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ルディア戦記  作者: 足立葵
第一話「戦場の青き薔薇」
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第一章 三つ首の番犬要塞攻略戦 1

 全身を苛む痛みが辛うじて五体があることを教えてくれるがそれ以外何もできない。

 生い茂る森の木々、絡み合う枝葉が緑色の陰をつくる中で彼女のいるところだけが天使のはしごのような柔らかな木漏れ日に照らされている。

 小さな枝が折れる音が断続的に続く。樹木に包まれた場所にいるらしく湿気はあるものの低めの気温とほどよく流れる風が心地よい。

 流れる風が痛熱に焼ける肌を冷やしてくれるのを待ってわずかに右手を動かす。

 重心がずれて体を支える小枝が折れる。どうやら灌木がクッションになってくれたおかげで助かったらしい。

 感覚が戻るのを待ってさらに左手、両足と動くか確認していくと、全身打撲で傷むものの不幸中の幸いで骨は折れていないらしいことが確認できた。

 森の香を鼻腔に吸い、意を決して起き上がろうとしたが、灌木が折れて大きくバランスを崩してひっくり返る。

「全く散々だ」

 ひとりごちてここへ至るまでを思い返す。

 

「オーホッホホホ、わが軍が圧倒的ではありませんの!」

 ルディア王国西方遠征軍第一陣は総指揮官ヴェニティー・オーリュトモス将軍の高笑いが止まらないほどに勝ち続けていた。ここに至るまでに中小合わせて十二の砦へ攻め込み、そのことごとくを落としていた。

「この調子なら次の城塞も余裕ではなくて?」

 眼前に迫る“三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルク”攻略会議のために召集されたはずだが、ヴェニティー将軍とその取り巻きの将官たちは会議というよりもむしろ祝勝会の延長のような緩み切った雰囲気だ。

「しかし、オーリュトモス将軍これまで落としてきた砦はどれも小規模なものばかり。対して三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクは百年以上に渡り不落を守り抜いてきたブルトルマン帝国南東の防衛の要、そう簡単にはいきますまい」

 マジメくさった進言にヴェニティー将軍が顔をしかめる。

 苦言を呈したのは短く刈り込んだ頭髪に白髪が混じり始めた初老の将軍。

「ドレイファス将軍は神経質すぎではありませんかな」

 ヴェニティーの取り巻きの一人がご機嫌取りの機会とみて割って入る。

 ブロンドの髪と切れ長の目に高い鼻梁、パーツの一つ一つをあげると素晴らしいのに総合するとどこか間の抜けたふうの顔立ち。第二旅団長マクシミリアン・フォンテーヌ将軍。

「ほう、神経質だと?では貴君の考えを聞かせていただきたいな」

 普段は物腰柔らかなドレイファス将軍も犬猿の仲のフォンテーヌ将軍が相手とあってかやや剣の籠もった挑発的な口調で問い返す。

「敵の要塞堅牢といえど不落にあらず、と申しているまでですよ。確かに敵は堅牢な要塞に立て籠もり、数においても我らと遜色ない。しかし、現在の我らには勢いがあり、対して奴らは敗軍。しかも、我らのすぐ後ろにはオーリュトモス閣下率いる第二陣二万五千が控え、さらに後方、牙の城(クロチェスター)にはサングリエ将軍率いる一個師団も控えており数の上で優勢。一体何を心配するというのですか」

「バカな、いかに数の利があれど敵には地の利がる。ただ正面から攻めるだけではあの城塞は落せんといっているのだ」

 三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクブロンテーの名の通り数々の支流をもつ大河ブロンテー川の主流を渡す橋それ自体が要塞となっており、さらに両岸の橋の袂にも要塞が屹立している。袂の要塞を取り巻くように街が栄え、街の繁栄を堅牢な城壁が護るブルトルマン帝国の国境防衛の要たる巨大城塞都市である。

 ブロンテー川の主流はほぼ東から西へと流れ、大河それ自体がブルトルマン帝国の防壁の一つとなっている。ルディア軍が布陣するのはその南岸、延々と続く平原を枝を広げた大樹のように支流を広げるブロンテー川と妖狼魔犬の棲む樹海鉄の森(アイゼンヴァルト)によって街道は蛇行し、兵站は伸び切っている。

 たしかに、後方には先陣に倍する本隊がいてそれが占拠した十二の砦に入っている。とはいえ、二万五千を十二の砦に分散配置すれば一つの砦は二千前後、かといって大規模な要塞ではないからあまり大量の兵を配することもできない。別の戦線に配置されているブルトルマン軍が呼び戻されれば安全とは言えない。

