88.Berserker
黄金の槍は爆発の衝撃で遠くへ吹き飛び、剣は折れ、銃とブーツはUL弾により破損した。残る武器は両腕のリストブレイドのみ。
それは敵も同じだ。銀の装具は所々剥がれ、甲羅の砲身は落ち、鞭は切断した。奴は両腕のブレイドを伸ばし、ゆっくりと近付いてくる。
最強の敵との戦いも終わりが近づいてきたようだ。
「行くぞ」
俺は躊躇いなく足を前に進めた。ブーツが壊れたため、望み通りの速度は出せない。だが、問題はない。例え武器がなくても、自分の足があるだろう。戦い続ける武器はそれで十分だ。
俺のブレイドとバーサーカーのブレイドが衝突する。俺のヒートブレイドにより火花が散り、奴のブレイドは電気を纏っていた。熱と電気によりブレイドの強度は互角。
何度も、何度も切り込む。身体を捻り、ブレイドを避け、こちらから仕掛け、弾かれる。
最初は、俺の方が速度が上回っていた。ところが装具を外したバーサーカーの速度はみるみる上がっていき、俺と同等、しかし、少しずつ、俺を越えていった。速度が越えると、当然、俺は防戦主体となり、そうなってしまえば、バーサーカーの攻撃を受ける度に右へ左へ後方へと弾かれた。
歯を食いしばり、一瞬の隙をついて、俺はバーサーカーのブレイドを伏せて避け、腹を横に斬った。青い血が飛び、バーサーカーは声を上げて怯むが、すぐさま立ち直り、ブレイドを振った。その攻撃を流しそこない、俺は大きく怯んだ。
それからバーサーカーは猛攻を仕掛けた。右・左・下・右・右・左・左・上・下。両腕のブレイドが俺を襲う。俺は防いだが、ついに弾かれ、バーサーカーに蹴りを入れられ地面に倒れた。倒れたまま後転し、俺は起き上がり、すぐさまダッシュ、ブレイドでバーサーカーの胸の鎧を切り飛ばす。鎧は切断され、バーサーカーの上半身は完全に露わになる。うっすらと青い血が流れた。
「反撃だ」
俺が追撃をしようと足を踏み出すと、バーサーカーは切っ先を俺に向けた。何をしている? 届いていないぞ。奴の武器を知らなければ、ここで戦いは終わっていただろう。チューブガンが起動する。弾丸は俺の腹を貫いた。痛み、苦しみ、しかし、ここで怯んでいる暇はない。俺はブレイドで弾丸の入った自分の腹部を裂いた。大量の血液が流れるが、破裂は免れた。
怯むな。退くな。奴が来るぞ。戦え! 戦い続けろ!
続くバーサーカーのブレイドを受け止めることはできず、俺は顔を切られた。流れるような追撃で、左腕を切られる。なんとか反応できたため切断は免れた。幸福なことだ。
バーサーカーは「とどめ」を刺すつもりだ。大きく腕を振りかぶっている。油断するな。俺はまだ動くぞ。俺は全身の痛みを無視し、叫びながらバーサーカーの腹から胸を切り裂いた。青い血が舞い、奴も叫ぶ。
俺達は同時によろめいた。俺は膝をおり足を踏みしめる。
倒れるな! 諦めるな!
バーサーカーは右斜め後傾姿勢をとった。右腕のブレイドに電気が纏っていく。強力な攻撃が来る。
集中しろ!
バーサーカーの攻撃がスローになる。奴の右腕が俺に届く前に、俺は自分のブレイドを振った。俺のヒートブレイドはバーサーカーのブレイドを切断する。バーサーカーは後退し、そのまま左斜めの姿勢をとり、続けて再び左腕のブレイドを振って来る。
腕を振れ!
俺は歯を食いしばってブレイドを振り、バーサーカーの左腕を切断した。
青い血液が飛び散り、バーサーカーは叫ぶが、油断するな。終わりじゃない。奴はまだ生きているぞ。
バーサーカーは右腕を伸ばしてくる。だが、その動きは負傷により隙だらけだった。俺は再びブレイドを振るう。バーサーカーの胸に一文字の傷が刻まれる。バーサーカーは仰け反った。
チャンスだ。
俺は右腕のブレイドをバーサーカーの首に突き立てた。ブレイドはバーサーカーの首に突き刺さり、青い血液を全身に浴びる。
バーサーカーはふらつき、一瞬、完全に体の力が抜けた。
油断するな!
