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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第五章 〜ミュン・リーリアス15歳〜
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【19】ローズ(1)

 ローズは両親が大好きだった。


 たった一人の弟を愛していた。


 ローズが『皇級聖剣』に選ばれ、齢10歳にして聖王国のアカデミーに入学し、無事に卒業できたのも……家族のためを思って努力を惜しまなかったからだ。


 ローズは王宮剣士となり、爵位も与えられ、貧しかった生活はそれなりに豊かになった。


 父は農夫ではなくなり、『下級聖剣』ながら『レベル2』であった事を見込まれ──


 ローズの一家が暮らしていた『貧困街』を護る『自警団』の団長になった。


 日頃から腰痛に悩まされていた父である。


 ローズは、父親の身体を心配して反対したが……当の父親本人は、


 『俺は若いモンに指示を出すだけさ……。まあ、趣味みたいなもんだ。お前のおかげで金の心配も無くなったし……俺は世話になったここの人達に恩返しがしたいのさ』


 と、豪快に笑ってローズの頭を撫でた。


 貧困に耐えかね、家を出て行こうとしていたローズの母は──


 裕福になった事で今まで出来なかった贅沢をし、ローズや弟に対して、より一層優しく接する様になった。


 そして、ローズが家族の中で一番大切に思い、愛している弟は──


 家が豊かになった事で、質の良い薬を手に入れることができ、病弱だった身体も見る見るうちに健康になって行った。


 今まで碌な運動もしてこなかった所為か、頻繁に転び、身体中にアザを作っている事が玉に瑕だが……


 身体中のアザを発見して驚いたローズに対して、弟は、


 『自由に動ける様になって、はしゃぎ過ぎたんだ。大丈夫、日に日にちゃんと歩ける様になってるんだよ? 姉ちゃんのおかげだよ、本当にありがとう』


 と言って、ローズに微笑んだ。


 ローズは幸せだった。


 王宮剣士としての訓練や任務は厳しいが、家族の幸せが……


 家族の笑顔が……


 ローズに何よりも力をくれる。


 父親は誰よりも気高く、ローズが最も尊敬する人だ。


 母親は誰よりも優しく、大好きな人だ。


 そして……弟は、何よりも大切で愛しい存在だ。


 ローズは本当に幸せだった……。


         *


 その日は、シトシトと雨が降り、何ともジメジメとして蒸し暑い日だった。


 その日は職務が普段よりも早く終わり、家路についたローズだったが……


 思いの外雨に打たれてしまい、家の軒先で髪についた雨粒を払っていた。


 このまま家に入れば、家の中が水浸しになってしまうと思い、『しばらく屋根の下で過ごそうか』などと考えていたのだ。


 ……『辺りは蒸す様な暑さだし、風邪を引くこともないだろう』と思っていた。


 ──ギシィ


 家の壁に身体を預けると、そこは随分と古くなっており、傷んだ木製の壁が嫌な音を立てた。


 「……ふふ、この家も随分古くなったな。この際だから、もう少し良い物に建て替えようか……。母さんの贅沢は少し控えて貰って……そうなれば、ふふふ、セシルも──おっといけない。……シルも喜ぶだろうな」


 ローズは、これからの事を思い、微笑みを浮かべながら小さく呟いた。


 誰にも聞こえない様な小声なのに、セシル──


 女の子の様な自分の名前を呼ばれるのを嫌い、『シルと呼んでくれ』と言い張っていた弟に気を遣って、わざわざ呼び方を訂正する自分が少し可笑しかった。


 「シルだって、十分、女の子っぽいのに……ふふ」


 これからの事を考えると、心が弾み、楽しい気持ちが込み上げてくる。


 幸せだ。


 だって、これからのローズの一家には、良い事しか起こらないはずなのだから……。


         *


 「そろそろ大丈夫かな?」


 髪から滴り落ちる雨粒もなくなり、水分を含んで身体に張り付いていた衣服もそれなりに乾いた。


 それを確認したローズは、家に入ろうとドアの取っ手に手をかけ──


 「──ローズはまだ帰らないのか?」


 不意に、家の中から父親の声が聞こえた。


 ボロボロな上に、古い家だ……


 壁も薄く、所々に隙間風が差し込む穴も空いているため、外まで話し声が聞こえてしまったのだろう。


 やっぱりボロボロだ……。


 それを再確認して、ローズは再び薄く微笑みを浮かべ──帰宅の挨拶のついでに、


 『家を建て替えよう』


 と父親に相談するつもりで、元気一杯にドアを開け──


 「セシルは? あの邪魔なガキはもう寝ちまったのか?」


 父親の……聞いたことのない様な低く、重々しく、怒気を含んだ声に思わずドアを引く手が止まった……。


 「ふふ、アンタにあれだけ殴られたんだもの……泣き疲れて眠ってるよ」


 今度は母親の声……。

 

 これも、父親の声と同様、聞き慣れない……酷く冷めた様な、嘲笑の色を含んだ声だった。


 ──何を言っているんだろう?


