クローヴァの英傑たち
王都より東へわずかにそれた場所。
そこには、王の城でも、貴族の館でもない――しかし、王城に並ぶ威厳を放つ巨大な建造物がそびえ立っていた。
国の領土の内側にありながら、まるで国家から切り離された独立領域のような存在感を放つそれは、世界各地に点在する冒険者ギルド――そのすべてを統括する中心である冒険者ギルド本部。
石造りの巨大な門は、幾重にも重なった魔鉱石の装飾で縁取られている。
門の中央には、精緻な彫刻が刻まれていた。
四枚の葉を持つクローヴァ。
それは――伝説として語り継がれる物語――四英傑伝。
かつて世界を救った四人の英雄を象徴する紋章であり、同時に、冒険者という存在そのものを示す誇りの印でもあった。
門をくぐれば、巨大な円形の建物。
幾層もの柱に支えられたその構造は、神殿にも似た神聖さを漂わせている。
その最奥にある本部の中枢に位置する――会議室。
重厚な扉の奥には、巨大な円卓が据えられていた。
そして今、その円卓を囲むように――四人の人物が座っている。
この世界に存在する無数の冒険者パーティーの頂点にして、冒険者ギルドが誇る、最強の四つのパーティー。
彼らには特別な称号が与えられている。
四英傑伝になぞらえた――四色の称号。
赤――英赫絆団。
血の誓いを掲げる、固い絆と最高の戦力を誇る最強のパーティー。
青――英碧静団。
静謐なる知略と魔術を極めた叡智の集団。
黄――英煌愛団。
愛と信念を象徴する、正義の女傑集団。
緑――英翠希団。
自然と調和し未来を切り拓く、自由の冒険団。
四英傑の色を継ぐ者たち。
その頂点に立つ――四人のリーダーが勢ぞろいする。
円卓の上には、クローヴァの紋章が静かに刻まれている。
四枚の葉――絆、静謐、愛、希望、四つの理念が、四つの色となり、四つの団となる。
「皆さん、集まってもらいありがとうございます」
静寂が支配する中、円卓に声が落ちた。
それは、威圧するような重い声ではない。
ましてや、命令するような声でもない。
柔らかく、優しく、まるで、孫に話しかける祖母のような声だった。
だが――その一言が落ちた瞬間、円卓を囲む四人の最強の冒険者たちの空気が、わずかに張り詰める。
視線は自然と――その声の主へ向いた。
円卓よりも一段高い場所には、一人の老婆が立っていた。
杖をつき、背は深く曲がり、白く長い髪は頭のてっぺんで団子のように纏められ、衣は簡素な灰色のローブ。
その姿だけ見れば、街のどこにでもいるような――穏やかな、ただの老女。
しかし、この場にいる四人は誰一人として、その姿に騙されてはいない。
なぜなら――彼女こそが冒険者ギルド本部の頂点にして、世界中に存在するすべての冒険者を統括する存在――アストリア=ライオット。
かつての英雄の血を引き、そして、自らもまた――歴史に名を刻んだ人物。
数十年前、数々の異名と名声を手にし、最前線に立ち続けた存在の一人。
その名は今でも、多くの冒険者たちの間で語り継がれている。
だが今の彼女は、杖に体を預け、ゆっくりと息をつきながら立つその姿は、どこか頼りなさすら感じさせ、その瞳は、固く閉ざされていた。
それは、見えているのか。
それとも、本当に見えていないのか。
誰にもわからない。
だが――その閉じた瞼のまま、アストリアは、円卓の四人を見下ろしていた。
その顔には、静かな微笑み、孫たちを見守る祖母のような、穏やかな笑み。
だが、その場にいる四人は知っている。
この優しい老婆こそが――この世界で最も恐れられていた人物であることを。
「アストリアばあさんの招集じゃなきゃ、集まりゃしねーよ」
最初に口を開いたのは、円卓の一角に座る男だった。
椅子に深く腰掛け、背もたれに体を預けるその態度は、まるで会議などどうでもいいと言わんばかりの横柄さだ。
