第9章 鉄の町
北方で鉄鉱脈が発見されてから三か月が過ぎた。
かつては人の気配も少なかった鉱山周辺には、多くの人々が集まり始めていた。
鉱夫。
鍛冶職人。
商人。
荷運び人。
宿屋の主人。
様々な人間が新たな仕事を求めて北へ向かう。
それはアルテリア王国にとって久しぶりの活気だった。
アレンは北方視察のため再び鉱山を訪れていた。
以前とは景色がまるで違う。
掘り出された鉄鉱石が積み上げられ、荷車が何台も往復している。
仮設だった建物も徐々に木造のしっかりしたものへ変わり始めていた。
「すごいな……。」
思わず声が漏れる。
騎士隊長が頷いた。
「皆、仕事を求めて集まっています。」
「王都から移住してくる者も増えました。」
アレンは周囲を見渡した。
笑顔がある。
以前のアルテリアではなかなか見られなかった表情だ。
その光景を見て、胸の奥が少しだけ温かくなる。
国家画面にも変化が現れていた。
人口 3,840人
↓
4,267人
国家安定度 33%
↓
39%
財政状況 危険
↓
改善中
俺は思わず画面を二度見した。
「増えたな……。」
たった数か月で四百人以上増えている。
小国にとっては大きな変化だった。
しかも数字だけではない。
人々の顔つきそのものが変わってきている。
希望が生まれ始めているのだ。
その時だった。
鉱山の広場で騒ぎが起きる。
「おい!」
「危ない!」
怒鳴り声が響いた。
見ると、積み上げられた資材が崩れそうになっている。
その下には少年がいた。
まだ十代半ば。
痩せた体。
粗末な服。
逃げようとしているが間に合わない。
次の瞬間だった。
少年が飛び出した。
迷いはない。
崩れ落ちる木材へ向かって突っ込む。
そして少年を突き飛ばした。
轟音。
大量の木材が地面へ落ちる。
周囲から悲鳴が上がる。
やがて土煙が晴れる。
そこに立っていたのは、一人の少年だった。
肩から血を流している。
それでも平然と笑っていた。
「大丈夫か?」
助けられた子供は泣きながら頷く。
「う、うん……。」
「ならよかった。」
アレンはその姿を見つめていた。
国家画面が反応する。
ガルド・バルグ
年齢:14
適性:軍事A
現在地:北方鉱山
「ガルド……?」
俺は思い出す。
王都の貧民街で喧嘩をしていた少年だ。
いつの間にか北へ来ていたらしい。
その日の夕方。
アレンはガルドを呼び出した。
「お前があの時の少年か。」
ガルドは警戒したように肩をすくめる。
「何か悪いことしましたか?」
「いや。」
アレンは笑う。
「人を助けただけだ。」
ガルドは少し照れたように視線を逸らした。
「放っておけなかっただけですよ。」
その言葉に嘘はなかった。
アレンはしばらく彼を見つめる。
強さだけではない。
誰かのために動ける心がある。
それが分かった。
「騎士になる気はないか?」
ガルドは目を丸くした。
「は?」
「王国軍だ。」
「いやいやいや。」
思わず笑い出す。
「俺、字もろくに読めませんよ。」
「なら学べばいい。」
アレンは真っ直ぐ言った。
「才能はある。」
ガルドはしばらく黙っていた。
そんなことを言われたのは初めてだった。
貧民街では生きるだけで精一杯だった。
褒められることも。
期待されることもなかった。
「考えときます。」
そう答えるのが精一杯だった。
その夜。
俺は国家画面を見つめていた。
ガルドの情報が光っている。
そして気付く。
信仰値が増えている。
さらに新しい加護が使えるようになっていた。
リリアに与えた時よりも少し強い反応だ。
「そろそろか……。」
リリアが国の食を支えるなら。
ガルドは国を守る剣になる。
そんな予感がした。
だが同時に。
北方遺跡では別の変化が起きていた。
地下深く。
誰も立ち入れない封印の間。
黒い霧が以前より濃くなっている。
そして巨大な扉の亀裂がさらに広がった。
一筋だった亀裂は、今では何本も走っている。
その奥から響く低い声。
「目覚めの時が……近い……。」
聞く者はいない。
だが確かに何かが動いている。
その時。
遺跡の壁に刻まれた古代文字が赤く輝いた。
『四つの光が集う時』
『封印は終わる』
『王は選ばれる』
意味は分からない。
だがその文字は一瞬だけ強く輝き、再び沈黙した。
地上では鉄の町が発展し、人々が未来を語り始めている。
しかし地下では、世界の終わりへ続く時計が静かに進み続けていた。
アルテリア王国滅亡まで――あと1703日。




