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ルディア戦記  作者: 足立葵
第四話「地を染める千草の花」
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一つの戦いが終わり。そして、次の戦いへ

 クロチェスターの城内は活気に包まれていた。

 数日前、ワーウルフの中でも強硬な連中が雪辱を晴らそうと無謀な戦いを挑んできた。しかし、全体の三分の一程度ではクロチェスターに立て籠もるルディア軍相手に勝負になるはずがない。半日の戦いの末、敵は退散。強硬派の敗北が決定打となり、ワーウルフたちは完全に諦めたらしく、一気に瓦解に拍車がかかった。そして、今日ようやく最後まで意地を張っていた数百規模の群が西へ去り、戦いは完全に収束した。

 今夜はその勝利の宴と数日遅れながら新年の祝いの宴だ。

「勝利と新しい年に……カンパイッ!」

 カンパイッ! とサングリエ将軍の音頭で城の食堂に集まった兵士が唱和した。

「全員無事で何よりだ」

 グィッとグラスを傾けてから開口一番ローズがそう言った。

 スカーレット、マチルド、エバー、クーシェ、歩兵隊の面々は今日ようやく合流した。大隊長であるスカーレットとマチルドの無事は情報としては連絡されていたが、こうして自分の目で無事を確認してようやく情報が現実になった。

「おおげさね、たかが十日じゃない」

 と、返すスカーレットだったが、

「あんなこと言ってますけど、スカーレットさん姉様のことすっごく心配してたんですよ」

「それはエバー貴女のことでしょう」

 エバーが茶々をいれ、スカーレットがさらにそれに返す。

 まあ、二人の言っていることはどちらも七割方真実(残りの三割は大げさに盛っている)だろう、とローズは笑って受け流す。

「マチルドどうだった?」

「えっ……ええ、まあ……なんとか」

 実戦を目前に控えていたこの前よりは一つの壁を乗り越えたことで彼女自身もゆとりができたようだ。この前よりは全体的に雰囲気が柔らかい。

「!……クーシェどうした? どこか具合でも悪いのか?」

 普段なら食事となれば一番元気に、一番多く食べるクーシェが今はスカーレットの隣で微妙に距離をとって机に突っ伏し、声をかけられないくらいに沈んでいた。

「いえ、ただ新年クレプスケールで迎えらるかなぁ~って期待してたんで……」

 クレプスケールに戻ったところで新年に何か特別なことがあるわけではない。ローズには士官学校から入学式への列席と祝辞を頼まれたり、地方官吏や商業ギルドの有力者などから年賀のパーティーに招かれたりしていたが、さすがに尉官のクーシェにはそんな話は来ていないだろう。

 可能性があるとすれば個人的な約束。家族、親類縁者、友人、そして、……とそこまで考えてクーシェが何に落ち込んでいるのか察して、

「そうか、何でもないならいい」

 と話しを終わらせようとしたのだが、隣に座っていたエバーはそれを許さなかった。

「ナニナニ!? クー、街でなんか約束あったの? 誰と? どんな?」

 おそらくこうなることを予想してクーシェは今まで黙っていたのだろう。エバーが、良いエモノを見つけた、と目を輝かせて質問を連投する。

(マーガレットやミエルも私やスカーレットをいじるときこんなだったな)

 などとローズが感慨にふけっていると、

「私も聞きたいわねぇ~出陣前の宴にも顔出さなかったでしょ。彼と会ってたんでしょ? どこまでいったの?」

 このスカーレットの問いでクーシェの顔が火を吹いた。だが、問題はそこではなく、

(ちょっと待て! 止めるどころか加わるのか!?)

 マーガレットやミエルのときはいじられる側か止める側に回っていたスカーレットだが、あれは結局のところそういう役回りだったというだけのことだ。スカーレットも一人の女(の子)であり、恋愛話に関して興味がないわけでない。

 呆れてばかりもいられない。意図しないとはいえクーシェにこの話題を話させてしまったのはローズだし、エバーだけならいざ知らず、スカーレットまで加わっているなら止めるべきだろう。

 と、ローズが考え、どうやって止めるか考えていると、

「ホラホラ、ローズ、アンタもうかうかしてるとクーシェに先越されるわよ? だから、ね? 一回だけでいいから会うだけ会ってみてよ」

 ルクレティアが突然背後からローズの肩に手を回してそう言ってきた、ウィンク付きで。

(策士ね)

