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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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8/10

瓦解の評議、芽吹く縁

「まず――」


 執政長官はゆっくりと息を整え、円卓を見渡した。


「今回の招集要請にご参加頂き、心より感謝を申し上げます」


 執政長官は一つ頭を下げる。

 それは形式的なもので、本当に心から感謝しているわけではない。

 王都はどの国よりも栄え、権力を持ってきた。

 本来、他種族に頭を下げるなど考えられないことだが、それでも、国の代表として形だけでも頭を下げたのだ。


「また、今回お集まり頂いたのは他でもありません。魔王による侵攻。それに伴う、世界の崩落が――すでに四割に達したためでございます」


 執政長官は各種族を順に見渡す。

 だが――誰も動かず、しん、としていた。

 

 竜人族は腕を組み、背筋を伸ばし、目を閉じている。

 瞑想する武人のように、だがその胸の内を読むことはできない。


 小人族もまた腕組みをし、目を閉じている。

 しかしこちらは、わずかに口が開き、規則正しい寝息を立てていた。


 獣人族とエルフ族は俯いたまま、何も言わずことの成り行きを待っている。


 妖精族は小さな腕を組み、ふん、とそっぽを向く。

 四枚の羽が不機嫌そうに震える。

 光の粒がふわりと揺れた。


 ダークエルフ族に至っては――まるで舞台でも眺める観客のように、膝上の女と戯れている。

 耳元で囁き、女が笑う。

 

 執政長官は喉を鳴らし、言葉を続ける。


「この危機を乗り越えるため、各種族間での垣根を越え――共に協力していきたいと考えております。つきましては、ここに集まった皆様方に、同盟を結んで頂きたく、願います」


 今度は深く、頭を下げる。


 だが、誰一人として、興味を示す様子もなく、ただ沈黙が流れる。


 張り詰めた空気のまま、誰も口を開かない。

 執政長官はこめかみを伝う汗を拭った。


「皆様方……色々と思うところはありましょう。しかし今は、手を取り合い、この危機を乗り――」


「少しいいか」


 言葉を遮る、低く艶を帯びた声。

 

 全員の視線が、ゆっくりと一箇所へ集まる。

 黒木の椅子に悠然と座るダークエルフ族の男。

 膝の上で戯れていた女の顎に指を滑らせながら、妖艶な笑みを浮かべている。


「……シャルディーン=ヴァルモア様。何でございましょうか?」


 執政長官の声が、わずかに硬くなる。

 シャルディーン=ヴァルモア――地下街連合の頂点に立つ男。

 遊郭、遊楽場、賭場、世界の裏を牛耳る帝王。

 白銀の長い髪が肩を流れ落ちる。

 金色の瞳は細められ、獲物を見定める猛獣のようだ。

 黒い肌に映える無数の金の指輪、ネックレス、耳飾り。

 豪奢で、挑発的で、正面から見れば、王族に劣らぬ存在感。

 

 シャルディーンは指先で女の頬を撫で、くつりと笑った。


「余は、別にお前達と手を組む為に来たわけではない」


 甘く艶めかしい声の裏に刃のような言葉が、静かな湖面に投げ込まれた石のように波紋を広げる。


「な……! しかし! ドワーフ王国――ヴォルグラントをはじめ、ルガンディア、エルフェインと次々に壊滅しております! このままでは……!」


 執政長官は思わず声を荒げ、机上に置いた両手が震える。

 その指先に、焦燥が滲んでいた。


「そんなもの、余の知ったことではない」


 シャルディーン=ヴァルモアは、膝上の女の頬に指先を滑らせながら言った。

 金の装飾が、かすかに鳴る。


「余がここに来たのは、ほんの戯れだ」


 くつり、と笑う。


「それに……」


 その視線が、ふと横へ滑った。

 一瞬、ミュレアと、その背後に立つタナトス、黒牙へと向けられ、視線が合う。

 ミュレアは無表情のまま、氷のような瞳で見返した。


「魔王の侵攻は絶大です! このままでは、世界が滅んでしまう!」


 執政長官は必死に食い下がる。

 もはや王都の威厳などなく、一人の為政者として、必死の懇願だった。


「お前達人間には、確か、勇者という存在がいたではないか」


「そ、それは……」


 言葉が詰まり、執政長官の喉が上下する。

 シャルディーンはそれを見て、ゆっくりと嗤った。


「その存在も、闇に堕ちたのだったな」


 嘲るように、唇が歪む。

 会議卓の上で組まれた執政長官の手に力が入る。


「それで? その黒の勇者とやらは、どうなったのだ?」


 シャルディーンは、愉しむかのように問いかける。


「……何者かに討たれたと、認識しております」


 執政長官は苦しげに答える。

 

