101 予感
眉間を揉みほぐすと勉強机に置いた問題集から顔を上げ、勢い良く伸びをする。
固まっていた体からパキポキと音が鳴るけれど、それがどこか心地いい。
もうこのところずっと勉強漬けだ。
この間受けた模試の結果だと、第一志望の藤堂学院大学のメディア学科はB判定だった。もちろんこれは一般入試の判定だ。
たぶん大丈夫だと思うけれど、これで安心してもいられない。一応公募推薦を受けるんだし、そっちの対策もしないといけないからだ。
「誠ちゃん」
一息入れているところでドアがノックされ、すずが呼ぶ声が聞こえてきた。
「はーい、もしかしてもう晩ご飯?」
時計を見ながら答えるとドアが開き、すずが顔を出していた。時間は十八時半を指していた。
「うん。できたよ」
「キリのいいところで終わったから行くよ」
「わかったー」
ちらりと見えたエプロン姿のすずは返事だけすると、そのまままたドアを閉めてキッチンへと戻っていく。
僕も机の上に置いてあるスマホを掴むと照明を消して、すずの後を追った。
「おいしそう」
ダイニングテーブルに並ぶ料理を見て、そして漂ってくる匂いに思わずそう呟いていた。
すずはキッチンでご飯をお茶碗によそっている。
パッと見てテーブルにお箸が並んでいなかったので僕も手伝うことにする。
よく一緒に食べるので、食器類はすずのものも買ってあるのだ。
「あ、誠ちゃんありがとう」
ご飯をテーブルまで運んできたすずが僕に気が付いたようで。
「こっちこそいつもありがとう」
なんだかんだと家事をやってもらっているし、お礼を言うのは僕の方だ。
さすがに悪いから自分でやると言ったことがあるんだけれど、あっさりと言いくるめられて反論できなくなったのは記憶に新しい。
『僕と一緒に大学に通いたいから勉強に専念して』と言われて、何も言えなくなったのだ。
「よし、じゃあ食べよっか」
「うん」
二人でダイニングテーブルへと着くと。
「「いただきます」」
揃って夕飯を食べはじめる。
お互いに学校であったことを話し、次第に内容が僕の仕事の話に変わっていく。
バイトから専属になることはすでに話してあったけれど、そろそろ書類を書いて持っていかないとね。
「すごいね」
そんなことを考えていると、すずが嬉しそうに呟く。
うん、自分でもびっくりするけれど、ホントにすごいことだと思う。
何となく始めたバイトだったんだけれど、それがこんなことになるなんて思ってもみなかった。
夕飯も食べ終わり、食後のお茶で一息ついているところに、僕のスマホが軽快な着信音を響かせる。
ポケットから取り出して確認するとメールだった。
「父さん?」
訝しげに思いながらも、スマホをタップしてメール本文を表示させると。
『よう、元気にしてるか? 誠一郎に渡したいものがあったから送っておいた。有効活用してくれ。じゃあ結果を楽しみにしてる』
……うん。わからん。
とりあえず元気だと返事だけはしておく。どうせ突っ込んでも詳しい説明はしてくれないだろう。届いてからのお楽しみとか言われるのが目に見えている。
しかも、活用できるものでしょ。単なるお土産ってことはなさそうだけれど、何に活用できるんだか。
それに楽しみにするほどの結果というのもよくわからない。僕の大学受験の結果のことなのかな。ってそれを今から楽しみにしてるって、来年なんだけれど。結構先だよ?
あ、でも推薦入試の結果は十二月頭に発表だったっけ。受かればラッキーくらいの気持ちだけれど、確かに推薦入試の結果なら今年中に出るね。
「どうしたの?」
すずに声を掛けられて、自分の眉間にしわが寄っていることに気が付いた。
どうも父さんのメールについて考え込んでしまっていたみたいだ。
「父さんからメールがあってね。何か僕に渡したいものがあるから送ったって……」
「そうなんだ。……なんだろうね?」
こてりと首を傾げるすず。
その勢いで片側の髪が後ろへと流れ、すずの首元がちらりと視界に入る。
可愛さの中にも色っぽさが見えたような気がして、僕は慌てて視線をスマホへと戻す。
「……どうせ聞いても教えてくれないと思う」
何となく気恥ずかしくなって声が小さくなってしまった気がする。
「あはは、確かにそうかも……」
接した時間は短いとは言え、すずも僕の父さんがどんな人物なのかわかっているのだろう。
サプライズが好きな父さんに聞いても素直に教えてくれるはずがない。
「父さんのことだから、ただの海外土産とかってことはないと思うけれど……」
さっき思ったことをそのまま口にしてみるけれど。
「まぁそれまでのお楽しみだね」
結局父さんが言いそうなセリフをすずに言われてしまった。
思わず父さんの姿を思い浮かべる。ニヤリと笑った顔から、メールと同じ内容をしゃべらせてみるけれど。
「楽しみというか、不安しかないんだけれど……」
僕は大きくため息をつくしかなかった。




