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 兄様とベルナールの試合の後の魔術大会は、予定通りに進む。ベルナールを始めとした、上位成績者を表彰するほのか様は堂々としていたし、市民達も噂の「黒髪の乙女」の姿を見れて、随分と感激していた。


 そしてその日の夕暮れ時、私は執務室でベルナールと向かい合っていた。


「ベルナール、優勝おめでとう。兄様にまで勝っちゃうなんて凄いじゃない。あなたは王国一の魔術師よ」

「光栄にございます王女殿下。ーーしかし陛下に勝ちましたのはまぐれもまぐれ。その上魔力切れであのような醜態まで晒してしまいました」

「醜態なんてとんでもない! 兄様の魔力量に対抗すればああなるのは当然よ。みんな驚いてたわ。自信をもちなさい」

「ありがたいお言葉にございます王女殿下。ーーして王女殿下? 有限実行しましたので褒美を願いたいのですが……」

「褒美? あら? それなら兄様にお願いすればーー」


 思わず冗談めいた口調ではぐらかしてしまう私。けどベルナールは許してはくれなかった。


「王女殿下はご冗談がお上手だ。でも忘れたとは言わせませんよ」


 そう言うとベルナールはさっと私の側により、ローブの裾を捌いて躓く。そして彼の瞳が私のそれを射抜いた。


「クララ王女殿下。初めてお会いした時から私の心はあなたに夢中でした。どうぞ私を生涯の伴侶にーー幸せにすると約束します」


 そう言って、右手を私の方へ差し出すベルナール。途端に私の鼓動が早くなるのを感じる。


 心を落ち着けようと、一つ大きく息を吸う。それからさっと身を翻して執務机に向かい、引き出しの中の鍵付きの小物入れを開けた。


「王女……殿下?」


 私の行動にベルナールは困惑の声を出す。けど私は構わず、彼の手にさっき小物入れから出したものを握らせた。


「あの……これは?」

「ハンカチよ……あなたのイニシアルを刺繍したの。ほら、あなたが優勝した後なら、これを送ったって贔屓にはならないかなってーーこれが本音よ」


 それから私は彼の手を両手で取る。ドレスの裾を広げてしゃがみ、彼と視線を合わせた。


「元王女の夫なんて大変なだけの肩書だし、仕事も増える。私だって意地っ張りで独占欲ばっかり強いじゃじゃ馬よ。それでも良い?」

「ええ、もちろん! 望むところです」


 ベルナールは手にしたハンカチごと私をギュッと抱きしめる。彼の体の温かさが心地よく、私は両腕を彼に回して、そっと目を閉じたのだった。






「クララ王女殿下。どうぞ私に最初のダンスを踊る栄誉を」


 そうして迎えた私の17歳の誕生日。先程、名実共に婚約者となったばかりの幼馴染が手を差し出してくる。


 キラキラと輝く視線が私だけを射抜いているのが何よりも嬉しい。思わずニヤけてしまいそうになるのを押さえ、私はゆっくりとその手を取った。


「ええ、与えましょう。今日だけは特別よ。2回目も3回目もあなたと踊ってあげるーー陛下も了承済みだわ」


 後半いたずらな口調で言った言葉にベルナールが目を見開く。いたずらが成功した気分でいると、不意に手を引かれ、私はベルナールの新品のローブの中へ飛び込む形となった。


「嬉しいことを言ってくれますねーーでは本当に今日は離しませんよ?」


 彼がそう言うと同時に音楽が鳴り、私は彼に密着するようにしてステップを踏み始める。随分と近い距離のまま、婚約者になって初めてのワルツが始まった。


 流れる音楽が昔ベルナールと何度となく練習で踊った、初心者向けのワルツなのは誰の仕込みか。でもおかげで私はしっかりステップを踏みつつ、ベルナールとダンスを踊れる喜びにどっぷりと浸れた。


