第一章 三つ首の番犬要塞攻略戦 2
ドレイファス将軍について麾下の大隊長五名も天幕を出る。騎乗し第五旅団の陣まで歩く道すがら将軍が嘆息する。
「すみません、ドレイファス将軍」
自分の提案のためにドレイファス将軍の部隊が後方支援に回されてしまった。つまりは彼が手柄を立てる機会を逸してしまったということだ。
「謝ることはない、ローズ」
ルディア王国西方遠征軍第一陣第五旅団第四大隊連隊長ローズ・ラズワルド中佐。彼女はドレイファス将軍が見出した才能の一人だった。三年前、十六歳で軍に入隊したローズを直後に見出し、以来いろいろと目をかけてくれたのだ。
「しかし、危険な作戦だ。お前たちの二連隊が全軍のリスクを軽減するために大きな危険を背負い込むことになったのだぞ?」
ローズともう一人の立候補者ジル・トゥルニエ大佐を見て心配そうに問いかける。ジルはローズよりもさらに長くドレイファス将軍の下にいる子飼いの部下――いや、将軍にとっては孫も同然。それだけに全軍のリスクを肩代わりするような奇襲に送り出すことが躊躇われた。
「もちろん、わかってはいます……しかし、オーリュトモス将軍らの力押し作戦では多大な犠牲が出ることなります。誰かがリスクを背負うことで多くの将兵の命が救われるならやるべきでしょう?」
「確かにそうだが……こんな馬鹿げた戦争で……」
この遠征は大義や平和のための戦いではない。西方軍総指揮官シヤン・オーリュトモス将軍の私利私欲のための私闘だ。
彼のライバルが指揮する東方ではルディアの北東に位置する光の民の国ヴィドガルドが南東の友好国アクティース教国に宣戦布告した。第一王女が嫁いでいる友好国が攻められたとあっては座して見てるわけにもいかない。ましてや、援軍を請われれば出さないわけにはいかない。
軍人にとって戦争とは武勲をたて出世するチャンスである。戦乱の西方に面していながら小競り合い程度で武勲と呼べるほどのものをたてる機会がないことにオーリュトモス将軍は焦りを覚えていた。
現ルディア王・ルノワール六世は賢君とはいい難いが暗愚ではない。内政面では不正も暴政重税もない。文化芸術に傾倒しすぎているものの平和なルディア王国では問題になるほどではないし、そのおかげで発達した工芸工業技術はルディア王国を潤す一助となっているからあながち無駄とは言えない。傑出していないものの王としての務めをきちんと果たし、国の繁栄を絶やさない程度の統治者としての力量を示している。しかし、文化芸術に傾倒する文治の王というのは得てして軍事に疎い。
オーリュトモス将軍はそこにつけ込み国王を唆した。
第一陣の司令官を自分の娘のヴェニティー・オーリュトモス将軍にしたのも明らかな身内贔屓だ。後詰を担うサングリエ将軍もクレマン将軍をはじめとして功績で勝る将軍は他にいるにもかかわらずオーリュトモス将軍の鶴の一声で指揮官に任命された。
とにかく、開戦から陣営に至るまでオーリュトモス将軍の私欲に塗れていた。こんな馬鹿げた戦いに辟易している将兵は少なくない。
「だからこそ、多くの将兵を失いたくはありません。それにローズが立案した作戦です。大丈夫ですよ」
にこやかな笑顔で最後の一言を付け加えるとドレイファス将軍もそれ以上は何も言わなかった。ローズの戦術家としての才は十分に良く知っているからだ。しかし、当のローズ自身が不安気な面持ちでいることに気がつき、
「おいおい、まさか自信がないんじゃないだろうな?」
「奇襲作戦には自信がある。目算もそう間違ってはいないはずだ。しかし……」
「しかし、なんだよ?」
「気になるんだ。ここに来るまで敵の動向が無きに等しかった。それが不気味でたまらない」
現在、ブルトルマン帝国ルディア方面軍を預かるのは帝国軍四元帥の中でもっとも狡猾と噂されるカルトマン・リスティッヒ元帥だ。直接の指揮能力もさることながら陰謀詭計に秀でており、非道とも取れる奸計を平然と用いる勝利に貪欲な男だと言われている。