バーサーカーは再生した左腕で俺の首を掴んだ。
ああ、仮にバーサーカーが万全の状態なら、その瞬間俺の首はへし折られていた筈だ。だが、バーサーカーの力は弱かった。俺を殺すことができなかった。
「これで終わりだ!」
リストブレイドが刺さったまま、俺は自分のチューブガンを起動した。弾丸はバーサーカーの首に撃ち込まれ、破裂を引き起こした。
バーサーカーの頭は飛んでいき、その体は地面に沈んだ。
吹き飛んだ頭とその傷口からみるみる青い血だまりができた。俺はその場で膝をつき、両腕で自分の身体を支え、倒れることを拒否した。
俺はしばらくその体を見ていた。こいつには常識が通用しない。油断するな。頭が生えて来やしないか。再び動き出しやしないか。
だが、そんなことは起こらなかった。バーサーカーは死んだのだ。
俺は立ち上がろうとして、できなかった。身体が動かなかった。その時、声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。
「やぁ、本当に倒してしまうなんてね」
炎の中から、ギークが姿を現した。
「きてたのか」
俺の問いに、ギークは笑った。
「少なくとも、君と戦えばバーサーカーも無事では済まない。君が死ねば、私が奴と戦うつもりだった。まぁ、勝てるとは思えないがね。どうせ、この作戦が上手くいかなければ、遅かれ早かれ私は死ぬことになるわけだから、決死隊のつもりだったのさ。余計な心配だったがね」
ギークはバーサーカーの頭と仮面、切断された鞭を拾い、俺の近くに放り投げた。逆に、俺の傍に倒れたバーサーカーの身体と、それが纏っていた装具は自らの手に持った。
「頭は君の物だ。バーサーカーを殺した証拠さ。でも、契約通り、バーサーカーの身体は貰っていくよ」
「これで俺達は地獄に落ちることが確定したわけだ」
俺は作り笑いを浮かべる。そうだ。俺はギークの策にのった。未来人を犠牲にしてでも、自分達が生き延びる方を選んだ。
それは、あまりにも身勝手な判断だ。よく、分かっている。
だが、俺が今、守りたいものはこの島にしかないのだ。例え、悪魔と取引をしても、俺は俺が守りたいものの為に戦う。そう決めたんだ。
「地獄か。そうかな? こうは考えられないかい? 私達は既に地獄に落ちている。私達は地獄で生き続けることを選んだ、と」
「なんだそりゃ。それだと、死が地獄から抜け出す方法になっちまうだろ」
「違うと言い切れるかい?」
「どうだかな」
ギークは両手を挙げて「やれやれ」と言った。
「さて、バーサーカーは死んだ。後は神を殺せば戦争は終わる。私が帝国に向かっている間にうっかり神を殺さないようにね。私にはどうでもいいことだが、そんなことをすれば私が未来人を革命させる前に戦争が終わる。君達は未来人に殺されてしまう」
「ああ、そうだな」
「あ~あ、君との会話は楽しかったよ。これで最後となると名残惜しいが、鎧の脱げたバーサーカーの反応がレーダーに捉えられ、それが消えたことから間もなくみんなが戻って来る。感動の再会に、私がいると話がこじれそうだ。さようなら、と行こうじゃないか」
「最後に一つだけ教えてくれるか?」
ギークは間をおいて「なんだい?」と尋ねた。
「人間側の神は誰だ? 知っているんだろう」
先の会話でギークが軽く話していた神の存在。俺はマーダーから聞いていた。聞いていたが、それは神と呼ばれるキメラが存在するという点と、キメラであれ動物であれ、そいつには逆らえないという話だけだ。マーダーは戦争の勝敗を左右する存在などとは言わなかった。いや、知らなかったのだ。
「当然、私だ」
「やっぱりかよ」
「あの時にそんなことを言っていれば、君は私を殺せなくなっていただろう。君の意志とは関係なく、殺すわけにはいかなくなる。それじゃあ意味がないんだ。この選択は、私と君の意志で選択された結果でなければいけない」
「だから、いろいろ詳しかったてことか」
「というより、だから私が神に選ばれたんだろうね。キメラ側の神がキメラ達に言語を与えたのと同様、神には特殊な力と戦争のルールが教えられる。私の場合は元来のULに関する知識が特殊性に含められたんだろう。ルールは私がこっちで目覚めた時に頭に思い浮かんでいたことだ。私が生物に殺されれば、戦争は終わるとね。自然死の場合は新たな神が用意されるらしいよ」
だから、自分が島を抜けた後はおそらく新しい神が送り込まれるだろう、とギークは続けた。
「さて、お別れだ」
「ああ、お元気で」
「冷たいね」
「ああ、俺達の関係は、こんなもんさ」
ギークは笑って、再び火の中へ戻って行った。
しばらくして、足音が聞こえ始めた。おかしいな、と俺は思う。一番に駆け付けてくるのは兵士だと思っていた。だって、そうだろう。こんな危険地帯に真っ先に来るのが兵士の仕事だ。
でも、違った。息を激しく乱して俺の前に現れたのはしろだった。けがをしている筈なのに、誰よりも早く来てくれた。しろは何も言わずに俺を見つけると、ぐっと抱きしめてくれた。
「秋也さん……こんなに傷だらけで……」
「ああ、気にするな。そのうち、治るさ」
君を守りたかったんだ。
どれだけ傷だらけになろうが。
たとえ世界を壊しても。
バーサーカー、安心してくれ。お前の名前は永遠に消えない。
狂った戦士の名は、俺が引き継ぐ。
今日からは俺が狂戦士だ。