 逃げられないこの状況で、この話題を振って来るルクレティアの狡猾さにローズがため息を吐くよりも早く、

「えっ? 会うだけって……」

 エバーが敏感に反応した。スカーレットもクーシェからローズに視線を移している。これでクーシェは質問攻めから解放されたが、今度はローズの番だ。

「ウチの実家経由でローズに見合い話がいくつか来てるのよ。普通でも将軍クラスとコネがあるだけ色々便利でしょ? で、ローズの場合、未婚だから縁談使うバカが多いのよ。ローズ相手じゃ断わられるだけなのにねぇ」

 他人事のように言っているが確か前に渡されたリストの中にはルクレティアの兄だか弟だかの名前もあった。つまり、彼女の実家もローズと軍とのコネ作りに縁談という手を使うバカなわけだ。

「私にその気はないと言ったはずなんだが?」

「わかってるって。でもさ、クラッスラ商会(ウチ)にも付き合いってもんがあるのよ。そうでなくっても西方軍の体勢変わってウチも新しいコネ作りに必死だし……ウチの情報網から入った情報とか上げてるじゃない!? ね、お願い」

 拝み倒す勢いで押してくるルクレティアに、

(卑怯者!)

 と視線で訴えるが、

(相手の隙を突くのは当然でしょ)

 とでもいうような邪な笑みで流された。

「わかった。レティの顔を立てて一回、会うだけだ。いいな? それとすぐにはムリだ他にも色々と約束があるんでな。そっちが片付いてからだ」

「さっすが、ローズ話がわかる!」

 そう言ってすぐさま腕を解くとそのまま歩き去っていった。

「いいの?」

「まあ、断わりつづけるのも限界はあったし、レティの立場も……」

「そうじゃなくって! いくら会うだけだって言ってもティリアン大佐(あの石頭)がいい顔するとは思えないんだけど?」

 そうなのだ。それもルクレティアの能力を知りながらヴァイオレットが中々ルクレティアを部隊長にすることを渋った理由の一つだった。だが、それを承知で招いたのだ。実際に何か優遇するつもりはないが、ある程度の妥協はその時点で覚悟しているはずだ。

 

 それからしばらく普通に宴会を楽しんでいたローズの元にノワがやって来て、

「お戻りになられました」

 と耳打ちをした。それに「わかった」とだけ答えるとそのまま席を立つ。食堂を抜け、そのまま城の中心部にある一室へ向かった。

「入るぞ」

 ノックとほぼ同時に告げてそのまま押し入ると、部屋の主は「こっちの返事待たずに入ってくんなよ」とのんきな態度で応じた。

「傷はもういいようだな?」

 ヴィクトールの左腕へ視線を走らせ、見た限りの結論を口にする。

「おっ? 心配してくれたのか?」

「私が土を着ける前に隻腕になられても興ざめなんでな」

 プラプラと手を振って現状を――何ら問題ないことを示しながらおどけるヴィクトールをあしらってから、

「どうやって直した?」

 ヴィクトールの左腕は骨の中ほどまで刃が入っていた。クロチェスターを奪還したあの日、ローズに指揮を引き継ぐとヴィクトールは衛生部隊待つ陣へ向かった。診断に当たったのは当然、衛生兵の中でも技術の高い面々でその一人が第二旅団の衛生部隊長ラサンテ大尉だった。陣から治療として切断されてもおかしくない状態だった。実際、

「ラサンテ大尉からは切断するしかない。仮に無理矢理繋いで、それがうまくいったとしてもまともに剣を振るえるようにはならない……そう聞いた」

「アクティース教の治療を受けた、と言っても納得しなさそうだな」

「救出した彼女たちの付き添いで私の部下がアクティース教の教会にいた。お前が教会を訪れたことも、司祭たちが司令部やお前の屋敷に呼ばれた形跡もなかったと報せがきている」

「勘が鋭いのは結構なことだが、何も話せない。それ以上詮索もするな。これはお前のためだ」

 ジェスターの一件とは違い、ヴィクトールはキッパリと開示を拒絶した。詮索もするな、という。だが、ヴィクトールの左腕は明らかに魔法治療を受けている。それもアクティース教の教会以外で。