 普段、聞き慣れているはずの父のよく通る凛々しい声が──


 いつも、ローズやセシルを包み込む様に優しかった母の声が──


 随分、遠くに聞こえた……。


 「いやいや、俺だってあれだけ殴りゃ──あー、やっぱり……手の皮が捲れちまってる。地味に痛ぇな……」


 「でも、流石にやりすぎじゃないの? 死んじゃったら、ローズはきっと悲しむわよ?」


 「良いんだよ。セシルの所為で、俺たちが今までどれだけ苦労したことか。病弱でタダ飯喰らいのアイツを、一所懸命面倒見てやったんだ……俺にだってアイツを殴る権利くらいはあるだろ? ローズは良い子だから分かってくれるはずだし、ローズ自身だって、少なからずセシルを邪魔に思ってたはずだ。一番熱心に、セシルの面倒を見ていたのはローズだからな。案外、清々して悲しまねぇかもよ?」


 「……そうかねぇ? アタシは腹を痛めて産んだ子だし……セシルが死ねば、少しは悲しいと思うけどねぇ。──ああ、それよりも……アンタが散々殴るから、あの子の身体、アザだらけだよ?」


 「知るかよ。ローズが買ってくる薬のおかげで、アイツも健康になったんだ。多少のアザくらいどうって事はないさ。……それにしても……ローズがこんなに出世すると分かってりゃ、早い内にセシルを家から叩き出したのにな」


 「ローズは優秀な子だからね。何となく分かっては居たけど──」


 「へっへ、お前が、『聖剣授与はくじ引きみたいなもんだから、本命(ローズ)にも保険を掛けた方が良い』なんて言うから……ただ飯喰らいをあそこまで育てる羽目になっちまった」


 「アンタは、嫌な事があるとセシルに当たり散らしてるだろ? ストレス発散の捌け口だと思えば、安いもんじゃないか」


 「はは、違いねぇや。でも、お前だって、ローズに無理に優しくしてる分、セシルに辛く当たってるじゃねぇか。お互い様さ」


 「ふふ……」


 「へへ……」


 やめて──。


 父さん……母さん……嘘だよね?


 ローズは、偶然、父と母の会話を耳にし……


 その内容の悪辣さから、思わず嘔吐しそうになり、口元を抑えて蹲った。


 気持ち悪い……。


 誰よりも、尊敬できる人だった父が──


 誰よりも、優しいと思っていた母が──


 ローズが、誰よりも愛してやまない弟を傷付けていた──?


 では、弟の身体のアザは、転んだのではなく──……


 何故──?


 何故────?


 何故、何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故……!


 「…………」


 ギギィ──……


 何も考える事が出来ず……ローズは無言で家の扉を引いた。


 古臭い木製の扉が、鈍い音を立ててゆっくりと開いていく。


 突然扉が音を立て、開いた先に人が立っていた事に──両親は一瞬だけ「ビクリ」と身体を震わせるが……


 ローズの姿を確認すると、すぐに両親共に破顔し──


 「おお、ローズ、帰ったか! はっはは、どうやら雨に降られたな? 早くシャワーを浴びてきなさい。風邪を引いてしまうよ?」


 「そうよ。アナタはこの家の大切な大黒柱なんだから、身体を壊したら大変だわ。ああ、でも、皇級聖剣士なんだから……それくらいじゃ何ともないかもね。ふふ」


 豪快に──


 又は、ニコニコと優しく──


 ローズの両親は笑っていた。


 タイミング的に、話の内容をローズに聞かれていたであろうと気付いていながら……。

 

