第14話
自然と二人は陣形を組んでいた。駆けながらシュリが前衛、レオンがその後ろにつく。唸り声と共に、地鳴りも足元から響いていた。
目の前の、茂みを抜ける。不意に、先行していたシュリが足を止めた。
その後ろでレオンが魔導銃を抜きながら、肩越しに様子を伺い――言葉を、失う。
視界に入ったのは、背の丈以上の巨躯を持つ怪物――グランド・ベアだ。
手足は丸太ほどあり、血がこびりついた剛毛が不気味な色合いをしている。爛々と輝いた目つきは獰猛――あからさまな殺気を孕んでいる。
その殺気の先にいるのは――純白の、獣。しかも、二匹いる。
四足で地を跳ね、機敏に動き回る二つの影。馬のようなシルエット――だが、スレイプニル、ゼブラウダ、どちらでもない。
まさか、とレオンは思わず目を見開いた。
「ユニコーン……ッ! しかも、親子か……っ!」
「なんでこんなところに……っ!?」
シュリも戸惑いを隠しきれない。
当たり前だ。ユニコーンは魔境奥深くにしか普通は生息していない。ケルドの森のような浅いところでは絶対に見ないといっても過言ではない。
だが、その純白の影は明らかに間違いなく、ユニコーンだ。
二人の視線の先で、二頭のユニコーンは木々を縫うように逃げるが、巨大な熊は強引に木を薙ぎ倒しながら進む。余程飢えているのか、随分、気が立っているようだ。
(どうする――?)
レオンは拳銃を握りながら、わずかに逡巡する。
ユニコーンもまた、魔獣。時折、討伐対象になる場合もある。ここで、敢えて助けずにぶつけ合わせ、熊が弱ったところを仕留める手段もあるが――。
視線を、シュリに向ける。彼女もまた迷うように視線を泳がせ、レオンを見た。
二人の視線が交わる。瞳が合った瞬間、すっと彼女の目から迷いが消えた。揺れていた瞳が定まる。その目つきにレオンは小さく頷いてみせた。
二人は、同時に地を蹴って駆けだす――グランド・ベアめがけて一直線に。
レオンは銃を両手で構える。照準は魔獣の頭部。引き金を引くと、甲高い銃声と共に火線が宙を駆ける。
狙いは外れず、グランド・ベアの頭部に命中――だが、効果は見えない。
(さすが、防具に使われるほどの毛皮――弾丸は、通じないな)
しかも体勢が悪く、レオンの位置からだと弱点が狙えない。
だが、それでも銃弾の威力は殺せない。恐らく殴られただけの衝撃はあったはずだ。はたして、グランド・ベアは唸り声と共に振り返り、レオンを睨みつける。
レオンは後ろに下がりながら、さらに引き金を引いて発砲。
銃弾は顔に集中させる。それを鬱陶しがるように顔を背け、怒りの唸りを轟かせる。
その目はレオンしか捉えておらず――その時にはすでにシュリは側面から肉迫していた。射線が被らない位置から一気に踏み込み、グランド・ベアの懐に飛び込む。
そこは丁度、魔獣自身の腕が邪魔になった死角。
隙を晒したグランド・ベアに向け、シュリは鋭く鞘から刃を抜き放った。
白刃一閃。数瞬後、ずるり、と魔獣の肩からずれるように一本の腕が地面に落ちて地鳴りを響かせる。一拍遅れ、魔獣の絶叫が森に響き渡った。
「ガアアアアアアアアアアア!」
鼓膜を揺るがし、びりびりと空を震撼させる咆吼。それと共に血を撒き散らしながら二足歩行で立ち、苦悶の衝動のままに暴れ回る。
辺りを手当たり次第に残った腕で叩きのめすグランド・ベア。
だが、シュリはその場にはいない。すでに魔獣の背後に回り込み、さらに刃を閃かせていた。真後ろからの斬撃に血飛沫が舞い、魔獣がさらに苦悶の声を轟かせる。
グランド・ベアは振り返りざま、腕を振り回すが、彼女を捉えられない。シュリは素早くレオンの位置を視線で確認すると、一瞬で場を離脱。
射線が拓けた。その瞬間をレオンは逃さず、拳銃を構えて引き金を引いた。
狙うのはシュリが斬った肩の断面。傷口に塩ではなく、弾丸を叩き込めば、さらにグランド・ベアの悲鳴も大きくなる。再び魔獣はレオンを視界に捉えるが、そちらに行かせないと再びシュリは横合いから斬り掛かった。
血飛沫と悲鳴、そして銃声が木霊する――その圧倒的な展開にレオンは自然と口角を吊り上げていた。
(なんだこれは――あまりにも、やりやすい)
何せ、シュリが圧倒的な剣技で撹乱しながら、傷口を作り続けているのだ。それはつまり、固い毛皮を切り開き、弱点を量産してくれているようなもの。