英翠希団を率いる男――レオガ=ヴァルディア。
白い毛並みの耳がぴくりと動き、口元には鋭い牙、人間よりも一回り大きな体格で、腕を組んだまま、彼はニヤリと笑った。
レオガは獣人の中でも、極めて珍しい種族。
獣人国ルガンディアに生きる獣人の多くは、狼や虎、豹など様々な系統に分かれるが、その中でも白い虎の血を引く獣人は極めて稀だ。
白虎――その血を引く獣人は、戦闘本能と身体能力の両方において、他の獣人を凌駕すると言われている。
だが、レオガはルガンディアの出身ではない。
獣人国の外で生き、数々の戦場を渡り歩き――そして今、冒険者ギルド最強の一角を担う男となった。
「ま、ばあさんが呼んだんだ。面倒な話じゃなきゃいいんだがな」
その声には、どこか楽しんでいるような響きすらあった。
「そうですね」
レオガとは対照的なほど澄んだ静かな声が続いた。
「私たち四人を集められるのは――アストリア様だけでしょう」
発言したのは、円卓の向かい側に座る女性だった。
蒼い髪、それは月光を溶かし込んだように長く、背中の中ほどまで流れている。
その髪は後ろで静かにまとめられており、整った顔立ちを際立たせていた。
瞳は澄み切った蒼。
深い湖の底を思わせる静謐な色で、その視線が、ゆっくりと円卓を見渡す。
英碧静団を纏めるリーダーである――サリシア=エルヴェリア。
彼女は、ハイエルフエルフ――エルフの上位種族にして圧倒的な魔力を持ち、魔術の頂点に立つ存在。
そして何より――極めて高い誇りを持つ種族。
ハイエルフは、他種族どころか、同じエルフすら見下す存在だ。
その気高さは時に傲慢と呼ばれるほどだが、サリシアの声には、露骨な傲慢さはない。
ただ――揺るがない自信だけが宿っている。
「でも~」
場の空気をぶち壊すような、間延びした声が円卓に落ちた。
「メンドーな依頼とかはカンベンして欲しいかな~」
そう言いながら、気だるそうに円卓に肘をつき派手にデコられた爪を眺めるのは――英煌愛団、そのリーダーである神楽だった。
彼女は――鬼人族の上位種族である鬼神族だった。
その体格は常人の比ではない。
座っているにも関わらず、その巨躯は円卓の存在感を圧倒していた。
三メートルをゆうに超える体躯、通常の鬼人族は額に二本の角を持つが、鬼神族は違う。
額に生える角は――一本のみだが、その一本の角には魔力だけでなく、神通力すら宿ると言われている。
鬼神族は、鬼人族の中でも伝説に近い存在だ。
だが――その見た目は、伝説という言葉とはまるで噛み合っていなかった。
金のメッシュが入った長い茶髪、耳には大量のピアス、派手な装飾のネックレス、そして、露出の多い衣装ら豊満な胸元や引き締まった腰、張りのある尻のラインが、見えそうで見えない絶妙な際どさの服装だった。
健康的な小麦色の肌が、眩しいほどに映えている。
まるで戦士というより――街のギャルそのもののような格好。
「この前も~アースドラゴン討伐とかヤバかったんだから~」
神楽はそう言いながら、長い爪をいじる。
まるで退屈な話でもするような口調だが、彼女の言葉の中に出てきたアースドラゴンとは、国家戦力ですら討伐に苦労する大災害級の魔物だ。
しかし神楽は、それをただの「面倒な仕事」程度に語る。
「はっ!」
その言葉に鼻で笑ったのは、レオガだった。
「ドラゴンなんかより、お前のほうが厄介だろ」
白虎の獣人は牙を見せて笑う。
「ちょっと~ヒドくない!」
神楽は口を尖らせた。
巨大な鬼神が頬を膨らませる様子は、妙に子供っぽい。
「そうですね。ドラゴンを黙らせるのは簡単ですが、貴女を抑えるとなると――少々手こずります」
サリシアの蒼い瞳がわずかに細くなる。
「あ! サリーちゃんまでヒドい~!」
神楽が大げさに叫ぶ。
「神楽さん」
サリシアの声が低くなる。
