【22】ローズ(4)
ローズの望みは、ただ、『弟と二人で幸せに暮らす』と言う事だけだった。
そのために、両親まで手に掛けた。
……なぜ?
運命の力は、ローズから弟を奪ったのか……。
答えは簡単だ。
運命の力は、否が応でもローズに都合が良いように世界を書き換える。
だが、それは=ローズが望む結果とは限らない。
ローズにとって『都合の良い事』とは……必ずしもローズの『望む事』ではないのだ。
ハッキリ言ってしまえば、病気がちだった弟はローズにとってお荷物であり……都合の良い存在とは言えない。
運命は、ローズの弟をそう言う存在だと判断した……。
……運命を捻じ曲げる力は、ローズの大切な弟を彼女から切り離したのだ。
それは、両親も同じ。
ローズにとって、家族は全てだった。
家族に依存し、家族のために生き、家族に良い生活をさせたいが故に『王宮剣士』となり……それなりの生活ができれば良いと、現状に満足していたのだ。
だが、ローズを上へと押し上げようとする力──〝運命力〟は、その『それなり』を許さなかった。
ローズはその事実に気付き、絶望するが──
その時考えたのは、ある意味、自分の〝副恩恵〟で殺してしまった弟への謝罪でも──
両親を、その手にかけてしまった事への懺悔でもない。
自由が効かない、自分の能力に対する恨みの念でもない……。
──唯一、セシリアの事だ。
ローズにとって〝都合の悪い存在〟だと判断されれば、運命の力は確実にセシリアを排除するだろう……。
ローズが、弟の命を助けられなかった様に……。
そんな事は耐えきれない。
許されない。
しかも、ローズより強い者がいない聖王国では、その歪な運命の流れに逆らえる者も存在しない。
一度拗れてしまった運命の糸は、それを解く者がいなければ、絡まったまま真っ直ぐになる事はないのだ。
おそらく、運命の歯車は──セシリアを〝邪魔者〟と判断し、排除しようと回り続けるだろう。
違う……
セシリアは、ローズにとって何者にも変え難い……大切な存在だ。
しかし、運命の力は、ローズにとって──セシリアを必要な存在だと判断してはいなかった……。
*
「王国の麗しき月──セシリア王女殿下にご挨拶申し上げます」
玉座の前で跪き、恭しく頭を垂れる若者……ローン侯爵家のユリアン公子だ。
いいや、一年ほど前に父親である侯爵が亡くなり、爵位を継いだと言う話……今はユリアン侯爵と呼ぶのが正しいだろう。
「いえ……。一年前、父が身罷りまして……。今は爵位を継ぎ、私が侯爵となりました」
やはり。
ローズはその事実を確認しただけで、その若者について何の興味をなかった。
考えるのは、隣で玉座に座るセシリアの事だけだ。
いかにして、セシリアが『運命』に喰われぬように護り切るかと言う事だけ……。
「ああ、大変失礼しました。未だ、この地位に慣れておらず……知らない事も多くて。ダメですね。父なら──先王なら、もう少し上手くやれたのかしら?」
「いいえ! 不敬ながら、我々も前国王陛下の圧政には頭を抱えていましたから……。王女殿下が立ってくださり、正直、胸を撫で下ろしているところです」
「ふふ、正確には、わたくしは聖王国の国主ではありません。『下級聖剣』ですし……。今は、真なる国主が現れるまでの代理としてここに座っているだけ……。ねえ、ローズ?」
二人の会話を上の空で聞いていたローズは、突然セシリアに話を振られた事に反応できず──
──ぷい
思わずそっぽを向いてしまう。
そして、痛いくらいに拳をギュッと握り込んだ。
『国主代理』……
『下級聖剣』……
そう言った、セシリアの自分を卑下する発言が……ローズはあまり好きではなかった。
セシリアは、今まで誰にも顧みられる事もなく、散々な扱いを受けてきたが……ローズにとっては唯一、自分から仕えると決めた君主だ。
そして、唯一、ローズが本気で愛する存在でもある。
以前、セシリアに『死んだ弟の様だ』と、暗に『弟の代わり』だと仄めかした事があったが……それも──
『主人を愛する』
と言う不敬から、そう話しただけに過ぎなかった。
ローズは、『セシリアこそ聖王国の国主であるべき』だと本気で思っている。
──運命が、どう判断しようともだ……。
だから……
「──でも、いーらない」
