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無用勇者 ~勇者は二人も必要ないと言われました~  作者: エナガイトリ
第一章 勇者召喚 編
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第1話 「召喚、あるいは巻き込まれ」



 今まで全て、あの時から最悪だった。



 そう思ったときには既に、俺の体は宙に舞っていた。

 腹部を抉る激痛と、込み上げる嘔吐感に歯を食い縛る。

 ただ踏ん張ることも出来ない状況では、口のなかを蹂躙する鉄錆のような味のする赤黒い血を堪えることは出来なかった。

 

 少しずつ、落ちていく。

 ゆっくりとした緩慢な動きで視界が過ぎ去り、星の無い夜空が徐々に遠くなっていく。

 宵闇のなかに佇んだ人影が、手にもったランタンで俺を覗き込むようにして見た。


 ソイツは、女だった。

 見目の整った、線の細い美しい女性。

 西洋人形のごとき淡い金髪と水晶のような碧眼の瞳は、ハリウッド女優なんかにも負けず劣らず。

 だが今の俺には、ソイツがひどく醜く見えた。

 

 虚空を掴むように、俺はソイツへ手を伸ばした。


 それを見た女はただ無表情で、こう呟いた。



「―――――勇者とは、二人も必要ないのです」



 その瞬間、まるでこの夜闇に飲まれるように、俺の意識はブラックアウトした。






 ◆






 なあお前ら、異世界召喚って知ってるか?


 俺の名前はカガミ 透夜トウヤ、今年で20になる大学生だ。

 

 いや、正確には大学生だった(・・・)、だな。

 それで、異世界召喚のことだが......そう、アニメや漫画、ネットの小説とかでお馴染みのアレだ。

 それがどうかしたのかって言われると、確かにどうかしたんだが。

 もしかしたら俺の頭のほうがどうかしたのかも知れないが、まあ笑わずに聞いてくれ。


 俺さっき召喚された、異世界に。


 ...や、マジなんだ。

 アホらしいし自分でも何言ってるか良くわからねえが、これがマジなんだ。

 実際、空に浮かぶ太陽は赤と青で二つあるし、見るからに歴史を感じる仰々しい遺跡みたいなところで、フードとマントを着込んだオジサン連中に囲まれて



『おお勇者様ッ!!』



 とかなんとか言われて崇め称えられているのだ。

 なんだか気味の悪い怪しげなカルト集団の教祖にでもなった気分だ。

 ていうかオジサンたちどう見ても日本人ではないのに何で言葉がわかるんだ?

 

 ふと隣を見ると、これにもまた驚いた。


 高校生くらいだろうか、若干大人びてはいるがまだ幼さを残した顔立ちは秀麗で、中性的な容姿はさぞ異性に人気だろうといった様子。

 短く切り揃えられた黒髪は、俺のくせ毛とは違いサラサラだ。

 突然の事態に対する驚きと少しの不安を孕んだ表情は、さながモデルやテレビのタレントのようである。


 学ラン姿の彼もまた、ここに召喚されたのだろうか。

 そんなことを考えていると、その彼が俺のほうを見た。



「(うわぁ、正面から見ると余計に...)」



 俺と目があった彼はこれまた驚いた顔をして、口を開いた。



「あ、あの! ここはいったい」



 そう言うだろう、と思っていたが俺もそんなことは知っちゃいない。

 


「さあ、俺も分からない。目が覚めたらここにいた」


「僕も、同じです... でも、なんだかこの状況―――――」


「―――――ネット小説や漫画みたい、だろ?」


「は、はい」



 どうやら彼もそういった類いには知識があるようだ。

 なら話は早い。

 まずは彼に名前を尋ねようとしたとき、遺跡の広間に甲高い声が響いた。



「ああ! 勇者様!! 遂に、遂に召喚の儀が成功したのですね...ッ!!」



 振り返って、さらに驚いた。

 さっきから驚いてばかりだが、こればかりは見惚れてしまっても仕方あるまい。

 事実、隣の彼も口をあんぐりとさせている。


 小走りで近寄ってきたのは、豪奢な装飾と質の良い生地で仕立てられたドレスを身に纏った、淡い金髪の美少女だった。

 その碧い瞳一杯に涙を溜め、まるで10年間引き離された想い人に再開した恋する乙女のごとき表情で、頬を赤く染めて走り寄ってくるのだ。

 かつて彼女が居た俺であっても驚きを隠せない美貌に、恐らく童貞であろう彼が目を奪われない訳がない。



「勇者様... ようやく、ようやく会えましたわ。このアリア、感涙の念に堪えません...っ!」



 そういって、いまだに呆けている彼の手のひらをを両手で包み込み、ついに涙が瞳から零れた。

 アリア、と名乗った少女に動転した彼は、沸騰するような勢いで赤面して、弾かれるように手を放した。



「わっ、わっ!? あ、あいやっ、その! あああ貴女はどちらさまでっ!??」


「ああ! 申し訳ございません勇者様。あまりの嬉しさにわたくし、少し興奮してしまったようです。どうか、お許しください...」


「え!? えと、あの、別に気にしてないですから... その」


「寛大なお言葉、ありがとうございます」



 そう言って頭を深く下げたアリアは、流していた涙を拭き取り、凛とした微笑みを浮かべて口を開いた。



「改めまして、私はアリア。我が国ロイスベントの第一王女にして、勇者召喚の儀の最高責任者、アリア・フォン・ロイスベントと申します」


「ロイス、ベント...?」



 訝しげに彼が呟く。

 たしかに、地球上では聞いたこともない国名だ。

 二つの太陽を見てから確信していたものの、やはり異世界ということを認識する。



「えーと、僕は日向ヒナタ 瑞希ミズキ。あっ、瑞希のほうが名前です」


「勇者ミズキ様ですね。御名前しかと心に刻みました...」



 なんとも言えない雰囲気である。

 完全に俺は意識の外、どうにも嫌な予感がするが、踏み出さなければ前へ進みはしない。

 


「あーっと... 俺も自己紹介させて貰っても構わないか?」


「「え?」」


「...え?」



 思わずオウム返ししてしまった。

 前者がオジサン方とアリアで、後者が俺である。

 内心冷や汗を浮かべながら、苦笑い気味のアルカイックスマイルを貼り付ける。


 するとアリアは一気に怪訝な顔をして、こう言ったのだった。



「―――――貴方...... 誰、ですか?」


「...ん?」



 あれ、俺って勇者として召喚されたんじゃなかったの?


 心なしか口元がひきつった気がした。


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