 先程の父親の言葉からも分かる様に、ローズも両親と同じ気持ちなのだと思っていたからだ。


 父は、誰よりも誠実で、優しい人だった──ローズの前では……。


 母は、誰よりも温かく、優しい人だった──ローズの前では……。


 そうだ、ローズの知る両親の姿は……あくまでも、ローズの前で見せる姿でしかない。


 そう、思い至った瞬間──


 あれほど気高く、尊敬してやまなかった父が……


 誰よりも優しく、大好きだった母が……


 そして、ローズの力の源だったはずの二人の笑顔が……


 ──とてつもなく、()()()()に見えた。


         *


 それからの事は、ローズ自身もよく覚えていない。


 「や、やめろ……! ローズ……俺たちは、お前のために──えぎぃ!?」


 ただ、ボーッとする頭の中で、薄汚い虫を何度も、何度も、叩き潰す様子を他人事の様に眺めていた。


 「ローズ、止めて! 父さんは貴方を救いたいだけなの! 貴方だって、セシルの事は煩わしいって思って──ゔげぇ」


 叩く、殴る、潰す──


 (ひね)る、(ねじ)る、引きちぎる──


 「ロ、ローズ……ぎゃめで……ぶぎぃ……」


 「ひぃ……なで……? があざんぼ……?」


 家の中に入ったのだ……雨は当たらないはずなのに……


 生暖かい雨が……雨が……ローズの全身を濡らしていく……


 せっかく、家が汚れない様に服を乾かしたのに……。


 混濁し、ハッキリとしない意識の外で……ローズの口が自然に動き……勝手に言葉を紡ぎ出した。


 「──汚いな。血反吐を吐くなら他所でやってくれ……。私とシルの大切な家が、薄汚い血で汚れてしまう」


 冷淡な……自分の口から出たとは、とても信じられない様な冷たい声だ。


 殴る、


 殴る、


 殴る、


 何度殴っても、父親の様にローズの手が痛む事はなかった。


 そもそも、鍛え方が違う。


 軟弱で、下級聖剣で……自分に比べたら雑魚の様な存在のくせに……


 その拳で、弱い弟を傷付けたのだ。


 「ぎぃ……きぃ……ぎぃ……」


 「ぎぃ……きぃ……ぎぃ……」


 両親だったモノは、グチャグチャに潰れ──既に、呻き声を上げる事しか出来なくなっていた。


 ……いいや、それは呻き声などではなく……


 ただ、肉が潰れる時に出る、空気音の様なモノだったかもしれない……。


 「……汚い、汚い、汚い、汚い。何なんだこの汚物共は……。喋るな、動くな、家を汚すな。何度殴れば死ぬのだコレは」


 どう見たって、既に生き絶えている。


 もう、人の形を成してすらいない。


 しかし──


 殴る、殴る、殴り続ける……。


 「シルは、この痛みずっと耐えてきたんだろう? それに比べればほんの一瞬だ。ありがたく思え、()()()()()お前たちへのせめてもの情けだ」


 冷たくなった……〝両親だったモノ〟を見下ろす自分に──


 あまりにも冷たい自分の声に──


 ローズは身震いした。


 しかし、同時に気付いてしまったのだ。


 ──これは、自分の本質であると。


 父が、母が、自分を偽っていた様に……


 ローズの本質は──


 その日、ローズは改めて決意した。


 『弟を──シルを護れるのは自分しかいない。何があっても……何を捨てる事になっても……シルだけは護ってみせる』


 何を犠牲にしても……


 自分の命を賭けたとしても……


 愛する弟を護るのだ……。


 そして──両親の亡骸を……いいや、両親であったはずの肉片を前に……ローズは立ち尽くす。


 後に、ローズの家を訪ねて来た隣人に発見されるまで、ローズはそこに立ち尽くしていた。


 ──両親の死は……その余りに凄惨な──ひき肉の様になってしまった状態から、


 『人間ではなく、大型の獣の仕業だろう』


 と言う話になり、その獣の正体が掴めなかったため、最終的に『原因不明』と言う事で方がついた。

 

 ……こんな、首都内の民家に、大型の獣のなど出る筈は無いし……何か、大きな権力が働いたのは明らかだったが……


 ローズは『都合が良い』と思い、口をつぐんだ。


 これからは、弟と二人で生きていくのだ。


 誰にも邪魔されない、美しく、優しい世界で。


 そのためなら、大変な努力の末に得た『王宮剣士』の地位を捨てたって良い。


 爵位を返上し、平民に戻ったって良い。


 でも……


 そう考えていたのに──


 弟のセシルは──


 完治したはずの病気が再発し……


 両親の死後、しばらくした後……静かに息を引き取った……。


         *


 ──バンッ!!