 魔法を自分たちの管理下で統制し、それに抗う場合は排斥しているアクティース教。ルディア王国はそれを国教としている。当然、国法で魔女魔法使いを匿うことを禁じているし、その恩恵を受けることも禁じられている。

 詮索されては困るということは当然、

「詮索すれば私でも排除するということか?」

「オレに言えるのは『詮索するな』だけだ」

 真面目に答えながらもそれ以上何も言わないということは、脅しか、それともヴィクトールが直接指示を出せる環境ではないということか。

 とローズがヴィクトール答えから考えられる可能性を思索していると、

「ところで救助した女たちは?」

 クロチェスターの各所には人間の女が捕らえられていた。

 通常、ワーウルフに限らず妖魔、魔人獣人の類はより強い者と子孫を残そうとするが、あえて異種の者と交わることもある。これはグリフィンと牝馬が交わり生まれるヒッポグリフがグリフィンより弱く、馬より強いことからもわかるように互いの長所が薄まり、弱くなることもあるが、逆に互いの長所を伸ばし、より優れた種を生み出す――トンビがタカを生むような場合もある。

 とはいえ、交われるのはある程度近い種――ワーウルフで例えるなら妖狼魔犬やオオカミ、そして人間ということになる。クロチェスターには繁殖目的で獣人に捕らえられていた女性が二百人近くいた。その大半が、かつてローズの率いた奇襲部隊のメンバーだった。

 ヴィクトールの問いに思考を中断し、首を横に振る。

「産むしかない……と」

 彼女たちが囚われてから九か月以上経っている。子どもが生まれるまでにかかる月日は十月十日と言われる。すでに出産目前。衛生部隊の見立てでは今からでは薬でも、医術でも母体の安全を確保して堕胎することはすでに不可能だということだ。アクティース教の魔術も大差ない答えだった。彼女たちの中には「殺してくれ」、「死んでも構わないから試してくれ」という者もいる。しかし、

「お前の腕を治した手段ならどうにかなるんじゃないか?」

 アクティース教の魔法治療以上の術をヴィクトールが秘匿している可能性に気づいて、彼の帰還を待っていたのはこれに一縷の望みをかけたからだったのだが、

「悪いがなんのことだかわからない」

 ヴィクトールのあまりに無情な答えに、一瞬で頭に血が昇る。それを大きく息を吸い、吐いて冷ましてから、

「そうか……最後に一つ、以前から言っていたように今後の守備配置だが第二旅団は……」

「わかっている。当分クレプスケールの司令部に駐留する方向で、だったな」

 首肯し、すぐに部屋を後にした。

 

 それからおよそ一週間後、中央軍の二旅団クロチェスターに駐留。ビュファール大佐の第三旅団は以前同様クレプスケールの北塔の守備に戻り、第一、第二旅団がクレプスケールへ帰還してすぐに、ローズはアルコンティアを駆り、王都の北西シェルーネ川上流のとある岸辺で人と会っていた。

「大変お待たせして申し訳ありませんでした」

「いえ、もともとそう言うお話でしたからお気になさらず」

 やんわりとそう答えた女性はウンディーネの族長だ。イースウェア侵攻の際、ウンディーネの戦士たちの力を借りた、その交換条件を聞くために来たのだ。

「さっそくですが、私は何をすれば?」

「簡潔に申し上げます。ラズワルド准将にはヴィドガルドとアクティース教国の戦争を収束させていただきたい」

 

                     「牢獄に輝く花薄雪草」へ続く

無駄に長い作品にお付き合いくださりありがとうございますm(_ _)m


そして、またもや駆け足になってしまって申し訳ありませんm(_ _)m


更新も後半毎回のように途中までで中途半端にしかできず、ホントすみません。

最初の構想ではイースウェア軍撃退からクロチェスター奪還までが第三話の予定だったのですが、長くなりすぎかな? とか色々考えて分割しました。

すると今度はそのままでは短すぎ!と思い色々書き足したり、組み直している間に遅れに遅れて……

本当は他にもビュファール大佐のこととか色々書きたかったのですが、それも見送り。

次は以前考えていたものを少し改題して「牢獄に輝く花薄雪草」にしました。中身は以前から考えていたものをほぼそのままで行く予定です。


しっかりモノを読んでいただきたいので7/15まで一か月ほどお休み&書き溜めの時間を下さいm(_ _)m

それまでお待ちいただければ幸いです。


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