「認識? その情報も、噂に過ぎぬのではないか?」


 シャルディーンの口元が吊り上がり、わずかに首を傾げる。


「現に、余の情報網にもその事実は確認されておらぬ」


 執政長官の視線が、ゆっくりと落ちる。

 

「正確な情報も共有できぬ相手と、手を組むなど――あり得ん」


 妖艶な笑みの奥に、刺すような冷たさが宿る。

 甘美な声音とは裏腹に冷徹な判断。

 円卓に、再び重い沈黙が落ちる。


 シャルディーンはゆったりと椅子に身を預けた。

 その金の瞳は、楽しげに揺れている。

 まるで、この場が壊れる瞬間を待っているかのように。


「ほ、他の種族の方は如何でしょうか……?」


 何も言えず追い詰められた執政長官は視線を巡らせ、最後の希望を探すように口を開いた。


「グラディオス=ヴェルザード様。貴殿ら竜人族が同盟を結んで頂ければ、大変心強く――魔王にも対抗できましょう」


 重厚な黒鉄の椅子に座る巨躯。

 腕を組み、目を閉じていたその存在が、ゆっくりと瞼を開いた。

 黄金にも似た竜の瞳。


「くだらぬ」


 低く切り捨てるように言葉を吐く。

 評議の間の空気が、さらに冷える。


「我らも、初めから貴様ら人間と手を組むつもりなどない。ここに来たのは、もう少しマシな情報が得られるかと思ったからだ」


 鋭い視線が執政長官へ向けられる。


「だが、得られたのは噂と願望だけか」


 ため息をつき、グラディオスは再び瞑想するように目を閉じる。

 静かで、揺るぎない拒絶。

 

