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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第五章 〜ミュン・リーリアス15歳〜
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【20】ローズ(2)

 弟の死……。


 何よりも大切な……弟のためなら、命を捧げても良いとすら思っていたのに……。


 あっさり……


 呆気なく……


 ローズの弟のセシルは病死した。


 セシルは質の良い薬が飲める様になり──そして、栄養価の高い食事を取れる様になって、病気は完治したはずなのに……。


 聖王国一の医師に、治療をお願いしたのに……


 最上級の薬を飲ませたのに……


 セシルは助からなかったのだ。


 ……どれもこれも下らない。


 セシルを失った事で、ローズはそんな事を常に口にする様になっていた。


 自暴自棄……。


 国家と国民に奉仕する事が義務付けられている『王宮剣士』と言う立場にありながら、


 『何故、私が他人のために奉仕しなければならないの? 大切な弟はもう居ないのに……そんな事をして、何の意味があると言うんだろう……?』


 そんな考えを、平気で吐露する様になってしまったのだ。


 ローズは未だ14歳になったばかり。


 本音と建前など、上手く使いこなせる年齢でもなかったし、その必要性も感じなかった。


 考えるのは、『弟を助けられなかった自分に対する後悔の念』……。


 セシルの死により、生きる意味を失くしてしまったローズは──


 〝爵位〟と〝王宮剣士〟の地位を自ら返上すると申し出て──自ら進んで、戦場に身を置く事にしたのだ。


 聖王国は今の王……オルトロス・ジ・カーンズが即位してから、その統治に不満を持った者たちによる反乱が各所で絶えず……


 そんな反乱分子を鎮圧するために、一般兵士たちは日夜、戦場へと送られていた。


 王宮剣士は、選ばれた一部の人間だけが就ける特別な地位──


 それでは戦場へ──前線へ赴く事など出来ない。


 どうせ、『王宮剣士』の立場など、今のローズにとっては意味のない地位だ。


 そんなものさっさと取り払って、とにかく戦いの場へと身を置きたかった。


 ──ローズは、やり場のない怒りをぶつける場所が欲しかったのだ。


         *


 一般兵士として、反乱軍の鎮圧に向かったローズは──


 戦った──


 脇目も振らず、


 全力で……。


 まるで、血も涙もない怪物の様に──


 目の前に現れた敵を、


 斬って、斬って、斬り続けた……。


 全身が血に染まろうとも──


 同じ部隊の兵士が、目の前で何人倒れようとも、


 見向きもせず、唯々、内に沸いた怒りの感情を爆発させる様に……。


 戦闘において、ローズは『抜剣術』など用いない。


 その身一つで、才能で、持って生まれた強靭な肉体で……反乱分子を斬り続けた。


 その戦いぶりは──まるで『鬼神』の如く……ローズは敵からも、味方からも恐怖の対象として恐れられた。


 単純に、『抜剣術』など使えば、その反動や副作用で満足に動けなくなる可能性があるため……『より長く戦場にいられる様に』と考えて使わなかっただけだ。


 そんな事をせずとも、反乱分子程度の中にローズに敵う者など一人も居なかった。


 斬って、斬って、斬り続けて……


 殺して、殺して、殺し続けて……


 そんな事を一年以上も続けている内に、反乱分子など全て鎮圧──いいや、狩りつくしてしまった。


 ……未だに、ローズの怒りは収まらない。


         *


 「おお、其方が噂の『鬼神』ローズか……。物騒な二つ名の割には、可愛い顔をしているではないか」


 「ほんにほんに、燃える様な茜色の髪が何とも美しい……」


 ローズの目の前には、玉座に腰掛けた──見目麗しいと言う言葉がピッタリ当てはまる様な……何とも整った顔立ちの男と、


 その男に負けず劣らず、庭園に咲く黒薔薇の様に美しい女が、


 揃って、ローズを高い位置から見下ろしていた。


 玉座に鎮座する……国王と王妃だ。


 長身のローズが、それでも首が痛くなるほどに見上げなければならないので、この玉座と言うのは余程高い位置にあるらしい。


 聖王国国王──オルトロスに、突然呼びつけられたローズは……


 国王の前だと言うのに、膝を折らず、礼も弁えず──ただ、棒立ちで玉座を見上げていた。


 不敬罪に問われようとも、礼儀知らずと罵られようとも、心底どうでもよかった。


 しかし、興味のない呼び出しに応じるために、既に袖を通さなくなって久しい『王宮剣士の制服』をクローゼットの奥から引っ張り出し、キッチリと着こなしているあたり、ローズの几帳面な性格は健在の様だ。


