序章
青空文庫のテキスト形式に則ってルビの設定などをしているので読みづらいと思った方はテキストでお読み下さい。
アルケーテロス神話 第一章第一節「天地創造」
古き世界が終わりを告げ、二律背反する事象の壁さえも溶け、世界は一つに還った。
有と無。
生と死。
すべてが一つになり、すべてが失われた渾然の存在。
あるいは帰結の存在としての最終的な姿。
あるいは元始の存在としての淵源的な姿。
彼の方は自らを指して混沌の神と名乗った。
永遠にも等しい永い時が過ぎ、あるいは瞬く間の一瞬の後、混沌の神は悟った。
己という存在があるのならば有であり、己を取り巻くすべてが無である、と。
己を有と断じたことで混沌の神に緩やかに偏りが生じた。
偏りは世界に有を浮かばせる存在として闇の神と名乗った。
偏りは世界の有を照らし出す存在として光の神と名乗った。
そして、闇の神の内なる有の源が集まり、冷たくも、篤い存在が生じた。
闇の神は自らより生じた存在を水の神と名付けた。
対して、光の神は内なる還す力を集めて、暖かくも、厳かな存在を生んだ。
光の神は自らが生んだ存在を火の神と名付けた。
次いで、光の神は内なる廻る力を集めて、強くも、和やかな存在を生んだ。
光の神は自らが生んだ存在を風の神と名付けた。
さらに、闇の神の内なる有の器が集まり、柔らかくも、硬い存在が生じた。
闇の神は自らより生じた存在を金の神と名付けた。
混沌の神は自らの内に生じた存在をもって自らの存在が帰結から淵源へと流転する存在だと悟った。
混沌の神は開闢された世界が早々なる終焉を迎えないために生まれ出でた六神いずれにも侵されず、隔てる境界を創った。
混沌の神は境界に地の神と名付けた。
混沌の神は言った「我が思うに世界は一度閉じた。しかし、汝らが生じたことで世界は再び始まった。世界を閉ざすな」
七神は問うた「如何にすれば世界を閉ざさずに済むか?」
混沌の神は答えた「多くの在れ。多くが在る限り帰結は訪れぬ」
この言葉を最後に混沌の神の言葉を聞いた神はいない。
光の神は混沌の神の言葉を受け、創造の力で自ら力を受け育つ存在を創った。
光の神はそれを指して草木と名付けた。
それを見た水の神は自らの懐で生きる存在を創り、それを指して魚と名付けた。
それを見た風の神は言った「私の力を必要とする存在を創ってくれ」
光の神は答えた「よかろう。ならば動けぬ草木を運ぶ存在を創ろう」
光の神は草木を運ぶ存在を創り、それを指して鳥と名付けた。
鳥は草木を広めた代価として草木を食むことを許された。
草木は光の神の力だけでなく、地の神、金の神、水の神の力を得て育った。
水の神の力は魚の糧として還元された。
しかし、地の神と金の神の力は還元するべき存在がないかった。
地の神は自らを別ち、草木を食む存在を創り、それを指して獣と名付けた。
金の神は自らを別ち、草木を食む存在を創り、それを指して虫と名付けた。
光の神の恵みを受け、地の神と金の神、水の神の力を吸い草木が育つ。
風の神の力を借り鳥が羽ばたき草木を広める。
広がった草木を鳥が、魚が、獣が、虫が食み、世界は多くの存在で溢れ、力は循環した。
しかし、闇の神は五つの存在だけではまだ多く在ることにはならないと考えた。
だが、闇の神は創造の力をすべて水の神に与えてしまっていた。
そこで闇の神は草木、鳥、魚、獣、虫を千々に富んだ姿を与え、また代を重ねることでさらに姿を変え、様々な力を得られるようにした。
すると、それまで草木が吸い上げた地の神と金の神、水の神の力を還元していただけのものたちが互いを喰い合うようになった。
これを忌んだ火の神は自らの還す力をもってすべてを戻そうとした。
しかし、すべてを焼くことはならぬと他の神々に止められた。