 評議の間は、重苦しい空気に満ちていった。

 執政長官の視線が、最後に辿り着いたのは――ミュレアだった。


「……ミスティリアを統治する、ミュレア=ティーレ様は如何ですか……?」


 縋るような目で執政長官は問いかける。

 円卓の視線が、一斉にミュレアへ集まる。

 だが。

 ミュレアは無表情のまま僅かに視線をタナトスに向ける。


 タナトスは一歩前へ出る。


「我々、ミスティリアもまた――手を組むことはありません。現状、こちらに利となる要素がございません」


 冷静で静かな口調で明確な拒絶を伝える。


「世界の危機であることは理解しております。しかし、情報も保証もなく、ただ共に戦えと仰られても……それは感情論に過ぎません」


 静まり返る評議の間で竜人族が僅かに目を細め、ダークエルフは楽しげに笑う。


 執政長官は希望を失ったように俯き、机に置いた両手に力を込める。

 その指先が、震えていた。


「もうっ!」


 妖精族が椅子の背から勢いよく飛び上がった。

 淡い光の粒が舞い散る。


「私たちだって、こんな話に興味ないわよ!」


 小さな身体からは想像もつかないほどの声量。

 評議の間に、澄んだ怒気が響く。


「私はね! 私たちの地に突然現れたダンジョンをどうにかしてもらおうと来たのよ!」


 妖精は腕を組み、ふわりと宙に浮いたままそっぽを向く。


「本当は勇者って存在にどうにかしてもらおうと思ってたのよ! 勇者なら迷宮攻略くらいできるって聞いてたから!」


 小さな羽が苛立たしげに震える。


「それが、まさか闇に堕ちてたなんてね!」


 紫の瞳が不満に細められる。

 会議卓の上に、重い沈黙が落ちる。


「……面白い話だな」


 低く、甘やかな声でシャルディーンが口を開く。

 膝の上の女の頬を撫でながら、金の瞳を妖精へ向けた。


「そこの妖精。詳しく申せ」


 笑みは妖艶だがその奥には、明確な興味が宿っている。


「何よ!」


 ぱっと火花が散るように、イリヤは宙で身を翻した。


「私にはイリヤ=グリーンベルって名前があるのよ!」


 小さな指を、びしっとシャルディーンへ突きつける。

 紫の瞳は怒りに輝き、緑の髪がふわりと揺れる。


 シャルディーンは、くつりと喉を鳴らした。


「そんなことはどうでもよい」


 軽く手を振る。

 膝上の女の髪を撫でながら、金の瞳を細めた。


「それよりもダンジョンについて、詳しく申せ」


 イリヤはふん、と鼻を鳴らし、腕を組んだ。


「さっきも言ったでしょ!」


 羽をばたつかせながら怒鳴る。


「突然、私たちの住む樹海に現れたの!」


「……しかし、ダンジョンという存在には、必ず核が必要なはずです」


 静かに口を開いたのはタナトスだった。


迷宮核(ダンジョン・コア)が形成され、周囲の魔力を吸収し、構造を広げていく。……突如、出現するという現象は、理論上あり得るのでしょうか?」


「知らないわよ! でも、事実よ! 一夜にして森の奥にぽっかりと口を開けたの! 中からは見たことのない魔物が溢れてくるし、森の力もおかしくなってるのよ!」


 羽が不安げに震える。


「この際、ここにいる種族の誰でもいいわ! ダンジョンをどうにかしてちょうだい!」


 紫の瞳がくるりと見回し、真剣に揺れる。


「お礼だって、ちゃんと用意してるんだから!」


 そう言ってイリヤは皆の反応を伺う。


「フッフッフ……」


 静寂の中で低く、喉の奥で転がるような笑いが響く。


「ハッハッハッ!」


 評議の間に、場違いなほど愉快な笑声が響いた。

 シャルディーンは腹を抱えるように笑いながら、ゆったりと椅子から立ち上がる。

 膝に乗せていた女をひょいと下ろし、その顎を軽く撫でる。


「実に良い余興であった」


 金の瞳が細められる。

 そのまま、悠然と扉へ向かって歩き出す。


「ど、どこへ……!?」


 執政長官が慌てて立ち上がる。

 シャルディーンは足を止めない。

 ただ、視線だけを向けて言った。


「余は満足した。だから帰るのだ」


「そ、そんな……!?」


 執政長官が愕然とした顔で、目を見開く。

 だが、その時、椅子が重々しく軋む音が響いた。

 グラディオスが立ち上がり、竜の威圧感が空気を震わせる。


「我も失礼する。中々に興味深い話も聞けたからな」


 そう言ってグラディオスも扉へと向かう。


「ちょっと! ダンジョンをどうにかしてくれないの!?」


 