しかも彼女は絶えずレオンの位置を意識し、彼と魔獣の直線上に身体を割り込ませないようにしている。つまり、ほとんど射線が確保され続けているのだ。
おかげでレオンは隙を見せたところで銃弾を撃ち込むだけでいい。
そして、その銃撃に気を取られれば、またシュリが死角から踏み込んで斬り掛かる。彼女の剣技は容易く毛皮を引き裂くので、無視できない。
気づけばグランド・ベアは為す術もなく一方的に撃たれ、斬られるばかりだ。
「ガアアアァァァァッ!」
グランド・ベアもようやくそれに気づいたのか、狼狽のような咆吼を上げ、逃げ惑おうとする。だがその瞬間、一発の銃弾が宙を駆け、魔獣の足を貫いた。
斬り裂かれた毛皮の傷跡から、関節部を破壊――それにぐらり、と魔獣の身体が揺れる。
その隙をシュリは見逃さなかった。真横から踏み込むと同時に刃を走らせ、駆け抜ける。彼女が静止した瞬間、ずるり、と魔獣の頭が首からずれる。
そして、どさりと音を立てて、グランド・ベアは地に沈んだ。
辺りに満ちた静寂の中で、彼女はひらりと剣を一閃してから鞘に納める。
レオンはその傍に歩み寄りながら、マガジンを抜いて入れ替える。半分遊底を引いて薬室に弾が送り込まれているか確認しながら声を掛ける。
「お見事。討伐に成功だな」
「貴方の援護のおかげよ。かなりやりやすかった」
「それはこっちの台詞だよ。なんだ、あの最初の一撃は」
笑いながら視線を少し離れた場所に向ける。そこに落ちているのは魔獣の腕――丸太のような太さであるが、鮮やかな断面を見せている。
それを一閃でシュリは斬ってしまったのだ。
(あれで一気に状況がこちらに傾いたな――)
その後の撹乱も見事だった。腕一本とはいえ、凄まじい勢いで暴れ回る魔獣の攻撃を掻い潜り続けたのだ。その胆力にはやはり感心させられてしまう。
「さすがA級――ソロでやってきた実力を実感したよ」
「あたしとしては、レオンの射撃に驚いたわよ。欲しいタイミングで撃ちかけてくれたのだもの。おかげで死角に入り込みやすかった」
「それは良い塩梅で射線を空けてくれたからだよ」
その瞬間には視線でこちらを確認するので、合わせるのも簡単だった。
「貴方の呼吸も分かってきたからね。撃たせてもらった分、銃弾の動きはよく分かっているつもりだわ」
「言うのは簡単だけど……よくやるよ」
思わず苦笑いをこぼす。それをやるには、常に全方位に注意を払わなければならない。それを涼しい顔でやってのけるシュリの才能には舌を巻くしかない。
「いずれにせよ、グランド・ベアは仕留めた」
「ええ、そうね――あとは」
レオンとシュリは言葉を交わし合いながら、何気なく視線を森の奥の方に向ける。レオンはまだ銃を持ち続け、シュリも剣の柄に手を置いていた。
その視線の先にはまだ魔獣がいる。二頭の一角獣だ。
一角獣もまた二人の様子を伺うようにじっと見つめてきている。
殺気は感じられない。だが、彼らも魔獣――人を襲うこともある。
レオンは注意を払っていたが、やがて一角獣は軽く頭を垂れ、踵を返した。森の奥へと姿を消していく。それを見届け、肩の力を抜いた。
「事が荒立たなくてよかったわ」
シュリは吐息をこぼして微笑む。レオンも拳銃をホルスターに収めながら訊ねる。
「で、よかったのか? ユニコーンを逃がして」
ユニコーンは滅多にお目にかかれない魔獣で、その部位は希少価値がつく。討伐して売りさばけば、いい臨時収入になったはずだ。
上手くいけば、グランド・ベアと戦い合わせて両取りも狙えたはずだ。
だが、シュリはおかしそうに笑い、首を振る。
「分かっているくせに。あたしは無益な殺傷を避けたかった。貴方もでしょう?」
そう言って覗き込んでくる彼女の蜂蜜色の瞳は、どこまでも澄み渡っていて真っ直ぐにレオンを見つめている。その信頼の目つきに思わず、彼は笑みがこぼれてしまう。
「ああ――シュリとは、気が合うな」
「ふふっ、そうね――ねぇ、レオン」
何気なく声をかけられる。雑談の延長のような、軽い口調。だけど、その瞳が不意に真剣な輝きを宿していた。蜂蜜色の瞳が微かに揺れる。
その目つきで、彼女が何を言おうとしているか、レオンには分かった。
シュリの白い喉が微かに動き、息を吸い込む。思い切るように、口を開いた。
