102 疑惑
「今日の晩ご飯は何がいい?」
「うーん……、何がいいかなぁ」
今日は土曜日である。
昼過ぎになって、僕はすずと一緒にマンション前のスーパーに来ていた。
さすがにずっと勉強ばっかりしていると滅入ってくるので、今日は僕が夕飯を作ることにしたのだ。
メニューを聞かれたすずは、周囲の食材を見回しながら食べたいものを考えているようだ。
「あら、二人ともこんにちは」
「こんにちは」
「あ、茜ちゃん。こんにちは!」
ちょうどそのとき、同じマンションの二軒隣に住む野花さんとバッタリ出会った。相変わらずの髪型と丸眼鏡はいつもの通りだ。
まぁ近場のスーパーなので、出会う確率はそこそこ高いほうだと思う。
「夕飯のお買い物?」
「うん、そうだよー」
「私も夕飯を買いに来たんだけど、すずちゃんは何にするの?」
野花さんの言葉にすずがまたもや考え込んでいるけれど、やっぱりまだ浮かばないのだろう。「うーん」という言葉と共に腕を組んで、右手を顎に当てている。
「……今日は誠ちゃんが作ってくれるんだけど、何がいいと思う?」
そんなすずの言葉に僕の方へと視線を向けて来る野花さん。
僕を見ても食べたいものは浮かばないと思うんですけれど。
「……あ」
でもしばらくして何か思いついたんだろう。短く一言発すると、すずへと向き直って。
「ふふっ、私は黒塚くんの作ったハンバーグが食べたいかも」
なるほど。ハンバーグか……。そういえば前にすずからおすそ分けをもらって以来かもしれない。
あのあと自分でも作ってみたけれど、そこそこおいしくできていたと思う。
でも、まだ誰にも食べてもらったことはないんだよね。
「あっ、いいねハンバーグ! わたしも食べたい!」
「じゃあ今日はハンバーグにしようか。……あ、野花さんもどうです?」
どうせなら二人から感想が聞きたいし、ちょうどいいかもと思って野花さんも誘ってみる。
「……あら、私もお邪魔していいの?」
僕の誘いに少し考え込んだかと思ったけれど、すぐにいたずらっぽい表情に変わる野花さん。
いや別に僕から誘ったわけだし、お邪魔なんて思うわけないじゃないですか。
すずと顔を見合わせて思わず苦笑する。
「たまには茜ちゃんも一緒に食べようよ」
むしろいつもすずと二人なのだ。野花さんはすずの親友でもあるし、お隣さんと言え僕も友人だと思っているし、モデルの先輩でもあるのだ。
「そういうことならお言葉に甘えて」
「ただいまー」
「「お邪魔しまーす」」
僕の声の後に、すずと野花さんの声が続く。
玄関にはすでにスリッパが二足出ているので、もう一足を出して二人を迎え入れる。
「あら、すずちゃんは『ただいま』じゃないの?」
「――えっ?」
一足先に玄関に上がった野花さんが、振り返ってすずに声を掛けていた。
その言葉で、すずの顔がだんだんと赤く染まっていくのが見て取れる。
二人きりのときは確かにすずも『ただいま』って言っていた気がするけれど、やっぱり野花さんがいるからかなぁ。
「……いや、それは、わたしの家じゃ、ないし……」
しどろもどろになりながら慌てるすずに、僕の頬も緩んでくるのが自分でもわかる。
「うふふ」
「……もう!」
口元に手を当てて笑う野花さんに、頬を膨らませるすず。
とは言え、いつものように郵便受けを確認してから家に上がってくるのがすずだ。
僕自身、郵便受けはそんなに頻繁に確認しないので、確かに封筒とかが溜まってる時があるんだけれど、それに気が付いてすずは我が家の郵便物を回収してくれるのだ。
「……やっぱり『ただいま』でいいんじゃないかしら」
からかったつもりの野花さんだったんだけれど、すずの行動を見てその口調に呆れが混じっているように思う。
「はい、誠ちゃん。何か届いてたよ」
「ありがとう」
すずに渡されたのは一通の封筒だ。とりあえずポケットに突っ込んでリビングに向かうことにする。
いくつか冷蔵庫に入れないといけない食材とかがあるので、ここで封筒を検めることはしない。
「野花さんは適当に座っててください」
封筒をポケットから出してダイニングテーブルの上に乗せると、僕はすずと手分けして買ってきた食材を冷蔵庫などへ収納していく。
最近はすずがやっていた作業だけに、すずの動きもテキパキとしていて淀みがない。
そしてすずはそのまま流れるような動作でコップを三つ用意すると、テーブルへとお茶と共に持って行くと。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
一つを野花さんに渡して、残りのコップにもお茶を注いでいく。
僕もテーブルに着くと、すずもお茶を冷蔵庫に仕舞ってからダイニングテーブルへと着いた。
「ねぇ……。ひとつ言いたいことがあるんだけど……」
お茶を飲んで一息ついたところで、向かいに座る野花さんが真剣な表情でそう言う。
「えーっと、何でしょう?」
これからハンバーグを作るだけだと思っていたんだけれど、ここにきて一体何だろう……。
これから作るハンバーグに何か要望でもあるんだろうか。
一応トッピング用にチーズとか大根とか大葉とかは買ってあるけれど。
「あなたたち……、えーっと、なんだかもう熟年夫婦みたいね?」
そう零した野花さんの声は、戸惑いと呆れが混じったものだった。