 イリヤは戸惑いながら必死の叫ぶ。

 だが、シャルディーンは肩越しに振り返り、妖艶な笑みを浮かべる。


「なぜ余がそんなことをせねばならぬ?」


 金の瞳が冷たく光る。


「お前達種族の問題であろう? お前達で何とかすればよい」


 そのまま、女を伴って扉の向こうへ消える。

 グラディオスもまた、振り返ることなく出ていく。


「お待ちください……!」


 執政長官の声が、空虚に響く。

 だが誰も止まらない。

 イリヤは唇をギリ、と噛み締める。

 悔しさと怒りが滲む。

 そして――閉まりゆく扉の隙間へ、光の筋のように飛び込んだ。


 扉は閉じられ、虚しい静寂が訪れる。

 タナトスはその様子を静かに見届けた。


「……それでは、我々も失礼致します」


 胸に手を当て、丁寧に一礼し、そっとミュレアの椅子を引く。

 ミュレアは無言で立ち上がり、扉へと向かう。

  タナトスと黒牙が無言で続く。

 三人は、静かに扉へ向かう。


 広い評議の間に残されたのは――頭を抱え、崩れ落ちる執政長官。

 状況を理解できず、不安げに様子を窺う獣人族とエルフ族。

 そして、未だ腕を組み、すやすやと眠りこける小人族。

 種族連合臨時評議――その結末は、何一つ結ばれぬまま、音もなく瓦解していた。




 王城の長い廊下を抜け、ミュレアたちは出口へと向かっていた。

 磨き上げられた大理石の床に、三人の靴音が規則正しく響く。

 外はすでに夕暮れに染まり、赤紫の光が高窓から差し込んでいる。


 広いエントランスホールに差しかかったところで、ミュレアはふいに歩みを止めた。


「……どうかなさいましたか?」


 タナトスは静かに問いかける。


 ミュレアは視線をゆっくりとエントランス中央の大階段へ向ける。


 そこに――ひとり、少女が座っていた。

 手すりに腰を掛け、足をぶらつかせながらも、納得のいかない感情を抱え込んでいるような背中。


 つい先ほど、会議の場で声を荒げていた少女、イリヤ=グリーンベル。

 タナトスはその視線の先を追い、主の意図を悟る。


「……かしこまりました」


 タナトスは一礼し、音もなく階段へと歩みを進める。

 ミュレアと黒牙もそれに続く。

 三人の気配に気づき、イリヤははっと顔を上げ睨むようにミュレアたちを見る。

 しかし――その奥には、拭いきれない感情の揺らぎがあった。

 目尻にわずかに涙が滲んでいた。


「なによ! 何か用でもあるの!」


 強がるように声を荒げる。


「あなたたちだって協力してくれないんでしょ! だったら放っておいてよ!」


 その声はわずかに震えていた。

 タナトスは気にも留めないかのように、優雅に一礼する。


「失礼。こちら、海の都・ミスティリアを統治し、商業ギルド――ミスト・コネクションのギルド長を務める、ミュレア=ティーレ様でございます」


 そう言ってタナトスは、半歩身を開き、手をミュレアに向けて紹介する。


「ふん! だから何よ!」


 ぷいと顔を背ける。

 

「我々は――貴女に興味を持ち、お声掛けさせていただきました」


 イリヤの肩がぴくりと動く。


「……興味?」


 ゆっくりと振り向くイリヤ。


「そう言って――さっきのヤツみたいに、結局バカにするんでしょ!」


 イリヤの声が、広いエントランスに反響する。

 脳裏によぎるのは、妖艶に笑いながら席を立ったシャルディーンの姿。


 『種族の問題であろう? 自分たちで何とかすればいい』


 イリヤはぎゅっと拳を握る。

 タナトスは、そんな少女の激情を真正面から受け止めるように、微動だにしない。


「ダンジョンに関しては――我々も、現時点でご協力することは出来ません」


 イリヤの表情が険しくなる。


「やっぱり――」


「しかし」


 タナトスの声音が、僅かに低くなる。


「妖精族は本来、姿を現さない種族。だからこそ――貴女のような存在とコネクションを結ぶことは、我々、ミスト・コネクションにとっても大きな利となります」


 その言葉に、イリヤは目を見開く。


「……それって、私を捕まえて売るってこと!?」


 即座に一歩後ずさる。

 だがタナトスは、わずかに眉を下げただけだった。


「とんでもございません。ミスト・コネクションは、人身売買など一切いたしません。あくまで真っ当な商売のみを取り扱っております。それに、これは貴女にとっても大いに利になるかと」


「私にとっての利って……何よ!」


 イリヤの声は、先ほどの激情よりもわずかに揺らいでいた。

 タナトスは一歩も引かず、静かに応じる。


「我々、ミスト・コネクションは、何よりも信頼を重んじます。契約を結んだ相手には、出来得る限りの協力を約束いたしましょう。そして、一度結んだ縁は、簡単には切りません」


「で、でも……!」


 イリヤはぐっと唇を噛みしめる。


「アナタたち、商人でしょ!? 商人なんかじゃダンジョンなんてどうにも出来ないじゃない!」


 タナトスは、そこで初めてわずかに微笑んだ。


「確かに――我々が直接ダンジョンを攻略することは困難でしょう」


「ほら!」


「しかし、適任の者をご紹介することは出来ます」


 イリヤの動きが止まる。


「……それって」


 タナトスは、ゆっくりと口角を上げた。


「境界都市・クラウゼリアを治める男。バニッシュ=クラウゼン」


「……バニッシュ?」


 聞いたことのない名前にイリヤは戸惑い、反芻する。


「彼は――種族の垣根を越える男です。獣人、エルフ、ドワーフ、魔族……様々な種族が彼のもとで共に暮らしている」


 イリヤの胸が、どくりと鳴る。


「……その人、本当にダンジョンをどうにか出来るの?」


 小さな声で問いかける。

 タナトスは薄く笑う。


「出来るかどうか、ではございません。やる男です」


 その確信に満ちた声音に、イリヤの胸の奥で、何かが灯る。

 境界都市・クラウゼリア。

 そして――バニッシュ=クラウゼン。


 今、新たな縁が生まれようとしていた。

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