「確かに、敵地故に地の利はあるでしょうが、そればかりを懸念して、せっかく連戦連勝で高まっている味方の士気を挫くことは敵を利する行為だ、といっているのですよ」

 なんだと、と鼻息を荒げたドレイファス将軍が反論しようと腰を浮かせたが、

「お二方とも冷静になられよ」

 恰幅の良い中年の将軍が仲裁に入った。中立派のパスカル・クレマン将軍は外見とは裏腹にここにいる五人の将軍の中で最も多くの実戦を潜り抜けた叩き上げの将軍だ。

「フォンテーヌ将軍、貴公も言葉が過ぎよう。危険を知り、慎重論を唱えただけで利敵行為とは言葉が過ぎる。ドレイファス将軍も眼前の三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクが難攻不落の要塞であることは周知のこと。だからこそ、オーリュトモス将軍もこうして作戦会議が開かれているのだからそんなことを言い争っても仕方なかろう?」

 さりげなく、かつ批判的どころかヴェニティー将軍を持ち上げるニュアンスまで含ませて眼前の要塞が難物であることを示して会議の軌道を戻す。こう言われてはヴェニティー将軍も侮った発言はできない。

「ふむ、クレマン将軍の申す通り。皆には積極的な発言を求めたい。案のある者は位に関わらず積極的に発言せよ」

 作戦会議に天幕に集められたのは大隊長以上の部隊長。一大隊五百名、五大隊一旅団、五旅団一師団、遠征軍第一陣は一個師団なので連隊長だけでも二十五名、さらに旅団を指揮する将軍が五名、それにヴェニティーの幕僚五名が加わり総勢三十五名。

 しかし、誰も取り立てて案のある者はいないらしい。

 ヴェニティー派のフォンテーヌ将軍とゴベール将軍は自分の麾下の連隊長を見回し、何か案はないのか、と責めるような視線を送っているが百年以上に渡り不落を守り抜いている要塞を攻める手立てを思いつく者はいない。

 攻城戦というのは究極的には包囲による持久戦か、一点突破かの二択になる。

 しかし、大河ブロンテー川に跨る三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクを包囲するのは無理だ。数人ならともかく部隊を渡河させることが難しいし、仮に渡らせたとしてもその軍は敵中で孤立することになる。

 故に三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクは正面突破を図る以外に選択肢が存在しないのだがこれも難題だ。南岸にある第一の首(エアスターハルス)の建っている場所は周囲に比べて高く丘といえる。その丘陵に街が広がり、裾野には街を守護する城壁が聳える。ただでさえ高台に陣を敷くのは敵の布陣、行動が見て取れることから兵法では良いとされているのに、要塞を攻めるとなればその難易度は格段に上がる。

 他者の意見を窺う沈黙にヴェニティー将軍が苛立ち、鞭で卓上に広げられた敵城塞都市とその周辺地図を叩く。

「誰ぞ、案のある者はおらぬのか!?」

「まずは正面の城壁を突破しなければ何も始まりません。城壁を突破するには攻城塔ベルフリーを用いるほかありますまい」

 クレマン将軍がゆったりとした口調で提案した。

 攻城塔ベルフリーとは読んで字の如く城を攻めるための車輪のついた塔である。塔に兵士を乗せ、城壁に着けることで乗り込むための兵器だ。攻城塔ベルフリーは巨大なため車輪だけを用意して戦地で材木を手に入れて組み上げる。

 ここまでの砦は規模と兵力の違いから雲梯だけで済んでしまい、攻城塔ベルフリーはまだ造っていない。

攻城塔ベルフリーか……」

 躊躇いのニュアンスのある復唱。

 攻城塔ベルフリーを造るとなれば木が必要だ。布陣しているのは開けた平原だが、周囲には樹海が広がっているから材木には困らない。しかし、妖魔の棲む森を荒らすことは妖魔の怒りを買うことに等しい。

「森を荒らすと厄介だぞ」

 ゴベール将軍が不安を口にすると、

攻城塔ベルフリーを組む材木だけならば外縁部の樹だけで済むでしょう。森深くまで入らなければ妖魔の怒りを買うこともありますまい」

「しかし、万が一ということもある。川沿いに城壁の切れるあたりから攻めては……」

「バカな!川沿いは足場が悪い。攻城塔ベルフリーはおろか騎馬すらも動きが鈍る。しかも森を背にすることになる、その方がよほど危険だ」

 妖魔を恐れるゴベール将軍の愚策をドレイファス将軍が一蹴する。

「やはり、ここはオーリュトモス総司令官に援軍を請い、圧倒的兵力をもって一気に攻めるのが不要なリスクを冒さぬ最善の策では?」

「バカな!!無策な正面突破で落とせるような城ならば苦労はせん」

 フォンテーヌ将軍の数頼みの策もドレイファス将軍は否定する。

 攻め方や立地、城の種類にもよるが通常城攻めには三倍の兵力が必要とされる。現在、三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクには一個師団一万二千五百が詰めていると思われる。力押しで攻めるには本陣すべてと合流してようやくなのだ。

 しかし、兵站、退路を断たれるリスクを考えれば本陣すべてを合流するなど論外。最大でも一個師団一万二千五百が合流して現在の倍というのがせいぜいだろう。

 将軍たちの討論が始まったことで消極的ながら大隊長たちもわずかずつ意見をだしはじめ、喧々諤々の言い争いになる。

 ルディアの軍人は遠征などほとんど経験がない。ましてや三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクほどの大城塞を攻略した経験などないに等しい。経験がなければ策など容易に立てられるものではない。

