する。ライオンの例で考えてもらえば解かりやすい。ライオンは一、二頭のオスが五、六頭以上のメスを従え、繁殖を行う。

 狼や犬の群れは必ずしもオスがリーダーとは限らないが、雌が一度に生せる仔の数が限られているのに対して、オスはメスの数だけ可能性があると言える。それに獣として子孫を残すべき基準は個体としての強さの一点に尽きる。自分たちに勝てもしない異種のオスの仔を成そうとは獣人のメスは思わない。そのため、生かして連れ去られるのは女に限られる。オスの獣人は異種の雌を仔を生むだけの家畜として飼うために生かして攫う。

 

 周りの仲間が次々と欠けていく、男は鋭い牙で噛み殺され、爪で引き裂かれ、そのまま喰われる。必死の抵抗を試みるが元々身体能力で獣人に劣る人間では一対一でも獣人を相手にすることは難しい。それを十倍する獣人を相手に勝てるはずがない。馬無しでは逃げることも叶わず、連戦で摩耗しつくした武器では歯も経たず、瞬く間に男たちは食い殺され、人から肉塊を経て骨へと変じた。

 残されたのは百人足らず女性兵士とそれを奪い合う獣人たちだけだった。

 殺した男性兵士から奪った鎧と剣を身につけた一際体躯の大きな獣人が目の前で他の獣人を斬り捨てて同僚である女性兵士を奪い取った。彼女の片足を掴み、引きずって森の中へと消えようとする。

「助けてッ!」

 引きずられていく女性兵士が左腕を伸ばし、助けを請う。もう片方の腕、剣を握っていたはずの右手は不自然に折れ曲がりすでに動かすこともできない。

「助けてくださいッ! エロー中尉!」

 男性兵士が殺され尽くし、自らの剣も折られたミエルはただ近くの岩肌に背を押しつけるよにして必死に気配を殺していた。悲鳴をあげないように、口に手を突っ込み、血が流れるほどに噛み締め、その上からもう片方の手をあてがい息づかいすら漏れないように抑え込む。

「エロー中尉ィィィイイイイイ!」

 女性兵士の必死の叫びを受けて彼女を引きずっていた獣人と周囲の獣人の視線が彼女の伸ばされた手の先――ミエルへと向けられた。

「――――――――――――――――――――ッッッッッッ!!」

 ミエルの頭の震えが大きくなり、左右へと振られる。

 女性兵士の眼に絶望と怒りの暗い炎が灯る。

「助けてよォオ! 仲間でしょ!! 隊長でしょッ!」

 彼女にだってミエル一人で何ができる訳でもないことくらいわかっているだろう。しかし、一人抵抗すらせずに、息を殺して助かろうとする者への怒りと憎しみが湧く。

 彼女の叫びを受けて周囲にまだ残っていた数名の女性兵士たちと彼女らを奪い合い、あるいはすでに連れ去ろうとしていた獣人たちの視線がミエルのいる岩へと向けられる。

 およそ視界に映る範囲すべての視線を受けてミエルに圧し掛かる罪悪感と恐怖が数十倍にも増した。

 手の空いていたワーウルフが一頭(一人?)鼻面を突き出し、ミエルのいる岩へと向かってにじり寄る。

 震える足で地を蹴り損ないながら何とか逃れようとするが、岩に背を預けている状態でいくら地を蹴ろうとも後ろへ下がれるはずがない。

 ワーウルフが鼻をヒクつかせて血の臭い濃い惨劇の舞台から見えない敵の臭いをかぎ取ろうとする。

 いくら気配を殺ろし、姿を隠してくれる誘魔の金(ディミクリュ)の魔法鎧とて臭いまでは消してくれない。

(来ないでッ!)

 ワーウルフがまた一歩にじり寄る。

(お願い! それ以上来ないでぇえッ!!)

 願いとは裏腹にワーウルフは前進を止めない。

 極度の緊張に脳が身体のコントロールを失い、短くカットしたキュロットの隙間から小水が滴り落ち、ワーウルフへ向けて短い川を創って流れ出す。

(なんでこんなときに!? お願い止まってッ! 気づかないでぇえ)

 異臭を感じとったのかワーウルフの鼻面が地面へ向けて下がる。

 恐怖でおぼつかない身体をどうにか動かし、横へスライドするように這う。すると、手に何かが当たった。視線を落として確かめれば誰かの使っていた短剣が投げ出されていた。ワーウルフの手には握りの小さい短剣はあわず、無視されていたのだろう。縋る思いでそれを手に取り、臭いを辿って股座まで迫っていたワーウルフの頭へ目がけて振り降ろした。

「ギャルルルルル」

 痛みにワーウルフが絶叫をあげ、それが金縛りを解いてくれたように体が勝手に動いた。

 仲間たちは――裏切り者に何も言わない。

 ただ怨租の視線を背中に受けながらあらん限りの力でミエルは駆けた。

 逃げた先にも溢れかえる獣人たちを気配を殺してやり過ごし、躱していく。

 魔法鎧が魔法の力を発揮するためには使用者の精神力――つまりは意識を保つことが必要になる。極度の緊張と恐怖で磨り減っていく気力が切れた瞬間、最後の加護が消え、ミエルも見捨ててきた女性兵士たち同様獣人たちに囚われることになっただろう。

 しかし、どれだけ歩いたかもわからず、今自分がどこまで進んだのかも理解できないほどに精神をすり減らしてなお、ミエルは意識を途切れさせなかった。

 一晩中恐怖と罪悪感に押し潰されそうになりながら身を護るために精神を削って鎧の魔法効果を機能させ続け、歩き続けた。

 そしてようやく道が開け、間道を抜けて牙の城(クロチェスター)から黄昏の城(クレプスケール)へと続く街道に出たときには夜が明けていた。街道に出た達成感と夜が明けたという染みついた安心感から彼女の精神はついに限界に達した。

 

 数時間後、マーナガルムに一矢報いることすらできずに撤退してきたヴァイオレット・ティリアン大佐たちが彼女を見つけ保護することになる。

評価下さった方ありがとうございますm(_ _)m


これは本編第一話に入れる予定で途中でどこに入れたらいいか迷って端折った話です。

ちょっとエロもの風になってしまうことや別になくても話進むことから止めとくかなぁ~と思ったのですが、第二話を書き進めててあった方がいいかなと思ったので生存報告も兼ねて投降しました(笑)


内容的にこれってR15タグいれたほうがいいのかな?

R18までは言ってないと思うし、残酷描写もいらないとは思うんだけど……


毎日更新だとちょっとキビシイのでしばらくは5と10のつく日に更新というどっかのスーパーのバーゲンみたいな更新で行こうと思いますm(_ _)m

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