 食堂の扉が勢いよく開かれ、ミュンは再び食堂へと姿を現した。


 『寝ます』


 と言って部屋に戻っててから、きっちり二時間後の事だ。


 「大事な事を忘れてました!!」


 そう叫んで、焦る様子を見せたミュンに──


 突然の事で、何の反応も出来なかった『シリス』と……『相変わらず慌ただしい奴だ』と、呆れてため息を吐くラティアスの、二つの視線が向けられた。


 「大事な事を忘れてました!!」


 二人が、何も返してこないのを確認すると、ミュンは再び同じ言葉を繰り返す。


 『……分かったから。もう良いから。で、何を忘れていたのだ?』


 この期に及んで危機感の欠片もないミュンに対して、ラティアスは心底呆れ返ったが……


 説教をしたところで、ミュンが素直に聞く訳はないと分かっていたため、面倒臭そうに先を促した。


 「ナイフですよ! ナイフ!」


 『──ナイフ? それがどうしたのだ?』


 「ナイフを手に入れたくて。元々持ってたものは、ローゼンディアスに投擲してそのままでしたから……。有ると色々役に立つんですよ。投擲にも使えるし、超近接戦闘では長物よりも取り回しが良いですからね……」


 今更、ローゼンディアス相手にナイフ一本追加したところで、戦況が変化するとは思えないが……


 ミュンの目は真剣そのもので、『ナイフがなければ戦えない』とでも言いたげだ。


 『──ああ、ではコレを使ってください。小振りですけど、一太刀で腕だって切り落とせるほどの業物ですよ。ワタシの願いを聞き入れて下さったお礼ですー』


 それまで、驚いて二人の会話に入れずにいた『シリス』が──


 ミュンの言葉を聞いて、何か閃いたかの様に手を叩くと、ゴソゴソと懐を弄って一本の短剣を取り出した。


 白銀の鞘に納められた──


 同じく、白銀の柄をもつ美しい短剣……。


 鞘に刻まれた装飾はシンプルだが、周りに月桂樹(ローレル)が模られており、何とも言えない神々しさを醸し出していた。

 

 「確かに、凄そうなナイフですけど……こんなの何処から? 何か、聖剣教会のシンボル──聖剣を模ったクロスが刻印されてますけど?」


 運動音痴で、手先が不器用そうな(偏見)『シリス』が持つには、過ぎた代物の様に思える。


 それは、ミュンからしてみれば何気ない質問でしかなかったのだが……


 『あー……教会の祭壇からくすねて来ました。お金に困ったら売ってお金にしようかとー』


 『シリス』はとんでもない事を言い出した。


 「……そんなんでよく聖女を名乗れますね。そもそも貴方、過去話で盗みを働こうとする子供達に『人に迷惑かけるな』って注意してませんでした?」


 呆れた様にそう言うミュンに対して──


 『ワタシは大人なのでー』


 『シリス』はさらに、意味不明で呆れた言葉を返す。


 「そう言う問題!? やっぱり、倫理観とか色々おかしいわこの人……。──まあ、貰うんですけどね」


 そうツッコミを入れつつも、ミュンはその美しい短剣を有難く頂戴する事にした。


 「良いナイフです。これなら、首の肉を深く抉り取って……頸動脈まで一気に切断できそうですね……」


 『表現がいちいち物騒な奴だな……。で、ポーションなどの回復薬はどうする? 此奴(シリス)は別行動となるから、『再生』の能力には頼れないぞ? 嵩張(かさば)るだろうが、それなりの量は用意しておいた方がいいだろう』


 そう言ったラティアスの言葉からも分かるように──『シリス』とラティアスで話し合った結果、二人はミュンと別行動を取るつもりらしい。


 ミュンとしては、最初からローゼンディアスと単独で戦うつもりであったため、特にその事に対して口を挟まなかった。


 代わりに、


 「……ポーションですか……。まあ、回復系(その辺)は無しでどうにかします。私の場合、持っていったら逆にピンチになりそうですし……」


 頬を掻きながら、ラティアスの問いにそう答えを返す。


 ラティアスも、ミュンのこの決断に対して特に突っ込む事もなかった。


 ──使い勝手の良さそうな……切れ味の鋭そうな短剣は手に入れた。


 嵩張る、回復のポーションは持ち物から除外……。


 戦いの準備は、順調に進んでいた。

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