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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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3/10

沈黙の玉座、滅びを織る王

 暗く、濃く、そして底知れぬほど深い瘴気が大地を覆っていた。

 空から降り注ぐはずの陽光すら、その瘴気に阻まれ、地上へ届くことはない。


 樹木は瘴気に侵され、歪に変質し、もはや生命の象徴とは呼べぬ異形へと成り果てている。

 その影の中を、魔獣と魔物が静かに、しかし確かな殺意を宿しながら彷徨いていた。


 ――ここは、魔族領ノクティア。

 闇と瘴気を統べる、魔族の国である。


 その中心に聳え立つのは、巨大な魔城。

 瘴気そのものを石としたかのような禍々しい威容を誇り、見る者に畏怖と絶望を刻み込む存在だった。


 魔城の最奥、重厚な扉の向こうに広がるのは、不穏でありながらも揺るぎない威厳と風格を宿す王の間。

 玉座に座すのは、魔族を統べる絶対者――魔王モンプチ。


 その姿は静謐でありながら絶対的王者の風格そのものだった。

 玉座の肘掛けに肘をつき、拳に頬を預けるその仕草は、まるで深い瞑想に沈んでいるかのようであり、同時に一切の隙を感じさせない。

 その空気を破るように、一人の女が静かに進み出る。


「魔王様。ご報告申し上げたいことがございます」


 女は玉座の前で膝をつき、深々と頭を下げた。


 赤黒く、妖しく艶めく肌。

 黒目の奥に銀の光を宿す瞳は、闇の中でも鋭く輝く。

 銀糸のように煌めく長髪が、瘴気を孕んだ風に揺れ、

 背には夜を切り裂くかのような、コウモリの翼。

 その身体を包むのは、露出の多い黒鋼のアーマー。

 戦のために存在する者であると、一目で分かる姿だった。


 ――七魔将の一人、颶風姫(ぐふうき)メルカ=ヴァルゼ。


 魔王モンプチに忠誠を誓い、嵐と風を支配する魔族最強格の一将。


「……メルカか。申せ」


 魔王モンプチは、閉じていた瞼をわずかに持ち上げた。

 ほんの僅かな動き。だが、それだけで王の間の空気が変質する。

 薄く開かれたその眼差しが、玉座の下に跪く颶風姫を見下ろす。

 見られている――ただそれだけで、魂の奥まで射抜かれるかのような圧が生まれていた。


「はっ!」


 メルカは即座に応じる。

 背筋を正し、視線を下げたまま、報告を続けた。


「ヴェイルに関する件でありますが……やはり、黒の勇者と共に討たれたものと思われます」


 その言葉が放たれた瞬間、王の間は沈黙に包まれた。

 静か――だが、それは安らぎの静寂ではない。

 音という音が、息を潜めて消え去ったかのような、圧殺する静寂。


「…………」


 魔王モンプチは言葉を発さない。

 頬杖をついた姿勢のまま、ただ、沈黙を支配していた。


「……ヴェイルを討った者は、誰だ?」


 低く、静かな声で、だが、その一言に込められた魔力と威圧は、尋常ではなかった。

 もしこの場に七魔将でなければ――肺は呼吸を忘れ、心臓は鼓動を拒み、意識が命より先に砕け散っていただろう。

 七魔将であるメルカだからこそ、その圧に耐えていた。


「は……っ。ヴェイルを討った者に関しては、現在、調査中であります」


 一瞬の逡巡したが、メルカは続けるべき言葉を選び口にした。


「……ただし、その戦いの際。女神が、地上へと降り立ったとの報告も上がっております」


 その言葉を聞き、魔王モンプチは動いた――と言っても、姿勢を変えたわけではない。

 頬杖をついたまま、視線をより鋭く、メルカへと向けただけだ。

 それだけで、王の間の空気がさらに一段、重く沈む。


「…………」


 沈黙、しかし、そこには思考する王の気配がはっきりと感じ取れた。


「……そうか……王都への侵攻状況は?」


 魔王モンプチの声は低く、重く、王の間に沈み込むように響いた。


「はっ! 現在、王都へ侵攻中の七魔将――骸覇叉(がいはしゃ)、ならびに燼耀妃(じんようひ)より報告が入っております。王都は、各種族へ救援要請を発し、可能な限りの戦力を集結させているとのことです」