 そんな無意味な喧騒の中に凛とした声が響き渡る。

第二の首(ツヴァルスターハルス)を切り落としてはいかがでしょうか」

 喧騒に包まれていた天幕が水を打ったように静まり返った。

 天幕内の視線が発言者に注がれる。

 ヴェニティー将軍が発言者を捉え、わずかに眉を痙攣させるが喧騒が止まっている今無視するわけにもいかない。

第二の首(ツヴァルスターハルス)落とす?ラズワルド中佐だったな、詳しく聞きたい」

 提案を聞きたくないという意地と聞かねばならない立場に挟まれ葛藤するヴェニティーに代わりクレマン将軍が尋ねる。

三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクが難攻不落な理由は城塞と周囲の街は一段高い土地だということと三重の城塞がブロンテー川を跨ぐことで完全な包囲ができないことにあります」

 卓上の地図を指し示し、南岸の要塞と城壁を順に示し、

「かといって対岸の要塞まで含みで包囲するのは下策。ならば、敵の連絡を絶ちます。敵城塞の中央の砦に奇襲を仕掛け、これを落とせば南岸の砦は孤立しパニックを起こすでしょう」

「待ってくれ」

 一同が感心する中で一人、フォンテーヌ将軍が異を唱えた。

「なんでしょうか?」

「確かにその策はいいと思うが、肝要の中央要塞へ至る術がないのではないか?」

「少数精鋭ならば不可能ではありません。小舟ならば半日もあれば造れます。上流の森で小舟を造り、頃合いを見て一気に下って襲撃します」

「しかし、そうたいした人数は行けまい?」

「二大隊千名ほどならば敵に察知されることもなく仕掛けれらます」

「その程度であの城塞が落とせるとでも思っているのか!?」

第一の首(エアスターハルス)健在の間は第二の首(ツヴァルスターハルス)は油断しているでしょうから奇襲をかけられれば問題なく落とせるでしょう」

 正論にフォンテーヌ将軍が悔しそうに押し黙る。

「確かに。しかし、たった二大隊では挟まれ守りに入ったら長くは持つまい?」

 皮肉ではなく、純粋に懸念して問いかけるのはやはりクレマン将軍だ。

「敵はおそらく第一の首(エアスターハルス)に大半の兵を集中しているでしょうから後背の心配は少ないでしょう。それに第一の首(エアスターハルス)の兵は退路を断たれたことで浮足立ち、正面にも気を配らねばなりません」

「そんな危険な奇襲部隊の指揮を誰が執るというのだ?」

 ゴベール将軍麾下の大隊長の一人が、そんな危険な役目を任命されては堪らない、とばかりに慌てて問う。

「もちろんわたくしの部隊が務めさせていただきます」

 臆病者め、と内心で毒づきながら志願する。他に志願する者がいないであろうことくらい予想していたし、何より言い出した本人である以上引くわけにはいかない。

「どうですかな、オーリュトモス将軍?ラズワルド中佐の提案、わたくしはなかなかの良案かと思いますが?」

 直属上官のドレイファス将軍が後押しする。

 他に取り立てて案が出てこないこともあって会議の流れが奇襲作戦採用に傾いていることを認めて渋々ヴェニティー将軍が口を開く。

「たった千でやれると申すのか?」

「やってみせます」

「よかろう。そこまでいうのならばやってみなさい」

 ヴェニティー将軍が明朗な声で告げる。

「しかし、麾下は一大隊のみ……残りの一大隊に志願する部隊はおらぬか?」

 先陣司令官であるヴェニティー将軍ならばどの部隊でも指名できる、にもかかわらずあえて志願を募る意図を察してヴェニティー派の諸連隊長は皆視線を逸らす。

 志願がないことを見て嫌味ったらしい笑みを浮かべて

「志願が無ければ仕方ないな、ラズワルド中佐。麾下の隊のみで作戦を行うか?」

「お待ちください、一隊では……」

「それ以上は割けんな。ただでさえ拮抗している戦力、それを勝算も定かでない奇襲に割くけません。志願する部隊が無ければ……」

「オーリュトモス将軍!」

 中立派のドレイファス将軍麾下の別の連隊長が遮る。

「私の部隊が同行します」

 せっかくの気分を害されヴェニティー将軍が顔をしかめる。

「しかし、それではドレイファス将軍の部隊だけが減り布陣が偏りませんかな?」

 ゴベール将軍がヴェニティー将軍に助け船を出す。

「それならばドレイファス将軍の部隊には攻城塔ベルフリーの組み上げや後方支援を任せればよいでしょう」

 結局、このクレマン将軍の提案に救われ奇襲作戦二大隊をまとめた連隊として奇襲作戦は認められ、その後会議は開戦の時刻、合図、布陣の詳細などを話し合って終了となった。

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