 そうして曲も終盤。不意にベルナールがいたずらな視線を投げかけてきた。


「ーーそれにしても王女殿下は意地悪だ」

「ど、どうしたの? 突然……今日は何も言ってないわよ」


 突然の意地悪発言に戸惑う私。ベルナールはニコリと微笑むとグッと私の腰を抱く手に力を込めた。


「2度目や3度目のダンスを許してくださるのは今日だけなのでしょう? クララ様は王女殿下。分かっていても寂しいものですーー」


 今度は寂しそうな表情を作って見せるベルナール。私は思わず


「わかっているくせにーー」


 と憎まれ口を叩いてから、ベルナールの胸に飛び込む。ステップもなにもない行動だが、ベルナールは慌てず私を抱き上げ、その場でクルッと回ってみせた。


「時と場合が許す限り、私はいつだってあなたのものよーーそれでは不満?」

「ーーまさか? 十分すぎる程ですよ、クララ様」


 そう言うと、ベルナールに掠めるよう唇を奪われ、刹那会場がわっと沸き立つ。冷やかしの声に私は真っ赤になって、ベルナールの胸に顔を埋めるのだった。






 それから1年。私は18の誕生日を待って、ついにベルナールと結婚する。婚礼衣装もばっちり着付けてもらい、後は城内にある大聖堂へ向かうだけ。


 儀式なんて飽きるほどやってきた私でも、流石に自分の結婚式となれば、緊張する。なんだかソワソワとした気分の私の元へ、とびきりの助け舟が来てくれた。


「クララ様! やっぱり素敵ですわ。きっとベルナールさんと並んだら、絵画みたいなカップルになるはずです!」

「まあ、言い過ぎよ、ほのか様。でも本当に素敵なドレスーーあなたのアイデアのおかげだわ」

「いえ、クララ様。私は何も。頑張ってくださったのはお針子の皆さんですわ」


 今日私が着る婚礼衣装は、ほのか様の故郷の婚礼衣装の一つ、ウエディングドレスを元にデザインしてもらった。ほのか様が兄様との婚礼で来て以来、アデリア王国で大人気となっている婚礼衣装だ。


 身を包むのは純白の生地。上半身は細身のシルエット。一方腰から下にかけてはふんわりと広がって、長い裾へ続いている


 普段は可愛らしさ重視なドレスを着る私だけど、今日は少し大人っぽく見えている気がした。


「フフフ。確かにみんなには感謝しないとね。こんな素敵なドレスをーー」


 と、不意に部屋のドアが叩かれる。式の直前に誰だろう? とほのか様と顔を見合わせつつ、侍女にドアを開けてもらうと、ちょっぴり予想外な人物がいた。


「クララ! 本当に素敵だよ。まさかあんなに小さかったクララがもうお嫁さんだなんて……」

「ヴィント兄様! お体はもう大丈夫なのですか?」

「ああ、心配かけてごめんね。流石にクララの結婚式に出ないわけにはいかないから」


 ドアの先にいたのは、一番上のお兄様であるヴィント兄様。大病をしてから、とんと体が弱くなってしまわれたヴィント兄様は、先日、式のためにレーディアル城に来てくださったものの、体調を崩して伏せっていたのだった。


「本当に大丈夫なのですか? 無理だけはよしてくださいよ」

「分かっているよ、クララ。医者の許可ももらっているし、ね? 父様?」

「お父様にお母様! 兄様まで!?」


 ヴィント兄様の言葉に驚き、奥を見ると、お父様とお母様。兄様も揃っていた。


 端から見れば、素敵な家族の時間かも知れないが、私達は全員王族。予想外の貴人の登場に侍女たちが珍しく慌てているのが見えた。


「みんな、勝手に来たのはお父様達だから、放っといていいわよ」

「クララ……」


 少々冷たいかもしれない私の言葉に、お父様が肩を落とす。私達家族が集まればだいたいこうだ。なんとなく懐かしさを感じていると、またしても侍女たちがざわめき出した。


「あら? 今度はどうしたーーベルナール!?」

「クララ様! あぁ、私のクララは本当に可愛い。まるで妖精のようだ」

「大げさよ、ベルナール。というか、何かあったの?」


 ベルナールは本来、別室で控えているはず。そんな彼が私の私室に現れれば侍女も驚くはずだ。


「ああ、そうそう。侍従長から伝言でね……式の始まりを少し早めたいんだって」

「式を? 私は大丈夫だけど……兄様?」

「うむ……すでに招待客は揃っていると報告をうけているから構わんが……どうした? あと、そもそもなぜベルナールが伝えにくる」


 確かにありえない人選に兄様が顔をしかめる。その表情を一瞬「うっ」と唸りつつ、すぐにいつもの調子に戻った。


「いえ、今日はまだクララ様を一目だにしておりませんので……ではなく、クララ様をお祝いしようと、すでに城にもパレードをする予定の沿道にも市民が詰めかけているとーーあまり待たせても混乱の元になります」

「えっ!? もういらっしゃってるの? っまぁーーみんな!」


 ベルナールの言葉に私は思わずテラスに近づき、カーテンをそっと開ける。すると向こうにはすでにたくさんの人達が、集まっているのが見えた。


「確かに……騎士団、魔術師団総動員で警備させてるとはいえ、あまり待たせるのも得策ではないな。よし、式を早めるか」

「ええ、兄さま。そうしましょう」


 そう結論ずける私達のもとに、スッと人影が近づく。お父様とお母様だった。


「本当にすごいな。私達の結婚の時はここまでではなかった……二人の頑張りだ」

「ええーールイス、クララ。これからもよろしくお願いしますね」


 二人はそれぞれにポンポンと私達の頭を撫でてくれて、私はなんだかくすぐったい気持ちになった。


「……私はもう子供ではありませんよ」

「もう! せっかくの髪が崩れちゃうわ」


 憎まれ口は照れ隠し。私は兄様と視線を合し、微笑み合うと、それからベルナールの方へ向かった。


「さ、ベルナール? じゃあ聖堂へ向かいましょうか」

「ええ、クララ様。仰せのとおり」


 おどけた返事をするベルナールに笑わせられ、私は部屋を後にする。


 私、絶対幸せになるから。そしてこの国を幸せにしてみせるから。


 そんな誓いを心の中でそっとしたのだった。









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