冷たい氷の刃のような声音が刺すように響く。
「次、その名前で呼んだら、許しませんよ」
サリシアは威圧を込めた鋭い視線で神楽を射抜く。
それは普通の冒険者なら、その場で呼吸すら止まるほどの圧力だ。
「え~なんで~カワイイじゃん!」
神楽は全く気にしていない。
むしろ楽しそうに笑っている。
悪びれる様子など、欠片もなかった。
サリシアのこめかみに、ぴくりと青筋が浮かぶ。
円卓の空気は、わずかに殺気を帯びる。
その様子を見ていたレオガは、腹を抱えて笑った。
「はははっ! こいつぁいい! あの高貴なハイエルフ様が可愛いだってよ!」
最強の冒険者たちの会議は、早くも騒がしいものになりつつあった。
「み、みんな……」
騒がしくなり始めた円卓の空気の中で、どこか困ったような声が上がった。
「おばあちゃ……統括が話してるんだから、ちゃんと聞こうよ」
言いかけて慌てて言い直したその青年に、三人の視線が集まる。
英赫絆団そのリーダーを務める――アーク=ライオット。
若干十八歳にして、冒険者ギルド最強の称号を手にした少年。
そして、最も強い団結力と戦力を誇る最強パーティー、英赫絆団、その頂点に立つ存在。
アークは――アストリア=ライオットの孫にして、英雄の血を引く者。
そして同時に、彼自身もまた数々の戦場を駆け抜け、魔物の大群を打ち破り、都市を救い、人々を守ってきた。
その実績は、すでに伝説に片足を突っ込んでいる。
だからこそ、この円卓にいる三人でさえ、彼の実力を疑う者はいない。
「だからこうして集まったんだろ。てかよ、いつも遅れてくるお前が、時間通りにいるなんて珍しいじゃねーか」
白虎の獣人は牙を見せて笑い、ニヤリと目を細める。
「そうですね。いつも人助けだと寄り道して来ているのに」
サリシアが静かに頷いた。
蒼い瞳がわずかに細くなる。
その言葉に神楽もくすくす笑いながら言う。
「ホントだ~ドラゴンでも降るんじゃないの~?」
「そ、そんな……!」
アークは慌てて手を振った。
「俺だって急いで来てるんですよ! 今日だって、魔王の軍勢を三つほど壊滅させて来たんですから……」
その言葉に一瞬、円卓が静まった。
三人が同時に――ぽかん、とした顔になる。
「――はははははっ!! 流石はアークだぜ! カイルなんて野郎が出て来なけりゃ、お前が勇者だったろうにな!」
レオガが腹を抱えて笑った。
「そ、そんなことは……」
レオガの言葉に、アークは慌てて首を振る。
「ですが、その勇者の称号も――失われました」
サリシアの静かな声が、その言葉を遮った。
「はっ! カイルって奴と一緒に闇に堕ちたからな」
レオガは鼻で笑い、椅子の背にもたれ、腕を組む。
「女神共も見る目がねーぜ」
「そ、そんな……! カイルさんは、とても素晴らしい人ですよ! ……たぶん」
アークは必死にかばうように続けるが、自信はなさげにみえる。
「え~? でもさ~闇に堕ちた上に倒されたんでしょ~?」
神楽が首を傾げる。
巨大な鬼神族の女は、退屈そうに自分の髪を指でくるくると弄りながら言った。
「まあ、アタシは弱い奴とか興味ないし~」
興味なさそうに肩をすくめる。
「ははははっ! 違ぇねー!」
レオガが再び笑う。
「ちょ、ちょっとみんな……」
アークが慌てて場を収めようとすると、優しい声が円卓に落ちる。
「皆さん、お喋りは終わりましたか?」
アストリアの声だった。
その声には、威圧など微塵もない。
ただ穏やかな――本当に穏やかな声。
しかし、その瞬間、レオガの笑いが止まり、神楽の指が髪から離れ、サリシアの瞳が静かに細くなる。
そしてアークも背筋を伸ばす。
四人は同時に黙り、その視線が、一斉にアストリアへと向く。
杖をつき、背を曲げたアストリアは、閉じられた瞼のまま、すべてを見透かすかのように静かに微笑んでいた。