「改めてお願い。もし良かったら――」
刹那、眼前に閃光が迸った。
え、と思う間もなく、シュリは横に弾き飛ばされ――辛うじて、受け身を取る。レオンは咄嗟に拳銃を抜き構えながら、閃光の方向を見やり。
現れた姿に、思わず固まった。
「――仕留め損ないましたか」
「……カグヤ?」
その言葉と共に、法衣を翻して現れたのは――金髪のツインテールの少女であった。
氷点下の眼差しと共に、杖を構えながら茂みから出てくる。その殺気に思わず後ずさると、苦々しい言葉が横合いから響き渡った。
「随分な、御挨拶ね……カグヤ」
シュリはよろよろと立ち上がりながら、頭を押さえる。そこから滴るのは、赤い血――。
「お、おい、大丈夫か?」
「大丈夫です。その脳筋からしてみれば、ただの挨拶のようなもの」
涼しげな表情で答えたのは、カグヤだった。目尻を少しだけ緩め、レオンの方に向き直る。
「すみません――姉が、面倒をかけたようで」
「い、いや、依頼だから構わないが……え、なんでここに?」
「姉が抜け駆けしたので、追いかけてきたのですよ」
カグヤはため息をこぼし、じっと自分の姉を睨みつける。
「ギルドの前でぶつかり合った後、一旦、休戦することで同意したはずです。もし、レオンさんに勧誘をかけるなら、交渉は同じテーブルで――という条件で」
(なるほど、だから戦っていたはずのシュリが、たった一人で門に待っていたのか)
レオンは思わず納得する一方で、怒気をぶつけられているシュリはどこか得意げな表情で、ふん、と鼻を鳴らした。
「私は銃撃手に勧誘を送っただけ――それを、たまたまレオンが受けてくれただけよ」
「白々しい。ギルドマスターに圧力をかけたくせに」
「え、圧力?」
思わずレオンは聞き返しながらシュリを振り返る。彼女は視線を逸らし、へたくそな口笛を吹き始めた。何かを隠しているようだが。
カグヤに視線を戻せば、彼女は呆れたような口調で解説してくれる。
「ギルドマスターに協力を要請しつつ、それに応えてくれなければこのギルドから移籍することを匂わせたのです。ギルドマスターとしては有力な冒険者は手元に引き受けておきたい。その弱みに付け込んで」
「そんなことはしていないわよ――ただ、もしかしたらこのギルドに愛想尽かすかも、って」
ごにょごにょというシュリはやや気まずそうに視線を逸らしている。
その様子にレオンは、なるほど、と苦笑いをこぼした。
(意外とそういう搦手も使うんだな。ごまかし方が下手だけど)
ただ、ギルドマスターにはよく効く手だっただろう。カグヤは再びため息をこぼしながら腰に手を当てて言葉を続ける。
「よく考えたものですが、甘かったですね。変だと思って問い詰めたらすぐにユキさんも、ギルドマスターも白状しましたよ」
「ぐっ――それで追いかけてきたのね。ストーカーみたいに」
「誰がストーカーですか。脳筋の詰めが甘いお姉さま?」
「い、言ったわねえ……」
びき、びきと青筋が立っていくのを見て、レオンは思わず制するように手を出す。
「ま、待て。さすがにやり合うのは――」
「口を挟まないで。レオン。これは姉妹の問題よ」
「黙っていてください。この場で、筋を正します」
ぴしゃりと叩きつけるように言った姉妹は、お互いの獲物を抜き放つ。途端に噴き出す殺気――グランド・ベアよりも濃厚な殺気が立ち込めていく。
それに気圧されて、レオンは思わず後ずさる。二人は視線をぶつけ合わせながら、さらに剣呑な言葉を吐き出す。
「いいわ――ここで白黒つけましょう」
「いいんですか? 後悔しますよ?」
気迫がぶつかり合い、大気が白熱する――その二人の間に割り込むなんて、できない。
(なら、逃げ――)
「レオン、まだ話は終わっていないわよね?」
「すみません。少し待っていていただけますか」
レオンの思考を先読みしたかのように、機先を制す二人の言葉が飛ぶ。
(――逃げられない、かぁ……)
もはや、途方に暮れることしかできない。
レオンは半分、現実逃避するように手頃な岩に腰を下ろし、空を仰ぎ見る。そこには大空を舞う鳥――それを見つめてレオンは愚痴がましい言葉が漏れる。
「ああ――いいなあ、おい。俺も翼が欲しいよ」
その現実逃避の言葉の裏側で――凄まじい刃と魔術の激突音が響き渡った。