 「……ふふ、私を前に跪く事もせぬか。噂通りの傑物だな。その不遜な態度……気に入ったぞ」


 「ほほほ、また貴方の悪い癖が出ましたね。でも、容姿も美しく、聖剣も『皇級聖剣』……ほほ、妾候補としてこれ程の者はいますまいよ」


 国王オルトロスと王妃は、無表情で立ち尽くすローズを前に勝手に盛り上がり、両者共に下卑た笑いを浮かべている。


 おそらく、ローズの進退について話し合っている様子だったが……それすら今のローズにはどうでもよかった。


 そんな事より、『早く戦場に戻りたい』とすら思っていたのだ。


 ……最早、反乱軍の大半が鎮圧され、戦場など何処にも無いというのに……。


 「そう言えば、お前は今、爵位を返上して一般兵士扱いだったな……。私の妾候補ならば、この城に常駐して居なくてはならん。私が呼んだら、いつでも寝屋に来られる様にな……。よって、お前には『王宮剣士』に戻ってもらう」


 「ほほほ、本当に貴方は好き者ですね。まあ、性に対しては自由奔放なのは、妾も変わりませんがね……ほほ」


 気色の悪い会話を目の前で勝手にされても、ローズの心は少しも動かない。


 負にも正にも……。


 わざわざ返上した『王宮剣士』の地位を、勝手にローズに戻そうとしている事にも、異を唱えたりしない。


 虚無……。


 そう、ローズの心は虚無だった。


 「あと、そうだな……。()()の世話もお前に任せよう。煩わしいだろうが、直に他所の国に嫁がせる予定の出来損ないだ。粗相が過ぎる所為で、城の従者たちから嫌われ、王女としての威厳もない。嫁がせる以外に何の価値もない奴だが……まあ、商品に傷が付かない様に、しっかり()()を頼む」


 「ほほほ、それは良い。セシリアはアレでも、妾と国王様の実子……丁重に扱う必要はないが、嫁ぐ前にせめて王族としての心得程度は教えてやってくれ」


 ……何を言っているのだ。


 平民出のローズに、王族の心得や作法など分かるはずもない。


 体よく、厄介者を押し付けられただけなのだろう。


 でも……。


 セシリア……。


 この国の王女は、そんな名前だったのか……。


 ローズにとって、全く興味のない事だったが……


 セシリア……


 セシリアか……


 (シル──(セシル)に少し名前が似てるな……)


 冗談みたいな話だが、そんな事で、感情が少しだけ熱を帯びた様な……


 ローズはそんな風に感じていた。


 「──お引き受けいたします」


 そう言ったローズは、自分でも驚いた事に……少しだけ穏やかな声で、少しだけ恭しく、王と王妃に頭を下げた。


 でも、それだってただの気まぐれだ。


 そのセシリア王女が嫁ぐまでの間、面倒を見よう。


 その程度の気持ちだった。


 弟に名前が似ている、セシリア王女……。


 ローズは、弟の代わりを求めていたのかもしれない……。


         *


 「……いつまでも、メソメソ泣かないでくださいよ。教育係である私の資質が問われてしまうでしょう?」


 ローズが、指定された──セシリア王女の部屋の前まで来た時、部屋の中からそんな声が聞こえた。


 荒々しく、刺々しい……相手を傷付ける事を目的とした、悪意のある声だ。


 ……成程、セシリア王女とは()()()()()()を受けているのかと、ローズはすぐに理解した。


 教育係と言っていたため、この声の主は、ジーナと言うセシリア王女の専属メイドなのだろう。


 ジーナの事は、事前に国王から聞いていた。


 そのジーナから、セシリア王女の教育係として引き継ぎを受ける様にと……。


 ローズとしては、セシリアの事に関して──


 少し心が動かされたと言っても、基本的に興味のない事だ。


 国王の前で思わず名乗り出たが、実際はテキトウに相手をするつもりでいた。


 なので、別段、その後ジーナが放った言葉が──

 