よって火の神は自らの力の一部を割き、代行するものたちを創り、菌と名付けた。
菌は生気溢れるものを蝕み、死したものを腐らせて土に還した。
しかし、姿を変える力を得ていたものたちは菌の力の及ばないものも多かった。
そこで、火の神は闇の神に頼んだ「菌にも同じ力を与えてくれ」
闇の神は快諾し、菌にも千々の姿と分化変貌の力を与えた。
すると、今度は多くのものが菌に蝕まれ、世界に在るものが急速に減ってしまった。
神々は慌てた。
光の神は闇の神を責めた「汝が変容を与えた所為だ」
闇の神は説いた「いや、変容によってより多くが生まれるはずだ」
地の神が取り成した「闇の神の言い分にも理がある」
水の神が擁護した「その通り。菌を創ったのは火の神、そして、広げたは風の神だ」
風の神が提案した「今は過ぎたことで揉めるより如何にするかではないか?」
金の神が賛成し、続いて地の神、闇の神が賛同した。
光の神が問うた「しかし、いか様にする?」
火の神の代行を果たしただけの菌を罰することはできず、かといって野放しにもできない。
地の神が発する「この後も姿を変え、力を増すものが現れれば同じような事態も起きよう」
諸神が頷く。
地の神が続ける「そこでそれら変化に対するものを創ってはどうだろうか?」
火の神が問う「対するものとは?」
地の神が答える「我ら同様に知を持つもの、だ」
これに諸神は驚愕する。
光の神が懸念する「それは新たに我らと同列なものを創るということか?」
地の神が怪訝に見返す。
光の神が再び追及する「我らの中にさえ過ちを犯すものがあるのだ」
闇の神が訴える「変容すること自体はむしろ良いことだ」
光の神が返す「汝の言う『良きこと』が多くのものを滅ぼした」
水の神も弁護する「変容によって菌に蝕まれずに済んだものもいる」
地の神が提案する「我らと同列ではなく、我らの下で管理するものとしてはどうだろうか?」
金の神が頷く「知を与えれば、我らの言うことも解することができるだろう」
風の神が問うた「しかし、知あるものが我らに逆らわぬだろうか?」
水の神が提案した「知を与える代わりに獣よりも弱き身体を与えよう」
火の神が賛同する「それならばいい」
諸神が頷く中で光の神も認めざるを得なくなった。
光の神が妥協する「ならばそのものたちが逆らわぬよう計らうのは我に任せてもらいたい」
神々はこれを承諾した。
水の神が尋ねる「どうやってそのものを創るのです?」
無制限な創造の力を持つのは水の神と光の神のみ後の五神は自らを別たねば創造できない。知あるものを創るには多くを別たねばならないだろう。
地の神が答える「我ら全員で中間たる存在を創る」
風の神が問う「それでは行けぬところもあろう?」
地の神が答える「行けぬ所の無きように闇の神に七つの姿を与えてもらう」
こうして諸神の協力によって知あるものを創り、それを指して人と名付けた。
人は獣のような爪も牙も持たない無力な存在として生まれた。
さらに、闇の神が人に七つの姿を与えた。
光の神の力を受け継し人を光の民と名付けた。
火の神の力を受け継し人を火の民と名付けた。
風の神の力を受け継し人を風の民と名付けた。
地の神の力を受け継し人を地の民と名付けた。
金の神の力を受け継し人を金の民と名付けた。
水の神の力を受け継し人を水の民と名付けた。
闇の神の力を受け継し人を闇の民と名付けた。
最初に神々に創られた人は自らを他の民と区別するために知の民と名付けた。
光の神は彼らすべてに最初に掟という知識を与えた。
光の神は宣じた「掟を破りしものには厳しい罰を与える」
人は知を持って菌の猛威を抑える術を編み出した。
菌から護ることを条件に獣を馴らし、鳥を飼い、草木を栽培した。
人が管理者となり世界は安定した。
これを以って神々の天地創造は為った。