セシリアがそう言って、ユリアンの『粛清』を決めた瞬間も、『セシリアがそうしたいなら、そうすべきだ』と考えていた。
逆に……
『ローズに色目を使うな』
とセシリアがユリアンに言い放った事について、『分かりかねる』とそっけなく答えたものの……その嫉妬心を『嬉しい』とすら思ってしまったのだ……。
*
別に、このユリアンと言う青年を助けたかった訳ではない。
ハッキリ言って、この青年がどうなろうと……
その親族や、彼に近しいものがどうなろうと……
知った事ではなかった。
ただ、国主になったばかりのセシリアが、『粛清』など頻繁に行えば、セシリアの国主たる資質が疑われる事にもなりかねない。
だからと言って、一家臣であるローズがあの場で意見すれば、それはそれで資質がないと判断されてしまう可能性がある。
後で冷静に考えてみれば、もう少しやりようもあったと思うが……
その時のローズは、
『自分の〝副恩恵〟が齎す結果からセシリアを護る事』
に考えが集中し過ぎており、そんな事しかセシリアの汚名を濯ぐ方法が思いつかなかったのだ。
ローズがユリアンを助ける事で、彼が後々セシリアに対する悪意を無くし、聖王国に戻ってくれば……
セシリアを害そうと言う考えも、持たなくなくなるかもしれない。
ローズは、本気でそんな子供の様な事を考えていた。
……そんな筈はない。
ユリアンが国外に逃れ、命は助かったとしても……
爵位は剥奪され──子供を除いた大人たちは全員『粛清』すると、セシリアは暗に宣言したのだから……。
なので──
「この馬車を使って国外に落ち延びてください。そして、いつかセシリア様に──」
「セシリア! あの悪女め! 国外に逃れ、力を取り戻したら──必ず王座から引き摺り下ろしてやる! ローズ様、ありがとうございます! 我が領地以外にも、私の手足となって動いてくれる者たちがおります! その者たちを集め、いつか悪女セシリアに復讐を!」
ユリアンがそんな事を言い出すのは、必然と言っていい。
なので──
「ローズ様も私と同じ考えをお持ちだから、私を助けてくださるのでしょう? ローズ様の思いを無駄にせず、必ずや悪政を強いる暴君を討ってみせます!」
ユリアンが、ペラペラと自分の復讐心を露呈させるのは……当たり前の事なのだ。
運命は──セシリアを王座から引き摺り下ろそうとしている……。
実際には、運命力と言うよりは、セシリアの自業自得──私利私欲に走った結果なのだが……
しかし……それが〝副恩恵〟による強制力なのか、それとも自然な運命の流れなのか……
すでに、ローズはそう言った事が正常に判断出来なくなっていた……。
完全なる混乱状態だ。
「──はは、そうか……。お前も、あの方の──私の邪魔をするつもりなのだな……。この様な不遜な輩を、なぜ助けようなどと思ってしまったのか……」
ローズは、そう言って静かに笑うと──
──……
音もなく、サブウェポンを抜いた。
「ローズ様? な、何を──」
そして、その瞬間には全てが終わっている……。
ゆっくりとした動作で、血管の網を縫う様に──静かに、ローズのサブウェポンがユリアンの心臓を貫いた。
──とぷ……
その突きの余りの精密さに、傷口から僅かに血液が溢れ出す程度で、ほぼ出血もなく──外見からは、ユリアンが刺殺された様には見えない。
恐るべき正確さだ。
すでにローズの剣術は、人類最強と言われるグレン・リアーネを凌ぐと言って良いかもしれない。
いいや、剣才だけで言えば、他に並ぶ者のいない──人類最強と言っても過言ではないだろう。
「は、はぅ……」
見事な手際で心臓を貫かれたユリアンは、悲鳴を上げる事もできずに絶命し、倒れ伏した……。
*
「ローズ様のため、必ずやあの悪女を成敗して見せます!」
──黙れ。
*
「あの悪女──魔女にこの国を任せてはおけない! 再起した暁には、魔女を火炙りにしてやる!」
──コイツも。
*
「……私は宰相として長年この国に仕えてきましたが……ここまで出来損ないの王は初めてだ。何の理由もなく、私を『粛清』するなどと……セシリア様は狂ってしまった。いずれ、天罰が下るでしょう」
──コイツもなのか。
*
「我が父はこの国の宰相でした。それを、あの魔女の所為で追い落とされ……『粛清』されてしまった。私は、父の亡骸にすら会えていません……。しかし、もしかしたら……父もローズ様が助けて下さっているのでは?」