 「──まあ、言って分からないなら──」


 そう言って、腕を振り上げ──


 セシリアを平手打ちしようとしても……それを、止めに入るつもりだった訳ではない。


 ──コンコン……


 たまたま、部屋の扉をノックしたタイミングが、それに重なっただけだった。


 「……失礼します」


 ローズは、短い二回のノックの後、相手の返事を待たずに部屋の扉を開けた。


 それを咎められようと、礼儀知らずと嘲笑されようと、別にどうでもよかった。


 ──だが、何となく、


 そう、本当に何となくだが……


 そのジーナと言うメイドの声が、妙に尺に触る感じだった……。


 「……だ、誰?」


 ローズが部屋に入った瞬間、目の前に飛び込んできたのは……


 まだ、幼い顔立ちの少女の胸ぐらを掴み、右腕を振り上げた状態で──驚いた顔のままで固まるメイド服の女。


 そして、そのメイド服の女に胸ぐらを掴まれたまま、頬を腫らして涙する──可憐な少女の姿だった。


 ──不快だ。


 その光景を目にして、ローズが一番最初に思った事はそれだ。


 別に、セシリアの境遇に同情した訳でも……誰からも顧みられる事なく、放置されている事を哀れんだ訳でもない。


 唯々、その光景を不快に思った。


 「あ、あの、これは、違くて……」


 メイドのジーナは、突然現れたローズが『王宮剣士』の制服に身を包んでいたため、


 『マズい所を見られた』


 と、咄嗟に思ったのだろう……シドロモドロになりながら言い訳をしようとしていた。


 ……別に、焦る必要などないのに。


 その光景は心底不快だが、このメイドを害する程の事ではない。


 それに、どうやらこのメイドは国王の〝お気に入り〟らしいので……ローズも空気を読んで嗜めるつもりすらなかった。


 ──そう、思っていたのに……。


 チラリと、ローズは、胸ぐらを掴まれたままのセシリアへと視線を向ける。


 ……セシリアと目が合った。


 目が合った……。


 ──目が合った瞬間──


 頭の中がスパークした様な──


 電流に貫かれる様な感覚に襲われた。


 言葉では言い表せない程に……


 可憐で、繊細で、この世の何よりも美しいと思える程──


 ローズの目には、セシリアの姿が輝いて見えた。


 乾いていた土が水を得た様に──


 鄙びてしまった花が、再び咲き誇る様に──


 ローズの心臓は……


 既に、止まってしまったと思っていた心が──


 ドッドッドッドッドッドッ──!!


 早鐘の様に、再び鼓動を始めた。


 苦しいほどに、身体全体に絶え間なく血液を送り続ける。


 頬は紅潮し、身体全体に震えが走る程に、興奮を覚えたのだ。


 「ああ、お取り込み中でしたか。失礼しました。私は──本日付けでセシリア王女様の護衛剣士になりました……王宮剣士のローズと申します」


 何とか動揺を隠すために、ローズは目線を逸らしながら──セシリアに向けてそう言った。


 逸らした目線の先には──


 メイドのジーナ……。


 「あの……け、剣士様……? これは、ですね……」


 ──汚い。


 薄汚いナニカが、人間の身体で、人間の口で何かを語っている。


 先程まで、普通の人間に見えていたモノが、とてつもなく汚い──汚物の様に見えた。


 ローズは、あまりの小汚さにジーナを見ている事が億劫になり、セシリアに視線を戻す。


 美しい……。


 しかし、セシリアの全身は埃にまみれ、衣服は汚水で薄汚れてしまっている。


 それでも、戦場に咲く一輪の花の様に……その美しさは少しも色褪せない。

 

 が……。


 だと言うのに──


 その可憐なる花を……この汚物は手折ろうとしたのか?


 ローズは、自分の中で──憎悪の感情が爆発するのを感じた。


 目が細まり、視線も鋭くなっていく……。


 「!?」


 しかし、怒りの余り、その……汚物に向ける様な蔑んだ視線をセシリアに向けている事に気付き──


 慌てて汚物(ジーナ)に視線を戻し──


 「……離れた方が良いでしょう。汚れてしまいますから」


 誤魔化す様にそう言い放った。


 そのローズの様子にジーナは何を勘違いしたのか、焦りの表情から急にニヤニヤして、口元を歪める。


 「──あはっ! そうですね! こんな汚いお姫様──触れたら私が汚れちゃいます!」


 ジーナはその、何とも言えない嫌な表情のまま、そんな事を言い──


 ドンッ!


 掴んでいたセシリアの胸ぐらを、強く突き放した。


 セシリアはその勢いで後方に尻餅を付き、短く悲鳴を上げる。


 「ふふ、いい気味ですね。これからお嫁に行くまでの間……たっぷりと〝教育〟してあげますね」


 「……あう……」


 ──もはや、言葉などない。


 この汚物は、即刻、排除せねば……。


 丁度、汚物はセシリアを指差し、嘲笑う事に夢中で──無防備に右腕を差し出している。


 先ずは、その右腕を……


 「──それでは、失礼」


 ──バシュ……


 ──ドッ!


 「……はへ?」


 汚物が間の抜けた声を上げる。


 流れる様な動きで──


 目にも止まらぬ速さで──


 ローズの放ったサブウェポンの一撃が、ジーナの右腕を落とした……。


         *


 「言ったでしょう? 離れて頂かなければ、セシリア様のお体が──()()()()()で汚れてしまう」


 ローズは、そう言って、斬られた腕を抱えながら悲鳴を上げて床を転げ回るジーナを見下ろす。


 心の中は、再び憤怒で爆発しそうな程に煮えたぎっていたが……


 腕を切り落とすだけで済ませた自分を、少しだけ褒めてあげても良いと思った。


 汚物を片付け、未だに冷めやらない憤怒の気持ちを鎮めようと──床に尻餅をついたまま動けずにいるセシリアに視線を戻す。


 泣き腫らした顔……


 頬を張られたのか、赤く腫れ上がってしまった頬……


 とてもではないが、『美しい』とは言えない姿だ。


 しかし、ローズの目には……


 何よりも美しく、何よりも尊く、何よりも可憐に見えた。


 そうか──


 ローズは思った。


 私は……私は……


 きっと、この方に出会うために生まれてきたのだ。


 この方を護るために、神から力を与えられたのだ。


 この方を──愛するために……。


 今この瞬間にも、弟を失った悲しみはジクジクと胸を痛める棘の様に刺さっているが……


 それは、ローズが新たな〝生きる意味〟を見つけた瞬間だった……。

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