噂というものは尾ひれがつき、誇張されるものだがこの場合方向性としては信じられるだろう。虚実程度はともかく、武勇の人というより智謀の人であることは間違いない。にもかかわらず、一方面軍を預かる元帥ともあろうものがここまで無策無抵抗のままに十二もの砦を失っていることが不気味でならない。
しかも、現在の地理が一層の恐怖となっている。一帯は森で入り組み、大軍では移動できる道は限られるし、ブロンテー川は支流と言えどかなりの川幅を持ち、渡河できる場所は限られる。橋の一つでも落とされれば兵站は一気に苦しくなり、兵糧攻めを受けることになる。
心中の不安を吐露すると、
「確かにそうだが……後方にはシヤン・オーリュトモス将軍率いる第二陣も控えているむざむざ兵站を断たれるようなことはあるまい」
「それに伏兵を隠せるような場所もほとんどないぜ。街道は樹海を切り開いて作った道だから両側に森が迫ってるけど妖魔の潜む森に兵を伏せたりしないだろう?」
「それは……そうですが……」
言い知れない不安の源は遠く妖魔の跋扈する他国に遠征してる所為かも知れない。
ルディア王国は南北に聳え立つ二つの大山脈、北のクリュスタッロス山脈と南のプロクス山脈という越境不可能な天険に守られ、実質的に国境防衛が必要なのは東西のみだ。その東西の入り口はともに妖魔を寄せ付けず、高度な魔法か七大鋼以外では削ることさえ不可能な“白光石”と呼ばれる石でできた長城が鉄壁として立ちはだかっている。故にルディア王国はほとんど妖魔の被害がない。西方唯一の人類の楽園などと呼ばれるほどに平和な国なのだ。
その安住の地を出て遠く離れた地にいるから不安が増しているだけだろう、そう言い聞かせることにした。
「二人とも無茶はしてくれるなよ。ワシはお前たちが将来国を、ルディア王国を担う軍人になると期待しているだからな」
孫の成長を楽しむ祖父のようにドレイファス将軍は笑った。
「はっ、肝に銘じておきます」
隣で敬礼するジルに倣ってローズも敬礼する。
「しっかし、ゴベールの無能っぷりには笑えたな」
残り三人の大隊長の一人、セルジュ・スーストロが真剣な話の連続で重くなった空気を軽くするために対立派の愚将を謗る。
「川岸から攻めては、なんてどんなバカでもやらなそうな提案を平然というんだもんな。あんなのが将軍やってんだから適わねえぜ」
ハハハ、と残りの二人も笑う。
「大口叩くならお前こそ奇襲部隊に志願しろよな」
「無茶言うなよ。俺らじゃジルやローズみたいにはいかねえんだよ」
「そうそう。俺やセルジュじゃローズの足引っ張るだけだからな。ここまで出世したのが不思議なくらいなんだからよ」
ジルのキツイ返しにセルジュが悔しそうにいい、それにブリス・ハザンが陽気な調子で相槌を打つ。
「自分で言ってて悲しくならない?」
「なる。……けど、事実だからしょうがねえだろ」
情けないことを言っている自覚があるのかわからない程度におどけた調子で返すブリス。
「でも、ベアトリスならついていけるんじゃねえか?」
ベアトリス・トンヌラはドレイファス将軍麾下の大隊長の中で最年長の四十二歳、姐御的存在であり、実力も高く、ドレイファス将軍の副官でもある。
「バカ言わないで私がローズについて行ったら悪ガキ二人をジルとブノア二人で面倒見なきゃならないでしょ」
手厳しいベアトリスの言葉に苦笑しながら内心で、ウソだな、と思う。
ローズが大隊長になった祝いの席で酔ったセルジュが「ベアトリスはドレイファス将軍に気がある」などと言っていた。その時は、邪推が過ぎる、と色恋沙汰が不得手なローズは顔をしかめたものだが、間近で接すると確かにベアトリスの甲斐甲斐しさは単なる上官と副官以上のものがある気がしてならない。
おそらく、彼女はドレイファス将軍直々の命令でも、決して彼の傍を離れないだろう。まして戦地で副官でもある彼女が離れるはずがない。
「悪ガキってのは俺らのことか?」
ならんで馬を歩かせるセルジュとブリスが顔を見合わせる。
「そりゃないぜ、姐御」
ひとしきり笑いが起こって空気が和らいだところで第五旅団の野営地についた。




