【21】ローズ(3)
ローズの本質──
それは、最も大切だと思う者が傷付けられたとき……何よりも残酷になれる事だった。
それこそ、本来の優しかった性格が鳴りを顰め……口調すら変わってしまう程に……。
メイドのジーナとの一件以来、ローズは常にセシリアの近くで彼女を護衛した。
ジーナが国王に泣きついた際も、国王がどの様な判断をし、ローズに危害を加える様な罰を下したとしても……一向に構わないとすら思っていた。
ただ、国王がセシリアに咎を負わせようと考えたなら──即座にその首を獲る覚悟もあったのだが……
幸い、国王はローズの行いを笑って許し、セシリアに対しても特に責任を負わせるつもりはない様子だ。
セシリアを虐げていた主要人物の一人であるジーナを排除できたのは、ローズにとっても僥倖だったと言える。
*
「デビュタントだと? あの出来損ないのか?」
ローズの進言に対して、国王オルトロスは冷たくそんな問いを返す。
進言の意味が、本気で分かっていない様子だ。
「そうです。セシリア様は聖王国唯一の王女殿下……。他国に嫁ぐと言うのに、デビュタントも済ませていないとなれば、外聞もよろしくないかと……」
ローズは、そう言って玉座に座るオルトロスの前に跪き、恭しく頭を垂れる。
ローズがセシリアと出会い、数ヶ月の月日が流れた……。
セシリアのため、国王に下げたくもない頭を下げる事にも随分と慣れてしまった。
「──ふむ。サリア公爵は好色家だ。見目さえ良ければ、そんな事を気にする方ではないと思うがな……」
サリア公爵……
その名前を聞くだけで、ローズの心は荒波の様にささくれ立った。
セシリアが嫁ぐ予定の……公国の君主……。
色多きこの公爵は、女性を自分の欲を満たすための道具としか見ていない。
セシリアが嫁ぎ、公国に行くというなら、ローズは無理矢理にでも着いて行くつもりだったが……
ローズは、この公爵がセシリアを物の様に扱う様子を見たら、正常でいられる自信がなかった。
……今でさえ、オルトロスや王妃、家臣団のセシリアに対する扱いに憤りを覚えているというのに……。
「まあ良い。お前の好きにしろ。どうせ他所にやる娘の事だ──最後くらいは、親らしい事をしてやるのも悪くない。」
「……有難うございます」
──ギュッ……
オルトロスのあまりの言い様に、ローズは恭しく頭を下げつつも、奥歯を噛み、拳を強く握った……。
*
「この宴は、セシリアのデビュタントであると同時に、婚姻を祝う席でもある。まあ、肩肘張らずに適当に楽しんでくれ」
オルトロスのその言葉と共に、セシリアのデビュタントは始まった。
祝いの席──
顔も知らぬ……そして、女性を人とも思わぬ下衆に無理矢理嫁がされると言うのに、何が祝いの席なものか。
ローズは叫び出したい衝動に駆られるが……元々、この場はローズが提案した事によって設けられた席だ。
文句を言う権利などないに等しい。
しかし……
実の両親にすら蔑ろにされ、デビュタントなど行われる予定もなかったセシリアの事だ。
ローズは、祝いたくもない席だとしても、セシリアに『人から祝福される』と言う場を設けてあげたかった。
そんなローズの思いとは裏腹に……
「……」
セシリアはギュと口を結び、俯いて弱々しく身体を震わせていた。
先程から、宮廷音楽家が奏でる軽快な音楽に混じり、セシリアを中傷する言葉や、嘲りの笑い声がローズの所まで届いている。
──原因はそれだろう。
ローズは、この場にいる者たち全員を、即座に斬り殺してやりたい衝動に駆られるが……
そんな事よりも、『セシリアのフォローをするのが先だ』と何とか踏みとどまり、
「──セシリア様、大丈夫ですか?」
努めて優しい声を出し、セシリアの側に寄り添った。
*
「セシリア様。私と踊ってくれませんか?」
『外の空気を吸いたい』と言ったセシリアに伴われ、パーティ会場のテラスへとやってきた二人……。
ローズは、セシリアをダンスに誘った。
音楽もない、観客もいない、傍から見れば寂しいだけの場所だが……ローズにとって、セシリアと二人になれる──特別な場所の様に感じていた。
「ふふ、こんなところでダンス? 何か、イケナイ事をしている様で……ドキドキするわね」
気の利いた誘い文句など知らない、礼儀作法に則った訳でも無い……ローズの無骨なダンスの誘いに、セシリアは目を細めながら揶揄い交じりに了承する。
