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ルディア戦記  作者: 足立葵
第一話「戦場の青き薔薇」
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第二章 人間と妖魔 8

 端的に言えばマーティンは入り口で妙な悲鳴をあげた瞬間にアラグラーソの雄から粘糸の攻撃を食らっていた。マーティンの大剣は七大鋼でも、錬金術系の人工鋼でもないので糸を切れない。結果、怒り心頭のブレッドが殴りに行くまで大剣を地面に突き刺して蜘蛛と綱引きしていたらしい。

 白い糸の壁から殴打の音が連続し、続いて布地を引き裂く音が聞こえてからようやく(ブレッドの拳によって)変わり果てた姿のマーティンが姿を現した。

「マリ、このバカの所為であの穴もう使えないから反対側に穴開けてくれ。それと残りはコイツにやらせるから俺ら休憩な」

 残り、というのは地面を覆い尽くすアラグラーソの卵のことだ。今回の依頼は雌蜘蛛退治ではない。正確にはその雌蜘蛛が産んだ数百という卵を割って仔蜘蛛の発生を防ぐのが依頼なのだから本来はここからが本番だ。しかし、雌蜘蛛さえいなければ動かない卵を割るのは難しくない。消化試合的な流れ作業だが、

「俺一人でやんのッ!?」

「嫌なら手伝ってやるぞ。ン代わりお前報酬無しな」

「ちょっと待ってくれよ。ツケが溜まってんだよォ」

 情けない悲鳴をあげて泣きつくマーティンにブレッドが冷たい視線を浴びせる。

「なら、頑張んな。そうすりゃ報酬の六分の一はやるよ」

「取り分おかしくね!?」

「俺が三分の一……マリが三分の一……ローズが六分の一……でお前が残り」

 順番に四人を指しながら報酬の配分を説明する。

「ローズの分が少ないのは悪いが、まあ外套と道案内代ってことで勘弁してくれ」

 快く頷く。むしろ、もらい過ぎなほどだ。文句などあるはずがない、がマーティンは文句があるらしい。

「ちょぉ待てぇッ!俺とアイツ同じ!?」

「文句があるならお前の分をもっと減らそうか?」

「………………同じでいいです」

「んじゃ、とっとと卵割ってくれ」

 ブレッドはマーティンに背を向けると中央に残った木へと歩き出す。その背が十分に遠ざかるのを見送ってから、マーティンは自分の半分くらいしかないマリへと向き直る。

「ヤだよ、マーティン調子良すぎなんだもん」

 ツンとそっぽ向くとそのまま別の粘糸の壁に向かって走り出す。

 マリに見捨てられたマーティンは少し寂しそうにローズの方を見たが、ここまでの態度からローズに頭を下げるのは嫌だったらしく何も言わずに大剣を振り上げ、数個の卵をまとめて叩き割るというまき割りのような作業に没頭していった。

 手伝おうかとも思ったローズだったが、ここで手伝ってはマーティンのプライドを傷つけると考えて中央の大木の一番低い枝に腰かけているブレッドの傍へと向かった。

「食うか?」

 返事も聞かずに投げられた木の実を片手で受取り、そのまま噛り付く。

「たいしたもんだな、ホントに」

「ありがとう」

 何がたいしたものなのか、聞くまでもないので素直に賛辞を受け取っておく。

「それだけの腕なら軍でも相当の腕だろ?」

「どうかな?」

 少なくとも入隊後、年一回開かれる軍の剣術大会ではそこそこ止まりだった。

 西方軍の大会で優勝ないし、準優勝すると中央軍、東方軍の優勝者と準優勝者、それと一般の剣術大会優勝者、準優勝者による御前大会に参加の資格が与えられる。

 しかし、ローズは毎年西方軍の大会四位に止まり、この大会に出場できていない。プライドというより自分自身に課したハードルが高いローズは謙遜抜きでまだまだだと思っていた。

 しかし、そんな内心を知らないブレッドは謙遜と受け取ったらしい。

「慎み深いな。まあ、図々しいよりはいいことだ」

「…………手を貸さなくていいのか?」

 誤解されていることは気がついたがわざわざ訂正することでもない、かといって間違いを肯定するように話を続けるのも躊躇われた。そこで話題を逸らすべく、遠くでクルミ割り人形のように卵を割り続けている赤毛の大剣使いを眺めながら問いかけた。