──そんな訳がない。
この者の父親……元宰相のウォルコットはローズが殺した。
恐れ多くも、セシリアに天罰が下るなどと不遜な事を言ったからだ。
それを否定しても、最早、詮ない事……
何故なら……
「父の生死がどうあれ、無念は晴らさなければ……。私は新兵ですが必ずや、あの魔女を……。しかし、私が国外に逃げるとなれば、残された病気の母が──」
──……
──とぷ……
もう喋らなくて良い。
結局、誰も彼もセシリアを害そうとする。
ローズが慈悲をかけようとも、セシリアの印象を良くしようと働きかけても……
最終的にはセシリアの敵となるのだ。
*
こんな事もあった……。
セシリアが、王になって初めて打ち上げた政策──
『平民間の格差を無くすために、聖剣を取り上げる』
と、家臣団の前で宣言した時の事だ……。
家臣団は、セシリアの政策に暗に反対の意思を示した。
ローズが代替案を出した事で、取り敢えずその場は何事もなく終わったのだが……
ローズはその時思った。
──嫌な顔だ。
セシリアの意見を否定した家臣団の顔は──
セシリアを嘲笑する様に見下しており……
多分、セシリアが無理矢理意見を通そうとすれば、反乱を企てるに違いない。
もう良い。
セシリアの害となる様な愚か者は──
皆殺しにしてやる……。
*
ローズは、セシリアが『粛清』を言い渡した者たちを、国外に逃す手配をしながら……
その裏で、その者たちを悉く殺害していった。
最初から、殺害する事を目的としていた訳ではなく……あくまでも、『セシリアに対して害意を見せた者を』だ。
それと同時に、セシリアに楯突く者や──はたまた、軽く反対意見を言った者まで秘密裏に『粛清』していったのだ……。
ローズは、〝副恩恵〟が齎す運命力に翻弄され……少しずつおかしくなっていた……。
*
そんな事を四年間も続け、やがて、セシリアに逆らう貴族はほとんど居なくなった。
セシリアに『粛清』を言い渡された者は勿論、少しでも反論した者たちまで秘密裏に消されている事に、皆気付いていたからだ。
中には、腕に自信があり──『何があっても大丈夫だ』と高を括る者もいたが……
そう言う者たちですら、セシリアには気を遣って接する様になっていた。
歪な形ではあるが、聖王国はセシリアの名の下に、ある程度正常に回り始めていたのだ。
だが……その歪な正常とて、長くは続かない。
何故なら──
王はセシリアであって、ローズではないのだ。
運命の力は、それを良しとしない。
いつしか、貴族たちは……
セシリアが治世に無関心なのを良い事に、民を虐げ、搾取し始めた。
それも、女王であるセシリアの名の下に……。
国民の負の感情は、全てセシリアに向く事となり──セシリアは、歴史的な暗君……最悪の悪女と呼ばれる様になってしまった。
ローズがその流れを止めようと、陰で足掻いたところで、〝副恩恵〟による運命の流れは変わる事はない。
ローズに運命力を制御できない限り、その流れを堰き止めることなど出来ないのだ……。
『悪女に死を』
『我々の国を暴君から取り戻せ』
そんな言葉を掲げて、市民が集会を行なっていると言う噂が──セシリアの近くに居るローズの耳にまで届いている。
市民たちの不満は飽和状態……このままでは、いつ反乱が起きてもおかしくはない。
だが、秘密裏に反乱分子を始末するのとは違い、相手が市民だとしても……
数が集まり、圧倒的な物量で押されれば、いくらローズとてセシリアを護る事など不可能だろう。
……運命の流れを変える……強力な運命力を持った者が居なければ……結局、ローズの〝副恩恵〟が齎す〝運命の改変〟に抗う事はできないのだ。
──最悪の場合、ローズが自決し、自らの手で運命の楔を断ち切ると言う判断も……。
ローズは度々、その様な最悪の場合も想定していたが……
〝副恩恵〟が──
運命を捻じ曲げる力が──
それを易々と許すとは思えない。
判断を間違えば、その選択によってセシリアに危険が及ぶ可能性も考えられるのだ。
そうして、運命の袋小路に迷い込んでいたローズは……遂に、自分の〝運命力〟に抗えるかも知れない存在に出会った。
その者の名は『シリス』……
『破壊と再生』を司る魔王だ。