ここには、ローズとセシリア……二人だけの世界しかなかった。
ローズは進言する。
『貴方は、もっと我儘になっていいんです』
と……。
自分を大切に……。
嫌な事などする必要はない。
セシリアが望むならローズは……
『この国の全ての者を敵に回しても良い』とすら思っていた……。
*
──斬る。
────斬る。
セシリアを嘲笑った、全ての者を。
大義名分など最初から必要なかった。
何が、『この国のために新たな指導者が必要』だ。
何が、『貴方が立てば、付いて来る者も大勢いる』だ。
そんな話は建前でしかない。
結局、このクーデターに参加しているのはローズだけだ。
現国王に不満を持つ人間を募る事も考えたが……反乱分子はローズ自身が粗方征伐してしまったため、声を上げようとする者など皆無だった。
それでも構わなかった。
一人でも成し遂げられる自信と、その力がローズにはあったのだ。
セシリアが自分の事を『憎からず思っている』事を利用し、勝手に旗印にした。
『16歳の誕生日に、国王の寝屋に呼ばれている』
ローズのその言葉がダメ押しになり、セシリアは王位の簒奪に乗り出した。
王位継承権など持たない……他所の国へと嫁ぐ予定だったセシリアは、その日、『愚かなる簒奪者』となったのだ。
そうさせたのはローズ自身……。
しかし、ローズにはそうしなければならない理由があった。
『お前は世継ぎを産む大事な身体だ』
そう言って、下卑た笑みを浮かべた国王オルトロス……。
別にそんな事は構わない。
どう言われようと、何をされようと、ローズは耐え抜くつもりでいた。
どれもこれも、全てセシリアのため──セシリアの側にいるために、仕方のない事だと割り切っていた。
しかし、オルトロスはローズに言ったのだ。
『お前はこの国の財産だ。他所の国にやる事は出来ぬ。お前はアレとは違うのだ』
と。
国王は──オルトロスは──
ローズがセシリアと共にある事を許さなかった。
それが……
そんな些細な事が……
ローズが聖王国に弓を引く原因となったのだ。
*
ローズは──
たった一人で王城に乗り込み、オルトロスを護る兵士や聖剣士、貴族達をも皆殺しにしてしまった。
大半の貴族はオルトロスを見放したか、王城に居なかったために免れたが……ざっと見積もっても、百人規模で守りを固める兵士や剣士を全滅させた事になる。
それも、『抜剣術』を使う事なくだ。
相手が『抜剣術』を使用したとしても、涼しい顔で斬り殺した。
命乞いをする兵士に対しても、一片の情けもかける事なく、一撃の下に斬り伏せた。
クーデターに参加しているのはローズだけ……セシリアは安全な場所──自室で待機している。
──ギギギ!
重々しい音が響き、玉座の間へと続く扉が開かれた。
「……」
ローズは、無言で玉座に鎮座するオルトロスを見上げ──
ドサッ──……
玉座へと続く階段の中段辺りに、右手に持っていた何かを投げて寄越す。
「──王妃……。死んだか」
ローズの手から放たれたのは、恐怖に固まったままの表情で事切れた、王妃の首だった。
オルトロスは変わり果てた妻の姿を前にしても、軽く一瞥しただけ、ですぐにローズの方に視線を戻す。
王妃の生死など、歯牙にもかけていない様子だ。
「……ふん。可愛がってやったと言うのに……恩を仇で返すか。簒奪者め、お前が私に敵うと思っているのか?」
「……」
ローズは無言だ。
オルトロスはローズと同じ『皇級聖剣』で、王になる前は『聖王国最強』と呼ばれていた強者だった。
ここに至るまでに、ローズが無慈悲に斬り殺してきた者たちとは格が違う。
『抜剣レベル3を発動──使用可能時間は20分です──』
オルトロスは『抜剣術』を発動させ──
シャッ──……
玉座の側に備えてあったサブウェポンを引き抜いた。
『皇級聖剣』の『レベル3』……
今までローズが戦ってきたどの相手よりも強者だが……
「……お命、頂戴いたします」
そう言って構えを取ったローズは……やはり『抜剣術』を使用しない。
と言うよりも、『皇級聖剣』の『レベル3』ですら、使うに値しないと判断したのだ。
クーデターを起こした理由も述べない。
名乗りも口上もない……
ただ、オルトロスの命を奪うと宣言した。
*
「──ごふ……。さすが……『鬼神』と呼ばれるだけはある……。同じ『皇級聖剣』でも、ここまで差があるか……」
聖剣を握る右手を飛ばし、早々にオルトロスの『抜剣術』を解除させる事で、即座に勝負はついた。