「ああ。……ドジすんのは構わねぇ」

 急に口調が険しくなったのを聞き取って仰ぎ見る。

「けど、それを黙って仲間危険に晒すのはいけねぇ」

 彼はマーティンが蜘蛛の糸に絡めとられたことを怒っているのではない。ウソを言って、あるいは強がってギルドの仲間を危険に晒したことを怒っているのだ。

 たしかに、マーティンが遅れたせいでマリが一人で片サイドを担当し、結果ダガーを盗られるという事態があったし、仲間ではないがローズも深追いし過ぎた危うい所だった。

 しかし、彼の怒りはそこよりももっと別のところ、突き詰めれば過去に同じような体験をしたことによるものではないかと思えた。そして、ローズの感では眼帯で覆われた左目が関係しているように思えた。

 尋ねたい好奇心に駆られたが、知り合って一日やそこらでそんな踏み込んだところまで聞くのは失礼だと思い止まり、

「しかし、あのペースじゃだいぶかかるだろ?」

 大剣の大きな刃を有効活用しているものの、一振りで割れる卵はせいぜい三つ。一面を埋め尽くす数百の卵を相手に何時間かかるかわかったものではない。

「大丈夫さ。体力と腕力だけは人一倍あるし、バカじゃねえから」

 意図を量りかねたが、ブレッドが目くばせで、見ていればわかる、とマーティンを示すので黙って眺めていることにした。

 ある程度の卵を破壊して残骸のあたりは一段低い地面が見えるとマーティンはそこに降り立った。ローズの立つ位置からでは胸元から上しか見えないが、肩の開きや腰の沈み具合から見て先刻樹を切り倒した時のように刀を水平に構えているらしい。

「ラアアアァァァァァッ!」

 気合の掛け声とともに大剣を振るう飛び散る卵の破片と中身が飛沫のように、砂塵のように舞い上がり、ブレッドの姿を一旦覆い隠す。その飛沫の壁が崩れ去り、再び姿を現したマーティンは次々と卵を破壊しながら渦のようにまだ破壊されていない卵の壁に沿って走っている。

「無茶苦茶だな」

「だが、見ていて飽きないだろ」

 先ほどの険しい口調がウソのようにケラケラと笑いながらいう。

 確かに、豪快という形容がこれほどピッタリくる男も珍しいだろう。爽快なほどに単純な力技。しかも、ただの力技ではなく、ほんの一撮みの知恵が獣のような粗野なものではなく、人間のそれとして引き立てている。

「よっくやるねぇ~」

 いつの間にかブレッドより高い枝に腰かけていたマリが呆れたように呟く。

「何しろ今日は体力有り余ってるからな」

「それに昨日ローズお姉ちゃんやられた鬱憤も溜まってるしね」

 だな、と笑うブレッド。

 螺旋に駆けはじめてから休むことなく駆け続けて、すべてを破壊するまで三十分ほどしかかからなかった。最後に大木の周囲に残った卵を破壊するとそのまま大の字に倒れる。労いの意味を込めてブレッドがローズに寄こしたものと同じ果物を放ると器用に口だけでキャッチした。

「さて、帰るか」

「ふごぐふふぁふふぁふぇふぉふぉ」

「だから食ってからしゃべれっての。何言ってっかわかんねえよ」

 むしろ、口が蓋をされている状況でよくあれだけの声が出せたものだ。

「少し休ませろってさ」

「なんでわかんだよ?」

 ふとブレッドが上げた視線が呆れた顔でやり取りを見ていたローズとあった。

「なんでか知らねえが、ウチのギルドの連中は口に物詰めたまんまでしゃべるって悪癖があるらしい」

「愉快でいいことだ」

 軍の食堂や遠征中の食事もこんな感じだったマリのような少女はいなかったが決して上品とは言えない食事をする者たちであふれかえり、やかましくも楽しい賑わいだった。

 軍の仲間たちを思い出すと、こんなところで一人のんびりしているわけにはいかない、という使命感混じりの罪悪感が襲ってきた。部下を危険な奇襲任務に就かせ、投降ではなく、危険な撤退を選んだのは他ならないローズだ。投降を選ばなかったのは投降してもならば安全とは限らないからだったのだが、撤退を選んだからには部下を祖国へ帰す義務がある。

 竜騎士の前に飛び出し、単騎で戦いを挑んだのは退路を切り開くためだった。それは間違いない。が、命があったのならば一刻も早く追いついて彼らの助けになる責務がある。

 ローズが早く森を出たいと思ったことを察したわけではないだろうが、丸のままの果実を咀嚼もせずに呑みこむとマーティンが跳ね起きた。

「ったく人使いが荒いぜ」

「何言ってんだ。ちょうど釣り合いがとれたぐらいだろ?」

 マリが切り開いた穴を通って蜘蛛の産卵場から退場した。

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