 その言葉を聞いても、モンプチの表情は一切変わらない。

 頬杖をついたまま、沈黙を保ち、報告の続きを促すかのようだった。


「しかしながら――」


 メルカの声音が、わずかに冷える。


「既に、獣人国ルガンディア。エルフの里エルフェイン。ドワーフ王国ヴォルグラントは、完全に壊滅しております」


 その事実を、感情を排して告げる。


「また、鬼人族の放牧同盟につきましても……黒の勇者と共に討たれたとの報告が確認されております」


 王の間に、再び重い沈黙が落ちた。


「……ゆえに、王都の要請に、実質的に応じられる種族は、極めて少ないかと存じます」


 メルカは結論を口にする。

 それは、王都が孤立しつつあるという事実だった。


「…………」


 魔王モンプチは、何も言わない。

 ただ、すべてを把握した王の沈黙。


「……そうか、下がれ」


 命令は、それだけでモンプチは再び瞼を閉じ、瞑想に沈むかのような姿勢へと戻る。

 まるで、これから起こるすべてを既に織り込んでいるかのように。


「はっ!」


 メルカ=ヴァルゼは深く頭を下げると、踵を返し、王の間を後にした。

 その背を見送る者はいない。

 王の間に残されたのは、静寂と――世界の命運を握る魔王、ただ一人だった。


 ――重く、巨大な扉が閉じられる。

 ゴゥ……という鈍い音が、王の間の奥へと吸い込まれていった。


 メルカは振り返らず、そのまま廊下を進む。

 石畳を踏みしめるたび、カッ、カッ、と乾いた足音が静寂を切り裂いた。


「……ヴェイルは、やはり死んだのか」


 不意に、背後から声が響く。

 低く、落ち着きながらも、どこか愉悦を滲ませた声。


 メルカは足を止め、後方の気配に意識を向ける。


「……砕射王か」


 振り向くことなく、低い声で応じる。

 廊下の柱の影、そこに背をもたれ、腕を組んで立っていたのは、大柄なエルフの男だった。


 長身にして、矢のように引き締まった肉体。

 鋭い眼差しを持つその存在――七魔将の一人。

 砕射王(さいしゃおう)エリダス=エルグレア。


「そうね……そもそも、あの男は前線に出て戦うタイプじゃないわ。それに――女神までもが出て来たなら」


 わずかに、肩をすくめる。


「当然の結果、ってところね」


 その言葉に対し、エリダスは小さく喉を鳴らす。


「……本当に、それだけが敗因か?」


 ニヤリと、口角が吊り上がった。

 楽しげでありながら、どこか挑発的な笑み。


 メルカは目を細め肩越しに、背後の男を睨めつけた。


「……何を言いたいの?」


 エリダスは、その視線を真正面から受け止める。


「お前だって、感じたはずだ――ヴェイルの一件で、世界が選択したことを」


 メルカの瞳が、わずかに揺れる。


「勇者は、ヴェイルによって闇に堕とされた。女神共の導きの光でも、新たな勇者は現れない」


 エリダスの声に、確信が宿る。


「……だからこそ、現れた」


 その言葉が、廊下の空気を切り裂く。


「英雄が」


 メルカは、何も言わなかった。

 だが、その沈黙こそが、砕射王の言葉を否定できなかった証でもあった。


「下らないわね」


 メルカは、冷ややかに吐き捨てた。


「仮に英雄が現れたとして――それが、何だっていうの?」


 その声音には、一片の動揺も含まれていない。

 だが、エリダスは、その言葉を待っていたかのように肩を竦める。


「かつて、魔王様を追い詰めながらも――討たず、封印という手段を選んだ英雄」


 わざとらしく言葉を区切り、エリダスは口角を吊り上げた。


「それは、魔王様にとって……本当に、取るに足らない存在なのか?」


 挑発するような口調。

 まるですべてを見透かすかのようなエリダスに、メルカの眉が僅かに反応する。


「……気に入らないわね」


 振り返った彼女の視線は、刃のように冷たい。


「アナタ。何か知っているのかしら?」


 空気が張り詰める。

 互いに一歩も譲らぬ視線が交錯し、廊下の静寂が、軋むように歪んだ。


「別に」


 エリダスは軽く肩をすくめる。


「ただ……少しばかり、気になる奴がいるだけさ」


 それ以上は語らない。

 互いに腹の探り合いをする。

 七魔将とは、それぞれが個として強力な力を持つ。

 故に、考えや思想の違いから互いに協力し合うなどあり得ないのだ。


 やがて、エリダスはふっと笑う。


「ま、可能性の話だ」


 そう言い残し、メルカに背を向けると、軽く手を上げた。

 足取りは軽く、まるで何もなかったかのように、廊下の奥へと消えていく。


「……本当に、不快な男ね」


 去っていく背を、メルカは最後まで冷ややかに見据え、ぽつりと漏らした。

 そして、彼女は腰元へと手を伸ばす。

 取り出したのは、赤紫に淡く光るクリスタル。

 生気を吸い込むかのように脈打つその輝きは、世界の深層と直結した核。


 ――ダンジョン・コア。


 すでに、世界を滅ぼすための次なる計画は動き出している。

 これは、その要となるもの。


「……次の狙いは」


 メルカの唇が、わずかに歪む。


「妖精族――」


 ダンジョン・コアを強く握りしめ、その瞳を妖しく光らせながら、彼女は再び歩き出した。

 カッ、カッ、と響く足音が、これから訪れる破滅の序曲であるかのように。


 ――世界は、まだそれを知らない。

 だが、終焉へ向けた歯車は、確実に回り始めていた。

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