ローズは、オルトロスがあっという間もなく、腕を落とした後に……致命状にならない程度に斬撃も与えた。
王を殺すなら、セシリアの名の下に、大衆の前でだ……。
そうすれば、誰もがセシリアを新たなる王として認めざるを得ないだろう。
「……ふん。致命傷ではないが、これではもう戦えんな。まさか、たった一人の剣士に私が追い落とされるとは……。それも、碌に『抜剣術』も使わぬ者に……」
オルトロスもその事を理解しているのか、抵抗する事なく、ローズの前に跪く格好で頭を垂れる。
「……お前は──」
ただ、ローズの異常なまでの戦闘能力の高さに、納得がいかない様子で目を細めた。
そして、しばらく考え込んだ後、唐突に──
「……! そうか! お前は……そうだったのか!!」
勝手に何かに納得した様子で、声を上げる。
「──はっは! そうか、お前は『皇級聖剣』の中でも選ばれし者──〝副恩恵〟を持っているな!」
……〝副恩恵〟。
その言葉は、ローズも聞いた事があった。
アカデミーに在学中、講義で習った事がある……
特別な才能を持った者にだけ発現する──特別な力。
本来ならば、『抜剣術』を用いなければ起こす事の出来ない『神の奇跡』を体現する事が可能だと言う……
そんなものが、自分にあるなどと……
ローズはオルトロスの言葉を信じていなかったが……今まで自分に起こってきた事を思い起こせば、あながち間違いではないのかもしれない……とも思った。
ローズが既に至っている『レベル4』……『先見』は先読みの力だが……ローズは──
『抜剣術』を使わずとも、相手の動きが手に取るように分かる。
その能力のおかげで、激しい戦場でも傷一つ負う事なく──今回のクーデターにおいても、手傷の一つも負っていない。
「であれば……これは必然か。お前の〝副恩恵〟は、凄まじい……。運命をも飲み込み──お前を〝王〟にするため、因果を捻じ曲げたのか」
何を言っている?
王になるのは自分ではなく、セシリアなのに……。
ローズはオルトロスの言葉に、何か不穏な……
とてつもなく、嫌な予感と不安に襲われ……背筋に、冷たい汗が流れるのを感じた。
「……あ、あぁ……」
そして──
そして────
オルトロスの言葉を受け──ローズは唐突に理解した……。
自分の〝副恩恵〟の存在……そして、その〝副恩恵〟が齎す歪な……抗いようのない強制力を……。
ローズの〝副恩恵〟は、ローズ自身に都合の良い様に〝運命〟を捻じ曲げる。
『先見』の能力から生じた、〝先読み〟を超えた──〝強制〟だ。
ローズがどう思おうが、どれだけ否定しようが〝副恩恵〟は……
『必ず、ローズにとって都合の良い結果になる様に進んで行く』
しかし、それは裏を返せば……
〝都合の良い方向にしか進まない〟と言う事でもあるのだ。
つまり、仮にローズが望み、選んだ選択が──ローズにとって都合の悪い未来へと進むモノなら……
〝副恩恵〟は、それを強制的に〝都合の良い結果〟へと書き換えてしまう。
ローズが『その結果を望まなかったとしても』だ……。
そして、自分の〝副恩恵〟を理解した事で、ローズはある〝悍ましい答え〟に行き着いてしまった。
──弟は……何故、死んだのだ?
完治していたはずの病気が再発し、最高の治療を受けたにも関わらず……なす術もなく死亡した。
何処からが正常だ?
何処から捻じ曲がった?
両親の事もそうだ。
何故、優しいと思い込んでいた両親が……あの時、突然『弟に対する虐待』を露呈させ……それを偶然ローズが聞いてしまったのか。
その、両親の行動ですら──何かに動かされた結果だとしたら……?
家族を第一に思い、ある意味、家族に縛られていたローズ……。
ローズを上へと押し上げるために……
〝副恩恵〟は──運命は……
家族を邪魔だと判断したのだ。
「──っ!? あぁぁぁぁぁぁ!!!」
真実に気付き、半狂乱になったローズは──
ドヒュッ──!
持っていたサブウェポンで、オルトロスの胸を貫いた。
「──がふ……」
その一撃で、最も簡単にオルトロスは絶命する。
最後の言葉も残せず、一瞬の内に心臓を貫かれた……。
──ドシュ
──ドシュドシュ
──ドシュドシュドシュドシュ……
動くものが誰も居なくなった玉座の間に──
狂ったように叫び声を上げるローズの声と……
サブウェポンを肉塊に突き刺す音が……
延々と響き続けた……。




